父様はメードマスター

サダめいと

第1話 父親になりました

 故郷の両親へ――


 今日僕は、父親になりました。


 できちゃった結婚ではありません。キャラクターを作ったと思ったら、本当に子供が作られてしまっていたんです。

 何を言っているのかわからね……はい、僕自身がわかっていません。

 だけど信じてください。現実にそうなっているんです。

 僕に、子供ができました。


「父様、しっかり食べてくださいね」


 なぜか年齢は中学生くらいで、なぜか食事を作ってくれています。

 この際なので、そのような幼な妻がヒロインの漫画を呼んでいたことは白状しますが、まさかそんな漫画にしかないような状況になるなんて思いもしなかったんです。

 いくら東京にだってそんなお店があるなんて話は知らないので、いかがわしい店に入り浸ってるなんてことはありませんので誤解しないでください。


「食べたらちゃんと寝てください。どう見たって寝不足が原因ですから」


 客に一時だけの非現実感を提供するのが存在意義であるお店が、こんなにも所帯じみたシチュエーションを提供すると思いますか?

 お客さんが寝てしまったら夜通しの営業になって、風営法違反まっしぐらではありませんか。って僕は断じてそんなお店に通ったことなんてないですからね。勘違いしないでくださいね。


「今夜は一人にさせませんよ。アムが一緒に寝ますから」


 ごめんなさい、もしかするとそういうお店なのかもしれません。


+*+*+


 質素で滋味深い食事を終え、手を引かれて自室に向かう。

 僕の手をぎゅっと握る少女の手は、抵抗すれば簡単に振りほどけてしまうほどか弱く感じられた。相手は少女なのだから当然なのかもしれないけれど、それにしたって弱々しい。僕の体調を心配してくれる発言をしていたのに、そもそも自分の体調も万全ではないんじゃないかと思えるほど華奢な体躯をしている。

 正直、悟ってしまった。

 少女は、そして自分は、とても貧乏な家庭にいるのだと。


「今夜は冷えそうなので二人分でちょうどいいくらいでしょう」


 照明の無い部屋は窓からのわずかな明かりだけでどうにか身動きが取れる状態だったので、中に何が置いてあるのか調べるのは夜が明けてからにしようと観念し、万年床らしく起毛が衰えぺったんこになった毛布の上に横になっていると、少女が他の部屋から同じような毛布を持って入ってきた。

 何の躊躇いもなく僕の横に寝転がり、持ってきた毛布を被せる。


「おやすみなさい、父様」


 ほぼ密着する少女の身体。はっきりとその体温を感じられる距離に年端もいかない少女の肉体が横たわっている事実に胸が早鐘を打ち始める。

 その状況だけでも罪深さを感じてしまうというのに、重ねられた異常なステータスが僕を発狂させるには申し分なかった。


 ひとつ、容姿が僕の理想像そのものであること。

 ひとつ、服装が身体にフィットしてラインがくっきりと浮かんだ体操着であること。


 僕がこの異常な状況に身を置く前までに、不眠不休で作っていた三次元モデリングのキャラクターがそのまま受肉して生まれたとしか思えないこの少女。

 公共の場ではあまり大きな声では話せないような特定対象年齢向けのゲームなので、モデリングは裸体から細かにパラメーターが割り振られ、好みの体型にすることができるようになっているから、その女性らしさを有しながらも未成熟な肉体のラインはしっかりと把握している。ラインどころか、恥ずかしい部位まで自分好みのパーツを選択したくらいである。

 完成後、さすがに裸体のままでは可哀想だからと、下着を選ばずに体操着だけを被せた。室内とは言え、冬にエプロンのみでは寒そうだったから、身体を動かせば温かくなりそうな体操服にしたのだ。

 その状態のままの姿が今、僕のすぐ横に寝転がっているのだ。


「……父様?」


 思わず触っていた。

 作り込んだモデリングの完成度を確かめたい一心に。

 しかしその手触りは、いくら技術が発達しても無機質なままのはずのポリゴンデータなどではなく、明らかに人間の肉体が持つ柔らかさと熱が伝わってくる。


 僕の中で理性の限界を突破し、弾けた。


「ぎゃあああああああ!!!」


 寝具から転がり出て、部屋の壁に当たった痛みでこれが現実だと認めざるを得なくなってしまう。


「父様、どうしたのですか!?」


 近寄ってきた少女の声に、壁に向いていた顔を巡らせると、わずかな明るさでも輝いて見えるような白い肌が眼前を覆った。

 瞬間、意識を手放してしまう。美しい少女の上半身が裸体を晒しているのを目にして理性を刈り落とされたのだ。


 このあまりにも生々しい夢から醒めた先には、一体何が起こるのだろう。

 夢と現実の間を漂う感覚に、今起こっていたのは夢だと冷静に断定してしまう自分がいた。

 ありえない。あまりにもありえない。

 きっと起きたら悲しいぐらいに孤独な自室に戻っていて、情けなくもパンツを汚していることだろう。


 ∧∧∧∧∧∧∧∧

< ビターン!! >

 ∨∨∨∨∨∨∨∨


 清々しい破裂音が耳朶を打ち、頬に鮮烈な痛みの後に熱さを感じる。


「父様! しっかりして父様!」


 夢で聞いたのと同じ少女の声が、意識をまた引き戻す。

 視界が再び少女の姿を捉える。

 また意識が飛びそうになる。その肌色と桃色の配置はまずい、蠱惑すぎる。

 僕は努めて紳士の心持ちで、少女の上半身から脱げた体操服を拾い上げて前を隠すようにして押し付ける。とりあえず白い肌の大部分は覆い隠されて、なんとか意識を繋ぎ止められそうになった。

 まああの流れからすると脱がしたのも僕だから自業自得なんだけど。


 しかし少女は僕のセクハラ行為を責める怒りの感情ではなく、心配そうな顔を浮かべて話し掛けてくる。


「どうしてしまったのですか、父様らしくないですよ」


 何だい、君の父様というのは娘を脱がせてそのままにするのを平常とする変質者なのかい?

 でも、少女の顔には一心に僕のことを心配する眼差しを宿していたので、そんな発言をしていいような空気ではなかった。


「やっぱり……あの呪術師に憑き物をさせられてしまったのでしょうか……」


 そして、恐ろしい発言をされていた。

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