第177話 妹からの提案
俺たちは無事にローカラトの町へと帰還することが出来た。
ラモーナ姫とラターシャさんは俺たちを送り届けた後、すぐさま竜の国へと帰ってしまった。さすがにこれ以上長く国を空けておくわけにはいかないんだそうだ。
町に入ってからは二手に分かれた。紗希と茉由ちゃん、洋介、武淵先輩の4人は茉由ちゃんの屋敷へ。俺と呉宮さん、イシュトイアの3人は俺の家に戻る。そして今、家に帰る際中である。
「ナオヤ、仲直り出来そうなんか?」
「いや、今回ばかりは何とも言えないな……」
町に戻ってくるまで、呉宮さんと洋介の二人で仲直りするためにどうするのかを考えてみたが、結局結論など出なかった。
「直哉君、いつもはどうやって仲直りしてたの?」
「……自然といつもの感じに戻ってたな」
そう、いつもは自然消滅の真逆で自然復活という感じなのだ。ケンカしても、いつの間にやら普通に話すようになっている。
「そういう呉宮さんは茉由ちゃんとケンカしたらどうするの?」
「……私はとにかく謝る。ちゃんと怒らせたかもしれない要素を具体的に挙げながらね」
呉宮さんは指をピッと立てながら、にこやかに話をしている。その辺りの話とか、もっと時間のある時にでも詳しく聞いてみたいところだ。
そうこうしているうちに俺たちは家に到着した。ただ、家の前に若い男性が立っていた。手には何やら手紙を持っている。
「あ、マキナイナオヤ様でしょうか?」
「はい、そうですが……」
「こちら配達物になります」
俺は若い男性から手紙を受け取った。俺は受け取ったカードを呉宮さんに渡して、運送料をその場で支払った。支払いが終わると、若い男性はペコペコと頭を下げながら立ち去っていった。その背には運送ギルドの紋章があるのが確認できた。
「で、誰からの手紙?」
「えっと、ジェラルド……直哉君のお父さんから。直哉君と紗希ちゃん宛だよ」
俺は一度渡していた手紙を呉宮さんから受け取った。とりあえず、手紙は家に入ってから読もうというイシュトイアからの意見に従って鍵を開けて家に入った。
とりあえず、先に全員荷物を部屋に置きに戻り、再び一階のテーブルの近くに集まって手紙を読んだ。
内容としては親父自身の近況報告と紗希への誕生日を祝うメッセージが記されていた。
俺の誕生日を祝うメッセージは無かったことにショックを受けつつも、近況報告の部分が気になった。
どうにも、先日までは滅亡したヴィシュヴェ帝国のある西の大陸に行っていたそうなのだが、これからはこの大陸の西側から出る船で南大陸を目指すらしかった。
その理由が南の大陸にあったルフストフ教国が滅亡し、魔王軍に占領されているからなのだという。そして、そこに駐屯している魔王軍を殲滅するつもりらしかった。
俺はそもそも、西の大陸にあるヴィシュヴェ帝国と南の大陸のルフストフ教国が滅びたこと自体初耳だったので驚かされた。
「直哉君、この文面を読んだ限り……」
「ああ、親父は一人で魔王軍を殲滅するつもりらしいな。連れて行ってくれる船は商船らしいから、魔王軍とは戦えるとは思えないしな……」
正直、自分の力に絶対の自信があるがゆえの行動だと思うのだが、いくら何でも無茶過ぎる。何せ、一国を滅亡させるほどの軍隊を一人で相手取ろうというのだ。そんなの、自分は一国の軍隊よりも強いという自信が無ければやろうとすら思わないだろう。
「呉宮さん。俺、親父のところに加勢に行きたい。この事を知って、見て見ぬふりは出来ない」
俺は手紙をテーブルに置くと、その上に呉宮さんが優しく包み込むように手を重ねた。
「直哉君が行くんだったら、私も行くから」
「もちろん、ウチも一緒に行かせてもらうで」
俺は心強い二人の言葉に感謝し、紗希たちにもこの事を伝えるべく茉由ちゃんの屋敷へと急行したのだった。
◇
俺と呉宮さん、イシュトイアの3人で、勢いそのままに茉由ちゃんの屋敷に押しかけた。
途中、辺境伯の屋敷へと物資の搬入に行くような荷車と多くすれ違ったが、今はそんなことは関係ないから忘れよう。
玄関の柵から見える前庭で洋介、武淵先輩、茉由ちゃん、シルビアさん、ディーン、エレナちゃん、ピーターさんの7人……つまり、紗希以外の全員が木製の武器を使って模擬戦をしたり、自主練に励んだりしていた。
