消したい

月曜日は何度経験しても憂鬱だ。

教室に着くと、結菜さんは相変わらず本を読んでいる。


「おはようございます、結菜さん」

「おはようございます」


結菜さんは本を閉じ、僕の手元を見た。


「指輪付けてこなかったんですか?」


結菜さんの指を見ると、学校にも指輪を付けてきていた。


「先生に没収とかされたら嫌じゃないですか」

「なるほど、それじゃ私もカバンにしまっておきます」


結菜さんが指輪を外すと、いつも真菜さんと二人で登校してくる美波さんが、珍しく一人で登校してきた。


「輝久おはよう!」

「おはようございます。今日は真菜さんと一緒じゃないんですね」


美波さんは何故か、少し気まずそうに目を逸らした。


「あー、うん、ちょっとね」


しばらくして、真菜さんも一人で登校してきた。


「輝久くん、おはよう!」

「おはようございます!」


元気に挨拶を返していると、結菜さんが本を見ながら話しかけてきた。


「先週まで話したりしなかったのに、随分仲良くなったんですね」

「き、昨日、服屋で少し話したからかな」

「そうですか」


あれ?やけに素直だ。

逆にちょっと不気味な気もする。

それにしても、芽衣さん遅いな。

会うの気まずいけど、ちゃんと話し合わないとだし‥‥‥。


芽衣さんを待っていると、次に教室に入って来たのは莉子先生だった。


「みんな! 今日は全校集会だよ。体育館に移動してー」


うわ、全校集会か。

みんなに顔を合わせるのは久しぶりだし、拓海くんに絡まれたりしないかな‥‥‥。


芽衣さんが来ないまま体育館への移動中、美波さんが僕を見つめながら横を歩き始める。

僕の顔、なにかついてるかな。負のオーラとかかな。


「なんか不安ごと?」

「えっ! いや‥‥‥」

「そういえば、輝久ってなんでM組に?」

「いじめの罪をなすりつけられたんですよ」


それを聞いた結菜さんが、いきなり目を鋭くさせて話に混ざってきた。


「誰にですか?」

「拓海くんっていう人です」


その名前を聞いて、真菜さんも話に参加し始める。


「あー、その人知ってます」

「いじめで有名な人ですね、私もよく知ってます」


みんな拓海くんのことしってるんだ。

悪い意味で有名人だな。


話しているうちに体育館に着いてしまった。

既にM組以外の生徒はみんな整列していて、後ろの方に移動していると、体育館に拓海くんの声が響いた。


「おーい! おせぇーぞM組!」


すると結菜さんは、無表情のまま拓海くんに近づいていく。


「ゆ、結菜さん!?」


結菜さんは僕を無視して、拓海くんとの距離をどんどん詰めていく。


「俺になんか用か? てか、お前可愛い顔してんじゃん。今度俺の家に遊びに来いよ」


結菜さんは、拓海くんの目の前に立った瞬間、拓海くんの顔めがけてカッターを振った。

拓海くんは危機一髪で後ろに倒れこんで怪我せずに済んだが「キャー!!」と体育館中に生徒達の悲鳴が響き、生徒達は結菜さんと拓海くんから距離を取り始めた。


結菜さん!?なにしてるの!?

あの振り方は絶対に殺す気だったでしょ!


拓海くんは腰を抜かしているのか、立てなくなっている。


「お、お前!! なにしやがる!!」

「貴方のお陰で輝久くんに出会うことができました。感謝します」

「はぁ? い、意味わかんねーよ!!」


結菜さんは無表情のまま、腰を抜かした拓海くんの腹を右足で思いっ切り踏みつけた。


「本当に感謝しているのですよ? でも、人の人生を潰していいのは、自分もそれをされる覚悟のある方だけなんです。貴方には、その覚悟があるのでしょ? 私にはありますよ。輝久くんの為なら、私は自分の人生を犠牲にできます」


