晴らす

***


翌日、鈴が登校すると、校門で沢山の生徒がコソコソしはじめた。


「あいつだろ? 鈴って女」

「あぁ、アイコンと顔同じだし」

「結菜さんの悪口とか最低よね」

「結菜先輩はそんな女じゃないっての」

(なんで、なんで私が悪く言われてるの‥‥‥私、なにも悪いことしてないのに‥‥‥)

「自分がした悪いことを、悪いことだと分からない鈴さんのことですから、今も心の中で被害者面しているのではないですか?」

「結菜ちゃん!?」

「おはようございます」


結菜は背後から鈴に声をかけて、鈴に静かな圧を感じさせた。


「あ、あのね! ネットのやつだけど、私じゃないの! 誰かが私のアカウントを乗っ取って!」

「それは大変ですね。あの写真を撮れたのは鈴さんしかいないはずですが」

「M組の誰かが撮ったんだよ! 皆んなも聞いて! あの書き込みは私じゃないの!」


周りの生徒は、誰一人として信じるそぶりを見せなかった。


「この期に及んで嘘かよ。もう行こうぜ」

「そうだな、メンヘラ地雷女って怖いわ」

「私も教室行こ、嘘つきが移っちゃう」


鈴は絶望に顔を曇らせた。


「鈴さんも早く行きましょう?」

「え?」

「M組の誰かが犯人なのでしょ? 一緒に協力して探しましょう」

「う、うん! 探そう! (馬鹿だこの女。私を信じてる! 上手くやれば誰かに罪をなすりつけられるかもしれない)」


教室に全員が集まった時、結菜は状況を説明した後、鈴に聞いた。


「鈴さんは誰が犯人だと思いますか?」

「め、芽衣だよ! 絶対私に恨みがあるもん!」

「な、なんで私なの‥‥‥」


美波は芽衣を守ろうと、芽衣前に出た。


「芽衣は結菜達がゴミ捨てに行ってる間、ずっと教室にいたよ。てか、皆んな教室にいたし」


結菜は真っ直ぐ鈴を見つめて聞いた。


「さて、どうしますか?」

「でも、本当に私じゃない!」


そうこうしていると、愛梨がM組の教室に入ってきた。


「さぁ、どうでしょうね」

「誰?」

「私はこの学校の生徒会長、愛梨と申します。生徒会長として、インターネットの掲示板は日頃から監視しています。話を聞いたところ、結菜先輩の後ろ姿を撮った人が犯人ということで間違いありませんか?」

「そうだよ、信じて! 私じゃないの!」

「皆さんには言いたくなかったのですが、このM組の校舎には、合計二百台の隠しカメラを設置してあります」


愛梨はそう言うと、輝久と目を合わせた。


「もちろん男子トイレにも」


一輝は真顔のまま硬直する輝久に話しかけた。


「輝久君? どうしたの? ‥‥‥皆んな大変! 輝久君立ったまま死んでます!」

「輝久先輩は置いといて、監視カメラの録画を見れば犯人が分かります」


結菜は体を震わせはじめた鈴の頬に手を当てて、煽るように言った。


「どうしました? 犯人が分かるんです。皆さんで確認しましょう」


愛梨はパソコンを開き、録画を再生しはじめた。

結菜は鈴の顔を優しく押さえながら、パソコンの画面を真っ直ぐ見せつける。


「パソコンから目を逸らさないでください」

(どうしよう。撮ったのは私。どうやってこの状況を抜け出せば‥‥‥)


録画に映っていたのは、鈴が結菜の後ろ姿を撮っている映像だった。


(どうしよう。このままじゃ私が悪者になっちゃう‥‥‥そうだ‥‥‥)


鈴は、急に芽衣の胸ぐらを掴んで怒りだした。


「芽衣のせいだよ!」

「わ、私はなにも‥‥‥」

「芽衣がネットに書き込めって言ったんじゃん!」

「私そんなこと言ってないよ!」

「言ってたじゃん! 皆んな信じて! 全部芽衣が悪いの!」


いつも強気な芽衣は、脚を震わせながら泣き出してしまった。


「なんで‥‥‥なんでこんなことするの‥‥‥」


美波が何か言おうとしたが、結菜が美波を無言で止めた。


「芽衣が言ってたんだよ! M組の皆んながウザすぎるって。私を使って皆んなを潰そうとしたの! そうだよね? 芽衣?」

「違う‥‥‥もうやめてよ‥‥‥素直に謝ればいいじゃん‥‥‥」

「謝るのは芽衣だよ!! 私は芽衣に頼まれただけなんだから!! ほら!! 早く謝れよ!!」


芽衣は泣きながら結菜に頭を下げてしまった。


「ごめん‥‥‥なさい‥‥‥」

「見損ないましたよ」

(私じゃないのに‥‥‥私はなにもしてないのに‥‥‥)

「私達は友達じゃないですか。私が芽衣さんを信じてないと思っているんですか? このまま芽衣さんが犯人になるならそれでもいいです。ただ、それは芽衣さんが鈴さんに負けを認めたことになります。ずっとこれからも同じ扱いを受けるに違いありません。過去の屈辱を晴らすなら今です」

