第164話 やはり我が家は良い

「ただいま~」


「おかえり~」


 後ろから聞こえてくる彼女の「おかえり」に俺はおかしくなって笑ってしまった。そんな感じで笑いながら、家に入る。


 港町アムルノスを出てから二週間。俺たちはようやくローカラトの町へと帰ってきた。空間転移魔法とかが使えたら便利なのだが、そんなものは俺たちには使えない。あるにはあるのは知っているのだが。


「直哉君、紗希ちゃんは守能君が帰ってくるまで茉由の屋敷に住むみたいだけど、反対はしないの?」


「まあ、一緒に住むのが茉由ちゃんだからな。これが知らない男だったら、ちと許せんが」


「直哉君、『ちと』じゃなくて『めちゃ』の間違いじゃない?」


 見事に本心を見抜かれた上での一言に俺は後頭部を掻いた。呉宮さんは昔からそうだが、俺の言動とか態度をよく見ている。いや、見ているというより観察していると言った方が良いのかもしれない。


 また、紗希だけじゃなくてシルビアさんもあのまま茉由ちゃんの屋敷に住むことを決めたという旨を屋敷の主人である茉由ちゃんから聞いている。つまり、我が家の住人は俺と呉宮さんとイシュトイアの3人となったのだ。


「ナオヤ~腹が減った……。何か作ってくれへんか?」


「ああ、いいぞ」


 大きな音をお腹から響かせて、テーブルに顎を載せて溶けそうになっているイシュトイア。時間的にも陽が傾いてきている時間帯だ。どのみち、今から夕食の準備をしないといけないわけだし。


「とりあえず、買い出しに行ってくる。イシュトイア、上手い飯作るから、代わりに俺の荷物を部屋に運んでおいてくれ」


 『え~』というイシュトイアの嫌がる声を右から左に流しながら、俺は買い出しに向かった。家には呉宮さんもいるし、大丈夫だろう。


 今後の家の部屋割りは2階の奥の部屋は元通り、俺と呉宮さんが使い、2階の手前の部屋は紗希が居ないため、代わりにイシュトイアが寝泊まりすることになっている。


 夕飯は何を作ろうかと考えてながら、市場の食料品を売っている場所を見て回る。


「まあ、冬の定番料理であるスープで手を打つとしよう」


 夕方と言うこともあり、品ぞろえも悪い中で3人分の食材を購入して帰宅。


「久しぶり!なおなお!」


「お邪魔している」


 俺は玄関で動きを停止させた。久しぶりに聞いた声に反応したからだ。第一、俺のことを『なおなお』などと呼ぶ人物はこの世にただ一人。


「ラモーナ姫とラターシャさん……どうしてここに?」


 食材は3人分しかない。料理を作る人間としては直前に食べる人が増えるのが一番厄介なのだ。


「薪苗直哉、私と姫様は食事は済ませてきている」


 だから気にするな、とラターシャさんは付け加えた。それなら、予定通り3人分の料理を作ればいいだけだから、もの凄く安心した。


「それで、二人はいつの間にこっちに?」


「町に着いたのは1時間くらい前だけど、そこから夕食を食べてたからね~」


 ラモーナ姫は鼻歌を歌いながら質問に答えてくれた。ラターシャさんは目を閉じて、静かにしているようだった。


「今回は一体何の用事でこっちに来たんですか?」


「用があるついでに寄っただけだよ?そうそう、さとみんから聞いたけど、直哉たちホルアデス火山に向かうんでしょ?」


「まあ。とりあえず、明日みんなにもそのことを話そうかと思っていたところです」


 たった今、ラモーナ姫が言ったホルアデス火山には残る大地の宝玉があるのだ。ただ、ホルアデス火山は大陸北西部に位置しており、大陸の南側に位置するローカラトの町からでは馬車で片道3週間はかかる。そのため、時間も旅費も高くつく。


 正直、最近はクエストに行けてないため、資金不足だ。今はとにかくお金が欲しい。これは切実な悩みなのだ。


「なおなおたちだと馬車とか使っていくの?」


「そう……ですね。前に調べたら、片道3週間っていうことが分かったので、金銭的にも時間的にもキツイなと思っていたところです」


 俺は別段、隠すことでもないのでラモーナ姫たちに全部を話した。隣で俺の話すことを聞いていた呉宮さんとイシュトイアは驚いたのか、瞳を見開いていた。


 ……まあ、やっと帰って来たのにまた旅だと言われれば、そんなリアクションにもなるか。


「それでね、なおなお。私とラターシャがホルアデス火山になおなおたちを連れて行ってあげようか?」


 唐突なラモーナ姫の言葉に俺たちは一瞬、思考が停止した。一度情報を咀嚼し、整理する。


「ラモーナ姫、俺たちをホルアデス火山に連れて行くっていうのは……」


「そう、飛んでいくってこと♪」


 ラターシャさんからの説明によれば、竜の姿で空を飛んでいけば一日かからずに着くというのだ。具体的には冬の日の出に出発すれば、陽が落ちる前にギリギリ到着できるくらいだという。ということは、10時間ほどで到着する計算になる。


