第183話 進軍開始

「総員、これより聖都フレイスへ進軍を開始する!」


 早朝であるにもかかわらず、フィリスさんの号令によって、王国軍の兵士たちの表情は引き締まった。いや、引き締まったのは王国軍の兵士たちだけじゃない。同行する俺たちもだ。


 フィリスさん率いる王国軍とユーリさん率いるローカラト辺境伯の私兵、そこにクラレンス殿下率いる王国騎士団を合わせ、総勢四千九百の軍勢はついに進軍を開始した。


 そして、アラン水軍司令率いる水軍六千八百と、先日クラレンス殿下たちとやって来た千二百を合わせた総勢八千はこの陣地の守備兵として残る。共に戦うことが出来ず、無事を祈ることしかできないことをアラン水軍司令は口惜しそうにしていた。しかし、敵襲があることを考えれば、側で一緒に戦っていなくても、共に戦っているのに等しいと俺は思う。


 それはさておき、そこからただただ聖都フレイスへ前進するだけの日々が三日ほど続いた。三日ほど進軍すると、聖都フレイスが遠くに見えるくらいの距離になって来た。


 ……とは言っても、見えるのは聖都フレイスではなく、それを覆う黒い結界なのだが。


 そんなことを思いながら、進軍開始から四日目の朝を迎えた。予定では今日の昼前に結界の元に辿り着く。そして、到着早々一気呵成に北門を突破し、聖都フレイスへと突入する算段になっている。


 つまり、今日の昼過ぎには戦争が始まる。そのことで、全員の表情は強張ったままだった。いや、強張っていないのは終始余裕げな親父くらいなモノだ。むしろ、ピクニックに行くかのように楽しそうで、生き生きとした表情をしていた。


 そんな親父に呆れながらも、歩くこと4時間半。昼前、11時に黒い結界の前へと辿り着いた。


 フィリスさんやアシュレイさんといった、一度結界の内部に突入したことのある面々は明らかに恐怖の感情を抱いていた。それゆえに、足が地面に縫い付けられたように動かないようだった。


「何をもたもたしてんだ?サッサと行くぞ」


 親父はフィリスさんたちを臆病者だと見下すような眼差しで黒い結界へと足を踏み入れる。まるで、何の恐怖もないかのように。


 それに触発されたのか、親父の後を追って紗希が突入していった。それからは尻込みして立ち止まる者など一人として居なかった。全員が鬨の声を上げ、大挙して結界内部へと突撃していく。


 俺たち来訪者組も遅れを取るまいと駆け足で結界へ突入すると、目の前には一万数千のホムンクルスと千近いゴーレムが横何列に並べられていた。その先頭にはクロヴィスを筆頭に七魔将が揃い踏みであった。


「どうやら、敵も俺たちが一点突破してくることはお見通しだったらしいな」


 ポツリと呟いた親父の言葉に、聞こえた範囲に居た人たちは険しい表情になった。


「やあ、僕はクロヴィス。スカートリア王国の皆さん、ここまでお疲れ様。ここで永遠とわに休息していくと良いよ」


 フッと口端を吊り上げるような笑みを浮かべたクロヴィスは腰に差した片手剣ショートソードを引き抜いた。


「やれ」


 剣を前方に掲げながら放たれた短い言葉。それによって、一斉にホムンクルスたちも手にした剣を構えて一切の躊躇なく攻め込んでくる。


「ウラァッ!」


 誰よりも早く飛び出した親父の横一文字の一閃。それはまとめて数十体のホムンクルスを胴切りにした。


「この程度の敵に何を怯えてる!早くしねぇとお前らの手柄も俺のもんになっちまうぞ!」


 親父は星魔剣アルデバランを肩に担ぎ、俺たちの方を振り向いた後、再びホムンクルスの大群へと身を投じた。その言葉にはお前らが動かなくても俺一人で殲滅できるという意味と、手柄が欲しければ迷ってないで敵と戦え。そんな意味が込められているようだった。


 結界へと足を踏み入れる時と同様、臆病者だとバカにされたように感じた兵士たちは意地になって剣や槍を手に突撃していく。そんな彼らを支援するように弓兵と魔法兵から矢と魔法がホムンクルスたちへと注がれる。


