第1章:『酔』いしれ占う仲良いあの『娘』
「んぁ……あ、死んでる」
目を覚ましたら、手元の画面には『GAME OVER』の文字が表示されていた。画面の中で、キャラクター二人は眠るようにして息絶えている。
「や……」
これで何度目だろう。
辛抱たまらず、
「やってられっかこないなクソゲー!」
うがー! と呻きながら、身を投げ出していたソファの上で仰向けになる。そうして見上げた天井には窓が取り付けられていて、そこから見える空は綺麗な夕焼けに染まっていた。
ソファに寝転がったのは朝方だったか。
すでに一日が終わろうとしている事実に、莉結はうちのめされそうになる。うぅ……、と今度は弱々しく呻きながらうつ伏せになり、ソファをぼこぼこ殴り始めた。
「いつんなったらエンディング見られんねん!」
そうしてぶつけられる莉結のやるせない怒りを、ぽすぽすと情けない音に変換して受け止めていたソファだが、そこに置いてあったゲーム機は衝撃をいなしきれず、ソファの上で二、三度跳ねた後、床へ転がった。
「あわわわわわわ!」
莉結は慌ててゲーム機を取り上げ、真っ先に起動するかどうかを確認した。果たして電源はつき、
「壊れてへんでよかったぁ……」
安堵の息をはく。だが、真後ろの空間に波紋のような揺らぎが起こり、黒髪の少女が音もなく現れていたことには気づいていなかった。
「よーくーなーいーでーすー」
わずかな怒気を含ませる間延びした声が聞こえたかと思えば、莉結のこめかみにはいつの間にか拳骨がセットされている。そしてグリグリと莉結の頭部を圧迫しはじめた。
「いたっ! いたた、い、いたい!
「床に落っことされたゲーム機くんの方がよっぽど痛かったと思うよ? ほら、ゲーム機くんに謝って!」
「いや機械に感覚はな……いたい痛い! ごめんなさい! ゲーム機くんさんごめんなさい! もう落っことさんって! 大事にしますから!」
「ん、よろしいでしょう」
穏やかな声の主は満足したようで、莉結は拳骨から解放される。
即座にしゃがんだ莉結は頭をさすりながら、涙目で後ろを振り返った。
「いったぁい……っ。頭へっ込んだらどないすんの、悠璃!」
悠璃と呼ばれた少女――――
「ごめんごめん。でも莉結、小顔になりたいって前言ってたじゃない? だからそれはきっといいことよ」
「んなわけあるかいな! ウチが言ったのは顔! 悠璃がやったのは頭! ぜんぜんちゃうやんか! ドゥーユーアンダスタン!?」
「いえあ。あいあんだすたん」
にっこりと微笑む悠璃に、莉結は胡乱な視線を向けずにはいられない。
今日の悠璃は何かがおかしい。
しかし何が――そう思ったとき、莉結はわずかに匂う悠璃の呼気に気がついた。
「悠璃」
「なぁに、莉結」
「リンゴジュース飲んだやろ。口からリンゴの匂いするもん」
「あはは、バレた〜?」
「ゲームのデバックしとったんちゃうんかい……」
「ひと段落ついたからご褒美に一本飲んじゃった♪」
はずかし〜い、と全く動じていない様子で口元を押さえる少女に莉結はため息をつく。
「リンゴジュース飲んで酔う女子高生なんて聞いたことないよ……」
「酔ってないってば〜」
「酔ってるやつはみんなそう言うんやって! ほら、持ってる残りぜんぶ出して!」
「……はぁい」
返事をした悠璃が左手を閉じ、開く。
するとその左手には、未開封のリンゴジュースの瓶が握られていた。
莉結はリンゴジュースを受け取ると「これは預かっときます」と言って立ち上がる。
「莉結、どこ行くの?」
「ご飯の準備よ。今日の当番ウチやから」
「そっか。じゃあ今日の晩ご飯はなあに?」
「金曜やしカレーにしよかなーって」
「そっかそっか。……ところで辛さのほどは?」
「甘口。すりおろしリンゴとハチミツ入りのやつ」
「やったあ」
花咲くように悠璃が笑う。嬉しそうな悠璃の顔を見て自分も嬉しい気持ちになった莉結は夕食を作るべく、右手をグッと握りしめて――――弾くように開いた。
するとその動きに呼応するように、莉結の目の前の空間がパッと揺らぐ。そうして先ほど悠璃が現れたときのような波紋を呼び起こした。
リンゴジュースを右手に持ち替え、左手も同じ動きをするとすぐ上の空間が揺らぎ、 そこからエプロンが落ちてくる。代わりにリンゴジュースを中に突っ込んでおく。
「すぐできるから待っててな」
ゆるゆると手を振る悠璃にそう言い残し、莉結はエプロンをつけながら空間の揺らぎに溶けていった。
漂白したてのシャツのように真っ白な食卓に、甘口カレーと付け合わせのサラダが並ぶ。
そうして二人ぽっちの晩餐が始まった。
いつもどおり、他愛ない話題に会話を弾ませながら。
「莉結はいつまであのゲームやるつもりなの?」
「そないなの、エンディング見られるまでやるに決まってるやん」
「エンディング見られなくて『クソゲー!』って言ってるのに?」
「そっ、そらそうやけどぉ……」
最近の話題はもっぱら例のゲームについてだった。
「どこから拾ってきたのか知らないけど、時間ムダにするのだけはやめなよ〜」
最後の一口をスプーンで掬いながら、悠璃は憂いと呆れの混じった視線を莉結に向けた。そうすると莉結はお決まりの言葉を言う。
「あれは絶対人気になる! 〈百合×ゲームクリエイター〉の話やで!? 人気にならんわけがない!」
「いっつもそれ言う〜」
「ホントやって! 絶対人気出るから!」
「それなら早くクリアして感想聞かせてよ。わたし達の作るゲームのためにもさ」
一足早く食べ終わった悠璃はひと息にそう言うと食器を持って立ち上がり、空間の揺らぎへと溶けていった。
二人だと賑やかだった食卓も、ひとりになるとあっという間に静謐で満たされてしまう。
ひとり残された莉結は卓上のゲーム機を見つめながら、寂しさをまぎらわせるようにして呟く。
「ウチらのゲームも早く完成するとええなぁ……」
一つ屋根の下、当番制で家事を分担して朝から晩までゲーム作りに明け暮れる。
これが、阪島莉結と呉島悠璃の日常だった。
といっても莉結はゲーム作りが得意ではないため、ゲーム作りの得意な悠璃に多くの部分を任せてしまっている。せいぜいが各章のタイトルやキャラクター設定を決めている程度だ。
その分、家事を多めに引き受けたりとバランスは取っているつもりだが、物作りの方がよほど大変だろう。
もちろん、自分にも得意なことはある。
「かような過労は辛いだろうて、はよう太陽見たいのー」
適当に思いついた言葉遊びを口にしてみた。こんなもの実生活では全く役に立たない。
だから、一日も早く悠璃がゲーム作りから解放されることを願っている。
悠璃はあと少しコマンドを足すだけと言っていたから完成はもう近いのかもしれない。
そして最近。
ふとした瞬間、疑問に思うことができた。
――――いつ始まったかもわからないこの生活は、いつ終わるのだろう?
何度も自問し、けれど一度も答えの出ることのなかったそれを、莉結は残りのカレーと共に自分の内へかきこんだ。
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