第57話 既視感


「ちなみにさ、今日はどこから探す予定?」


 岡本は後ろの座席から身を乗り出し、俺の目の前で何やら紙を広げ始めた。


「あ、それ……」


 さっき俺の頭をはたいた紙だ、と思ったのも束の間、緑を中心とした色合いのカラフルなイラストがパッと大きく広がる。示ヶ丘キャンプ場の、パンフレットだった。


「もしかしたら、行ったことない場所も探すかもしれないからな。必要かと思って付近の地図と併せて印刷しておいた」


「あれ? 岡本にしては準備いいな」


 前のキャンプの時は間違えて冬用の寝袋持ってきていたくせに。


「バイ、佐原奈々」


「おいこら」


 まぁ、そんなことだろうとは思っていたけど。

 そんなやり取りをしつつ、俺たちは佐原さんが持ってきてくれたパンフレットに目を落とした。

 示ヶ丘キャンプ場には、大きく分けて四つのエリアがある。一つ目は、以前俺たちも行ったキャンプ・バーベキューエリア。二つ目は、子どもから大人まで遊べるアスレチックエリア。三つめは、四季折々の花々が見られるフラワーパラダイスエリア。そして四つ目に、ハイキングやバードウォッチングなど自然との触れ合いができるフォレストエリア。


「やっぱり、フォレストエリアから探すのがいいのかな?」


「んー。そうとは言い切れない、かな」


 順当に考えたら、佐原さんが言うようにフォレストエリア付近の、あまり人気のないところがあやしい。けれど、示ヶ丘キャンプ場はエリア単体が広く、人が一番いそうなキャンプ・バーベキューエリアやアスレチックスエリアですら人気のないところが多々ある。小さい頃にいろいろ探検したけど、よく迷子になっていたなぁと、どうでもいいことも思い浮かべながら、俺は佐原さんに説明した。


「なら、一番近くて知っているキャンプ・バーベキューエリアからはどうよ? んでもって、明日はアスレチック。明後日はフラワーパラダイス。そしてそして……」


「おい待て。お前はいったい何日間学校をサボるつもりだ」


 段々と抑揚を上げていく岡本に、俺はツッコミを入れた。岡本はともかく、佐原さんにサボりの烙印を何日も押させるわけにはいかない。それに……さすがにそこまで二人に迷惑はかけられない。


 ――佳生も大概だよ。ほんとは二人のことがただただ心配なくせにー


 ショッピングモールでの、心の見透かしたような夏生の言葉が、脳裏にふっと浮かんだ。

 ああそうだよ。そしてそれは、夏生。君に対しても、同じだ。

 自嘲気味に苦笑しつつ、俺はさらにキャンプ場の周辺地図にも目を向けた。キャンプ・バーベキューエリアの近くにある駐車場へと繋がる県道が真っ直ぐ伸びていること以外、これといった施設もなく、そこには緑色と灰色が機械的に塗られていた。


 ――あ、この辺にはな。確か落葉松の群生地があって松茸が採れたはずだぞ!


 突然、無機質な緑色の部分を指差して、楽しげにそう語るイメージが脳内を横切った。


 ――あら~、懐かしいわね。お父さん、両手に掲げてまるで子どもみたいだったわ~


 この記憶……。


「――ねぇ? 霜谷くん?」


 佐原さんに名前を呼ばれ、俺は現実に引き戻された。


「え? 何?」


「何? じゃねーよ、霜谷。最初に探す場所だよ。とりあえずキャンプ・バーベキューエリアでいいか?」


「あ、おう。いいと、思う……」


 歯切れの悪い俺の言葉に、二人は顔を曇らせた。


「どうしたの? 具合、大丈夫?」


「え? ああ。具合は何ともないよ。注射器も一応持ってきてるし」


 膝の上に載せたリュックを、俺はポンポンとたたいた。


 ――じゅんびばんたーん! いざキャンプに、しゅっぱーつ!


 そっか。この既視感は……

 バスの心地よいリズムに体を預け、俺は視線を見覚えのある車窓風景へと留める。


 七年前の、キャンプの時だ。

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