第4章 そして、再び

第53話 秋の訪れ


 病室の窓を開けると、冷ややかな風が室内に吹き込んできた。その冷たさに、思わず肩をすくめる。

 後ろで、ガタッと何かが倒れる音がした。見ると、サイドボードに立ててあった卓上カレンダーが風で床に落ちていた。拾い上げて、元あった場所に戻す。


 もう、九月も下旬。

 夏生がいなくなってから、既に十日以上が経過していた。

 基礎体温が正常に戻ってから発作も全く起きておらず、まるで何事もなかったかのように毎日が健康に過ぎていった。


「くっそ……今日もいなかったな」


 硬いベッドに腰を下ろし、誰に言うでもなくつぶやく。

 岡本に諭されて以来、俺は毎日裏庭とひまわり畑に足を運んでは夏生を探していた。葉が赤に黄色に色づいた裏庭や、枯れた花々がすっかり撤去されたひまわり畑は、季節がもう夏でないことを雄弁に語っていた。

 でも、俺は諦めない。

 あの日に、そう決めたから。


「霜谷ー、元気かー?」


「こんにちは。霜谷くん」


 回想にふけっていると、唐突に聞き馴染みのある声が飛び込んできた。


「おっす、二人とも。病院の中でも遠慮なしとは……相変わらず仲良さそうだな」


 つながれた二人の手を見ながら、俺はからかった。


「え? あ……!」


「ふぇ⁉ あ、私たち……手つないだままだった……」


 岡本と佐原さんは、今気づいたようにパッと手を離した。その様子が何とも初々しくて、俺は思わず笑ってしまった。


「ははは。もう結構経つのに、亀より進むのが遅いんじゃないか?」


「うっせ! 余計なお世話だ!」


 俺の軽口に、岡本は顔を赤くして反論した。

 夏生がいなくなってから、俺たちの間には微妙な雰囲気が流れていたが、最近になってやっと戻り始めていた。

 今まで通りに楽しく過ごしていたら、ひょっこり彼女が姿を見せるかもしれない。

 そんな淡い期待をみんな持っていたのか、誰ともなく軽口をたたき合うようになっていた。


「それで、どうだった?」


 いくらか二人をいじったところで、俺は尋ねた。


「ああ。わりぃ、今日も見つけられなかった」


「ごめんね。今日はショッピングモールの中とか、霜谷くんと夏生ちゃんが行ったっていう花火大会の会場とかを探してみたんだけど……」


 真っ赤にしていた顔を曇らせて、二人は答えた。


「そっか。二人ともありがとな」


 軽口を言っていた時となるべく調子が変わらないように、俺は言った。

 わかってはいた。

 もし見つかっていれば電話してきたり走ってきたりで大慌てだろうし、何か痕跡があれば軽口をたたき合う前に言ってくれるだろうから。

 でも、直接二人の口から聞くまでは、どうしても期待を捨て去ることができなかった。


「……でもさすが夏生だな。あいつ、かくれんぼとか得意そうだし」


 少なからず落ち込んでいるのがわからないよう、俺は冗談を口にしてみる。すると、岡本からじろりと睨まれた。


「またへったくそな冗談言いやがって。無理はするなって言っただろ?」


「……ああ、わるいな」


 全く、こいつには敵わないな、と思った。佐原さんのことになると情けなくて弱々しくなるくせに、俺のことになると見透かしたかのように遠慮なくズバズバと言ってくる。悔しくもあるが、正直今の俺にとってはありがたかった。……佐原さんの時も、これくらい男らしくなればいいのに、とは思うけど。


「……なんか、余計なこと考えてねーか?」


「いや、別に」


 沈んだ気分もだいぶ紛れてきたので、俺はさらにそれを振り払おうと仰向けにベッドに倒れ込んだ。パイプの脚が、ギシギシと頼りない音を立てる。


「そういえば、霜谷くんの体調の方はどうなの?」


 それまで見守るように俺たちのやり取りを見ていた佐原さんが、思い出したように言った。


「ああ、今日の問診や検査でも異常はなし。外出禁止期間も、今日で終わるらしい」


 ぼんやりと天井を眺めながら、俺は昼に先生から聞いた言葉をそのまま口にした。

 外出禁止期間が終わるということは、外出届さえ出せばまた前みたいに外を出歩くことができる、ということだ。本来なら病院外に夏生を探しに行ける絶好の機会だが、岡本たちのおかげで、心当たりのあるところはほとんど探し尽くしていた。


「外に探しに行けるようになるのは嬉しいけど、後はどこあるだろ……」


 ごろん、と寝返りを打ってみるも、頭の中はモヤモヤしたまま。思考の端から、良いアイデアが突然入り込んできたりするはずもない。


「あ、じゃあさ。ちょっと遠いけど、あそこ探しに行ってみようよ!」


 うなりながら真っ白なシーツに顔をうずめていると、佐原さんが声を弾ませて言った。

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