第167話 灼熱

「……着いた、ここだ」


 俺は手元の地図と目の前のぱっくりと口を開けている洞穴を何度も視線を往復させて確認する。


「直哉君、もうすでに暑いね……」


「ああ……」


 現時点では火山の入口から数メートルは離れているのだが、それでも真夏の炎天下に匹敵する暑さだ。この調子であれば、中はどれほど暑いというのか……


 入るのを何度も躊躇したが、入らないと何のためにここまで来たんだって話だ。俺たちは覚悟を決めて、ホルアデス火山へと足を踏み入れた。


 中に入ると、眼下にはマグマが煮え立つ湖のようになっており、その周囲が螺旋階段上の下り坂になっている。天然のモノとは思えないが、人工物ではないことはパッと見で分かる。


 とりあえず、そこを降りて行かないと火山の深部には辿り着けないのは明白だった。


 ここ、ホルアデス火山は昔、貴重な鉱物が取れる場所として有名だった。しかし、近年は魔物の出現や、鉱物の採掘量の減少に伴って入る人などほとんど居ない。だから、ここへ来る道中の吊り橋も補修されていなかったのだ。


 ……まあ、その吊り橋も崩れ落ちたからもう使えないのだが。


 帰りはどうしようか。そんな悩みにふけっていられれば良かったのだが、ここではそうもいかなかった。


 まず、どうしようもない熱さの問題。これでは落ち着いて思考することはできないし、何より体力がドンドン消耗していくのが体感として良く分かる。


 よって、長居は不可能だと判断し、俺たちは迅速に大地の宝玉の奪取へと動き出した。歩行速度を上げ、1階層、2階層を突破する。


 その後も3階層から5階層まで歩き抜いたが、この時点でへとへとだった。全員、汗をダラダラと流している。汗が噴き出る、というのはこの状況を差すために存在している言葉のようだった。


「兄さん、水が……」


 螺旋階段を降り、煮え立つマグマの湖に近づくにつれ、明らかに温度が上昇していた。10階層に到達する頃には水筒の中の水が熱湯に変わっており、とても飲めたものではなかった。これでは、とてもじゃないが水分補給など不可能だ。


 ――そして、11階層。


 マグマの湖を抜け、迷宮のような場所に出た。ここでは川のようにマグマが流れており、その岸の部分を歩いていった先に下へと続く階段が見えた。


 だが、ここから襲ってくるのは灼熱だけではない。


「グオオオオオオオオオオオ――ッ!」


 鼓膜を突き破るかのような咆哮。俺たちの視線の先に居るのは牛の頭を持つ巨人。手には両刃斧ラビュリス。そんな魔物、日本の創作物でよく見たのを思い出す。そんな魔物――ミノタウロスが十頭ほど、下へと続く階段の前の広間で待ち構えている。


「リアルでは初めて見たけど、ファイアボルトでも撃てば倒せるか……?」


「兄さんは英雄にはなれないから無理だよ」


 だよな、と紗希の言葉に軽く返事をしながら武器を構える。今までは武器は持っているだけだった。それは、魔物が襲ってこなかったからだ。だが、今からは違う。この灼熱の中で、戦闘までしなければならない。


 あえてカッコ良く言えば、ここからが本当の意味での冒険なのだ。


「十頭のミノタウロス、こっちは6人。一人二頭倒せば余裕だな」


「だな。とりあえず、呉宮には弓でアシストに回ってもらうか」


 俺と洋介が話し合い、呉宮さんには遠距離からのアシストに回ってもらい、残る5人で一人二頭ずつ屠るということに決定した。


 俺たちはミノタウロスの群れに真正面から突撃する。ミノタウロスも俺たちの安直な攻撃にほくそ笑んでいるかのようだった……が。


「まず、一頭!」


 洋介の魔槌アシュタランの先端部が魔力を流したことで伸長し、油断していた戦闘のミノタウロスの頭部を顔面から叩き潰した。


 続いて、紗希が瞬きする間にミノタウロスに肉薄し、頭部を潰されたミノタウロスの右にいたミノタウロスの首を聖剣ガレティアを抜刀すると同時に斬り飛ばした。からの、着地と同時に右隣に居たミノタウロスを胴切りにし、誰よりも早くノルマを達成した。


「“氷魔斬”ッ!」


 冷気を纏った魔剣ユスティラトは洋介が潰したミノタウロスの左隣にいた個体を両刃斧ラビュリスごと両断した。


「“重力波グラヴィティ”ッ!」


 武淵先輩の重力魔法。それは広間の右側を流れるマグマの川に一番近い二頭のミノタウロスを上からの圧力で足場を崩し、マグマへと落下させた。これで二体まとめて倒した武淵先輩がニ抜け。


