第47話 正解とは

「・・・」


「はぁ・・・麻衣、ごめんなさい。余計な事言ったわね・・・」


 俯いたまま何も発さない古瀬さんに向かって、頭を抱えながら謝るアナさん。


「・・・さぁ、他に何か食べたいものあるかしら?私はまだまだいけるわよ」


 唖然とする俺と若山さんに向かって、先程の調子に戻した声で呼びかけるアナさん。


 ・・・何とか冷静さを取り戻したが、一体どういう事だろうか。アナさんが何か言いかけたところで古瀬さんがいきなり金切り声を上げ、それを中断させた。

 アナさんの言おうとした内容が彼女にとって何か不都合な事だったと考えるのが一番妥当だが、古瀬さんの反応を見る限りでは、彼女は明らかに何かに対して

 古瀬さんのそのような反応を見た事が無かったので、俺と若山さんはかなり動揺した。彼女はいつだって冷静で物事を冷静に判断しているような人だ。それは間違っていないのだが、今回の古瀬さんのあの反応はあまりにも予想外だったのだ。若山さんなんて、最初は目ん玉が飛び出んばかりに目をひん剥いて驚いていたが、今となっては何故か目をウルウルさせて泣きそうな顔になっている。

 ・・・若山さん優しいからなぁ。古瀬さんの痛ましい姿を見ていたら感情移入してしまったのかもしれない。


「・・・そうですね、何かデザート的なものはありますか?」


 折角アナさんが話題を切り替えようとしているので、赤の他人の俺がそれを無碍にするわけにもいかない。それにこんな雰囲気のままずっと過ごすなんて嫌だしね。


「・・・えぇ、あるわよ」


 そしてまたアナさんは一瞬驚いた顔を見せ、俺に向かって優しく微笑んだ。

 小さな声で、ありがとうと聞こえた気がする。


「「・・・」」


「・・・」


 アナさんがデザートを取りに奥の部屋に入っていったので、この空間には想像を絶する程の気まずい雰囲気が流れている。


 はぁ・・・俺こういうの一番苦手なんだよ・・・。こういう時、陽キャは一体どうするのだろう。慰める?いいや、そんなの俺の柄じゃないし、そもそもそんな勇気無い。だったら全く関係ない話題をぶち込んで場を少しでも和ませる?・・・いいや、それだと根本的な解決にならない。そんな適当な話をしたところで、話が途切れ途切れになって余計気まずい空間の助長になるだけだろう。


 頭の中でぐだぐたとそんなことを考えていた時、またもや唐突に彼女が発言した。


「・・・先程は、すみませんでした。とんだ醜態を晒してしまいました。本当にすみません・・・」


「だ、大丈夫だよっ!私は全然全くこれっぽちも気にしてないからっ!!」


 テンパり過ぎて、日本語が若干怪しくなった若山さん。

 彼女なりに古瀬さんを励ましているのだろう。彼女の心配そうに古瀬さんを励ます、その瞳を見れば分かる。こういう時、俺も何か言った方が良いのかもしれないが、やはり俺には厳しいようで当たり障りのない言葉しか思いつかない。


「・・・ふふっ、ありがとうございます、詩音ちゃん・・・」


 いつものその洗練された”ふふっ”にキレがない。決して馬鹿にしてるわけでは無く、古瀬さんの今の”ふふっ”はまるで無理をして笑ったかのようだった。


「ごめんなさい、少し遅くなったわ」


 少し速足で戻ってきたアナさん。


「い、いいえ、丁度話終わった所です」


「そう、なら良かったわ。ちょっとお客さんと話しをしててね。とっても可愛らし子だったわ」


 へぇー、このお店案外知られてるんだ。路地裏にある本当に穴場と言って差し支えないお店なのに。知る人ぞ知るってか。


「持ってきたわ、羊羹ようかんよ」


「・・・ありがとうございます」


 ・・・曲がりなりにもカフェなら、もうちょっと若者受けしそうなデザートを出すべきかと思います。今のままじゃ和食料理店ですよアナさん。口が裂けても言えませんけどね。


「食べたくないならいいのよ?お坊ちゃま?」


「っ!い、いいえ、羊羹大好きなので、本当に嬉しいです、ははっ・・・」


「そう、ならいいのよ」


 こ、こえぇ・・・なぜ俺の考えていることが分かったのか。俺って結構顔に出やすいのかな?もしくはアナさんはエスパーかなんかか。


「あ、美味しい・・・」


「でしょ?といっても私が作った訳じゃないけどね」


 お茶もあるわよ、と言って暖かい緑茶を提供してくれたアナさん。

 ・・・ここは、カフェだ(迷信)

 

「・・・ほら、まいまい、あなたも食べなさい」


「ありがとうございます・・・」


 

 その後羊羹を食べ終わり、アナさんに感謝を述べて再び勉強をしていた個室に戻った俺と彼女達。

 会話は終始絶えなかったが、明らかに3人の中で違和感が生まれていたのはみんな気付いていただろう。ただその中でも、さっきの件については一度たりとも触れなかった。古瀬さんはその話題について触れられたくないだろうし、そもそも彼女について何も知らない人間が立ち入っていい領域の問題ではない。

 気にならないと言えば嘘になるが、俺がそこまで入り込める資格はない。誰だって人に知られたくない秘密は一つや二つあるものだ。もちろん俺にもあるし、それが今回あの件だっただけの事だ。

 そして、古瀬さんの友達である若山さんは、敢えて何もなかったのように振舞っていた。・・・それが俺にとっては何故か一番ショックだった。若山さんの無理して明るく振舞うその姿に俺はとても悲しい気持ちになった。古瀬さんもそれには気づいていたはずだ。だがそれでも、彼女は自分の口から吐かなかった。もしかして彼女は・・・・・あるいは”待っていた”のか。

 仮にそうであるとしても、それは俺が立ち入っていい場所ではない事は確かだ。


 ◇



「兄ちゃん、いかがわしいお店行ったらダメだよ」


「・・・は?」


 俺が家に着き玄関に入った途端、最初に言われたのはそんな言葉だった。


「どういう事だ・・・?」


「なーんでも」


 そう言って踵を返し、特に興味が無さそうにリビングに入った千恵。


 千恵は時々、意味が分からない事を言う。今回もそのたぐいなのだろう。・・・というかあいつ、なんで玄関に居たんだ?ずっと居たってことは流石に無いと思うが、我が妹ながら相変わらず変な奴である。

 


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