「でも、無理して送って貰わなくても……」


「大丈夫!私たちもそっちの方に昔馴染みに会いに行く予定があるから♪」


 人差し指をピッと立てながら、生き生きとした表情で言い切った。そんなラモーナ姫の提案にありがたく乗っからせてもらうことにして、俺たちはラモーナ姫とラターシャさんにホルアデス火山に送って貰うことになった。


 ちなみに、ラモーナ姫に今回のことを頼んだのは親父らしい。で、その本人は西の大陸の戦争の状況を見に向かったとのことだった。まあ、本人が居ないのなら別にいいか。


 その後、シチューとパンを食べ、夕食を済ませた俺たちはとりとめのない話をした後、ラモーナ姫とラターシャさんに以前のように3階の部屋を使ってもらうことになった。


 明日は紗希たちにホルアデス火山に向かうことを伝えに行かなければならない。そんなわけで、今日は早めに休むことになった。


 ◇


「直哉君、朝だよ」


 朝、揺さぶられて目を覚ます。ベッドは一つしかないため、同じベッド寝ている。最初は分けようかと考えていたが、単純にベッドを二つも置くほど部屋が広くないのだ。


 ゆえに、少々広めのシングルベッドに二人で並んで寝ているというのが今日の状態になる。


 俺たちが来た時期から考えて、今は3月上旬くらいになる。俺の誕生日である2月14日の翌日に港町アムルノスを出たのだ。そこから二週間ほどで帰って来たのだから。


 真冬ほどでは無いが、まだまだ寒い時期が続いている。だから、重ね着して寝ているのだが、呉宮さんはネグリジェを着て毛布にくるまっているだけで寒そうだ。俺を起こす手も震えている。


 とはいえ、俺も外で来ている服と同じものをもう一つ用意して、寝間着として着ているだけだ。呉宮さんほどでは無いにせよ、寒い。なるはやで寒さ対策を考えた方が良さそうだ。


「呉宮さん、おはよう。呉宮さんは朝食ができるまで毛布にくるまって休んでて良いよ」


「ううん、私も手伝うよ。いつも直哉君に作ってもらうのは申し訳ないし……」


「俺は嫌々やってるわけじゃないから気にしないで」


 俺は動こうとする呉宮さんを押しとどめ、二の腕をさすりながら階段を降りる。その前に通った手前の部屋からはイシュトイアの寝息が扉を貫通して聞こえてくる。


「ホント、平和すぎるだろ」


 寝息を立てて爆睡できるのは平和の証だと俺は思っている。一瞬の油断も許されないような緊迫感のある場所だと、あんな風に寝ることはできないし、そもそも寝ている場合じゃない。


 俺は朝食の材料を買いそろえるべく、朝市に買い物に向かった。外の風はただでさえ低くなっている体温が低下するほどに寒かったが、買い物に行かないと食べるものが無いから、帰りたくなる自分を叱咤激励して朝市へ。


 この世界には冷蔵庫がないため、買いだめして冷蔵庫に放り込むことができない。そのため、毎朝新鮮な食材を買うべく外に出ないといけないのだ。そこは唯一辛いと感じている。が、ないものねだりしたところで冷蔵庫が空から落ちてくるわけではない。


 俺は夕食とは異なり、温かいスープとパン、デザートにフルーツを切って出そうと決めた。それはもちろん、寒いからだ。今日からはラモーナ姫とラターシャさんがいるから、五人分の食材を購入。


 金銭的には武術大会の優勝賞金があるから、今はそれを切り崩してやりくりしている。恐らく、紗希の方も俺と同じだと思う。


 貯金的にはあちこち動き回ったから減っているだろうが、それでも大金貨5枚、日本円に換算すれば500万円は残っている。まあ、贅沢は出来なくても今の生活水準であれば、働かなくても3人で1年は暮らせるくらいの額だ。


