第7話 翌朝


 朝。

 窓から差し込む日の光で目が覚めた。

 ゆっくりと体を起こし、サイドボードに置いてある時計を見る。

 六時十分。

 病院規定の起床時刻まで、まだ少し時間があった。


 どうせやることもないので、昨日の出来事を思い出してみる。

 正直言って、夢としか考えられなかった。

 雪女に会ったこともそうだが、契約の内容も信じられなかった。


「あいつに、俺が持つ熱への耐性とやらを分け与えて、あいつを真夏でも活動できるようにする……」


 頭の中を整理するように、昨日のやりとりを口の中で反芻はんすうする。

 なんでも、痛熱病患者は、基礎体温の上昇や時節襲い来る発作の副作用として、熱そのものへの耐性ができるらしい。といっても、火であぶっても燃えないとかそういうことではない。普通の人ならば身体中がだるくて動きたくなくなるような体温でも、その熱への耐性を持った人ならば特に気にすることなく活動できるとか、そういうことらしい。

 そして、その熱への耐性を彼女が吸収すると、真夏でも普通に難なく動ける身体になるのだそうだ。


「にしても、雪女って夏でも溶けないんだな」


 俺のほかに誰もいない病室で、そっとつぶやいた。

 昨日、同じようなことを本人に言ったら、「昔話の中でも夏に溶ける雪女はいないでしょ」とかなんとか言われた。そこは昔話と一緒とか、なんだか都合がいい気がする。


「んで、夏の間それに付き合ってくれたら、俺の病気を治してくれる……と」


 この部分の話を聞いた時はめちゃくちゃ驚いた。仮にも治らない病気として認知されている痛熱病である。それを治せるとはどんな万能力者だ、と思った。

 とはいうものの、やっぱり夢としか考えられなかった。それは、一晩寝て冷静になったうえでの考えでもある。そもそも、なんでそんな吸収能力とか治癒能力が雪女に備わっているんだ、とツッコみたくなった。


 ただ、昨日は雪女という非現実的な存在に会ったこともあって、終始わけがわからなかったが、確実に言えることはひとつだけあった。それは、「確かにあの時、俺の発作を抑えてくれたのは紛れもなくあの雪女だった」ということだ。これはまず間違いないだろう。そう考えると、あの雪女は痛熱病を治す力を持っていたとしてもなんら不思議ではない。


 つまり、契約とは、

 雪女に、夏の間熱への耐性をあげ続け、対価として俺の病気を治す契約

 ということなる。


「うん、やっぱり夢だな」


 俺は、たっぷり小一時間ほど回想に浸ってからそう結論付けた。

 いくらなんでも話がうますぎる。信じろという方が無理な話だ。悪質商法に引っかかる人は、こういうことを信じた人なのだろうか、と思った。


「とりあえず、確かめるしかないな」


 俺は、今日も裏庭に行くことに決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る