 そんな風に幕を開けた戦争は開始早々熾烈な戦いとなっていた。ホムンクルスを一体仕留めれば、王国軍の兵士が一名討たれる。そんなことが代わる代わる行われ、辺りは血の池地獄と化していた。


 そんな中を俺たち来訪者組は進み、ただひたすらに城門を目指した。軍の指揮はフィリスさんやユーリさんに任せておけば大丈夫。それよりも俺たちがやるべきことは、七魔将の相手だ。


 俺たち以外で、七魔将の相手が出来るのは親父くらいなモノだろう。だからこそ、ここで踏ん張るべきは全身古代兵器で固め、戦闘力を底上げのしている俺たちなのだ!


「おや、薪苗直哉じゃないか」


「クロヴィス……ッ!」


 ホムンクルスの大群を抜け、ゴーレムたちが一列に並べられている前。そこに七魔将は勢ぞろいしていた。


「みんな、この男は僕が相手をするよ。みんなは他のオマケたちをサクッと倒してくれ」


 クロヴィスが俺以外をオマケ呼ばわりしたことにキレそうになりながらも、自分の内側から沸き立つ感情の焔を押さえ込んだ。


 そのうえで、俺はみんなに他の七魔将の相手を任せた。ラルフの相手を呉宮さん。ダフネの相手を茉由ちゃん、カミラの相手を武淵先輩。そして、イライアスの相手を洋介、バートラムの相手を紗希といった具合に相手が決まっていく。だが、ここで一つの問題が起こった。


 残るルイザの相手を誰がするのか、ということだ。人数が一人足らない。親父が居てくれればそれで型がつくのに、そういう時に限って親父は居ない。


 ルイザ一人に動かれるだけでも、戦況は大きく変わる。ゆえに、思考に焦りが生じた。


「直哉、彼女の相手は私がしよう」


 そう言って、颯爽と姿を現したのはクラレンス殿下であった。その身には魔鎧セベリルを纏い、手には見慣れない剣を提げていた。だが、そんな実力的に申し分ない助っ人に俺はルイザの相手を任せた。


 そして、クラレンス殿下について来た親衛隊と騎士団の人たちは七魔将の近くに陣取るゴーレムの討伐へと乗り出していた。


 これで役者も揃った。そう思い、俺も目の前の相手であるクロヴィスへと全神経を集中させて迎撃する……はずだったのだが。


「なっ、早い!?」


「当り前さ。あの時とは比べものにならないくらい、僕も強いからね。全力であれば、君なんていつでも殺せるんだよ!」


 そういうクロヴィスから目にも止まらぬ速さで放たれる無数の斬撃に俺は竜の力を解放していても反応することが出来なかった。竜の力を解放しているから、深手を負わずに済んではいるものの、とてもじゃないが俺にはクロヴィスを倒せそうにもなかった。


 そこからも必死で俺は防御に防御を重ね、致命傷だけは避けることに成功していた。しかし、それでも限界があった。


 ――ガキィン!


 俺はクロヴィスからの斬り上げによって、剣を振りかぶっているような体勢となった。これでは胸部も腹部もガラ空きだ。


「死ねッ!薪苗直哉ッ!」


 俺の心臓目がけて突き出される片手剣ショートソード。まず間違いなく、心臓を貫かれて終わる。そう確信していた。


 ……あの人が現れるまでは。


「なっ!?」


「よう、また会ったな」


 俺の心臓へと伸びるクロヴィスの片手剣ショートソードは横から乱入した大太刀によって、軌道を逸らされていた。


 その大太刀――星魔剣アルデバランを持つ親父はクロヴィスへと冷ややかな眼差しを向けていた。


「直哉、お前は寛之君のところに行ってやれ」


「いや、でも……」


 俺は辺りを見回すが、誰一人として手の空いている者など居ない。それぞれが目の前の敵の相手をするので手一杯であった。


 だが、俺は親父の眼を見て、言い訳をするのを止めた。そして、覚悟を決めた。ここからは俺一人で進まなければならないのだ、と。


「分かった。親父、クロヴィスの相手は任せた!」


「おう」


 俺はそう言い残して、大急ぎで北門へと向かった。


「なっ、そっちには行かせないよ!」


 クロヴィスが俺の後を追おうとしたが、親父が先回りして進路を塞いでくれたからクロヴィスは緊急停止し、親父の出方を窺っていた。


 俺は十秒ほど全力疾走し、北門の前に辿り着いた。イシュトイア曰く、門自体はアダマンタイトで出来ているらしく、かなりの威力の衝撃を加えないと破壊は難しいとのことだった。


