第73話 許せない

「馬鹿かお前!?」


 俺は扉の先の光景を見て直後、反射的に体を動かし、つっぷりと血の滲んだ祐樹の二の腕を払った。


 カラン―――


 血の付いたカッターナイフが若干の血を飛ばしながら転がっていった。


「おい祐樹!お前何しようとしてた!?」

 

「・・・」


 聞かなくても分かり切っている自分がいるのは分かっている。それでも俺は、どうしても聞かずには居られなかったのだ。


「死ぬんだぞ!手首切ったら死ぬんだぞ!分かってんのか!?」


「・・・」


 武流は祐樹の襟首を掴み、魂が抜けた人形のように動こうとしない祐樹を揺さぶる。

 その時。武流が無我夢中で揺さぶっていると――



「・・・武流か」


 祐樹は焦点の有っていない目を武流に向けゆっくりと瞬きしたかと思うと、まるで今武流の存在に気が付いたかのように瞳を僅かに開き、乾燥しきった口からしゃがれた声を出した。


「・・・祐樹、なんでこんなことした?」


 俺は未だ握りこんでいる拳にもっと力を籠め、祐樹の襟シャツに皺が付くことなんてお構いなしに言葉を振り絞った。

 祐樹は数舜、絶望の色を瞳に宿し、力なく言った。


「もう、俺に生きている意味なんて無いから・・・」


「っ!」


「意味の無い世界に居ても辛いだけだから・・・」


「・・・」


「向こうに逝ったら、辛い事なんてないよな」


「お、おい祐樹おまえ―――」


 ――何言ってんだ。

 俺はそう言おうとした。だけど――。




「あぁ、死にてぇなあ”・・・!」



 祐樹は、滂沱の涙を流しはじめた。


「ゆう、き・・・」


「なんで死なせてくれなかったんだよ!?やっと!やっと決意できたのに!あと少しでっ、逝けたのに・・・!」


「・・・」


 祐樹・・・。お前は、そこまで・・・。

 だけど、これは当たり前なのかもしれない。在りもしない噂をばら撒かれ、祐樹は心が壊れるほどの傷を負ったのだろう。強姦なんて、祐樹がするはずもないのに。しかし根強く張り巡らされた噂は簡単には解けてくれない。多分だけど、あの噂はもう、学校中に――。

 

 

「元はと言えばお前のせいだ!全部武流のせいだ!お前が、お前さえいなければ・・・・!俺は―――」


 祐樹は全てを言い切る途中、ハッと我に返り、自分の言動の愚かさに気づいた。

 俺が・・・悪い?祐樹は俺のせいであの噂が流れたと言いたいのか?俺は断じてそんなことしていないし、やる所以もない。だって、祐樹は俺の友達だから。

 だけどもし本当に俺が悪いのだとしたら、俺は謝らなければならない。


「祐樹、俺が何かしたらな謝る。ごめん」


「・・・ちがう。今のは、忘れてくれ」


「・・・?そうか」


 一体なんなんだ今の祐樹は。明らかに言動がおかしい。あんな噂が流れたのだから仕方が無いかもしれないけど・・・。

 

「帰って、くれないか?武流」


 祐樹は俯きながら言う。

 だが――


「やだね」


「っ・・・」


「今のお前を一人にしたら何するか分からん」


 俺が帰ってまた自殺なんてされたら、多分俺は一生後悔する。それに――


「なんであんな噂が流れたのかも知らないしな」


「・・・」


 そこで祐樹は再び顔を俯け、肩を震わせ始めた。


「祐樹。聞かせて、くれないか・・・?」


 俺が今残酷なことを言っていると分かっている。今俺がやろうとしている行為は、祐樹の深い傷をほじくり返すようなことだから。

 それでも俺は知りたいし。なりよりをしたい。現状の祐樹は既に、心が壊れている。ここまで弱った祐樹を見た事無かったし、というか考えたこともなかった。いつも天真爛漫で、みんなを励まして。俺もその一人だったが、祐樹には数え切れない程助けられた。

 そんな大切な友達を傷つけた人間を俺は許せないし、許そうとは思えない。俺には力が無いからあれだけど、ねちっこく攻めてやる。汚い方法でもいい。

 

 兎に角俺は―――――祐樹を傷つけた奴を、許せない。




「・・・あれは、絵里奈が流したんだ」


「は?」


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