第48話 計画と食卓

 全校集会が開かれた、その日の放課後。


 わたしは財前くんに呼ばれてファミリーレストランへとやってきていた。


「やっほー、アリスちゃん。

 こっち、こっちー」


 店内に入ってすぐ名前を呼ばれた。


 どうやら雪野先輩も一緒らしい。


 わたしは手招きされるまま、4人掛けのテーブルに、財前くん、雪野先輩、わたしの3人で座る。


「西澄。

 いきなり呼び出してすまないな」


「いえ。

 構わないのです」


「じゃあこれで、みんな揃ったわね」


「……みんな、揃った?」


 その言葉に違和感を感じたわたしは、自分の隣の席をチラリと流し見た。


「ん?

 どうしたのアリスちゃん」


 ……いつもは大輔くんが座っていたその場所。


 でもいまは空席だ。


「いえ、なんでもありません」


 わたしにはそのことが寂しく感じられた。


 ◇


「すみませーん。

 こっち注文お願いしますー」


 雪野先輩が、ホールスタッフのひとを呼び止めた。


「えっと……。

 財前くんとアリスちゃんは、なにか食べる?」


「いや、俺はドリンクバーだけで」


「わたしも、食べ物はいいのです」


「そう?

 でもあたしは食べちゃうわよぉ。

 それじゃあドリンクバーをみっつと、紅茶のシフォンケーキをひとつ下さい」


 オーダーを受けた店員さんが下がっていく。


 その姿を見送ってから、雪野先輩が大仰にため息を吐いた。


「ふぅぅ……。

 しっかし最悪だったわね。

 生徒指導の吉澤!

 なんなのあれ、話長いっての!

 おんなじ説教を何回も繰り返して。

 耳にタコができちゃうわよぉ。

 ね。

 アリスちゃんもそう思わない?」


 わたしは無言でこくりと頷く。


 たしかにあれは、とても長いお説教だった。


 全校集会のあと、わたしたちは3人揃って生活指導室に呼び出さた。


 用件はもちろん、集会での無断登壇の件についてだ。


 こってりと絞られた。


「しっかし、アリスちゃんもやるときはやるわねぇ。

 いきなり壇上にあがって話し出すんだもの。

 あたしびっくりしちゃったわ」


 いつの間にか隣に移動していた雪野先輩が、わたしを抱きしめてきた。


「頑張ったわね!

 えらいえらい。

 んー!

 アリスちゃーん!」


 なすがままにされながら、わたしは気になっていたことを財前くんに尋ねる。


「……大輔くんの誤解は、あれで解けたのでしょうか」


「いや、すべての誤解が解けたわけではないだろう。

 だが一部の生徒には効果があった。

 それにな。

 聞いた話では、なんでも田中もあの後、教師に呼び出されて再度事情を問い質されたそうだ」


「そうなのですか」


 財前くんがしっかりとうなずく。


「3年生の間でも話題になってたわよ。

 いったいなにが起きてるんだって。

 だからあたし、なるべくたくさんの友だちに事情を説明して回ってるの!」


「雪野先輩……。

 ありがとうございます」


 抱きしめられながら、ぺこりと頭を下げる。


 すると雪野先輩はわたしを解放してから、鷹揚おうように手を振った。


「いーの、いーの。

 だって大輔くんの誤解を解きたいのは、あたしも同じなんだから!」


 ◇


 注文が届く。


 ドリンクバーで淹れてきたホットコーヒーをひと口啜ってから、財前くんが口を開いた。


「西澄はよくやってくれた。

 だがこれだけではまだまだ弱い。

 大輔に下った処分を覆し、田中に報いを受けさせるには、まだ足りない」


「そぅねぇ……。

 生活指導に呼び出されたって言っても、田中って子はきっとまたシラを切っているでしょう?

 どうしたものかしら」


 雪野先輩が腕組みをした。


 うんうんと唸っている。


 すると財前くんが、人差し指で眼鏡をくいっと持ち上げた。


「……俺に考えがあります」


「え?