 いくらイシュトイアが世界最高の剣であったとしても、扉を破壊するには切り刻むしかない。だが、それでは労力と時間を無駄に使いすぎてしまう。


 その二点が俺の頭を悩ませていた。しかし、そんなことを考えているところに、門に人が二、三人通れるほどの大穴が開けられた。


「直哉、行け!」


 俺は親父に促されるままに扉を通った。すると、その先にはよろけながらも片手剣ショートソードを構えるクロヴィスの姿があった。先ほど門に叩き込まれたのはどうやらクロヴィスだったらしい。


「直哉。アイツをサッサと片付けたら、俺も後を追う。だから、お前は心配せずに先に進め」


 親父に背中を押されるまま、俺は聖都フレイスのメインストリートを走る。目指すはその先にある大聖堂。そこには寛之が居るはずなのだ。


 俺は寛之に会って、茉由ちゃんに代わって『どうして魔王軍の側についたのか』という部分をハッキリさせたい。


 その一心で、俺はただひたすらに大聖堂へ足を進めるのだった。


 聖都フレイスの街並みは物悲しさが良く表れていた。町の通りにある露店は見るも無残に崩れており、その下からは……腐った人の手と赤い水たまりが見えた。


 それ以外にも、通りには殺されたであろう人が一般市民、兵士を問わず、殺された当時のまま残されていた。


 正直、殺されてから何週間と経っていることもあってか、腐敗臭が酷かった。そんな中を走ること十分ほど。息切れさせながら、やっとの思いで大聖堂の前までやって来れた。


 深呼吸をして、呼吸を整え、階段を上がって大聖堂に入ろうかというタイミングで嫌な気配がした。俺は反射的にその場を飛び退いたが、その直後に地面が爆砕する。


 俺には見えていた。頭上から真っ黒なローブに身を包み、長杖を手にした男が大聖堂の屋根から飛び降りてくるのが。


 そして、土煙が晴れ、男の顔が俺の方を向いた時、俺は喜びを嚙みしめた。


「寛之!」


「……」


 俺は目の前にいる男の名を口にしたが、寛之自身は表情一つ変えなかった。それはまるで、俺の言葉が聞こえていないかのように。


 寛之から、途端に殺気があふれ出る。長杖を構え、こちらに近接戦を仕掛ける気満々であった。


 刹那、俺の予想通りに寛之は杖を用いて、俺の頭部へ打撃を叩き込んできた。それに関しては、イシュトイアを縦にして受け止めた。


 白状すると、寛之の動きはわずかではあるが俺よりも速い。だが、純粋な力では少しだけ勝っている。それは今の一連の動作で確認できた。


 ただ、一つ驚いたことがある。今、竜の力を解放している状態で、目の前にいる寛之は互角と言ってもいいほどの身体能力をもって、俺に挑んできている。


 それがどういうことを意味するのか。


 具体的には何をしたのか、それは分からない。だが、可能性の一つとしては悪魔の力を得たのではないか……ということだ。


 それこそ、呉宮さんやギケイたち暗殺者ギルドのメンバーみたいに。


 悪魔の力を得たというのなら、これほどの動きが出来るのも納得がいく。正直、今の寛之は八眷属に身体能力の面では同等だろう。ましてや、魔力量に至っては八眷属よりも上。それは肌を介して、ひしひしと感じられる。


「なあ、寛之。お前――」


 俺は寛之から事情を聞こうとしたが、その問いに言葉が返ってくることは無く、拳で返ってきた。俺は間一髪身を捻ったから直撃は避けられたが、まともにくらっていれば今のは危なかった。


 その後、何度も何度も言葉を投げかけては寛之と話し合おうとしたが、寛之はただひたすらに俺へ拳蹴を見舞ってくるのみであった。


 一体、どうすれば寛之と話が出来るのか。それが分からずに俺は戦い続けるのだった。

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