ボロ雑巾
***
六月中、鈴は輝久に告白せずに、日数が経つにつれて気まずさもなくなり普通の友達のように話せるようになっていた。
***
七月に入り、修学旅行ニ日前、M組の生徒は全員で、デパートに修学旅行へ持っていくお菓子を買いに来ていた。
沙里さんが、お菓子の詰め合わせの大きな袋を持ちながら言った。
「お菓子って何円までとか決まってるの?」
結菜さんは、お菓子を買いに来たと言うのに、何故かのど飴を持ちながら言った。
「こういう時は三百円までじゃないですか?」
「えー、これ五百円もする」
「まぁ、先生は何も言ってなかったですし、上限はないかもしれませんね」
すると柚木さんが、小さなチョコレートを大量にカゴに入れながら話に入ってきた。
「てか、お菓子持ってきていいとも言ってなかったよね」
柚木さんのその言葉で、お菓子を選ぶ全員の手が止まった。
すると、鈴さんが不安そうな表情で言った。
「でも、莉子先生優しそうだし、お菓子ぐらい許してくれるんじゃないかな。授業中携帯見ても優しく注意するだけだし」
芽衣さんがバナナを持ちながら言った。
「そうだよね! 大丈夫だよ!」
美波さんは、おはぎを持ちながら言った。
「芽衣はお菓子にバナナってどうなの」
「美波だって、おはぎってどうなの?」
「そうだよお姉ちゃん、おはぎはお婆ちゃんみたいだよ」
「真菜だって‥‥‥なにそれ」
「これはアボカド!」
「新幹線でアボカド食べる人なんて見たことないよ」
みんな選ぶものに癖があるのは何故なんだろう。
「美味しいからいいの! 輝久君は何買うの?」
「僕はガムとか、長持ちするやつにします!」
「いいね! 私もガム買っちゃお! 一樹君は?」
「俺はあまり荷物にしたくないから、お菓子はいらないかな」
「へー、大人だね。それに比べて沙里ちゃんは‥‥‥」
沙里さんは、お菓子だけで鞄を一つ追加しなければいけないぐらいの量のお菓子を選んでいた。
そして、それぞれお会計を済ませて帰る時、沙里さんは口に棒付きキャンディーを咥えて、両手に大量のビニール袋を持っていた。
それを見た鈴さんが、優しくビニール袋を半分持ってあげた。
「ありがとう」
「こんなに沢山買って、お金大丈夫なの?」
「愛梨がね、修学旅行楽しんでって十万円くれた」
「愛梨ちゃんもお金持ちなんだね。それでお菓子に何円使ったの?」
「二万円」
「へー(ダメだこの子)」
※
修学旅行前日、今日は午前授業で、すぐ下校となった。
教室でみんなが帰りの準備をしていると、柚木さんが奈良のパンフレットを見ながらワクワクしていた。
「楽しみで夜寝れないかも!」
「分かる分かる! 小学生の頃とか、遠足の前日寝れなかったもん!」
「それでお姉ちゃんさ、寝不足で遠足休んだんだよ」
「真菜やめて、悲しい記憶を蘇らせないで」
「あ、ごめん」
それを聞いた柚木さんは不安そうに言った。
「今日はちゃんと寝てね? 皆んなで行かないと意味ないんだから」
「大丈夫! 寝れなかったら一睡もしないで行くつもり!」
絶対新幹線で寝るやつだ。
そんな会話をしていると、M組に愛梨さんがやってきた。
「失礼します」
「愛梨〜」
愛梨さんの登場に、沙里さんが子供のように愛梨さんに抱きつく。
「どうしました?」
「三日間も愛梨に会えないなんて寂しい」
「行ってしまえば楽しくてそれどころじゃありませんよ。お小遣いもあげたんですから、楽しんできてください」
「お小遣いでお菓子いっぱい買えた」
「まさか全部使ってないですよね」
「大丈夫、二万円だけだもん」
「買いすぎです! せっかくお小遣いあげたのに、お菓子にそんなに使ったら勿体ないです」
