3つの正義は表に賭ける
ミネラル・ウィンター
第壱話
普通の道から外れた場所にある
そんな路地裏に1人男が入っていった。
男は周りをキョロキョロと見回しながら、警戒して路地裏を進んでいった。
足どりからこの男はこんな所には来たことがない、表の住人だという事が分かる。
しばらくして、男は目的の場所にたどり着いた。
その建物は築10年弱の新しくもなければ古すぎるという事もないものだ。外見はパッと見では普通に見える。
だが1つだけ、おかしい所があった。
この建物の入り口には一枚の張り紙がある。その張り紙には手書きで『殺し屋やってます』と、消して上手いとは言えない字で書かれていた。
「こ、ここか・・・!」
男は緊張から
その建物は入り口からすぐに階段になっており、薄暗い通路が上にと続いている。
「おっと、ちょいと待ってくれねぇか?にいちゃん」
階段に足を掛けようとしたその時。突然、男の声が聞こえた。
急に聞こえてきた人の声にビックリし、反射的にその声の主を探す。だが、辺りに人は1人もいない。
声が聞こえたハズなのに姿は見えない。その不気味な事実がさらに恐怖を
「ここだよ、ここ」
1人で恐怖していると、再び声が聞こえた。
そして、次の瞬間。男が入り口の
「こ、"
「おっと、俺をあの人達と一緒にしてもらっちゃ困るな。俺はただの受付。"レイド"ってもんだ」
この力を使える人間は必ず先天的なもので誰でも使えるという訳ではなく、一部の人間だけが言霊を使う事が出来る。
そして言霊を使える者達を言霊使いと呼んでいる。
コンクリートの壁から男が出てくるという超常現象。これは彼の言霊の力によるものだ。
今現在、言霊使いが生まれるのは3000人に1人の確率だ。
言霊という力が発見されてから50年。その時から超特急で研究が進められているが、未だに解明には至らず。判明できた事は少ない。
レイドと名乗った男の斜め後ろには『
そしてその文字は数秒すると、空気に溶け込むように消えて
「にいちゃん。ここに来たって事は"
「っ!そ、そうだ!彼らに依頼があってきたんだ!」
「よし、わかった。あの人達は上にいる。依頼は直接頼むぜ。だが・・・あの人達に会う前に1つ、注意事項がある」
「ち、注意事項?」
先ほどまで作り笑いで話していたレイドから笑顔が消える。それはその注意事項がとても大切なものなのだと悟らせる。男は思わず2回目の生唾を呑んだ。
「・・・お前、女に手を上げた事はあるか?」
「・・・は?」
真剣な表情で、レイドはよく分からない質問をした。一体そんな事を聞いてどうしようというのか。
心理テストのようなものなのか。彼らのような裏の住人が知る暗号か。
「そ、そんな事を聞く必要があるのか?」
「いいから答えろ。過去一度でも女に手を上げた事はあるか?」
レイドの表情は真剣だった。
だが、質問の意図は何度考えてもわからない。
「答えろ」と言ったレイドの
つい数週間前の事だ。男はある事が原因で恋人とケンカをした。その時なにを言われたかハッキリとは覚えていないが、恋人のある一言でカッとなり恋人をはたいてしまっていた。
「あー、そうか。なら
「なっ!どういう事だ!?」
突然帰れと言われた男の疑問は当然だ。
どういう理由で「止めといた方がいい」という判断になったのか教えてほしいものだ。それに、それ以前に男は帰れない。男はある程度覚悟してきてここに来たのだ。
男がこのままなにもせず帰るという選択を選ぶのは不可能だった。
男はしばらくレイドと言い争った。どうして駄目なのか、何がいけないのか。レイドに聞くがレイドはハッキリとは答えなかった。
男は段々とレイドが嫌がらせで、言っているだけなのではないか?と思うようになってしまう。
そしてついに、レイドを無視して上に上がる事にした。
「俺はアンタに依頼をしにきたわけじゃない!上に彼らがいるんだろ?依頼を受けるかどうかはせめて、彼らに決めてもらう!」
そういって男は階段を上がっていった。
レイドは階段を上がっていく男の後ろ姿を見て、ニヤリと笑うと誰にも聞こえない声で呟いた。
「あーあ。忠告はしたぜ?」
階段を上がるとそこには1つの扉があった。
ここに彼らがいる。男はドアノブに手を掛けた状態で本日3度目の生唾を呑む。
そして意を決して、その扉開けた。
「ん?」
「・・・」
「Fooo!」
扉の先には三人の男がいた。
1人はソファに寝転がり、本を読んでいる。
もう1人は机に座り、なにやらパソコンの画面を
そして最後の1人はパイプ椅子に座り、子供のようにガッコンガッコンと椅子を前後に揺らして奇声を上げていた。
(間違いない!指名手配の写真と同じだ!)
