性癖と裏垢

「最近、授業中のお喋りが多いわよ?」


莉子先生が珍しく怒っている。


「沙里さんが来たばっかりだけど、そろそろ席替えをしようと思うの。また席は自由でいいけど、今隣の人とまた隣にならないようにね!」


そんなの結菜さんが許すかな。

そう思った時、やっぱり結菜さんが不満そうな表情で言った。


「私は輝久君の隣じゃないと、授業に集中でっ‥‥‥」

「どうしたの? 結菜さん?」


結菜さんを見ると、沙里さんが後ろの席から、コンパスを結菜さんの背中に刺していることに気づいた。

だが、やってることのヤバさと恐怖に何も言えなかった。

多分、沙里さんの隣の一樹くんもおなじだろう。


「なんでもありません」

「そう、それじゃ席替えをします! 先生、一度職員室に行ってくるから、その間に隣が同じにならないように話し合って決めておいてね」



***


沙里の隣の席の一樹は、沙里がコンパスを刺す瞬間を見たが、それを先生に言えなかった。

コンパスで結菜を刺すと同時に、左手で一樹の太ももにカッターを当てていたからだ。



***



先生が教室を出た瞬間、結菜さんが沙里さんの胸ぐらを掴んだ。


「何をしたの」

「コンパスで刺してみたー」

「何故?」

「輝久の隣譲って」

「貴方には絶対に譲りません」

「てかさ、触んなよ」

「危ない!!」


沙里さんが結菜さんにカッターを振る瞬間、僕は結菜さんに抱き着くようにして結菜さんを守った。

カッターは僕の後ろ首に当たり、傷は浅いが血が出てしまった。

結菜さんは僕を心配して、血を止めるために傷口を素手で押さえてくれた。


「輝久君! 大丈夫ですか!」

「だ、大丈夫大丈夫」


沙里さんが僕の手を引っ張った。


「輝久が可哀想。保健室行こう」

「保健室は私が連れて行きます」

「はぁ? 殺されたいの?」


眠そうな声で恐ろしいことを言う子だ。


周りの美波さんや真菜さん達も、芽衣さんに向かって本気でカッターを振った昨日の光景を見ているせいか、安易に近づけないでいた。


「輝久は私が連れて行くー。バイバーイ」


沙里さんは僕の手を引いて、僕を保健室に連れてきた。

この子は危険すぎる。

あの結菜さんが食い気味に攻撃的になれないのは、自分の身、そして僕の身を心配してのことだろう。


沙里さんは不器用な手つきで傷口を消毒してくれ、ガーゼを貼ってくれた。

そして椅子に座る僕の目の前に立った。


「口開けて」


分かってはいたが、沙里さんはまた唾液を垂らしてきた。


「飲み込んで」

「飲みました‥‥‥」

「好きな人には唾液をいっぱい飲んでほしい?私のを飲んでると思うと興奮する」

「好きな人って、あれは小学生の時の話しですよね」

「今も好き、輝久がいるからこの高校を選んだ」

「なんでこの学校に僕がいるって知ってたんですか?」

「愛梨に聞いた。私、愛梨と友達」


なるほど‥‥‥。ヤバい人の友達はヤバいってことだな。


「でも、僕は今付き合ってる人がいて」

「結菜でしょ? ねぇ、私にしておきなよ」

「なんでですか?」

「だって、私の唾液いっぱい飲めるよ? 輝久もこういうの嫌いじゃないんでしょ」

「無理矢理みたいなもんじゃないですか‥‥‥」

「口開けて」

「もう嫌です‥‥‥」

「開けろよ」


さっきまで眠そうだった沙里さんが、目を大きく開き、ハッキリと喋った。

それにただならぬ恐怖を感じて、僕は口を開けてしまった。


すると僕の舌にカッターの切れない、平たい部分を軽く押し当てられ、僕は恐怖で呼吸が乱れ始めていく。


「口閉じたら大変なことになるよ」


沙里さんはカッターの刃に唾液を垂らし、刃を伝って、口の奥に沙里さんの唾液が流れ込んでくるのが分かった。


沙里さんは僕の口が切れないようにカッターをしまって言った。


「まだ飲み込んじゃダメ、口開けたままにしてて」


次はなにをする気だと思っていると、沙里さんは目の前でパンツを脱ぎ始めた。


な、なにしてるんだ!?

