十.

 目が覚めたのは朝の十時半過ぎだった。

 布団を片付けて隣の板の間に行ってみると、案の定少女はいない。

 もう、今日の仕事に出かけているのだろう。

 部屋の真ん中にあるちゃぶ台の脇に、白木のおひつが置かれていて、その上に紙切れがいちまい載っている。

 とりあげてみると、つたない鉛筆の字で、「冷ゾウコにさしみが入っています」とあった。

 土間に積まれたコンクリートブロックの上に鎮座してうなりをあげている冷蔵庫を開けてみると、その伝言のとおり、かつおの刺身が入っている。

 いつもの白い丸い皿に半分だけ残されていた。

 台所から食器を持ってきて、おひつのご飯を盛り、ひとりでもくもくと食事をする。

 食べ切れなかったぶんの白飯は、おにぎりにさせてもらうことにして、なにか具になるものはないかと探してみたのだが、巨大な出刃包丁と、やたらと長い刺身包丁、液体が染みこんで黒く変色した木のまな板、古びた電気炊飯器、醤油、それに、いくらかの食器類、それだけしか見つけることができなかった。

 流しの横に竹を編んだ小さな四角形の篭が乾かしてあったので、それをお弁当箱代わりに借りていくことに決め、作ったおにぎりを詰めて自分のハンカチで包む。

 それから昨日も使った空きびんに蛇口から水を汲み、出かける準備をととのえた。

 今日も空は快晴で、太陽がまぶしい。

 私は昨日行かなかったところを探索しようと考えて、家の裏手からはじまっている小道をたどっていった。

 道は途中からゆるやかな登りになった。

 周囲の斜面に、丈の高い草ではなく、細い幹をした雑木が増えてくる。

 このあたりが少女の言う「裏山」なのだろうか。

 本当にかつおが捕れる場所があるのか、ときょろきょろしてみたけれども、まばらに生えた下草の上に、魚影のようなものは見あたらぬ。

 現れる時間帯などがあるのかもしれない。

 とりあえず、かつおのことは置いておき、目下いちばん大切な目標に集中することにした。

 駅を探すのだ。

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