「あら、直哉じゃない」


「あ、ミレーヌさん。おはようございます」


 そんなことを思っている時に、朝市で会ったのはミレーヌさんだった。ミレーヌさんもここに来た目的は俺と同じようだった。


「朝食の買い出しですか」


「ええ。帰ったら、5人分作らないといけないのよ」


 ミレーヌさんはそう言って力なく笑った。恐らく、俺たちが港町アムルノスに行っている間も仕事ばかりしていたのだろう。俺が調子に乗って、ミレーヌさんをマスター補佐に推薦したのは間違いだったのだろうか。


「直哉、私は最近忙しいけど、結構楽しいのよ?」


 俺がマスター補佐に推薦したことを後悔しているのを察したのか、ポツリ、ポツリとミレーヌさんは気にしなくて良いと言ってくれているようだった。


「……それはバーナードさんと一緒にいられる時間が増えたからですか?」


「ちょっと、茶化さないで。とはいえ、一概には否定できないかもしれないわね」


「へぇ~?」


 俺はからかうような眼差しで見たところ、ミレーヌさんはどこか恐怖を感じる笑みを向けてきたため、俺は強制的にお口チャックとなった。


「最初、お父さんがやっていた仕事なんだから、私とバーナードの二人でやれば楽勝で片付くと思ってたんだけど、全然違ったのよね……」


 そんなミレーヌさんの話を聞いていると、ウィルフレッドさんの凄さが今さらながら伝わって来た。事務処理の得意なミレーヌさんとバーナードさんの二人が朝から晩までバリバリ働いて終わるような仕事量を、ウィルフレッドさんはほんの数時間で終わらせていたのだ。


 ウィルフレッドさんのいる頃は正直、そんなにフラフラほっつき歩けるくらいにマスターの仕事は暇なんだと思ってた。それは俺とミレーヌさんの共通認識であった。


「まあ、お父さんの場合は慣れっていう部分もあっただろうけど、それでもやっぱり凄いなって。私はお父さんをダメ人間だったから叱ってばかりだった。でも、いつも嫌がりつつもやることはやってたのよね……」


 二人で十時間かかって終わるような仕事を一人で数時間で終わらせていたのなら、ウィルフレッドさんはミレーヌさんより事務処理能力は何倍も高かったとみていいだろう。


 そう考えると、ウィルフレッドさんは恐ろしい人だと思った。並みの人間の数倍の仕事をこなしておきながら、それを周囲に悟らせないのだから。


 そんな在りし日のウィルフレッドさんの話を聞きながら、ミレーヌさんと朝食の買い出しを済ませた。


「それじゃあ、私はギルドに戻るわね」


「はい。俺も家に戻ります」


 それじゃ!と言わんばかりに手を動かして、俺は家へと早足で戻った。ついうっかり話過ぎてしまった。手が凍えて上手く力が入らない。


「ただいま!」


「おかえり、直哉君」


「なおなお、おかえり~」


「おかえりなさい」


 順に呉宮さん、ラモーナ姫、ラターシャさんからの挨拶が聞こえてくる。何だか、家に帰った時に人がいるのは安心感がある。


 そんなことを感じながら、俺はエプロン姿の呉宮さんに食材を渡して、キッチンに並べてもらった。


「直哉君、今日はスープを作るの?」


「そうそう。呉宮さんは野菜切ってもらっていい?その間に俺もフルーツの皮向いておくから」


「うん!任せて!」


 呉宮さんに味付けをお願いするのはまだ不安要素が多いが、野菜を切ったりする分には上手だから安心して任せられる。


 呉宮さんはポニーテールにした髪を小刻みに揺らしながら、真剣に野菜を切っていっている。そんな熱心な姿が俺は好きだし、ずっと見ていたい。


 ……が、俺にはフルーツの皮むきとかをしなければいけないのだ。そこからは集中して、迅速にフルーツの皮むきを済ませ、大皿の上に乱雑ではあるが、種類別に並べた。


 そこからは呉宮さんが切ってくれた野菜を使ってスープを作っていった。その間に、呉宮さんには袋に入ったパンを皿に載せて配っておいてもらった。


 そんな感じで分担して朝食の用意をしていると、割と早めに朝食の準備は整った。また、俺がイシュトイアを起こしに行こうとしていると、すでにラターシャさんが寝たままのイシュトイアを米俵みたいに担いで階段を降りてくるところだった。


「よし、いただきます!」


「「「「いただきます!」」」」


 五人で一斉に手を合わせ、朝食を食べ始める。今日も良い一日になりそうだ。

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