第166話 出発の時

 俺たちは今、ローカラトの町の外にいる。


 それは、町で乗れば騒ぎになるのはもちろんだが、そもそも論としてラモーナ姫とラターシャさんの二人が竜化したまま待機できるスペースがないのだ。


 そんなわけで、俺たちは町の外を集合場所とした。そして、今回の旅はラモーナ姫とラターシャさんの二人に俺と紗希、呉宮姉妹、洋介、武淵先輩の六人をホルアデス火山まで連れて行ってもらう。この時、イシュトイアには人の姿ではなく、剣の姿で居てもらっている。


 ラモーナ姫には俺と紗希、呉宮さんの3人が乗り、ラターシャさんの方には茉由ちゃんと洋介、武淵先輩の3人が乗った。


『それじゃあ、しゅっぱ~つ!』


 ラモーナ姫のテンション高めの声と共に、ラモーナ姫とラターシャさんは俺たちを背に載せて空高く舞い上がった。


 浮上していく時は少しずつ高度を増していく感じで、俺たちは観光気分を楽しんでいた。しかし、ホルアデス火山へと進むべく、飛び始めた時には平均的なジェットコースター以上の速度で空を飛んでいるのだ。


 俺たちが乗っていることを考慮してくれているらしい。だが、1日50キロ進む馬車で行けば3週間かかる道を十時間で到着するのだ。つまり、時速に換算してみれば100キロは出ている計算になる。


 通常のジェットコースターでも、最高部の高さが100メートルを超すことはない。だが、俺たちは雲の上をジェットコースターと同等かそれ以上の速度で飛んでいるのだ。


 ――ハッキリ言って、死ぬ。


 まさに振り落とされたが最後、というヤツだ。だから、俺たちは吐きそうになるのも我慢して必死にしがみ付いた。


 そんな状態が10時間も続いたころ、ようやくホルアデス火山へと到着した。


 俺たちは地上に降り立つやいなや、地面に崩れ落ちた。正直、10時間もよくしがみついたものだと自分でも思った。


 何より、吐き気もするし、めまいもする。正直に言えば、真っ直ぐに立っていられないほどだ。そんな状態でホルアデス火山へと突入することはできないし、そろそろ陽も落ちようかという時間帯である。


 そんなわけで、俺たちはホルアデス火山の麓にあるクヴァロテ村に宿を取ることにした。


 また、ラモーナ姫とラターシャさんは昔馴染みの人物の元へ行くと言って、俺たちを下ろしてすぐにホルアデス火山の方へと飛び去った。


 その日はクヴァロテ村名物の炒め物料理を夕食として食べた後、宿屋の部屋で各自くつろぐ形となった。


 宿屋では3部屋に分かれて宿泊することになり、俺と呉宮さん、紗希と茉由ちゃん、洋介と武淵先輩のいつもの組み合わせに分かれた。


 右隣の部屋にいる紗希と茉由ちゃんの楽しそうな声が聞こえてくる。そして、左隣の洋介と武淵先輩の部屋からはもう寝てしまったのか、物音一つしなかった。


「ねぇ、直哉君。見て、星が綺麗……!」


「本当だ。これ、ローカラトの町で見るよりも綺麗だな」


 俺と呉宮さんは部屋のベランダの手すりに手をおいて満天の星空を眺めた。この時、すでにイシュトイアは寝ているため、起きているのは俺と呉宮さんの二人だけだ。


 そんな星空の下、呉宮さんをちょっとくらいなら抱きしめたりしても良いのかな……なんて思う自分の欲望を振り払う。


 というか、呉宮さんがあんなに澄んだ目で星を見ているのに邪魔をするのは無粋というモノだ。


 そう思い直して、俺は天に輝く星々を眺める。その時に肌を撫でていく夜風も心地よかった。ローカラトの町であれば肌寒く感じたが、この辺りの気候的な面があるのだろう。そもそもが温かいため、風も涼しく感じるのだ。けど、夜風で呉宮さんの体が冷えるのは良くない。


 俺はそのことを呉宮さんに説明して、部屋の中に戻った。部屋では今日の夕食が辛かったけどほっぺが落ちるほど美味しかったこととか、ラモーナ姫たちに乗っている時に余りの速度だったから怖かったこととか、色々なことを話した。


「直哉君、明日からはホルアデス火山を登るんだよね?」


「そうだな。山岳地帯に入るから、体力も回復させとかないと」


「だね。今日はもう寝よっか」


 事実、明日は朝早いうえに山登りで体力も使う。だから、早く寝て体調を万全にしておこうという意味で、呉宮さんの言葉に異論はなかった。俺は静かに頷いて、ベッドの上で静かに目を閉じた。