俺たちが来たことに真っ先に気づいた武淵先輩がすぐに門を開けてくれた。
「3人とも、いらっしゃい。何か用事でもあるのかしら?」
「はい、来訪者組全員に。至急」
俺が用件を伝える中で、『至急』という言葉を用いると、武淵先輩は弾かれるように茉由ちゃんと洋介に話を通してくれた。
それからは俺たちはとりあえず、一階の食堂へと通された。
「茉由ちゃん、紗希はどこに居るんだ?」
「えっと、郵便受けに入っていた手紙を見るなり、部屋に走っていったっきりで……」
俺は茉由ちゃんの話から、何かあると思い、紗希が住んでいる部屋へ6人全員で向かった。
――コンコン
「紗希ちゃん!入るわよ!」
武淵先輩がそう言って、鍵の開いていたため、ドアを開けて部屋の中へ。それに続くように俺も紗希の部屋へと突入する。残るメンバーも一斉に部屋へと入っていった。
そして、俺は見た。ベッドに仰向けになっている紗希が部屋着で枕に顔をうずめ、足をバタバタさせているのを。
――それはもう、恋する乙女のように。
「えっと、紗希?」
水たまりに水滴が落ち、波紋が広がっていくように俺の言葉が部屋の静寂に落ちる。それによって、紗希はビクッと肩を跳ねさせた。
「武淵先輩……それにみんなも?」
紗希は顔を赤くしながらこっちを振り向いた。その表情に怒りなどは見えず、いつもの紗希だった。ただし、顔が赤いことを除いては。
それにこちらを振り向く直前、手にしていた何かを後ろに隠した。絶対に怪しい。
俺は紗希ににこやかに近づき、紗希が隠そうとしている何かを奪い取ろうとした。さすがに紗希も狙いに気づいていたらしく、俺が動くより先に部屋を脱出しようとしていた。
しかし、紗希が逃げようとした位置へ重力の方向を変えて先回りした武淵先輩がヒョイと手紙を奪取した。
「はい、薪苗君」
「ありがとうございます、武淵先輩」
俺は武淵先輩が紗希から奪取した代物――一通の手紙を広げて目を通していく。その間にも紗希が取り返そうと色々と仕掛けてきたが、茉由ちゃんによって羽交い絞めにされていた。
「紗希、これは……」
「クラレンス殿下からの手紙だよ!もういいでしょ!返して!」
そう、紗希が持っていた手紙はクラレンス殿下からの手紙だった。内容的には最近の近況報告と手紙のお礼などが記されていた。
俺は紗希が王城に居るクラレンス殿下に手紙を出していたなんて今、初めて知った。どうやら、この手紙はその返信らしかった。
自分は心身共に健康であることや、次に会った時は二人でキチンと話をしたいなど、そう言ったことが書かれていた。
そういった内容だと聞いた茉由ちゃんが「もしかして、紗希ちゃんってクラレンス殿下のことが好きなの?」と耳元で囁いていた。それに対して、紗希は耳まで真っ赤にして俯くばかりであった。
それにしても、なぜ茉由ちゃんが紗希の耳元で囁いた言葉が聞こえたのかって?
そんなもの、直哉イヤーは地獄耳だからとしか言いようが無い。
そして、そこからは茉由ちゃんと武淵先輩、呉宮さんの3人からの質問攻めコースに突入した。俺と洋介は聞かない方が良いと判断し、紗希の部屋を出た。
それから10分ほどがして、俺と洋介を呼ぶために部屋からイシュトイアが出てきた。どうやら話は無事に終わったらしい。
俺と洋介が部屋に戻ると、紗希はベッドの上で枕を顔にあてがって表情が見えないようにしていた。
とても紗希の口から事情を聞けるような様子ではないため、呉宮さんたち事情を直接聞いた3人から聞くことにした。
「それで、紗希は何て言ってたんだ?」
「えっと……直哉君。落ち着いて聞いてね?」
呉宮さんが念押ししてくる時点で、俺はただ事ではないと察し、落ち着いて聞くという心の準備をした。
「紗希ちゃん、クラレンス殿下のことが好きだって」
「ですよねー」
俺は分かりきったことを言われ、思ったことを棒読みすることしか出来なかった。
第一、ベッドで足をばたつかせるとかいう恋する乙女みたいな素振りをされれば、馬鹿でも分かるというモノだ。あまり、俺を侮らないでもらおう!
