第2話 一回500円の少女
放課後の校舎裏で、俺は物陰の段ボールを覗き込んでいた。
「……ちっ。
なんで居ねぇんだよ……」
舌打ちをして顔を上げる。
「ったく。
どこに行きやがったんだ、あのバカ猫は……」
いなくなった白い子猫に愚痴をこぼす。
その猫は1週間ほど前にカラスに襲われているところを、俺が助けた猫だ。
たぶんまだ生後2ヶ月くらいだと思う。
助けた手前、俺はその猫のことがなんとなく気に掛かって、この1週間ほど餌をやったり段ボールでベッドを作ってやったりと世話をしていたのだが、ついさっき校舎裏に様子を見に来たら、姿が見えなくなっていた。
「なんでこのタイミングで居なくなるかなぁ。
くそっ。
せっかく、里親になってくれそうな家を見つけてきたっつーのに……」
うちはじいちゃんがアレルギーだから、猫は飼えない。
だから俺はこの1週間、ほうぼう走り回って引き取り手を探してきたのだ。
「……ああっ。
もう!」
頭をガシガシと乱暴に掻き毟る。
子猫はまだ小さい。
あの足では遠くに行けるとは思えないから、きっと近くを捜せば見つかるだろう。
でもはやく見つけないといけない。
あいつはまだ1匹では生きていけないだろうし、なによりまたカラスにでも襲われたりしたらと思うとゾッとする。
「気合い入れて、捜すしかねぇか……!」
もう一度、この辺りには子猫が居ないこと確認してから、俺は当て所なく駆け出した。
◇
正門付近までやってきた。
帰宅部の生徒たちが帰路につくのを横目にしながら、物陰なんかを探していく。
「……なにをしてるんだ、大輔」
背後からの急な呼びかけに振り返る。
「時宗か……。
足音立てずに近づいてくんなよ。
見りゃわかるだろ。
探しもんだ」
声をかけてきたこのイケメン眼鏡は『
都内でも有数の進学校である、ここ都立
こいつは、学校中で怖がられ、みんなに避けられているこの俺こと『
「探し物か……。
ふむ。
なんなら俺も手伝おうか?」
「別にいらねぇよ。
つかお前、部活をしてないのは塾があるからだろ。
なら早く帰ったほうがいいんじゃねぇか?」
「たしかにこのあと、予備校の予定はある。
だが友人が困っているなら、その手助けをするほうが優先だ」
これだ。
このイケメン眼鏡は、いつも臆面もなくこういうセリフをはく。
「お、おう……。
いや、だから大丈夫だって」
なんとなく俺は気恥ずかしくなってしまって、ぶっきら棒に言い放った。
「……そうか。
ならこれ以上、差し出がましいことは言わないでおこう。
けど、なにか困りごとがあれば、遠慮なく俺を頼れよ」
それだけ言うと、時宗はくるりと背を向けて、来たときと同じように足音も立てず、すたすたと歩み去っていった。
「……相変わらず変なやつだ」
小さくなっていく背中を見つめながら、
「っと。
それよりもいまは、猫、猫っ」
俺は再び茂みのなかを覗きこみ、子猫の捜索に戻った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……見つからねぇ」
あれから学校中をくまなく捜したが、子猫はどこにもいなかった。
部活動に励んでいた生徒たちも、もうチラホラと帰りだしている。
「どこにいるんだよ。
ったく」
もしかすると学校の敷地から出てしまったのかもしれない。
そうだとするなら捜すのに人手が必要だ。
「……ちっ。
こりゃあ、やっぱ時宗のやつに手伝わせれば良かったかなぁ」
とはいえ今更そんなことを言っても仕方ない。
誰かあいつの代わりに、子猫捜しを手伝ってくれるやつはいないものか。
「……誰もいねぇな」
自慢ではないが、俺は友だちがいないのだ。
高校に入学して早々に上級生どものいじめ現場に遭遇し、当時は3年生だったその卒業生たちを散々にぶちのめして停学を喰らってから、俺はずっと学校のやつらに怖がられている。
例外と言えば、さっきの時宗とそのときにいじめから助けた先輩くらいか。
「仕方ねぇ。
その辺のやつでも適当に取っ捕まえて、手伝いを頼むか」
◇
前方から部活帰りの二人連れが歩いてくる。
どうやら見た感じからして、文化部の生徒っぽい。
「おい、お前ら」
「あっ、はい。
――って、ひぃっ⁉︎
き、北川っ……くん」
思いっきりびびられた。
「な、な、な、なんの用ですか?」
「いや、ちょっとした頼みごとがあるんだけどよ。
お前らこの後、時間ある?」
「ごごごめんなさい!
こ、この後は用事があって!」
「ぼぼ、僕も……!」
ふたりは顔を引きつらせながら、足早に去っていった。
「……話くらい聞きやがれってんだよ」
まったく失礼なやつらだ。
ガシガシと頭を掻いていると、今度は運動部っぽい体格をした3人組が歩いてきた。
「ぎゃはは!
うまくいってたら、いまごろ田中のやつ、ずっぽしお楽しみなんじゃねぇの?」
「ばっか。
マジであんな噂信じてんのかよ!」
「ありえねぇー。
たった500円であんな美少女とヤれるかっての!
どうせ断られてるに決まってらぁ」
「でもよ、でもよ!
田中がもしヤれてたら、俺も次頼んでみようかなぁ」
荷物からして野球部のやつらだろう。
顔に見覚えがあった。
俺と同じ2年の生徒たちだ。
俺は楽しそうにバカ騒ぎしている連中に無造作に近づいて、声を掛ける。
「おう、お前ら。
ちょっと頼みがあるんだけどよ」
「あん?
……ッ⁉︎
き、北川、かよ。
な、なんの用だ」
「いやちょっと探し物してんだけど、お前らこの後時間あんだろ。
手伝ってくんない?」
「は、はぁ……?
な、なんで俺らが、お前の頼みを聞かなきゃいけないわけ?」
野球部の連中は楽しそうだったさっきまでとは打って変わり、なんだか緊張しているように見える。
「お、おい、みんな。
さっさと行こうぜ」
「まぁ待てよ、話くらい聞いていけ。
どうせ暇なんだろ?」
「ひ、暇じゃねぇし!」
男子たちが立ち去っていく。
かと思うとそのうちの1人が、名案でも思いついたかのように、意地悪そうな笑みを浮かべて振り返った。
「へ、へへへ……。
頼みごとなら、聞いてくれるやつを知ってんぜ?
2年A組の西澄アリス。
お前も噂くらい聞いたことあんだろ?」
「……はぁ?
西澄?
つか、なんの噂だよ」
自慢じゃないが、俺は友だち付き合いが少ないせいか、学校のことにはとんと疎い。
「A組の西澄の噂、知らねぇのかよ。
いいぜ、教えてやる。
西澄はなぁ、一回500円払えば、どんなお願いでも聞いてくれんだよ!
ははっ。
いまごろまだ教室にいるはずだから、頼みに行ってみたらどうだ?」
「ほう……」
これはいいことを聞いた。
そんな便利屋みたいな女がいるのか。
「お、おい。
もう行こうぜ……!」
俺に有用な情報を教えてくれた親切な男子を、別の野球部員が引っ張っていく。
野球部の連中は、今度こそ連れ立ってこの場を後にした。
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