三人の男達は最近ニュースでも報道されるような有名人だ。それも殺人という事件を取り上げる際、必ずと言っていいほど彼らの事も触れられる。最近だと個人のコードネームではなく三人一緒に組織名の方を聞く事が多い。
その組織名は『テロスティア』。
彼らは殺し屋だ。
「・・・とりあえず、そこの椅子にでも座ってくれ」
「っ!は、はい!」
男が入ってきた後、謎の沈黙があったがパソコンに向かっていた男。"レシオン"というコードネームの男が話を聞いてくれるようだ。
男は言われた通りに近くにあったパイプ椅子に座った。
「あー、それで?何の用?」
「は、はい。本日はあなた方に依頼があってきました!」
「依頼か。ターゲットの名前と・・・写真は持ってきているか?」
「はい!こちらです」
殺し屋に頼む依頼とは、もちろん殺しの依頼だ。
男はある人物を彼らに殺してもらいたくて、
「ん?この男・・・どっかで見たことある気がするな」
「はい。ご存知かと思いますが、この男の名前は"
「なるほど、あの会社の社長か」
男の依頼は大手の家電メーカーとして世界にも知られている会社。ノーブルという会社の社長を殺す事だった。
というのも、彼はつい最近までノーブルに勤めていたのだ。
ある時、重大なミスが発覚した。そのミスの原因は
だが社長の金成はそのミスを隠し、部下の男に自分の失敗を押し付けた。
結果、その男は会社を強制的に退職させられ加えて罰金を食らってしまう。
男は大手の会社でそれなりの地位にいたが、一変してドン底に叩き落とされたのだ。
そのせいで8年付き合っていた恋人ともケンカ別れし、彼の人生は見違えるほど変わってしまった。
その
あの男は数々の不正をし、権力を使いその不正を
決定的な証拠がない以上、あの男を法律で裁くのは難しい。
だからこそ、男は彼らを頼った。法律では裁けない悪を代わりに裁いてくれる存在。
「"
レシオンが写真をJと呼んだ男に向かってなげる。Jとはパイプ椅子を前後に揺らして奇声を上げている男の事だ。
Jは真後ろに飛んできた写真を見ずに受け取った。そしてその写真をじっと見る。
「・・・ギィィィルティ!!」
突然、Jがカタカナ英語を叫ぶと写真をレシオンに投げ返した。
Jという男の事は例の事件の事と噂ぐらいしか知らないが、その噂の通りヤバい奴という印象を男に植え付けた。
「依頼を受けよう。金の用意できてるか?」
「本当か!?良かった!金の事は知っている。前金で500万、依頼完了後に500万だろ?」
彼らテロスティアが依頼を受ける際、依頼料は必ず1000万円だ。その内の半分、500万は前金として払う。
彼らの依頼はよくも悪くも金額が固定されている。例え誰がターゲットだろうと、金額が変わる事はない。
どんな大物だろうが、名のしれない一般人だろうが、依頼料は変わらない。
男は持ってきていた500万をレシオンに渡した。
レシオンは慣れた手つきでその500万を確かめる。
「確かに500万、頂いた」
「ああ、よろしく頼む!あいつを殺したら必ず残りの500万も払う!」
「・・・いや、いい」
「え?」
「残りはいらねぇってことだ。お前の依頼はこの500万で受ける」
突然レシオンがおかしな事を言い出した。
男からしたら払う料金が少なくなるので、嬉しい事だが。その理由がわからない。
まさか気分で残りの500万をいらないと言っている訳ではないだろう。
なにか理由があるはずだ。男はそんな事をいうのか、レシオンに尋ねた。
「何故、ってそりゃあ」
男は忘れていた。下でレイドが止めたのに勝手にここに上がってきたことを、だ。
途中まで話がうまく進んでいたので、完全に忘れていたのだ。
「残りはお前の命を貰うからだ」
「ギルティ」
レシオンのその言葉が聞こえたと思うと、直ぐに後ろから別の男の声が聞こえた。
その声はJのものだ。
