第65話 いつの日かの夢


 その後。

 絶妙なタイミングで戻ってきた岡本たちとともに、俺たちは示ヶ丘キャンプ場を後にしていた。


「雪村さんから、私が消えた後の佳生をよろしく、って……頼まれてんだよっ」


「し、霜谷くん……ぐすっ……か、帰るよ……っ!」


 どこまで用意周到なのか。

 そんなことを思ったりもしたけど……でも、それはあまりにも現実的で、残酷だった。


 予定していた時間を大幅にオーバーしていたので、帰りはタクシーを使い、ほとんど放心状態のまま病院へと向かった。


「佳生さん! いったいどこに行ってたんですか⁉」


 病院に着いた時は、既に夜だった。帰院手続きを終え病室に着くなり、先生と母親にこっぴどく怒られた。かといってまともに取り合う元気もなく、適当に聞き流すと、消灯前にベッドに入った。

 今夜は一睡もできないだろうと思っていたのに、俺はすんなりと眠りに落ちた。


 ***


 夢を、見ていた。

 最初は夢なのか現実なのかわからなかった。だってそれは、一度経験したことだったから。

 でも、一度経験したことをもう一度経験することは普通ありえない。

 だから、それは夢だった。


 そこでは、夏生がサイドボードにあるプリントを興味津々に眺めていた。

 ふと、プリントをめくっていた手が止まる。こちらの興味を引き付けるように「あ!」という声が聞こえた。

 わざとらしい、と思った。でもそんなことをされれば、気にするなという方が無理な話だ。身を乗り出して上からのぞき込んで見る。

 そこには、『三十の自分へ。未来を見つめよう』の文字が。

 どんな嫌がらせだ、と思った。


「ねぇねぇ! これ、やってみようよ!」


 俺の気持ちもどこ吹く風。無邪気に笑いながら、彼女はそう提案してきた。


「いや無理だろ!」


 と即答した。一応、これでも俺は痛熱病患者。不治の病を患っているのだ。


「えー、佳生の三十歳、興味あるんだけどなー」


 心底残念そうに夏生は言った。


「あのな。俺の余命は残り一年切ってるんだぞ?」


「私が治すから大丈夫だって。……ちなみに佳生はさ、三十歳、というか将来やりたいこととかって、あるの?」


「え? いやまぁ、あったけど……」


「なになに?」


「それは……」

 


 ――何気ない、日常のやりとり。

 そんな日々も、もう帰ってこないのだと、俺は泣いた。



「ってか、三十歳の自分とか嫌だって」


 タイムカプセルは未来に宛てた手紙だ。どう考えても、余命幾ばくも無い俺とは縁遠いものだと思った。


「三十歳が嫌なら、退院後でいいんじゃない? 退院後の自分に向けて、手紙書こうよ!」


 夏生は意味深な笑顔を浮かべて、さらに譲歩を試みる。

 そんな押し問答をしばらく繰り返した結果、退院後という未来に向けてそれぞれが手紙を書くことになったのだった。


 そこで、夢から覚めた。

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