第184話 七魔将ダフネ
ここは聖都フレイス北門前。そこでは七魔将と来訪者組、クラレンスの間で熾烈な戦いが繰り広げられていた。
何度も激しく交差する魔剣ユスティラトと
「貴様、また一段と剣の腕を上げたな」
「もちろん!私だって、もっと強くならないといけないのでッ!」
茉由はそう言って、魔剣ユスティラトに冷気を纏わせる。その冷気には悪魔殺しの属性が
そして、茉由が氷属性の魔法剣を発動させたのを見たダフネも影属性の魔法剣を発動させ、剣に黒い影を纏わせていく。
そこからは魔法剣同士での激しい斬り合いとなった。茉由が斬りかかれば、それをダフネが剣を横にして受け、力ずくではじき返す。
茉由がそれに怯めば、ダフネがたちまち連撃を繰り出す。茉由も必死に
「やあっ!」
クルリと右足を軸に一回転した茉由の横薙ぎの一閃。それを
ダフネが力だけで茉由を圧倒しているのではない。力、敏捷、技、駆け引き。あらゆる面でダフネは茉由を凌駕していた。
それからも容赦なく激しい剣戟が巻き起こる。茉由を速攻で仕留めに行くダフネ。そんなダフネの剣を防ぐだけで手いっぱいの茉由。どちらが優勢かなど、誰の眼から見ても明らかだった。
「フッ!」
ダフネの一歩間合いを下がってから、放たれる高速の薙ぎ払い。これには茉由も衝撃で後方へ吹き飛ばされるしかなかった。
「何て膂力……!」
茉由は痺れる手をギュッと握りしめながら、地面に取り落とした魔剣ユスティラトを拾い上げた。
「私だって、伊達に何年も剣を振るってはいないということだ」
『分かったか?』と言葉の後に付け足してくるかのような視線。これには茉由も参った。強くなろうともがいているのは自分だけじゃない。敵もなのだ……と。
茉由は心の中で、今までに非礼を詫びて再度剣を構えた。
「まだやるのか?今度こそ、死ぬぞ?」
「私はこんなところでは死ねない!何としても会いたい人がいるから!」
茉由は吠える。自らの思いを。そして、その思いを闘志へと変え、再びダフネとの戦いに臨む。
「まあ、貴様の想いなど私の知るところではないがな!」
双方の持つ剣は空気を切り抜け、甲高い金属音を打ち鳴らす。そこからの戦いは縦横無尽に展開され、互いの立ち位置など数えきれないほどに入れ替わっていく。
「“氷魔斬”ッ!」
冷気を強めた大上段からの一撃。これには剣で受け止めたダフネの腕が痺れるほどの威力が籠められていた。茉由の氷の魔力は凄まじく、受け止めたダフネの
これ以上、刃を接するのはマズいと判断したダフネは茉由の剣を横へと薙ぐ。それを見逃さず、茉由は追撃をかける。
ダフネへと一直線に伸びていく魔剣ユスティラトの刀身。その切っ先を
だが、地面をゴムボールのように跳ねさせ、空中で一回転すると共に、華麗な着地を決めて見せた。
「“
「……ッ、“氷魔刃”!」
ダフネの動きにとっさに合わせた茉由。直後、真っ黒な影の刃を氷の刃は二人の中間地点で衝突し、黒と水色の大爆発を引き起こした。その地点から巻き起こる爆風に茉由は服の袖で目に砂が入らないようにした。
「フッ!」
土煙の中から不意に放たれる横薙ぎの一閃。茉由は体ごと頭部を後ろに傾けて回避。しかし、
これには茉由も冷や汗が流れた。一歩間違えれば死ぬ。自らがそんな危険な命のやり取りに身を投じていることを再確認する。
茉由はお返しとばかりに魔剣ユスティラトを鞭のようにしならせ、土煙の中へと放り込む。土煙の中からは剣が剣を弾くような音が響いてきた。
手応え的に弾かれているのは自分の方だと茉由は確信していた。とはいえ、ダフネがどの辺りに居るのかなど、まったく見当もつかない。ゆえに、滅茶苦茶に振り回していた。
そして、土煙が晴れたタイミングで、ダフネは体の数ヶ所に傷を負っていた。その身を掠った程度のモノもあれば、深く抉られている傷もあった。深く抉られた傷があるのは、左わき腹と右大腿部。
とはいえ、ダフネは悪魔の肉体再生能力によって、その傷は塞がりつつあった。無論、かすり傷など瞬きほどの時間で塞がる。
その事実を忘れていたため、茉由は震撼した。一体、どうやって悪魔である彼女を仕留めるのか……と。
洋介と夏海、紗希は悪魔と一体化した暗殺者たちは心臓を貫いたことで灰になって消えた。確かにそう言っていた。ならば、
茉由はそのことに望みをかけ、いかにしてダフネの心臓を貫くかということのみに意識と神経を研ぎ澄ませた。
その集中を研ぎ澄ませた眼光に勝利への執念を感じたダフネは少しばかり動揺を覚えた。
だが、ダフネとしてもこんなところで負けるわけにはいかない。ゆえに、ダフネ自身も神経を研ぎ澄ませ、茉由の指先の動きから体の隅々の動きを見逃さないよう、集中した。
これは自ら攻めるというよりは、
両者、動きが無いまま数分が経とうとしていた。そこで力強く大地を蹴った者が居た。茉由だ。
――痺れを切らしたか。
自らの狙い通りに動いた茉由にダフネはニヤリと笑みを浮かべる。そこからは一撃で仕留めんがためにダフネは
「やぁっ!」
茉由はダフネの心臓目がけて魔剣ユスティラトを突き出す。ダフネは間合いに入った茉由に逆袈裟斬りを見舞う。しかし、ダフネの
