第9話 アリスとお近づきになる計画

 西澄アリスを笑わせる――


 その目的を達成するために、早速俺は動きだした。


 とにかくまずは、彼女と会って話をしないことには始まらない。


 そこで俺はまた、学食で彼女が昼食を摂っているところにお邪魔することにした。


「よう。

 ここいいか?」


 今日も西澄は、ひとりで食事をしていた。


 俺はBランチを乗せたトレーを、彼女の隣に席におく。


「……どうぞ、ご自由になさって下さい。

 食堂のどこに座っても、それは北川さんの自由です」


 愛想の欠片もない。


 とは言え、最初の頃はスルーされていたことを思えば、返事が返ってくるだけマシとも言える。


 ちらりと俺を見た西澄の目は、今日も死人のように光彩を失っていた。


「そっか。

 あんがとよ」


 彼女の隣に腰を下ろす。


 さて。


 ここからが本番なのだが……。


「なんだお前。

 今日はサラダとシチューだけじゃねぇか。

 そんなんだから力がでないんだ。

 肉食え、肉を」


 言いながら俺は、今日のBランチのメインのおかずであるとんかつをふた切れほど摘んで、西澄のサラダに乗せた。


 なんか餌付けしてる気分だ。


「……余計なことをしないで下さい。

 シチューだけで、じゅうぶんお腹は膨れます」


「いいから、いいから」


 強引に押しつけながら、ふと思う。


 女子を笑わせるって、具体的にはどうすればいいんだ?


 今更ながら、俺は自分がそんなスキルを持ち合わせていないことに気が付いた。


「あー。

 あれだ。

 ……なぁ、西澄。

 最近どうだ?

 なにか変わったことはないか」


「なんですか急に。

 変わったことと言えば猫を飼い始めましたが、それは北川さんも知っての通りです。

 ほかには特にありません」


「そうか」


 あっという間に会話が終わってしまった。


 盛り上がらないこと、このうえない。


 だが俺は懲りずに、続けて彼女に話しかける。


「あー。

 最近、少しずつ暑い日も増えてきたな」


「そうですね」


「だよな。

 もう4月も後半だもんな。

 ところで西澄は、新しいクラスにはもう馴染んだのか?」


「…………はい」


「なんだいまの間は?

 ホントはまだ、馴染んでねぇんだろ」


「北川さんには関係ありません」


 また話が終わってしまった。


 取りつく島もありゃしない。


 そのあとも俺は、あれやこれやと話題を変えて彼女に話しかける。


「そのとき、時宗のやつが――」


「……ごちそうさまでした。

 では」


 食事を終えた西澄が、話を遮って席を立った。


「お、おう。

 ちょっと待てよ、西澄」


 呼び止めるのも聞かずに、彼女はスタスタと歩み去っていく。


「はぁ……。

 前途多難だな、こりゃあ」


 人目をひく金の髪が見えなくなったところで、俺はため息をついて愚痴を吐きだした。


 今回、彼女は笑うどころか、ピクリとも表情を変えなかった。


「うーん……」


 たまらず唸る。


 あいつを笑顔にするのは、思った以上に骨が折れそうだ。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 翌日。


 俺は昼休みに、また時宗を呼び出していた。


 今回は屋上ではなく、グラウンドの隅っこだ。


 ここなら俺とこいつの組み合わせをとやかく言うやつらはいない。


「それで、大輔。

 今度はなんの用だ」


「いや、用ってほど大層な話じゃねぇんだが……。

 ちょっと相談にのってもらいたくてよ」


「ふむ……。

 ついにお前も、俺を頼るようになったか。

 友として嬉しいぞ。

 よかろう。

 なんでも俺に相談してみろ」


 実際のところ嫌われ者の俺には、目の前のイケメン眼鏡と、あとはとある先輩くらいしか頼れる相手がいない。


 だから相談相手にこいつを選んだわけだが、時宗もなんか喜んでいるし、言わずともよいことは敢えて黙っておく。


「ありがとよ。

 それで実はだな――」


 俺は西澄アリスを笑顔にさせたいことを伝えた。


 ◇


「……事情は理解した。

 それはそうと、大輔」


 ひと通り話すと、時宗のやつがしたり顔になった。


 満足げに腕組みをして、しきりにうんうんと頷いている。


「やはりお前は俺が見込んだ男だ」


「……はぁ?

 なんだそりゃ」


「つまり大輔は、辛い境遇におかれた西澄のことを助けたいんだな?」


「あ、ああ。

 そうなるの、……かな?」


 つい曖昧な返事をしてしまう。


 恩着せがましい物言いかもしれないが、たしかに彼女を助けたいと、そういう気持ちはある。


 だけど俺は、時宗の言葉に腑に落ちないものを感じた。


 なぜなら俺が西澄の笑顔をもう一度みたいのは、彼女のためというよりも、俺自身の欲求によるところが大きいからだ。


 言うなればこれは、俺のごく個人的な願望なのだ。


「そうだな。

 西澄を笑顔にさせるとなると……」


 時宗が眉間に皺を寄せて悩み始めた。


「うむむ……。

 例えば、そう。

 そうだな……」


 このおかしな秀才からは、どんなアドバイスが飛び出してくるのだろう。


 興味深く期待しながら、待つ。


「むむむ……。

 そう。

 いや……。

 ……やっぱりわからんな。

 すまん、大輔!

 女子の笑わせ方なんて、俺にはさっぱりわからない」


 思わずずっこけそうになった。


「……お前なぁ。

 いま大仰に悩むそぶりをしてみせたのは、いったいなんだったんだよ」


 つい文句をつけてしまう。


 だが俺だって、ひとのことをとやかく言える立場ではない。


「まぁ待て大輔。

 俺にはわからないが、それを知っていそうな人物には心当たりがある」


「そうなのか?」


「ああ。

 雪野さんだ」


「あ、なるほど」


 雪野みなみ。


 今年から3年に上がった、1学年うえの先輩である。


 彼女は俺が前にいじめから助けた先輩だ。


 俺が上級生たちをぶちのめして、入学早々、停学を受けるきっかけとなった事件のことである。


「おう、そうだな。

 みなみ先輩なら、たしかにいいアドバイスをしてくれるかもしんねぇ」


 このまま俺や時宗がふたりだけで悩んでも、的外れな結果しか得られないかもしれない。


 俺たちは女の心の機微には疎いのだ。


 その点、みなみ先輩は西澄と同じ女子なわけだし、きっと俺たちよりもいいやり方を思いついてくれるだろう。


「雪野さんには俺から声をかけておく。

 だから明日の昼休憩に、またこの場所に集合しよう。

 それでいいか?」


「ああ、そうすっか。

 手間ぁ、かけさせてすまねぇな」


「……ふっ。

 そんなことは気にするな。

 俺たちは友人だろう」


 時宗はこう言ってくれるが、それでは俺の気がすまない。


 こいつには今度、飯でも奢ってやろうと思った。

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