僕は犬だワン
五月に入り、今はゴールデンウィークで学校は休みだ。
今日は結菜さんの誘いで、何故かペットショップに来ている。
「結菜さん、ペットショップで何買うの?」
「タランチュラの餌を買いに来ました」
「タランチュラ? なに食べるの?」
「生きたコオロギとかですね」
「え!? そんなの食べるんだ。タランチュラって何匹飼ってるの?」
「一匹ですよ? サンタレムピンクヘアードっていう種類で、大きいタランチュラなんですけど、脚が白と黒のシマシマで可愛いんです!」
「そ、そうなんだ‥‥‥僕にはちょっとわからないや」
「良かったらこの後見に来てください! きっと可愛さが分かってくれます!」
「う、うん」
タランチュラか‥‥‥別に見たくないな‥‥‥。
でも、結菜さんの家に行くのは久しぶりだし、少し楽しみだ。
結菜さんは、餌用のコオロギを三十匹買って、レジから戻ってきた。
「帰る前に、どんな生き物がいるか見ていきたいです!」
「そうだね!」
二人でハムスターや鳥や魚を見て、だいぶ癒された後、一緒に結菜さんの家に向かった。
※
結菜さんの家に着き、タランチュラに餌をあげるために、入ったことのない部屋に案内された。
「あの‥‥‥タランチュラ一匹にこの部屋は広くないですか!?」
「家族なのでいいんです!」
広い部屋に、一つだけ大きなケージが見える。むしろそれ以外なにも無い。
タランチュラなんて生で見たことないし、ちょっと怖い。
「紹介します! この子がタランチュラの輝久ちゃんです!」
「輝久ちゃん!? 今、輝久ちゃんって言った!? ってデカ!!」
「はい! メスなので、君ではなくちゃんです!」
「問題そこじゃないからね」
「だって、タランチュラってイメージよりも臆病な性格で、すぐ隠れようとするんですよ? なのに餌の時は人が変わったみたいにガバっと襲いかかるんです。まるで、興奮した輝久君みたいです♡」
「やめて!? その話しないで!?」
「とにかく、餌あげるところ見ててください!」
結菜さんが、タランチュラを刺激しないように、ゆっくりとケージの蓋を開けて、コオロギをピンセットで掴み、ケージの中に入れた。
すると、タランチュラは素早い動きで、一瞬でコオロギに噛み付いた。
「いや♡ 輝久ちゃん♡ そんな急にダメです♡ いいだろ? 結菜もその気なんだろ? いや♡ ダメですって♡」
「結菜さん? なに言ってるの? ちゃんって言っちゃってるし、もういろいろそのアテレコ意味わからないから。 それにしても、タランチュラこんなに大きいのに食べるの遅いね」
「牙で体内に毒を流し込んで、餌をドロドロに溶かしながら食べるんです! 考えただけで興奮しますよね♡ 私も輝久君のを流し込んでほしいです♡」
結菜さんは二人っきりだと、こういうことを平気で言う。
なのに僕がその気になると、恥ずかしがって拒むんだ。僕の息子‥‥‥本当に可哀想。
それからしばらくの間、タランチュラを観察して時間を潰していると、僕の携帯が鳴った。
「もしもし」
「もしもし輝久?」
電話は芽衣さんからだった。
「明日、美波達がお父さんと釣りに行くんだって! それで私も誘われて、輝久も行かない?」
「あー、結菜さんも一緒でいいですか?」
「うん! 美波と真菜には、二人も誘っておいてって言われてるし!」
「分かりました! ちょっと結菜さんに変わりますね」
結菜さんに電話の内容を説明して、携帯を渡した。
「もしもし」
「なんだ、一緒にいたんだ! で? 結菜も行くでしょ?」
「輝久君となら是非行きたいです」
「分かった! 美波達にも伝えとくね!」
「あの、私釣竿持ってないんですけど」
「なんか、美波達のお父さんが釣り好きで、釣竿いっぱい持ってるから人数分貸してくれるってさ!」
「分かりました。それではよろしくお願いします」