「えっ‥‥‥(そうだ‥‥‥私が謝る必要なんてない‥‥‥今の私には友達もいる。怖がることなんてないんだ‥‥‥転校まで追い込まれた屈辱‥‥‥今晴らす!!)」


芽衣の涙がピタっと止まり、芽衣は大きな声で言った。


「私はやってない!!」

「芽衣がやった!!」

「やってない!! 中学の時だって、元々決まってた約束の日に体調崩した鈴が悪いじゃん!! なのになんなの? ネットで仲間集ってさ、有る事無い事私の悪口言って! 私がどんな気持ちだったか分かる!? 今もなにも変わってないじゃん! 自分が悪いのに人のせいにしてさ! ウザいんだよ!!」

「なら体調崩した時、心配してくれても良かったじゃん!」

「したじゃん! 大丈夫? ってメール送ったじゃん! 鈴も大丈夫って言ってた! 私、鈴のためにお土産も買ったのに、鈴が酷いことするから渡せなかったんだよ!」

「別に芽衣のお土産なんかいらない!!」

「もうあげねーよ!! 自惚れんな!!」

「マジでウザい!! 過去のことなんかどうでもいいじゃん!!」

「よくない!! 鈴のせいで転校までしたんだから!!」

「だからなに? 結局逃げたってことじゃん!!」

「逃げたよ!! そうするしかなかったんだから!!」

「もういい!! また書き込んでやる!! また転校まで追い込んでやる!!」

「これ以上、私の居場所を奪うな!!」


芽衣が鈴に殴りかかろうとした時、結菜が芽衣を抱きしめたてそれを止めた。


「M組の皆んながいる限り、芽衣さんの居場所は奪われません」


芽衣は振り上げた拳を下げ、また涙を流す。

鈴は逃げるように教室を出ようとしたが、それを見た結菜が言った。


「私に対してはいいです。ですが、芽衣さんのせいにしようとしたことは、ちゃんと芽衣さんに謝りなさい」


鈴は一度立ち止まったが、無視して帰ってしまった。


(ムカつく‥‥‥ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく!! そういえば、芽衣の携帯の待ち受け、輝久とかいう男とのツーショットだった。あの男が芽衣の彼氏か‥‥‥いいこと思いついちゃった)


静かになった教室で、真菜が輝久の頬をツンツンと突っついた。



***


「輝久君? 起きてくださーい」

「はっ! 今まで僕はなにを‥‥‥」


結菜さんがニコッと笑顔を見せで言った。


「思い出さない方が幸せですよ」

「結菜先輩、最初から芽衣さんを助けるためにこの場を設けたのですか?」

「さぁ、どうでしょうね」

「ありがとうね。私、皆んながいるから大丈夫! もう負けない」

「はい。鈴さんも、芽衣さんのように変われたらいいんですけどね」


美波さんが机に腰を掛けて言った。


「変われるよ! M組の皆んなってさ、やっぱり結菜を軸に変わったみたいなところあると思うんだよね! 今は本校舎に戻っちゃったけど、沙里も変わった気がする!」


それを聞いた愛梨さんが嬉しいそうに話しだした。


「沙里は変わりましたよ。不器用ですけど、とても優しい子になりました! 結菜先輩のお陰です!」

「私はなにもしてません」

「そんなことないです! 私も、結菜先輩のお陰で変われたような気がします。それに覚えていますか? 前にいじめられている女子生徒の相談に乗ったことがありますよね。あの子と話す機会がありまして、結菜先輩のお陰で変われたって、今は友達も沢山できて、学校が楽しいと言っていました」

「そうですか、あの子が」

「はい。結菜先輩は素晴らしい先輩です! 尊敬してます」

「そんなに褒めてもらえて嬉しいです。それでは、貴方が尊敬している先輩から一つお願いがあります」

「なんですか?」

「さすがにトイレにカメラは辞めていただきたいのですが、愛梨さんが見たであろう光景は、私にとって宝物、独り占めしたいものです。カメラを外していただければ許してあげます」



***



輝久は全てを思い出し、また立ったまま死んだようになってしまった。


「分かりました、トイレのカメラだけは外します」

「ありがとうございます」

「それより、輝久先輩の心のケアをしてあげたほうが」

「これも罰の一つですね。今回ばかりは、輝久君に私からの救いの手はありません」

「そ、そうなんですか。それでは授業に遅れてしまうので、私は教室に戻ります」

「待ってください」

「どうしました?」

「まだ鈴さんはなにをするか分かりません。沙里さんに鈴さんの監視をお願いしておいてください。頑張った子にはご褒美もあると、しっかり伝えてくださいね」

「結菜先輩! ご、ご褒美って!」

「大丈夫です。愛梨さんはお口を開けて待っていればいいですから」

「全然大丈夫じゃないです!」

「ほら、授業に遅れますよ」

「も、もう‥‥‥伝えるだけ伝えておきますけど」





そして放課後、沙里が嬉しそうにM組に走ってやってきた。


「結菜ー! ご褒美あるって本当? ねぇ、本当?」

「落ち着いてください。頑張り次第で、ご褒美のレベルが上がります。頑張らなければ、沙里さんのパンツを一樹さんに咥えさせます」


沙里は一樹を見て、いきなり真顔になってしまった。


「なんでそんな嫌そうなんですか!! 人ってこんないきなりテンション下がるもんですか!? むしろ僕は咥えたいです!!」


M組の女子生徒全員がドン引きして、一輝から一歩距離を取る。


「あ、あれ? 俺、今変なこと言いました?」


そして、全員一樹を無視して帰る準備を始めた。

唯一味方してくれそうな輝久は、まだ死んでいた。生きているが死んでいた。


そして沙里は、テンションだだ下がりのまま帰っていった。


***

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