 ◇


 翌朝、起床した俺たちは朝から激辛料理を食べて寝ぼけた頭を叩き起こし、今にも閉じそうな目を見開かせた。


「薪苗君、大地の宝玉がある場所までのルートは分かってるのよね?」


「はい、この地図の×印のところに入口があるみたいなので、そうであれば、あの入り口に行くにはこの登山口から登る方が安全です」


 俺は今いる登山口の左隣の登山口を指差した。地図によれば、そこからが安全かつ一番近い道だと記されている。


 そんなわけで、俺たちは完全武装した上で、危険極まりない登山を開始した。


 まず、切り立った崖に挟まれている道を一列になって進んだ。魔物が出てくることも考慮して、急いで進むような事はしなかった。そんな登山をしていると、『夏色プレゼント』とか歌いたくなる気分――


 だったのだが、装備を付けた状態での登山は思いのほか、困難を極めた。朝は気温的には程よい感じであったが、進むにつれて時間が経ち、太陽が真上に上る頃にはもはや灼熱地獄であった。


 暑ければ日陰に入れば良いのだが、そんな日陰は都合よく存在せず、あったとしても六人全員が休息を取れるほどのスペースが無かった。


「直哉」


「ああ、分かってる」


 俺と洋介の二人で話し合ったうえで俺たち二人の休憩回数を減らし、女性陣四人を優先的に日陰に入れて休憩させた。


「直哉君、私は大丈夫だから直哉君も休んでいいんだよ?」


 呉宮さんは積極的に俺を休憩させようとしてくるのだ。別に悪い気はしないが、俺としても譲るわけにもいかなかった。


 とりあえず、茉由ちゃんにも説得を手伝ってもらって、呉宮さんには日陰に積極的に入ってもらった。まあ、本人は解せぬと言わんばかりの顔をしていたが。


 その後も、日陰を見つけるたびに休憩を取り、速度を落としてではあるが前進を続けた。それでも一歩一歩進んでいることは変わりない。


「兄さん、水」


「ああ、ありがとう」


 俺が暑さで汗をダラダラ流しているのを見かねたのか、一歩先を歩く紗希から水筒を手渡された。断る理由もないため、素直に受け取った。


「先輩方、ここ数十分くらい日陰に入ってないですが……」


「俺は大丈夫だ」


「俺も大丈夫だから」


 洋介も俺も心配しないで欲しい旨を茉由ちゃんに伝えた。まあ、本当に大丈夫かと言われれば大丈夫ではない。それでも女性陣に心配をかけたくないという気持ちが勝ったため、さっきみたいな返答をしたわけだ。


 ……だが、次の日陰では優先的に休憩させてもらった。さすがに見栄は崖下にポイ捨てさせてもらった。


「ねぇ、紗希ちゃん。直哉君、溶けてるよね」


「はい。真夏日にクーラーの効いた部屋に逃げ込んだみたいな……」


「洋介も薪苗君も溶けてるわね……」


 今まで日陰に入らなかった分、俺と洋介はバブル〇ライムばりに溶けていた。まあ、今回の日陰は全員が入れるほどの広さだったから、誰かがはみ出るという心配はない。


 ここから先は右側が切り立った崖になっており、反対側は底が見えない闇である。踏み外せばまず助からないだろう。


 そんなわけで、俺は全員の靴に飛翔魔法を付加エンチャントを行なった。こうすれば万が一落下しても、地面に叩きつけられて死ぬようなことはないだろう。


「兄さんの付加術がこんな形でも役立つとはね……」


「まあ、付加術は万能な魔術だからな。でも、紗希さんや。どうして俺に助けられるのを嫌そうにしているんだ?」


「別に」


 明らかに嫌そうな顔をしていたのだが、聞いてみたら笑顔になっていた。まったく、何を思っているのかが分からない。


 それはさておき。俺たちは恐る恐る崖沿いの道へと踏み出し、前進を再開した。


 石の礫がパラパラと落ちてくることもあれば、俺たちの足下から下へ石ころが落ちていくこともあった。音が数秒の差で聞こえてくるのが恐怖心をかき立てた。


 心臓がドッドッドッと高速で脈を打っている中で、開けた場所に出ることが出来た。心臓の音がうるさく、黙れと言いたくなるほどであった。本当にこの道は心臓に悪い。本音を言えば、帰りは絶対に通りたくない。


 そして、俺たちが目線を上げると、視線の先には吊り橋があった。


「洋介、何震えてんだよ。早く行けよ」


「ちょっ!押すなって!殺す気か!」


 再び一列になった俺たちは吊り橋を渡ることにしたのだが、先頭を行く洋介が一歩も動こうとしないのだ。


「見ろ、この吊り橋を!」


 洋介の言う通り、吊り橋を見てみれば足元の木の板はあちこちに穴が空いており、縄も古びていて、いつ切れてもおかしくないほどのボロさだ。


 まとめると、『誰か、改修工事しろよ』と言いたくなるほどにボロい吊り橋ということだ。しかも、落下した先はまたしても真っ暗である。


「だからどうした!俺だって、怖いからサッサと渡りたいんだよ!」


 ずっと怖い怖いとうずくまっている方が怖いため、俺は早く渡り切ってしまいたいのだ。


「じゃあ、直哉!お前が先に行ってくれ」


「あ、それもそうか。悪い悪い」


 洋介に言われて気づいた。確かに先に行けと言う前に、俺が先に行けば良かったんだよな……


 俺は洋介に謝りつつ、先頭切って今にも落ちそうな吊り橋を渡った。俺の装備的にはアダマンタイト製の部分鎧ライトアーマーと剣の姿をしたイシュトイアのみである。比較的軽い装備だと思う。