その時、校長が莉子先生に大声で指示を出した。


「莉子先生! なにをボケっとしておる! 早く止めなさい!」

「は、はい!」


莉子先生は結菜さんに駆け寄り、カッターを持っている手を力強く掴んだ。


「結菜さん!! なにしてるの!!」

「この男は、輝久くんの為に消してあげなきゃいけません」

「とにかく生徒指導室に来なさい!」


結菜さんは莉子先生に手を引かれ、体育館を後にした。


言うまでまでもなく、この事件で今日の全校集会は中止となった。





教室には僕と、美波さんと真菜さんの三人だけだ。

芽衣さんはやっぱり休みなのかな。

絶対僕のせいだよな。


そんなことを考えていると、美波さんが結菜さんの席に座って話しかけてきた。


「さっきの結菜ヤバかったね」

「うん、いきなりだったからビックリでしたよ」

「それよりさ、まだ連絡先交換してなかったよね! しようよ!」


それを聞いた真菜さんが急に立ち上がる。


「わ、私とも!」


携帯に貼ってある、結菜さんとのキスプリを手で隠しながら二人と連絡先を交換すると、目の前にいる真菜さんからチャットが届いた。


『今日の下着は水色です♡』


なっ!昨日の下着!?

いや、考えちゃダメだ!!

だが、思わず真菜さんの体を見て想像してしまった。


『今、想像した?』


真菜さんは恥ずかしそうに僕を見ている。


『返事してくださいよ』


僕も携帯で返事を返すことにした。


『同じ教室にいるんだから、普通に話した方が早くないですか?』

『チャットだと、二人だけの空間みたいでいいじゃないですか!』

「二人とも、なにコソコソしてるの?」

「ま、真菜さんからチャットが来たので」


そう言うと、美波さんは拳をグッと握りしめて、真菜さんを軽く睨みつけた。


「目の前にいるんだから、普通に話しなよ!」


真菜さんも負けじと美波さんを睨みつける。


「別にいいでしょ! 私の勝手じゃん!」


今にも二人の喧嘩がエスカレートしそうなタイミングで、莉子先生と結菜さんが戻ってきた。


「はーい、席に着きなさーい」


結菜さんは何もなかったかのように、いつも通り無表情だ。


「結菜さん、大丈夫でしたか?」

「はい、厳重注意で済みました。あと一度問題を起こしたら退学らしいですけど」


美波さんと真菜さんは席から同時に立ち上がり、息ピッタリで、ちょっと嬉しそうに言った。


『本当に!?』


結菜さんは、明らかに喜んでいる二人の方を不気味にも感じる優しい表情で見つめた。


「何故でしょう。貴方達、ちょっと嬉しそうじゃないですか?」


二人も結菜さんの優しそうな表情に不気味さを感じたのか無言で座ってしまった。


「はぁー‥‥‥」


莉子先生が、いきなり深いため息を吐き、僕は先生のため息の理由が気になって聞いてみた。


「先生、どうしたんですか?」

「ただでさえクラスメイトが少ないのに、二人も休みだとね、もうすぐ始まる合宿、みんな揃うのか不安でさ」


合宿?この学校に合宿なんてあったかな‥‥‥。


「合宿? ですか?」

「そうよ? M組の生徒は毎年ボランティア合宿に行くの」


合宿‥‥‥だと!?

丸一日女子と一緒!?

普通なら嬉しいはずなのに、何故だろう‥‥‥命の危機を感じる。


「ちなみに、合宿は二泊三日だからね」


二日も!?そんなの何も起きないわけがない!

あっ、今立ったフラグを今すぐ誰か折ってください。


「ちなみに、合宿っていつですか?」

「十日後です! あー、輝久くんがM組に来たのは、合宿のプリントを配った後だもんね。後でプリント持ってくるわね」

「ありがとうございます」





放課後、莉子先生から合宿の内容が書かれたプリントを受け取った。


【ボランティア内容/海のゴミ拾い。海の家のお手伝い。各自、水着を持参するように】


それだけ?てか‥‥‥水着イベントきたこれ!!


