第56話 トーソーモデルズ②

「・・・え?」


 呆けるロリっ子、やけに静まった会場、誰かの倒れた音。今、この場に居る誰しもが困惑の渦中にいる。


――その静寂は実に約10秒。



「先生!女子が倒れました!!」

 


 誰もが呆気に取られていたその空間に、パイプ椅子の倒れた音の方向から男子の緊迫した声が響いた。


「っ・・・!」


 体育館の後方で待機していた教職員に、一気に緊張の波が広がる。

 

 そして、それはもはや脊髄反射のように、男子生徒の助けを呼ぶ声が聞こえた瞬間飛び出した一人の女性が居た。

 後方で未だ固まっている教職員を一瞥し、何でもないような顔で”那須先生”は駆け寄った。


!大丈夫か?!」


 駆け寄った矢先、大声で地面に伏している女性をの名を呼ぶ那須先生。 

 倒れていたのは眠れる美女とも言うべきか。その女子生徒はやけに青白い顔で気を失っていた。卒倒したにもかかわらず美しさを失わないその顔は、まるで悪夢を見ているような苦痛に満ちた表情をしていた。


「先生!救急車を!」


「・・・あ、は、はいっ!」


 一番近くに居た比較的若い先生に対して、怒鳴りつける様に言う。


「大丈夫だぞ古瀬!安心しろ!」


「・・・」


 この女子生徒が気を失っている事なんて知っているはずだが、それでも彼女は大きな声で呼びかける。倒れた女子生徒の背中を摩りながら、彼女はその慈愛に満ちた瞳を、ゆっくりとへ向けた。


 

 そしてそこには――――誰も居ない。



 一瞬。ほんの一瞬だけ、彼女の瞳に深い絶望の色が映った。


 ◇◆



 背中に古瀬さんを抱えた那須先生は、保健室に古瀬さんを連れて行く際、うわ言のように、言い聞かせるように、こう繰り返していた。


――大丈夫。大丈夫


 古瀬さんが気絶しているのは那須先生も承知の上だった思う。なら何故。一体に何が大丈夫なのだろうか。彼女は何も大丈夫ではない。気を失っているのだから、そんなの当たり前だ。

 だが、俺にそんな事言う資格は全くもってありやしない。


 なんにも、出来なかった・・・


 ただ、傍観していただけ。

 最初俺は、誰か椅子を倒しただけだろうと、そう思っていた。だがそれは直後の悲鳴によってかき消された。

 俺は、助けを呼ぶくらい出来たんじゃないか・・・?周りの生徒達に合わせて、ただ傍観するだけしか出来なかった。それがどうしようもないくらいに、悔しい。

 もちろん、言おうとした。駈け寄ろう思った。助けを呼ぼうと思った。・・・・・だが、体が言う事を聞かなかった。口に出そうと思っても、何故か声が出ない。


 俺の頭の中の片隅にある、ちっぽけなプライドが邪魔をしたのだ。こんなあってないようなクソみたいなプライドのせいで。


――なぁ、祐樹。

――ん?

――なんでお前はあんなに堂々と言えるんだ?

――はぁ?そんなの当たり前じゃん。嫌がってただろ?あの子。だから言ってやったんだよ。いじめるなら俺をいじめてみろ、ってな。

――・・・馬鹿だろ、お前。

――はっ!困った奴を助けないで何が正義だ。



 ・・・やっぱり俺は、なんにも変わっていない。あの頃から、ずっと。


 保身のためだけに生きてきたような俺が、あの場で声を張り上げることができたなら、俺は――


 

「え、えっとー、ちょっとアクシデントがありましたが、先生に許可を頂けたので引き続き【トーソーモデルズ】を行いたいと思います・・・」


 ロリっ子が動揺しながら説明をする。


「そ、そして、2年女子のグランドアイドルは不在の為、後日、全校集会で改めて発表させて頂きます」


 それはもう発表したようなものだ。先程の一件からして、もう全校生徒は古瀬さんが2年連続グランドアイドルを獲得したと確信しているだろう。もちろん俺も。


「で、では!気を取り直して!いっくよー!」


「「「イエーイ・・・」」」


 覇気の無いアニメ声司会者と生徒達の歓声と共に、3年生の発表が開始された。


 ◇



「まじかよ・・・」


「・・・」


 絶賛落ち込み中の西条。何をそんなに落ち込んでいるのか聞いてみると。


「絵里奈さんが選ばれないとかまじかよ・・・」


「・・・」


 あぁ、そういうこと・・・・


「こら、そこ。手を休めないで片づけして」


「あ、はい」


 委員長に注意された。

 

 現在放課後の教室。2日目の文化祭も終わり、今はメイド喫茶の完璧な撤収作業をクラス全員で行っている。劇で使った小道具・大道具もあるため、今教室には物凄い量の廃棄物が鎮座してある。あれだけ精魂込めて作りあげたものたちだったので、捨てるのは少し心苦しいが仕方がない。だが気に入ったものは自由に持ち帰って良いらしいので、片づけながら俺のお眼鏡にかなうものを探している。

 ちなみに若山さんは衣装を持ち帰るらしい。クラスの女子生徒達にぜひ持って帰えりなよと言われ、最初は彼女も困惑していたが褒められてうれしかったのか結局持ち帰るようだ。


「でも、3年生残念だったねー」


「そうだね、最後の文化祭だったのに」


 クラスメイトの話声が聞こえてくる。


「何か、テンションも乗らなかったし雰囲気もねぇ」


「それな」


 あの後、予定通り引き続き行われることになったは良いものの、会場の雰囲気は最悪と言って差し支えなく、3年生にとっては最後だった文化祭2日目は呆気なく終わってしまった。

 ちなみに選ばれた3年生全員イケメンで可愛かったです。


「っ・・・」


「・・・」


 ふと気になり、若山さんの居る方へ目線を向けてみると、案の定彼女は顔を伏せて落ち込み、目に涙を蓄えていた。悪意が全くない一言だと分かっていても、例えそれが当事者でなかろうと、それでも人は傷つくもんだ。若山さんは今の話題の渦中にある古瀬さんの事を思って泣いているのだろう。


 多分だが、古瀬さんの事を一番案じていたのは、若山さんだと俺は思っている。彼女はあの時、運が悪い事に席を外していた。トイレだとは思うが、本当にタイミングが悪い。


――若山だったらあの場で古瀬さんに駈け寄ることができただろうか。


 ・・・いや、過ぎたことは考えても意味がない。あの時俺は行動に移せなかった。それだけだ。


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