ダフネの
茉由はこの時、ダフネの心臓を狙うと見せかけて刀身を伸ばして、
「うっ!?」
力任せの飛び蹴りを真正面から胸部に受けたダフネは肺の中の空気を強制的に全て吐き出され、後方へ。
「ぐっ……!」
ダフネは凹凸のない胸部を右手で押さえながら、よろりと立ち上がる。今、彼女の手には武器がない。いかなる苦境をも切り抜けてきた戦友とも呼べるモノを失った。
そして、彼女の魔法は性質上、剣が無いと使用することすら出来ない。それでも、それでも目の前にいる茉由にだけは負けるわけにはいかなかった。
ダフネは疾駆する。たとえ武器が無くても、恐れることなく突き進む。茉由を叩きのめしてから、
そこからはダフネの拳と蹴りでの凄絶な攻撃が始まった。茉由が魔剣ユスティラトと魔鎧セベリルで武装しているなどお構いなしに猛攻を仕掛ける。
余りの激しい攻撃に茉由は戸惑った。素手の相手を剣で斬っても良いのかと。そこを見事に付け込まれた。
ダフネが茉由を一方的に殴り、蹴り飛ばすという一方的な戦いが展開されていた。茉由が反撃しないとダメだと思った時には完全にダフネのペースとなっていた。
「ハァッ!」
ダフネの
茉由が地面にたたきつけられた衝撃で意識が飛びかけている間に、ダフネは茉由の手から離れた
「さて、そろそろ勝負を付けさせてもらうぞ!」
――殺される。
茉由の脳裏にそんな言葉が浮かび上がる。
大上段から振り下ろされる
「寛之さん……ッ」
瞳から涙が溢れ出る。茉由はもう二度と寛之に会うことも、話すことも出来ないのだと思うと、涙が途端に溢れてきたのだ。
そんな時、ヒュンッ!と勢いよく飛来する物体があった。それはダフネと茉由の間に撃ち込まれ、ダフネは警戒してその場を飛び退いていた。
撃ち込まれたモノ――1本の矢の飛んできた方を見てみれば、彼女の姉である聖美が親指を立ててニコリと笑っていた。
姉からの命を救った贈りものに茉由は感謝しつつ、頭がぐらぐらする感覚を抱きながらもダフネへ挑むべく、再び剣を取った。
「貴様、まだ戦えるとは思わなかったぞ。だが、次こそは仕留めさせてもらう」
「やっぱり、それはお断りします。私は何としても、会わないといけない人が居るので」
茉由の瞳の奥には闘志の炎が灯っていた。その目を見れば明らかな事であった。ダフネがそれに苦笑しつつも、『戦うからにはこうでなくては』と思っていた。
「行くぞ!」
刹那、ダフネは疾駆する。突撃してくる彼女に茉由は驚くことは無かった。もう、この戦いの中で、ダフネが接近してくるときの速度は知っている。
振り下ろされる
弾き返される
予想だにしなかった茉由からの積極的な攻撃にダフネは驚きに目を開いた。その時の茉由は勝利をその手に収めるためにわき目も振らず、立て続けに斬りかかっていった。
そこからしばらくもつれた後、双方が同時に後方へ跳ぶ。それから一拍ほど空いて、今度は双方ともに図ったかのように接近。
「フッ!」
大気ごと切り裂くかと思うほどの横薙ぎの一閃を茉由は反射的にしゃがんで回避。そこから、ダフネの心臓目がけて迷いなく剣を突き出す。
堪らず、ダフネは再度後方へと跳躍。茉由の剣から迷いが消えていることに驚愕を覚えたが、そんな驚愕に浸る時間をも与えずに茉由は怒涛の連撃を紡ぐ。
ジリジリと後退していくことにダフネは自分でも驚いていた。そして、理解した。自分は彼女の気迫に押されているのだ、と。
そして、茉由は先ほどの聖美からの矢で再び立ち向かう勇気を与えられたのだと。
――あの時、あの矢を斬り払っていれば。
そんな後悔がダフネの脳裏に巣くう。それを頭を横にブンブン振ることで払拭しようとする。だが、今は戦闘中だ。そのような時間など――1秒たりとも無かった。
再び剣と剣とが衝突する。そこからは純粋な剣技の応酬であった。どちらも勝利を願い、己の刃を振るう。
互いの剣から火花が散り、戦いには決着が着きそうもなかった。そう見えた刹那、互いに距離を空けた。
一体何をするかと思えば、互いに剣に纏わせる魔力を増大させていく。ダフネの剣に纏わりつく影はより一層大きくなり、茉由の剣が纏う冷気も増大して周囲の空気を冷やしていく。
そして、双方とも剣を口の横で地面と水平に剣を構えている。そして、二人の間に静寂が訪れ、城壁の向こうで爆砕するような音が響いた直後、互いの隣を疾駆した。
疾駆したのち、互いのわき腹から血が漏れるように溢れ出す。茉由も激痛に表情を歪めながらも、すれ違ったダフネの方へと向き直った。それはダフネも同様であった。
「“
茉由は最後の力を振り絞って、冷気を纏った剣を繰り出す。その一撃にダフネは反応できず、遂に心臓を貫かれた。
心臓を貫かれたラベンダー色のストレートロングヘアーの女は敗北を悟ったように笑みをこぼし、灰となって崩れ落ちた。ただ、その場に残された影は大聖堂の方へと消えたのであった。
そして、茉由は勝利したという安心感から、ガクリと膝を折って地面にうつ伏せで倒れ込むのみであった。
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