第56話 出発


 翌日。

 まだ陽も高くない朝。

 舗装が十分に行き届いていないのか、ガタガタと大きく揺れるバスに乗り、俺は示ヶ丘キャンプ場を目指していた。


「なんとか、昼頃に着ければ……」


 スマホの画面に表示された乗り換えアプリを見つめながら、俺はつぶやく。

 調べたところ、病院からキャンプ場へ行くには、一度駅まで戻ってから何本かバスを乗り継ぐ必要があった。しかも、田舎ということもあって元々本数が少なく、さらには市街地を経由するためにかなり遠回りをしていた。始発(と言っても朝の八時)のバスに乗り、急いで乗り換えをしてやっと昼前に着けるかどうか、といったところだった。


 こんなに急で、無計画になるとは思っていなかった。外出禁止期間が終わってすぐの外出届で不審がられたし、しかも普通に平日だ。本当はしっかり計画を立てて、土日や祝日といった岡本や佐原さんが時間のある時に三人で探しに行くはずだった。

 でも、もう時間がない。自宅療養や退院となってしまえば、遅れた分の勉強や体力向上のリハビリに時間を取られ、誰にも見られず自由に使える時間は激減してしまう。そうなれば、過ぎた時間的にもおそらく夏生を見つけ出すことは難しい。だから、今回の夏生探しは俺一人で行く……はずだった。


「いや~学校サボるって、青春っぽくてなんかワクワクするよな~」


「佳くん! しーっ! しーっ、だってば!」


 のんびりした岡本の口調と、きょろきょろと周囲の様子をうかがう佐原さんが、そこにいた。


「いや、やっぱりなんで岡本たちまで付いてくるんだよ⁉」


「そんなの決まってるだろ。俺たちは雪村さん捜索隊の一員だからだっ!」


「だ、だって、やっぱり夏生ちゃんのことが心配だし……大切な友達だし……」


 学校をサボることで変にテンションが上がっている岡本に、超生真面目に答える佐原さん。そんな二人の反応に、どはぁーっと俺は深いため息をついた。


 遡ること、三十分前。

 昨日の夕方に無理を言ってもらった外出許可証を手に、俺はまだ人気の少ない病院のエントランスから外に出た。この時期の朝は肌寒く、羽織ものと温かい飲み物は必須だ。病院前の自販機で買ったミルクティーを飲みながら、俺はバスを待っていた。

 しばらくすると、プップーッと軽くクラクションを鳴らして、市営バスが停まった。まばらに人が降りていくのを横目に俺はバスに乗り込み、整理券を取ってから近くの席に座った。そのままバスの車窓から、朝日に照らされた田んぼの稲穂を眺めていれば駅に着くはずだった。


「よう。やっぱりこのバスに乗ったか」


 誰もいなかったはずの後ろの席から、そんな言葉とともに薄い紙でペシリと頭をはたかれた。驚いて振り返ると、そこには満足そうな表情を浮かべた岡本と、苦笑交じりに彼を止める佐原さんが座っていた。


「な、なんで二人がいるんだよっ⁉」


「昨日のお前の様子から、翌日のこの時間のバスでキャンプ場に向かうことは容易に想像できる。なら、俺たちがすることはひとつだ」


「いや、学校は⁉」


「サボった」


「俺が乗って来なかったらどうするんだよ⁉」


「俺たちがキャンプ場に先回りして雪村さんを探し出し、ドヤ顔でお前を待つ」


 次々と俺の疑問に答える岡本は、どこか目をキラキラさせていて。あ、これは言っても無駄なやつだ、と諦めざるを得なかった。


 そして時刻は朝の八時半。

 田園風景広がる車窓を背景に、車内広告アナウンスをBGMに、今に至るわけである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る