Jの手には中華包丁のような刃物が握られており、振り抜いたような動作をしていた。
男は宙に浮いた頭で最後に自分はJに殺されたのだと理解し、同時に先ほどのレイドの言葉どおりに帰れば良かったと後悔した。
ドシャッ、という鈍い音がする。
男の頭部が床に落ちた音だ。命令部である頭を失くし、立つ事が出来なくなった体の側に頭は落ちた。
頭部と体の切断面からは血が絶えず流れだし、床を赤色に染めていく。
「レイド。処理を頼む」
「へい!」
レシオンが壁に向かって話しかけると、壁からレイドが出てきた。出てきたレイドの背後には先ほどと同じように『同化』という文字が白く発光している。
レイドは手慣れた様子で男の死体を片付けると、死体を持って直ぐに部屋から出ていった。
レイドが出ていった事を確認すると、レシオンはソファで本を読むふりをして寝ている"リオン"を起こす。
「おい、リオン。そろそろ起きろ、仕事が入ったぞ」
「んんぁ?」
大きな伸びをして、リオンは起き上がった。
レイドが掃除したため部屋は何事もなかったようにキレイだが、多少の血生臭さを感じると直ぐに目が覚めた。
リオンはそれだけで寝ている間に何があったかを察し、早速準備を始めた。
「で、今回のターゲットは誰なんだ?」
これから誰かを殺しに行く事はわかったが、誰を殺しに行くかまではわからない。
リオンは服を着替えながら、レシオンに聞いた。
「ノーブルって会社の社長だ」
「りょーかい」
リオンはあくびしながら返事をする。まるで人を殺すというのが当たり前の事のように、殺人という事をなんとも思っていないのが今のやり取りでよくわかる。
それはリオンだけではない。彼ら全員が殺人をする事に抵抗がない。だが、殺人という行為について何も考えてない訳ではない。
それは彼らなりの答えが、彼らなりの正義があるからだ。
「じゃあ行くぞ」
「ああ」
「オーケー」
彼らは今宵も自分達の正義を信じ、その正義に反する悪を裁く。
『いっ、嫌だ!まだ死にたくない!!』
『た、助けてくれ!!』
『やめ、やめろ!やめっ!』
『バラ・・・バラ・・バラ、バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ!!GYAAAAAAAAA!HAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!』
「はじまったな」
現在リオン達テロスティアの面々は先ほどの依頼にあったノーブルという会社の本社に来ていた。
もちろん主目的は社長である金成 春夫の殺害だ。
実行はJ、ビルの屋上にレシオン、ビルの中にリオンがそれぞれ待機している。
リオンとレシオンの後ろには『
これはリオンの言霊ではなく、レシオンの言霊だ。
レシオンの言霊は共有。言葉通り色々なものを仲間と共有できる能力だ。
現在は言霊と声の共有を行っている。
「そっちの様子はどうだ?」
『んー?ああ、ちょうどご到着のようだぜ?』
レシオンは屋上から望遠鏡でビルの下を見ていた。
すると数台の車がビルの下に付き、そこから何人かが降りてきた。
彼らは国の組織。その組織は対言霊使いとして設立された特殊部隊の1つ。その中でも特に凶悪な犯罪者―――テロスティアのような犯罪者達―――に対抗する為にある部隊『レジデンス』だ。
「来たか。メンバーは?」
『お前の幼馴染みちゃんと、ツンツンヘアーの男、怖そうな女上司、イケメンの男、だな』
「あいつは・・・今は別件中か?それで、ほかには?」
つい最近まで
『あーちょっと待てよ。あークソっ安物の望遠鏡じゃよく見えねぇ。駄目だな』
「・・・おい。もしかしてお前、望遠鏡なんて使ってんのか?」
『は?当たり前だろ?』
「・・・俺の言霊を使えばいいだろ」
『・・・』