 現在、紗希と武淵先輩が二頭、洋介と茉由ちゃんが一頭ずつ。計六頭を撃破済み。というか、未だに一頭も倒せていないのは俺だけか……。


 そんな悲しい事実に追い打ちをかけるように洋介が雷を纏った魔槌アシュタランでの薙ぎ払いでミノタウロスの頭部を側面から叩き潰し、茉由ちゃんが冷気を纏った魔剣ユスティラトで一思いにミノタウロスの心臓を穿った。


 洋介が放ったのは“雷霊斬”ならぬ、“雷霊槌らいれいつい”。茉由ちゃんが使ったのはシルビアさんの突き技である“風牙”を模倣した“氷牙ひょうが”だ。どちらも二人がここ数日で編み出した新技である。


 これで残るミノタウロスは二頭……って、全部俺の担当分!


 早上がりしたみんなは広間の端で溶けるようにくつろいでいた。洋介は胡坐の状態から片膝を立てている体勢、紗希や茉由ちゃん、武淵先輩は女の子座りをしてくつろいでいる。


「直哉君、来るよ!」


 俺は呉宮さんの声に弾かれるようにミノタウロス二頭と対峙する。ミノタウロスは跳躍し、大上段から両刃斧ラビュリスを振り下ろしてきた。受け止めようか迷ったが、俺は後ろに跳んで回避することを選択した。


 振り下ろされた両刃斧ラビュリスは大地を砕いた。その轟音が止むと同時に、右からもう一頭のミノタウロスの両刃斧ラビュリスが俺の首へと薙がれようとしていた。


 しかし、そんな攻撃は俺の恋人が許さなかった。


 そんなミノタウロスの左目を的確に一本の矢が射抜いたからだ。


「呉宮さん!」


 背後に視線をやると、親指を立てている呉宮さんの姿が。あえて言おう、可愛い。


 ついうっかり、表情がとろけそうになるが、今は戦闘中。気を引き締めねば!


 片目を射抜いた矢を引き抜こうとする隻眼のミノタウロスの大胸筋にバツ印をつけるように斬撃を見舞った。あえて、致命傷にならない程度の深さの傷である。


 左目と胸部に受けた傷に怯んでいる隙に、俺はもう一体のミノタウロスへと疾駆する。


 ミノタウロスは俺の突進に合わせたのか、自らも頭部に生えている角を押し立てて進んできた。正直、突進の速度では俺の方が早い。だが、迫力でいえばミノタウロスの方が上だった。


 ぶつかる直前。俺は踏み込みの力を増して、飛び越えた。衝突を避けることに成功し、俺はほっと胸を撫で下ろした。しかし、ミノタウロスの突進は止まることなく、突き進んでいく。


 それはどこか。呉宮さんの元だ。たまらず、俺は反射的にイシュトイアを投擲。ミノタウロスは背中に目が付いているわけではないため、あっさりと心臓を穿つことが出来た。


 その次の瞬間。残り一頭となったミノタウロスが呉宮さんへ肉薄するのが見えた。振り下ろされようとしている両刃斧ラビュリスを見て、俺は弓を離れた矢のように駆けた。


 武器を持たない俺には彼女の盾にしかなれないだろう。だが、それで十分。


 ……と、カッコつけたことを脳内で言ってみたが、いざとなると怖かったので真剣白刃取りの要領で両刃斧ラビュリスを受け止めた。


 ミノタウロスは図体がデカいこともあって、さすがの膂力だった……が。


「グウィリムの一撃に比べれば……軽いな!」


 俺は体中の力を振り絞って、ミノタウロスの両刃斧ラビュリスを押し戻した。これでヤツは元の振りかぶっている体勢に戻った。


「“豪風脚テンペスト”ッ!」


「ヴッ!?」


 足に風魔法を付加エンチャントさせ、暴風を纏う蹴りをガラ空きになった胴へと叩き込んだ。


 一気に間合いが開き、ミノタウロスは壁に吸い寄せられるように叩きつけられる。ミノタウロスは今の光景が信じられないのか、目を見開いていた。


 『一体、あの人間のどこにあれほどの底力パワーが眠っていた!?』


 そんな言葉が聞こえてきそうなほどに。


 直哉はミノタウロスが驚愕に動きを停止させている一瞬の隙にもう一頭に突き立った剣を引き抜き、急接近。次の瞬間にはミノタウロスの首が飛んでいた。防御する暇すら与えず、死を与えた。