「うん! 朝六時に結菜の家に迎えに行くから! それじゃバイバーイ!」
電話を切ると、結菜さんが不思議そうな表情で聞いてきた。
「朝六時に迎えに来るって言ってましたけど、釣りってそんな早くからするんですか?」
「んー、僕もよくわからないけど、遠い場所に行くとか?」
「なるほど、私の家に迎えに来るって言っていたので、今日は泊まっていってください」
「いいけど‥‥‥宮川さん、いいですか?」
「いつから居たんですか!?」
「もちろんです! 今日は宴会ですね!」
「毎回毎回悪いですよ!」
「問題ないです! さーて! 準備準備!」
宮川さんは嬉しそうに準備しにどこかへ消えていった。
「宮川さん、私のことを無視しました。よっぽど死にたいらしいです」
「や、やめようね」
そして結菜さんが僕に携帯を返す前に、勝手に僕の携帯をいじり始めた。
「結菜さん? なにしてるの?」
「女性の連絡先を着信拒否にしています」
「なんで!?」
「他の女性と連絡をとる必要なんてありません。輝久君に用事があるなら私に言えばいいんです」
「でも、勝手に消すなんて酷いよ!」
「他の女性との連絡がそんなに大事ですか? それに、今日はお泊りですから、十ポイントの罰ゲーム、ゆっくり楽しめますね♡」
「覚えてたんですか‥‥‥」
「当然です」
※
晩御飯やお風呂を済ませ、今僕は、結菜さんに首輪とリードをつけられて、夜の公園に来ている。
「あの‥‥‥言われるがままついてきましたけど、これなにしてるんですか?」
「忘れましたか? 前に、真菜さんと勝負した時、私が勝って、輝久君は私の恋人であり、ペットになったんですよ?」
あぁ、そんなこともあったな‥‥‥すっかり忘れてた。
「それに、これは罰ゲームですから、恥ずかしいこともしてもらいます」
「ほどほどにお願いします‥‥‥」
「それでは最初に、犬の様に四足歩行になってください」
「本当にしなきゃダメ?」
結菜さんが出会った頃によく見せていた、今ではあまり見せない狂気に満ちた目つきで僕を見つめた。
「なぜ人間語を喋っているのかしら」
僕はその表情に背筋が凍り、大人しく四つん這いになった。
そして、四つん這いになった僕を、その恐ろし表情で見下ろして言った。
「私、ずっと我慢していたんです。M組の皆さんはお友達ですから、あまり酷いことをしたくないんですが、些細な嫉妬は募っていくんですよ? それも、輝久君が気をつければ問題ないことなんです。今日はちゃんと教育してあげますからね」
「は、はい‥‥‥」
「はいじゃないですよね」
「ワン‥‥‥」
結菜さんは僕の目の前にしゃがんで、僕の頭を撫でてきた。
「そうです、いい子ですね。輝久君が触れていい女性は私だけ。分かりましたか?」
「はい‥‥‥」
「ん?」
「ワン‥‥‥」
「次に私以外とキスをしたら、次は全裸にしてここに来ます。分かりましたか?」
「ワン‥‥‥」
「でも、全裸では捕まってしまうかもしれませんね。私の下着を着させてあげます」
いや、それでも捕まるんじゃ‥‥‥。あと多分、結菜さんの性癖入ってる。
「もし、私が嫉妬する様なことをしたら、一週間私の下着を着て生活してもらいます。いいですね?」
「ワン‥‥‥」
「なぜさっきから、返事をする時に元気がないんですか? ご主人様に対して失礼ですよ?」
「ワン!」
「やればできるじゃないですか。はい、お手」
「ワン!」
「いい子です。今日はこのまま帰りましょう」
結菜さんにリードを引かれ、僕は四つん這いのまま結菜さんの家に向かった‥‥‥。
帰る途中、自転車で通りかかった若い女性に見られて、恥ずかしくて死ぬかと思ったのは言うまでもない。
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