思い付かない事だったのか、レシオンは言葉を詰まらせた。確かに『共有』の能力が発動している今、リオンの言霊を使う事ができる。彼の言霊を使えば自分の視力は良いと思い込む事で視力を良くすることができる。
だがリオンとJの二人と活動を初めてから二か月ほどしか経っていない。まだお互いの力を完璧に理解しきれていないので、レシオンはその発想に至らなかったのだ。
「自分は遠い所でも見えると思い込めば、遠いところでも見れるようになるぞ?」
『・・・ははは。よく気づいたな!俺は試したのだ!リーダー足るもの皆の事を考えないとな!うん』
「・・・」
『悪い。完全に盲点だった』
「しっかりしろよ。仮にも俺たちのリーダーなんだろ」
『わかってるって。で、どうすりゃいいの?』
「具体的なイメージをしながら思い込め。自分は全てを見通せるとか、ちょっと大げさに思い込む事がコツだ」
『なるほど、やってみるわ「
レシオンは言霊を言い、発動させる。
すると彼の後ろにある『共有』という文字の横に『偏執』という文字が現れ、白く発光する。
すると彼が思い込んだように視力がどんどんと良くなり、望遠鏡なんて使わずともビルの屋上から地上がハッキリと見えるぐらいまでになった。
『おお!すげぇ!めっちゃくちゃハッキリと見え・・・ッッ!?』
レシオンは確かに地上の小石までハッキリと見えるようになった。
だがリオンの「大げさに思い込む事がコツだ」という説明が悪かったのかレシオンの目は見えちゃいけないもの、いや見てはいけないものまで見ることが出来るようになってしまった。
これは不可抗力、事故だ。決して彼が意図したものではない。
「どうした?なにかあったか?」
『・・・なぁ。あの女上司いるじゃん?』
リオンは彼女に良く
良い思いでとは言えないものだが、彼女は精一杯やっていた。問題がある部下達―――もちろんリオンも問題児の1人だったが―――をよくまとめており、上司としては良い人間だった。
だが、そんな彼女が一体どうしたのだろうか。
驚き方からすると、なかなかの衝撃を受けたような反応だった。
「ああ、"
『その人さぁ・・・今日、めっちゃくちゃエロい下着を着てるんだけど・・・』
「・・・」
『・・・』
恐らくレシオンは彼女の服を
リオンの言霊は扱いが非常に難しく、思い込み加減を調節するのがとても難しい。これは言霊の使用者であるリオン自身ですら、時々加減を間違える事があるほどだ。
意図的に思い込むというのは自分自身に嘘を付き騙すという事だ。自分自身を騙すなんて事を、ましてやその度合いを調節するなど至難の技だ。
「いらん情報を伝えるな」
『悪い悪い。いや、つい見ちゃったからさ。この衝撃を誰かと共有したくて』
「・・・まぁいい。他にはあるか?」
『特になし。さっき言ったメンバーが入ってくるぞ』
「了解。あいつらの言霊は知ってるからな。とりあえず俺が相手をする」
つい最近まで一緒に働いていたメンバーの事だ。彼らの特徴や癖なんてものもよく知っている。
その上で一番厄介なのは、彼女。リオンの幼馴染みであり言霊使いの"
彼女の言霊は言霊使いにとっては天敵みたいなものだ。しかもそのタイプは
『了解。そういや、敵組織の情報がある程度わかっているってだいぶ反則だよな』
「そうか?俺たちの事もある程度知られてるんだから変わらないとおもうが」
もちろん、向こうもリオンやレシオンの言霊を知っている。だが、全部ではない。
言霊の範囲や制限など、詳しい事は知らないハズだ。逆に相手の言霊の事は詳しく知っているため、確かに有利とは言える。
『それもそうか』
レシオンのその言葉で話を終えると、リオンは少しだけ目を閉じた。
思い出すのは自分の過去。現在、敵対している
べつに後悔している訳ではない。これからよく見知った人間と顔を合わせる事になるからだろうか?
リオンこと
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