そんなことを脳内で叫びながら、特に追及はしなかった。茉由ちゃんは紗希に寄り添って何やら話をしているようだった。
そこからは手紙に書かれていた内容についての話が行なわれた。俺たちが見たのはクラレンス殿下の近況報告の部分である。
そこには殿下たちが軍を率いて南の大陸へと攻め入るという記述があった。正直、手紙に国家の重要事項である軍事行動のことを記している辺り、この手紙を書いている時は、よほどクラレンス殿下も浮かれていたのだろう。
俺は親父からの手紙の記載内容のことと照らし合わせると、偶然にも南の大陸へ攻撃を仕掛けるタイミングが同時であることに気づいた。
そのことを加えれば、親父のことも話しやすかった。俺は素直に来訪者組全員に親父の手紙の内容を伝え、紗希に親父からの手紙を手渡した。
ふと気づいたのだが、紗希がクラレンス殿下に想いを寄せていることを親父が知ればどんな表情をするのだろうか?
何というか、紗希をたぶらかしたの何だのと言って、殿下を締めそうな気がする。
その様子を頭の中で描いてみるが、話が大事になる気がしたので、親父には機を見て話そうと決めた。そして、それは少なからず今ではない。
「聖美先輩たちは、ボクたちも南の大陸に行って魔王軍と戦うってことを言いに来たんだよね?」
「ええ、そうよ」
紗希と呉宮さんのやり取りの後、多数決で南の大陸に向かうかどうかを決めたが、誰一人反対することなく、南の大陸行きが決定した。
またしても遠くへ戦いに行くことになったわけだが、次はどうやって南の大陸に向かうのかという話になった。
「そういえば、辺境伯の屋敷に出入りする荷車とか人が多かったような気がするんだけど、何かあったのかな?」
呉宮さんが思い出したように話を出したのだが、確かにここへ来る途中で辺境伯の屋敷に物資を運ぶ荷車を何台も見た。
「もしかすると、戦争とかじゃないのか?」
そう言ったのは洋介。確かに荷車に積んでいたのが、兵糧だとすれば明らかに戦争の準備だろう。問題はどこと戦争をするのかということだ。
その辺りをハッキリさせるべく、情報を集めた方が良さそうだ。
俺たちは茉由ちゃんの屋敷から辺境伯邸へと移動し、辺境伯の息子であるユーリさんから話を聞くことが出来た。
「国王陛下から直々に出兵の命令が来たんですよ」
「一体、どこで戦争を?」
「南の大陸です。今回はかなり大規模な戦争になると聞いています」
ユーリさんは来訪者である俺たちを信用して色々なことを教えてくれた。遠征軍は王国軍二千と辺境伯の私兵五百だそうで、私兵の方の指揮官はユーリさんが務めるとのことだった。その理由としては、さすがにシルヴァン辺境伯自らが町を離れることは出来ないからだ。
そして、港町アムルノスへと向かい、港町アムルノスの方に駐屯している王国軍千五百とリラード伯爵家の私兵千を加え、船で南の大陸に向かうとのことだった。俺たちはその内容を聞いて、同行することを申し出た。
「本当に来るつもりなのかい!?」
「やっぱり、迷惑でしたか?」
「いいや、私としては心強いですし、反対する者は居ないはずです。とりあえず、父上にも話を通してくるので、皆さんはそこで待機していてください!」
ユーリさんはそう言い残して、屋敷へと走っていった。それから十分後ほどして戻ってきたユーリさんから、俺たちの遠征参加が正式に許可が下りたことを伝えられた。
そこからは実に忙しいモノだった。出発は明日だというので、着替えなどの持ち物の整理を大慌てで行ない、冒険者ギルドの方にはまたしても町を空けることを伝えなければいけなかったからだ。
――こうして、俺たちはロクに眠ることも出来ないまま、出発の朝を迎えたのだった。
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