 ほんと?」


「ええ。

 俺と雪野さんだけでは難しかったですが、西澄が協力してくれるなら、おそらくやりようはある。

 タイミング的にも、全校生徒に波紋が広がっている今がチャンスだ。

 ただ懸念があるとすれば……」


 財前くんがこちらを向いた。


 わたしの覚悟を確認するかのように、テーブル越しにじっと見つめてくる。


「……なぁ西澄。

 身の安全は俺がこの身に代えても保証する。

 だがこの計画を実行すれば、お前はまた怖い思いをするだろう。

 それでも話を聞いてくれるか?」


「…………」


 少しの間、無言で考えてみる。


 田中くんに襲われたときのことを思い出した。


 恐怖に、指先が微かに震える。


 でもわたしは拳を軽く握って、その恐れを振り払った。


「……それは。

 大輔くんのためになるのですね?」


「ああ。

 もちろんだ」


 ならわたしに否やはない。


「話を、聞かせてください」


 財前くんが神妙にうなずいた。


 計画について話し始める。


「……雪野さんはたしか、放送部の部長と友人でしたね。

 体育祭のときに紹介していただいた、如月きさらぎさん」


「麻美のことね。

 ええ。

 友だちだけど、それがどうしたの?」


「ではまず雪野さんは、その如月さんの協力を取り付けて――」


 わたしたちは財前くんの話に耳を傾けた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 その日の夕方。


 わたしは今日も大輔くんの家で、夕飯にお呼ばれをしていた。


 晩ご飯のメニューは、雫さんが昨晩から下拵えをして漬け込んでいた唐揚げ。


 テーブルの真ん中で大皿にこんもりと盛りつけられた揚げたての唐揚げは、熱々の湯気を立てており、とても美味しそうである。


 そして副菜の肉じゃがはわたしの手作りだ。


 こちらは小鉢にいれて、人数分を配ってあった。


「いっただっきまーす!」


 元気いっぱいの拓海くんが、いの一番に唐揚げにお箸を伸ばした。


 続いてみんながご飯を食べ始める。


「うめぇー!

 雫ねぇの唐揚げ、めっちゃうめぇー!

 パリッとあがった鶏皮の心地よい歯触りと、ぷりっと瑞々しいもも肉の噛み心地!

 これぞ究極の食感コラボ!

 味付けも絶品で噛み締めると奥から奥からジューシーな肉汁が溢れ出てくる!

 うめぇー!」


「拓海うるさいー!

 黙って食べられないの?

 いきなり食レポとか、なんなのよアンタもー」


「いいからアッキーも食ってみろって。

 マジうまいから!」


 相変わらず北川家の食事は賑やかだ。


 ずっとひとりだったわたしが、こんな楽しい食卓を囲めていることが、なんだか奇跡みたいに思えて仕方がない。


「ははは。

 ったく、騒がしいったらねぇな。

 じゃあ俺も、いただきます」


 愉快そうに笑ってから、大輔くんが小鉢を手に取った。


 ぱくりと頬張る。


「……お。

 この味、雫のじゃねぇな」


「よくわかったね、お兄ちゃん。

 それはアリスさんが持ってきてくれた分だよ」


「へぇ。

 そうなのか」


 こくりと頷いてみせる。


 これはわたしが自宅で、あれこれと試行錯誤しながら調理してみた肉じゃがだ。


 雫さんに教わったものではない。


 だから味には少し自信がなかったりする。


「……あまり美味しくはないかもしれませんが、作ってみました」


「はぁ?

 十分うめぇって!

 ジャガイモも味が染みてるし、味付けも絶妙だ」


 その言葉を証明するように、大輔くんが肉じゃがを美味しそうに頬張った。


 お世辞かも知れないと思いつつも、やはり自分の作った料理をこうして喜んで食べてもらえると嬉しい。


「なんだ、大輔ぇ。

 美味そうだな。

 俺にも嬢ちゃんのその肉じゃが、食わせてみろ」


 おじいさんが大輔くんの方に箸を伸ばす。


 けれども素早く反応した大輔くんが、小鉢をさっと隠した。


「いや、じいちゃんの分も小鉢あるだろ。

 自分のを食えよ!」


「お、そうだったか。

 悪りぃ悪りぃ。

 ん……。

 おお、これはいいな。

 酒の肴にぴったりじゃねぇか」


 おじいさんが肉じゃがを摘みながら、ぐいぐいとお酒を煽る。


「もうおじいちゃん。

 お酒はほどほどにしなきゃ駄目だよぉ?」


「カカカ!

 かたいこと言うなって。

 ほら、雫。

 温燗ぬるかんをもう一合つけてくれ」


「んもう……。

 仕方ないなぁ」


 北川家のみなさんはいつも通りだ。


 変わらないその雰囲気に包まれていると、なんだかほっとした。


 ◇


「ん?

 どうした、アリス」


 気付けばわたしは、食事をする大輔くんをじっと見つめていた。


「……なんでもありません」


 ぼんやりと受け応えをしながら、考える。


 大輔くんはわたしに居場所を用意してくれた。


 この食卓のことだけではない。


 学校でもそうだ。


 でも与えられるばかりではいけない。


「……?

 なんでもないと言いつつ、ずっとこっち見てるのな」


「……はい。

 でも本当に、なんでもないのですよ。

 少し大輔くんを眺めたくなっただけなのです」


「そっか。

 今日のアリスは少し変だな。

 ははは。

 でもまぁ、好きにすりゃあいい」


 大輔くんはいつも通り穏やかに笑っている。


 けれどもいま、彼は学校での場所を奪われようとしているのだ。


 ……今度はわたしが大輔くんの居場所を守る。


 暖かな空気に包まれながら、わたしは自然とそんな風に思えるようになっていた。

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