真菜さんは、帰る準備をしながら美波さんを気まずそうに誘った。


「お、お姉ちゃん、一緒に帰ろ?」

「う、うん、いいけど」


美波さんと真菜さんは、二人で教室を出て行ったが、なんだか二人とも、いつもと様子が違うように感じる。


とにかく僕も帰るか。


「輝久くんは私と帰りましょ」


結菜さんは、カバンにしまったペアリングをはめながら僕を誘ってきて、僕は結菜さんと教室を出た。


帰り道、特に会話もなくあるいていると、結菜さんが何故か不安気にしていることに気がついた。


「どうかしましたか?」

「合宿のことなんですけど」

「はい」

「水着‥‥‥どんなのがいいかなって」

「結菜さんは、やっぱり白ですよ!」

「でも、変な水着を着て、輝久くんに引かれたら嫌です」

「引いたりなんかしません!」

「本当はサプライズで、可愛い水着を着ようと思ったのですが、どうしても自分じゃ決められなそうで、よかったら明日、学校が終わったら一緒に買いに行ってくれませんか?」

「分かりました! 行きましょう!」


結菜さんの不安そうな表情が笑顔に変わった。

こんなことを気にしていたのか。乙女だな。


「本当ですか!?」

「本当です!」

「嬉しいです。輝久君‥‥‥大好きですよ♡」


本当、好きって言われると複雑な気持ちになる。



***



真菜は一緒に帰る美波に、ある提案をしていた。


「お姉ちゃん‥‥‥お姉ちゃんも、輝久くんのこと好きなんだよね」

「う、うん」

「私も輝久くんのことが好きなの、でもね、結菜ちゃんが邪魔なんだよね」

「真菜が輝久を好きってのも許せないけど、まずはそこだよね」

「うん、私達で協力してさ、結菜ちゃん‥‥‥消しちゃおうよ」

「どうやって?」

「後一回問題を起こしたら退学って言ってたでしょ? 合宿中に、私達が輝久くんとイチャイチャするところを見せつけるの」

「そうすれば、怒った結菜が何かしでかすってこと?」

「そう、それで‥‥‥合宿中だけは私達お互いに、輝久くんとイチャイチャしても恨みっこなし」


美波は少し考えた後に答えた。


「‥‥‥乗った」



——その頃、芽衣は柚木が入院している病院に来ていた。



病室に入ると、柚木はベッドに座って携帯をいじっていた。


「久しぶり」

「あれ? 芽衣!? 髪黒くしたの!?」

「うん、またすぐに戻すと思うけどね。ちょっと気分転換に」

「そうなんだ! 黒いほうが可愛いじゃん! それにしても、誰もお見舞いに来てくれないから寂しかったよ」


芽衣はいきなり表情が暗くなった。


「柚木‥‥‥」

「え?」

「柚木が事故にあった日、結菜と一緒に帰ってたよね」

「う、うん」

「その怪我、結菜にやられたんじゃないの?」

「そう‥‥‥だよ」

「柚木さ、輝久のこと好きなんでしょ。だから結菜にやられた、違う?」

「当たってる。でも、なんでそこまで分かるの?」

「私、輝久と付き合ってるの」


芽衣のその言葉に、柚木は、あからさまに怒った表情をしてベッドから立ち上がった。


「は?」

「それで、私も結菜に酷いことをされた」

「ねぇ、私にそれを言ってなにがしたいの? 絶対馬鹿にしてるよね」

「違う! 二人で学校から結菜を追い出そうって言いに来たの!」

「‥‥‥確かに、結菜には恨みがある。いいよ、でも‥‥‥先に言っておく。結菜の次は芽衣だから」

「その時は相手してあげる。絶対に輝久は渡さないけどね。だから、それまでは仲良くしよう」

「わかった。私、明後日から学校行けるから、明後日からまたよろしく」

「わかった。それじゃ私は帰るから」


柚木は、いきなり寂しそうに帰ろうとする芽衣の手を掴んだ。


「えー! しばらくは仲良くするんでしょー? もう少し話そうよー」

「ま、まぁいいけど」



***

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