ショートショート「アクター」

棗りかこ

ショートショート「アクター」(1話完結)


ハロウィンが近付いていた。ジャックは、新聞で、ある募集広告を見た。

「俳優募集」それは、彼の名誉欲をそそった。

ジャックは、俳優志願だった。だが、どういうふうに、デビューできるのかさえ、判らなかった。


簡単なお仕事です…。 見出しの下に、そう書いてあった。

とある、ビルに辿り着くと、そこには、忙しそうな、男が一人いた。

電話を受けながら、ジャックを見ると、掛けて…、と、せわしく言いながら、電話を続けた。


ジャックは、ソファに腰を掛けた。

電話が終わると、男は、デスクに座った儘、君、名前は?と、聞いた。

ジャック・シーファーと、言います。

ジャックが答えると、良い名だね、と、男は、小気味良さそうに、笑った。

それで?今日は、何の用? 男は、気さくな感じで、ジャックに訊いた。

これなんですけど…。 ジャックは、あの新聞を、広げてみせた。

男は、はあーん、と、全てを覚ったように、そうか、君が…と、席を立った。

カツカツと、靴音が響いた。


キャリアは?何年?男は、ジャックに訊いてきた。

ジャックは、5年です…と、嘘をついた。ここで、初心者ですと言えない雰囲気が、もう、漂っていた。


5年か…。男は、引き出しから、札束を取り出した。 10万ドルある。これで、どうだ…。

男の言葉に、ジャックは、黙って頷いた。

受け取りたまえ、君の報酬だ。早くしまい給え。

男は、ジャックが、内ポケットに、札束をしまうと、ずいっと、体を乗り出した。

実は、金持ちの家で、ハロウィンパーティーがある。そこに、俳優を呼びたいそうだ。

彼らは、破格のギャラを用意してくれたよ。 パーティのたけなわの瞬間が、君のサプライズの瞬間だ。

君の登場で、場は歓声に包まれる…。 男の声は、ジャックの、自尊心をくすぐっていた。

この服を着て、仮装する。そして、玄関口に立つんだ。

邸の主人が、あらわれるのを、待って、家に入り込んで、行き給え。


ジャックは、言われるままに仮装した。


そして、ハロウィンの日、金持ちの邸の、玄関のチャイムを、押した。


はあーい。という明るい声が響いて、女主人が現れた。

ジャックは、ゾンビの振りをして、待っていた。

女主人の目が、凍りついた。

キル・ユー!!!!

玄関のワードローブから、ライフルをやにわに取り出すと、撃鉄を、ガチャっと、荒々しく起こし、ゾンビのジャックに向かって、ぶっ放した。


ジャックは、言い訳も出来ない儘で、玄関口に斃れた。


次の日。

新聞の末尾欄に、 「ゾンビ撃たれる」の見出しで、ジャックの死が報じられた。


ハロウィンは、何が起こるか、判らない。


だから、いい…。




ゾンビ…。


―完―

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ショートショート「アクター」 棗りかこ @natumerikako

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