わーえ、薄水色。


「はい、あげる」


沙里さんは脱ぎたてのパンツを僕の口に詰め、その姿を写真に撮ったのだ。

僕が口からパンツを取ろうとすると、素早く僕の手を押さえた。


「取らないで」


沙里さんの顔は火照っていて、何故か下半身をもじもじして、息遣いも荒い。

やばい‥‥‥誰か、助けて。


「そろそろ離れてもらおうかしら」


結菜さん来たー!!


「輝久君? いつまでその汚い物を咥えているのかしら」


その瞬間、沙里さんはまたカッターを取り出し、僕に向けてきた。

そして沙里さんは、また眠そうな感じに戻ってしまった。


「取ったら殺す」

「貴方、今パンツを履いていないのでしょ? 私と取っ組み合いにでもなって、スカートの中を見られたら大変じゃないかしら」

「輝久になら見られたい。それも興奮」


こんな堂々と性癖晒す女子高生を、僕は初めて見た。

悪くないと思います。


「それに、私と輝久の邪魔をしたら、この輝久の写真、ネットの裏垢で投稿しちゃうよ。結菜のことも、あることないこと書いて、人生潰しちゃうよ」

「哀れですね」

「はぁ? うざい、この女」

「ネットで悪口を言ってる人って、自分の価値を下げていることに気づいてないんですよ。悪口を言ってる人に周りが同情して『なにそれ最悪』とか『そいつクズじゃん』とか言っちゃって、自分には仲間がいるという勘違いで安心感を得るのでしょうが、同情してる側からすれば、所詮他人が他人の悪口を言ってるに過ぎないんです。月日が経てば興味も薄れ、どうでもよくなります。その時に残るのはなんだと思いますか?」

「なに?」

「同情していた人からすれば、この人は人の悪口を平気で言う人という認識が残ります。そうなると、自分がちょっとヘマをやらかした時、周りの手のひら返しが起きます。『あいつ、人の悪口言う奴だからな』や『前から最低だと思ってた』など『やりすぎだと思ってた』そんな風に思われてしまうんです。それでも味方をしてくれる人はいるでしょうが、それはそのお馬鹿さんと同レベルってことです。それに、裏垢と言いましたね。表では書けない、いけないことをしているという自覚があるんですよね」

「別に、馬鹿な男が味方になってくれればいいし、それに私傷ついたの。輝久を求めてこの学校に来たら、もう彼女がいるんだもん。辛い、心の傷は一生消えないから、一生ネタにしてあげる」

「自分で一生消えないとか言っちゃって、貴方はよっぽど周りに可哀想と思ってほしいのですね。でも確かに可哀想です。あなたの場合、一生消えないないのは心の傷ではなく、自分の愚かさですから」

「別にいい、どうせ裏垢だし大ごとにはならない」

「裏垢にこだわるんですね。それもそうですよね、人の悪口や暴露を言うたびに、自分のクズっぷりをアピールしていることになりますもんね。だからといって、表で言っている人がいいわけじゃありません。クズはクズです。それに、ネットだから大丈夫と安心していませんか? 何をしてもいいと思っていませんか? 言われている側が訴えに出れば、貴方は、親が大金を支払う様を泣きながら、罪悪感に震えて見ていることしかできない。そんなことになってしまいます。まぁ、お似合いの結果かもしれませんね」

「うるさいうるさいうるさい!!」

「ネットは口とは違って、考えてから呟けるのに、それでも悪口を言ってる人っていうのは、それがその人の本質なんです。悲劇のヒロインを気取ろうが、優しい自分をアピールしようが、まともなふりをしようが、簡単に他者を傷つける本質を持っているんです。いつまでも、他人が貴方の味方をするなんて思い込まないことね」


怖い、結菜さん怖いよ。

このモードに入った結菜さんは、言葉で人を殺せるんじゃないかってぐらい怖い。

でも言ってることはいつも正しく感じる。

正しいからこそ怖いのだ。


「それに貴方はもう、悲劇のヒロインになれません」


気づくと、野次馬のように沢山の生徒達が僕達を見ていた。


沙里さんは、周りの視線に耐えられず、僕の口からパンツを取り、走って保健室を出て行ってしまった。


そして結菜さんはゆっくり僕に近づき、怖いぐらいの無表情で僕の口に手を近づけてきた。


「ゆ、結菜さん? やめ‥‥‥オロロロロ」


今日も今日とて最悪だ。

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