僕は犬だワン

五月に入り、今はゴールデンウィークで学校は休みだ。

今日は結菜さんの誘いで、何故かペットショップに来ている。


「結菜さん、ペットショップで何買うの?」

「タランチュラの餌を買いに来ました」

「タランチュラ? なに食べるの?」

「生きたコオロギとかですね」

「え!? そんなの食べるんだ。タランチュラって何匹飼ってるの?」

「一匹ですよ? サンタレムピンクヘアードっていう種類で、大きいタランチュラなんですけど、脚が白と黒のシマシマで可愛いんです!」

「そ、そうなんだ‥‥‥僕にはちょっとわからないや」

「良かったらこの後見に来てください! きっと可愛さが分かってくれます!」

「う、うん」


タランチュラか‥‥‥別に見たくないな‥‥‥。

でも、結菜さんの家に行くのは久しぶりだし、少し楽しみだ。


結菜さんは、餌用のコオロギを三十匹買って、レジから戻ってきた。


「帰る前に、どんな生き物がいるか見ていきたいです!」

「そうだね!」


二人でハムスターや鳥や魚を見て、だいぶ癒された後、一緒に結菜さんの家に向かった。





結菜さんの家に着き、タランチュラに餌をあげるために、入ったことのない部屋に案内された。


「あの‥‥‥タランチュラ一匹にこの部屋は広くないですか!?」

「家族なのでいいんです!」


広い部屋に、一つだけ大きなケージが見える。むしろそれ以外なにも無い。

タランチュラなんて生で見たことないし、ちょっと怖い。


「紹介します! この子がタランチュラの輝久ちゃんです!」

「輝久ちゃん!? 今、輝久ちゃんって言った!? ってデカ!!」

「はい! メスなので、君ではなくちゃんです!」

「問題そこじゃないからね」

「だって、タランチュラってイメージよりも臆病な性格で、すぐ隠れようとするんですよ? なのに餌の時は人が変わったみたいにガバっと襲いかかるんです。まるで、興奮した輝久君みたいです♡」

「やめて!? その話しないで!?」

「とにかく、餌あげるところ見ててください!」


結菜さんが、タランチュラを刺激しないように、ゆっくりとケージの蓋を開けて、コオロギをピンセットで掴み、ケージの中に入れた。

すると、タランチュラは素早い動きで、一瞬でコオロギに噛み付いた。


「いや♡ 輝久ちゃん♡ そんな急にダメです♡ いいだろ? 結菜もその気なんだろ? いや♡ ダメですって♡」

「結菜さん? なに言ってるの? ちゃんって言っちゃってるし、もういろいろそのアテレコ意味わからないから。 それにしても、タランチュラこんなに大きいのに食べるの遅いね」