愛梨さんは自分の財布から二万円を取り出し、沙里さをに渡した。
「無駄遣いはダメですよ?」
「わーい、二万円返ってきた」
それを見た柚木さんがパンフレットを閉じて愛梨さんに聞いた。
「なんで沙里にそんな大金あげるの?」
「大切な友達ですから。それに、お小遣いだけではなく、家賃などの生活費も私が払ってますよ」
「それこそなんで!?」
「沙里? 言ってないんですか?」
「なんにも言ってない」
「それは‥‥‥ごめんなさい」
「気にしないよ。別に話していいし」
「いいんですか?」
「うん、皆んなが聞きたいなら」
結菜さん以外の全員、僕を含めて興味津々に沙里さんを見つめた。
結菜さんは会話の間、いつも通り読書に集中している。
「それじゃ、沙里? 本当に話すよ?」
「うん」
何故か教室中に謎の緊張感が走った。
「沙里は中学生の時にご両親から捨てられています。幼い頃から肉体的暴力や精神的な暴力をたくさん受けてきたんです。だから沙里は、自分を守るために鞄に沢山の武器を入れているんですよ。その武器を、自分を守る為ではなく、人を傷つけるために使ってしまった時もありましたが、今はもう大丈夫ですよね?」
「うん、多分」
「それで、私の家で暮らすようにと言ったのですが、迷惑はかけれないと言って、施設に行く予定だったんです。それだと沙里とは会えなくなってしまいますから、一人暮らしをしてもらっています」
「結局愛梨のお金に頼ってるけどね」
「それは全然いいんですよ」
柚木さんが悲しそうな表情で沙里さんに聞いた。
「両親とは、もう会わないの?」
「うん。離婚して、お互いに新しい家庭があるみたいだし、今更会っても迷惑だよ。それに私のことなんか覚えてないよ」
芽衣さんが沙里さんを励まそうとしてか、手を握った。
「きっと覚えてるよ!」
「覚えてるわけない。過去に使ったボロ雑巾のこと、皆んなはいつまでも覚えてる?」
皆んなは黙り込んでしまった。
すると愛梨さんは、一瞬悲しそうな表情を見せて、沙里さんの頭を撫でながら言った。
「この白い髪の毛も、幼稚園の頃とかはまだ黒髪だったんですよ」
「白く染めたんですか?」
「過度なストレスです」
沙里さんは、頭を撫でる愛梨の手に優しく触れて言った。
「いつか黒に戻るかなーと思ったんだけど、戻らなかった」
***
愛梨は気づいていた。
長い月日が経った今でも、沙里は孤独を感じている。友達がいても、家族がいない孤独はなかなか埋まらないと。
さっきまで本を読んでいた結菜が、優しい表情で口を開いた。
「沙里さんの黒髪は見たことないですが、白い髪も、とっても可愛いですよ」
「可愛い? 愛梨、私可愛いの?」
愛梨も優しい表情で答えた。
「可愛いです」
沙里は少し嬉しそうな表情を見せ、結菜と柚木は、両親がいない沙里に親近感を抱いていた。
***
沙里さんは自分の髪先を指でクルクルしながら言った。
「でも、皆んな気にしないで? 修学旅行楽しもう」
「うん! 楽しもう!」
みんなならきっと楽しいはず!
すると美波さんが、なにかを思い出したように聞いた。
「そういえば、愛梨ってなにしに来たの?」
「沙里と三日間会えなくなるので、少しですが会いに来ました」
「あれ〜? 愛梨も本当は寂しんじゃん!」
愛梨さんは顔を赤らめ、僕達に背中を向けてしまった。
「そ、それでは私は教室に戻ります。皆さん、修学旅行楽しんでください」
愛梨さんは小走りで教室を出て行った。
意外に可愛いところもあるな。
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