 それでも足を置いたり、離したりするたびにギシッギシッと音を立てるのが気味が悪い。しかも、風が吹いてくることで吊り橋が左右に揺らされる。ゆえに……


「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏――」


 ……自然とお経を唱えていた。


 その甲斐あってか、無事に渡り切ることが出来た。俺が渡り切ったのを見て、洋介より先に武淵先輩が勇気を振り絞って吊り橋を渡り始めた。


 先輩の装備は魔鎧セベリルとアダマンタイト製の伸縮式の槍と魔棍セドウス。武器二つは背中で交差させる形で背負っている。


 そんな武淵先輩は最初は慎重に足を一つ一つ運んでいたが、中ほどに差し掛かったところで、重力魔法で体を浮かせて水平方向に重力をかけることで一息に渡り切ってしまった。


「武淵先輩、息切れヒドイですけど大丈夫ですか?」


「ええ、私は大丈夫よ。それより薪苗君、橋の真ん中怖くない?」


「ああ……」


 思い出してしまった。忘れようと思っていたことを。あの吸い込まれそうに感じてしまう底なしの暗闇。


 改めて、思い出してみて思ったが、本当によく渡り切ったなと。自分で自分を称賛してやりたいくらいだ。


 今さらながら、対岸に残っている洋介と呉宮姉妹、紗希の4人が渡り切れるかが心配だ……


「武淵先輩、全員まとめて重力魔法でこっちにスライドさせることって……」


「別に大丈夫だけど、帰りのことを考えると……ね?」


 何やら圧力をかけてくる感じの言い方だが、言おうとしている言葉の先は分かる。まだ目的地に着いたわけじゃないし、大地の宝玉を手に入れるまでに何が起こるか分からない。


 その時に魔力がありませんじゃシャレにならない。とはいえ、自分は使ってるじゃないかとツッコミたいところだが、ツッコんだらいけないような気がしたので何も言わなかった。


 次は誰が渡るのかと思ってみれば、呉宮さんが早足で渡って来た。正直、みているこちらとしてはハラハラしたが、呉宮さんはノースリーブにデニムのショートパンツという実に動きやすい服装であり、腰に二本の短剣、背には矢筒と弓を背負っているだけだ。俺たちの中で一番の軽装だ。


 鎧を着て走って来られたら溜まったモノではないが、呉宮さんなら大丈夫かと思い直した。


 呉宮さんが橋を渡り切ったところで、ハイタッチで無事に合流できたことを祝した。


 そして、姉に続くように妹の茉由ちゃんも渡り切った。装備的には魔鎧セベリルと魔剣ユスティラトの2つであり、呉宮さんと比べれば重いが、問題なく渡れて何よりだった。一応、補足しておくが重いのは体重ではなく装備が、である。


 聖剣ガレティアを佩いた紗希は敏捷強化魔法を使って、一息に渡り切っていた。ダグザシル山脈の時と言い、紗希は崖というか高いところが絡むと怖がっているような気がする。もしかして、高所恐怖症だったりするんだろうか。


 ラスト、魔槌アシュタランと魔鎧セクメラギという見るからに重そうな装備をした洋介。


「チッ、マジかよ……!」


 洋介が吊り橋の半ばに差し掛かったところで、橋が崩れ始めた。やはり、装備の重さに耐えられなかったのだろう。


 それを見て、全力疾走した洋介だったが、あと吊り橋全体の2割くらいの距離というところで、橋が完全に崩れ落ちた。


 だが、魔槌アシュタランの先端部を飛ばし、俺の真横を通り過ぎて背後の崖に轟音を立てて突き刺さった。それにぶら下がる形で俺たちのいる側の崖にターザンっぽい感じで叩きつけられた。


 そんな時、魔槌アシュタランの突き立った崖からパラパラと小石が崩れてきていた。


「洋介!靴の飛翔魔法使って、急いで上がって来い!崩れるぞ!」


「そんなこと言われても、急に上がれるわけねぇだろ……ッ!」


 洋介が悔しそうに唇を噛んだ。魔法とて人によって、発動速度が違う。学校の科目にそれぞれ得意不得意があるのと同じだ。


 どうするか、判断に迷っていた時。一気に洋介の体は魔槌アシュタランごと俺たちの目の前へと浮き上がった。


「夏海姉さん……」


 武淵先輩の重力魔法で命拾いした洋介だったが、俺たちは崩れそうな崖から一刻も離れるべく、その場を離れ、先を急いだのだった。

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