「牙で体内に毒を流し込んで、餌をドロドロに溶かしながら食べるんです! 考えただけで興奮しますよね♡ 私も輝久君のを流し込んでほしいです♡」


結菜さんは二人っきりだと、こういうことを平気で言う。

なのに僕がその気になると、恥ずかしがって拒むんだ。僕の息子‥‥‥本当に可哀想。


それからしばらくの間、タランチュラを観察して時間を潰していると、僕の携帯が鳴った。


「もしもし」

「もしもし輝久?」


電話は芽衣さんからだった。


「明日、美波達がお父さんと釣りに行くんだって! それで私も誘われて、輝久も行かない?」

「あー、結菜さんも一緒でいいですか?」

「うん! 美波と真菜には、二人も誘っておいてって言われてるし!」

「分かりました! ちょっと結菜さんに変わりますね」


結菜さんに電話の内容を説明して、携帯を渡した。


「もしもし」

「なんだ、一緒にいたんだ! で? 結菜も行くでしょ?」

「輝久君となら是非行きたいです」

「分かった! 美波達にも伝えとくね!」

「あの、私釣竿持ってないんですけど」

「なんか、美波達のお父さんが釣り好きで、釣竿いっぱい持ってるから人数分貸してくれるってさ!」

「分かりました。それではよろしくお願いします」

「うん! 朝六時に結菜の家に迎えに行くから! それじゃバイバーイ!」


電話を切ると、結菜さんが不思議そうな表情で聞いてきた。


「朝六時に迎えに来るって言ってましたけど、釣りってそんな早くからするんですか?」

「んー、僕もよくわからないけど、遠い場所に行くとか?」

「なるほど、私の家に迎えに来るって言っていたので、今日は泊まっていってください」

「いいけど‥‥‥宮川さん、いいですか?」

「いつから居たんですか!?」

「もちろんです! 今日は宴会ですね!」

「毎回毎回悪いですよ!」

「問題ないです! さーて! 準備準備!」


宮川さんは嬉しそうに準備しにどこかへ消えていった。


「宮川さん、私のことを無視しました。よっぽど死にたいらしいです」

「や、やめようね」


そして結菜さんが僕に携帯を返す前に、勝手に僕の携帯をいじり始めた。


「結菜さん? なにしてるの?」

「女性の連絡先を着信拒否にしています」

「なんで!?」

「他の女性と連絡をとる必要なんてありません。輝久君に用事があるなら私に言えばいいんです」

「でも、勝手に消すなんて酷いよ!」

「他の女性との連絡がそんなに大事ですか? それに、今日はお泊りですから、十ポイントの罰ゲーム、ゆっくり楽しめますね♡」

「覚えてたんですか‥‥‥」

「当然です」





晩御飯やお風呂を済ませ、今僕は、結菜さんに首輪とリードをつけられて、夜の公園に来ている。


「あの‥‥‥言われるがままついてきましたけど、これなにしてるんですか?」

「忘れましたか? 前に、真菜さんと勝負した時、私が勝って、輝久君は私の恋人であり、ペットになったんですよ?」


あぁ、そんなこともあったな‥‥‥すっかり忘れてた。


「それに、これは罰ゲームですから、恥ずかしいこともしてもらいます」

「ほどほどにお願いします‥‥‥」

「それでは最初に、犬の様に四足歩行になってください」

「本当にしなきゃダメ?」


結菜さんが出会った頃によく見せていた、今ではあまり見せない狂気に満ちた目つきで僕を見つめた。


「なぜ人間語を喋っているのかしら」


僕はその表情に背筋が凍り、大人しく四つん這いになった。

そして、四つん這いになった僕を、その恐ろし表情で見下ろして言った。


「私、ずっと我慢していたんです。M組の皆さんはお友達ですから、あまり酷いことをしたくないんですが、些細な嫉妬は募っていくんですよ? それも、輝久君が気をつければ問題ないことなんです。今日はちゃんと教育してあげますからね」

「は、はい‥‥‥」

「はいじゃないですよね」

「ワン‥‥‥」


結菜さんは僕の目の前にしゃがんで、僕の頭を撫でてきた。


「そうです、いい子ですね。輝久君が触れていい女性は私だけ。分かりましたか?」

「はい‥‥‥」

「ん?」

「ワン‥‥‥」

「次に私以外とキスをしたら、次は全裸にしてここに来ます。分かりましたか?」

「ワン‥‥‥」

「でも、全裸では捕まってしまうかもしれませんね。私の下着を着させてあげます」


いや、それでも捕まるんじゃ‥‥‥。あと多分、結菜さんの性癖入ってる。


「もし、私が嫉妬する様なことをしたら、一週間私の下着を着て生活してもらいます。いいですね?」

「ワン‥‥‥」

「なぜさっきから、返事をする時に元気がないんですか? ご主人様に対して失礼ですよ?」

「ワン!」

「やればできるじゃないですか。はい、お手」

「ワン!」

「いい子です。今日はこのまま帰りましょう」


結菜さんにリードを引かれ、僕は四つん這いのまま結菜さんの家に向かった‥‥‥。


帰る途中、自転車で通りかかった若い女性に見られて、恥ずかしくて死ぬかと思ったのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る