第13話 七夕(2)


 俺が、七夕物語の内容をかいつまんで説明し終えると、彼女は大げさに拍手をしていた。


「へぇー! すごく切ない物語だったんだねー」


「そういうこと。なんだ、さっきの駆け落ちの物語って」


 俺は病室のベッドに腰掛け、さっき思ったツッコミをする。

 彼女は頭を掻きながら、えへへへ……と苦笑いしていた。


「でも、なんでそれが短冊に願い事を書くってことになるの?」


 本日二桁に届きそうな「なんで?」がまた飛び出してきた。七夕物語の説明の合間にも、「なんで会えるのが一年に一度なんだろ?」とか「なんで物語の名前は『七夕物語』って言うんだろ?」とかやたら質問が多かった。中には「織物をしているお姫様で織姫はわかるけど、なんで牛飼いをしている男の人が彦星なんだろ?」とかいう、そんなの知るか的な質問もあった。


 少し疲れ気味の口調で、俺は彼女の質問に答える。


「確か、織姫のように綺麗な織物を織れますようにって書く習慣が変わってそうなったとか書いてあった気がする」


「へぇーそうなんだ!」


 これで全て納得したのか、彼女は満足そうな表情を浮かべていた。


「でも佳生すごいね。なんでそんなに覚えてるの?」


 ……訂正。どうやら、まだ終わってなかったらしい。


「いや、たまたまだよ。それに本とか読むのはわりと好きだから」


「へぇ! なんか意外!」


「どういう意味だよ」


「いや~なんでもないよ~。とにかくありがとね!」


 どうやら彼女は本当に満足したらしく、はにかみながらそうお礼を言った。最後はなんか納得がいかないが、これ以上質問が続いても面倒なので追求はやめておいた。


 とにかく長かった説明をし終え、俺はひとつ大きく伸びをする。

 サイドボードの時計を見ると、もうそろそろ四時になろうとしていた。

 今、俺たちは病室まで戻ってきており、もう三十分もすれば問診をしに看護師さんが来る。その時くらいまでには帰ってほしいのだが、質問は終わっても彼女の興味そのものは尽きていないらしく、あれやこれやと話はまだ続いていた。


「夜空にある天の川かー。一度でいいから見てみたいな」


「見せたいのはやまやまなんだけど、夜は来院者も少ないし抜け出るのもなかなか厳しいからなー」


 実際、時期的にはもう天の川を見るのに適した季節になっている。なんでも、天の川は一年中見れるが、夏から秋にかけて一番綺麗に見えるのだとか、前にテレビで言っていた気がする。さすが七夕に使われる川だな、と風情もなくそう思った。


「あ」


 突然、彼女がいいこと思いついちゃったみたいな顔をして、短くそう叫んだ。なんだかいい予感がしないのだが、ノータッチというわけにもいかない。


「なんだ?」


 俺はぶっきらぼうにそう聞いた。


「今日の夜さ、裏庭で見ようよ」


 だはーっと俺は大きく息を吐いた。ついさっき、難しいと言ったばかりじゃないか。


「だから、夜は……」


「消灯時間後なら行けそうじゃない? 見回りの看護師さんしかいないし」


 わくわくするよね! と彼女は頬を紅潮させて言った。

 またこれは言っても聞かないタイプのやつだ、と思った。しかし、さすがにやめさせないと後々厄介なことになる。なんとか彼女をなだめようと、口を開いた時、


「佳生?」


 聞き慣れた声がした。声のした方を見ると、母親が心底驚いたような、戸惑っているような顔をして、俺と彼女を交互に見ていた。

 しまったな、と思った。話を聞かれていた可能性もさることながら、彼女のことをどう説明したらいいかわからなかった。

 よし、とりあえず帰らせよう。

 そう思って、彼女に声をかけようとした時だった。不意にガタッと彼女がイスを引いて立ち上がり、母親の方へと向き直った。


「初めまして。私は佳生くんのクラスメイトで、今日はお見舞いに来たんです」


 さわやかな笑顔を浮かべ、いつもとは違う声のトーンで彼女はそう言った。かと思うと、くるりと俺の方を振り返り、「それじゃあまた」と手をひらひらさせた。語尾に、ほとんど聞こえないような声で、「夜、裏庭でね」と付け加えて。

 俺が何か言う間もなく、彼女はさっさと病室を出ていってしまった。その様子はどこか慣れているような感じがした。


 後に残された俺と母親はしばらく呆けていたが、問診をしに看護師さんが病室に入ってきて我に返った。

 いつも通り退屈な問診を終え、俺と母親の間にはしばし沈黙が流れていた。俺が何に対しても無気力になってからはいつもこんな感じで、会話らしい会話もしたことがない。今日もこのまま終わるだろうと思っていたが、母親がためらいがちに口を開いた。


「あの子、佳生の彼女?」


「は⁉」


 俺は驚いて反射的に声をあげた。

 入院して学校にほとんど行ってないのになぜその結論に至るのだろう、と思った。勘違いもいいところだと反論しようとしたが、その前に母親が続けて言った。


「冗談よ」


「なんだよ」


 クスクスと母親が笑う。その顔にはいつものような戸惑いの色はなかった。なんか、久しぶりにこんな顔を見たな、と思った。


「それで? あの子、名前はなんて言うの?」


「あー……、聞き忘れた」


 今度は、母親が驚く番だった。「名前も聞けないくらい人見知りだったかしら」とか、なんかすごく失礼なことを言っている母親をそっちのけで、俺はなんとなく彼女の名前について考えていた。

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