「ふぅ……」


「直哉君、お疲れ様」


「危ない目に遭わせてごめん。調子に乗って、周りが見えてなかった」


 俺は謝罪する。本当に一歩間違えれば呉宮さんが死んでいたかもしれなかったのだ。正直、謝って済む問題じゃない。


「ううん、気にしなくて良いよ。だって、守ってくれたでしょ?」


 そう言って微笑む彼女の太陽のような笑みに、罪悪感という曇天模様が晴れたようだった。


「まったく、ヒヤヒヤさせるなっての。見ているこっち側は焦ったんだからな?」


「悪かったな、洋介」


 後ろから肩を組んでくる洋介。素直に心配かけてしまったことを申し訳なく思った。


 その後、俺たちは11階層を抜け、14階層に辿り着いた。そこまでで遭遇したミノタウロスは計44体。今回のように10頭で固まっていることはなかったが、階層のあちこちにいるため、倒すのが手間だった。


 とはいっても、俺たちは油断することなく戦ったため、大してケガをすることも無く堅実に勝利を収めることが出来た。


 14階層には数百体に及ぶリビングアーマーが生息していたが、これは紗希による薪苗流剣術第四秘剣、絶華によって一掃された。


 また、リビングアーマーの中身はドロドロのマグマが詰まっているという嫌がらせのようであったが、それは水聖剣ガレティアに込められた水属性の魔力が相殺し、問題なく済んだ。


「やっぱり、紗希の剣捌きって反則級チートだよな……」


「兄さんも真面目に剣の練習すれば、これくらいは出来るよ」


 そんな妹の言葉に素直に喜びたいところだが、まるで俺が真面目に練習していないように聞こえてしまい、喜べなかった。


 リビングアーマーの残骸を尻目に、俺たちは14階層を後にした。俺たちが目指す先は15階層。


 正直、ホルアデス火山が何階層まであるのか、想像もつかない。だが、進むしかない。


 こうして長い道のりを経て、15階層へと降り立った俺たちは終わりを確信した。


 今までのように下へと続く階段は無く、その代わりに真っ赤な炎を彷彿とさせる色をした紅の扉がそびえ立っていた。その高さは俺たちの身長の5倍はあった。


 その扉の存在感たるや、ダグザシル山脈の祠の内部にあった大空の宝玉を納めていた部屋の扉と酷似していた。


 そして、そんな人工的な扉の前に立ちはだかるのは――やはり人工物。


 ダグザシル山脈で交戦した物と同型のドローレム。あの時の代物はドラゴンの骨を組み上げたモノだった。しかし、今現在、目の前に立ちはだかるドローレムは全身が炎を纏っていた。


 マグマに匹敵するほどの熱量を周囲に放出しているドローレム。正直、並みの武器や防具では近寄るだけで燃え尽きていることだろう。とはいえ、武淵先輩の槍と呉宮さんの矢はいくらアダマンタイト製とはいっても、通じる可能性は低かった。


 それを考慮して、俺と紗希、茉由ちゃん、洋介の4人が前に出て、武淵先輩と呉宮さんには距離をおいて援護してもらうことを決定した。


 決定直後、紗希が敏捷強化魔法を使って、最大速度で加速する。もはや、俺たちには視認できなかった。


 俺たちはその圧倒的な速さに目を奪われたが、気を取り戻して3人で攻撃を仕掛ける。


「“黒風斬”ッ!」


「“氷魔斬”!」


 黒い風を纏う一閃。冷気を纏った魔剣。この2つの斬撃がそれぞれ、ドローレムの右前脚、左前脚を切断する。そして、


「“雷霊槌”ッ!」


 雷を纏う魔槌が前のめりになったドローレムの脳天に叩きつけられた。豪快な音と共に衝撃波が発生。それによって、俺と茉由ちゃんが勢いよく広間の端に飛ばされた。紗希はいつの間にやら離脱していたらしく、呉宮さんと武淵先輩の前に居た。


「薪苗流剣術第一秘剣――雪天」


 無機物を断ち切る白の斬撃。それは炎のドローレムの両眼を切り裂いた。


「グルオォォォォ――ッ!」


 突然、両目の視界を奪われたのだ。そんなの、誰だって絶叫する。


 今は、紗希の容赦のない攻撃に俺は感謝した。何せ、紗希の水聖剣ガレティアの斬撃で炎のドローレムの体は至る所に傷が刻まれているからだ。


「次の一撃で決めよう」


 振り返る俺の言葉に全員が首を縦に振った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る