第10章 大地の宝玉編
第163話 湖での休日
「兄さん、砂の城できたよ!」
「おう、それは良かったな」
俺は今、砂に埋もれている状態で紗希からの砂城の完成報告を聞かされていた。そして、俺は現在進行形で砂に埋められている。呉宮さんとマリエルさんによって。
埋められるのはいきなりだったこともあり、最初は嫌だったが、埋められているうちに温かくなり、砂の外に出たい気持ちは皆無になった。埋めてくれた二人には心の底から感謝したい。
砂に埋もれているという話で分かったかもしれないが、俺たちは今、ヴェルダ海にいる。海賊団ケイレスが襲来した時に紗希と茉由ちゃん、マリエルさん、イシュトイアの4人はここに居たらしいが、最後まで楽しめなかったとのことで、ここで遊ぼうという事になったのだ。
俺は到着早々、日向ぼっこをすべく砂浜で寝転がっていたら、そのまま埋められてしまった。でも、呉宮さんもマリエルさんも楽しそうだったからそれでよしとしよう。
にしても、紗希が一人真剣な表情で砂の城を作っているのだが、細部までのこだわりが凄く、城の瓦に関しては職人が作ったのかと思ってしまう完成度だ。
一方、イシュトイアは足跡のついていない砂浜に足跡を付けるのに熱中しており、かれこれ一時間はやっている。そんなにやって飽きないモノなんだろうか?
洋介と武淵先輩はどこから持ってきたのか、旗を立ててビーチフラッグをしていた。審判を茉由ちゃんが務めている。
そんな二人の戦績は23戦中、洋介が12勝しており優勢だ。武淵先輩は取られるたびに悔しそうな表情をしていた。最初は武淵先輩がリードしていたのだが、十戦目が終わった辺りから、洋介が巻き返してきて逆転。現在に至るというわけだ。
「ねえ、直哉君。私も隣に寝転がってもいい?」
「もちろん。というか、一々俺に許可なんか取らなくても良いのに」
呉宮さんは髪を結んでいたリボンをほどき、「よっこいしょ」と年より臭いことを言いながらゴロンと寝転がった。寝転がる前のほどいたリボンは俺が誕生日プレゼントとして贈ったモノだ。あれ以来、事あるごとに付けてくれているのは嬉しい限りだ。そうして、俺と呉宮さんは冬空を見上げている格好になった。
「砂って思ってたより温かいね。私も後で埋めてもらおうかな」
「まあ、確かに温かいけど、服とか汚れるよ」
俺は男だし、身だしなみはそこまで気にすることはない。だが、呉宮さんは女の子だ。そんな呉宮さんは髪や服に砂がつくのは嫌なんじゃないだろうか?
「私、こうしてみんなと平和に楽しく過ごしてる時間が大好き」
「俺も。今は一人足りないけどさ、全員揃って夏にでもここでバカ騒ぎしたいな」
俺が話すと呉宮さんから笑みがこぼれ、俺が話すと呉宮さんから笑みがこぼれる。そんな呉宮さんの笑顔を横から眺めるのを新鮮に思いつつ、楽しく話を続けた。
話し始めてどれくらい経ったか。紗希に昼食を食べに行こうと言われて、砂の中から掘り起こされた。昼は伯爵邸でご馳走を用意してくれているらしいので、楽しみだ。
「ん?直哉君、どうかしたの?」
「いや、呉宮さんの服とか髪に砂がついてるから」
「ありがとう。でも、どうせ伯爵邸で洗うから気にしなくていいよ」
「呉宮さんは気にしなくても、俺は気になるから」
「それじゃあ、直哉君に砂取り係、お願いしようかな!」
その一言に俺は全力で答えることにした。そんな呉宮さんも声から笑っているのが伝わって来た。
俺は呉宮さんの髪についた砂の中でも大粒なのを回収し、服についた砂をはたいて落としていった。ただ、お尻の部分の砂を落とした時に呉宮さんが「ひゃんっ!」って声を出したモノだから、俺が紗希から睨まれる羽目になってしまった。
紗希に砂をはたいただけだと説明しても、まったく信じてもらえなかった。でも、伯爵邸に着いてから呉宮さんが紗希に話したらあっさりと疑いは晴れた。この差はなんだ。
「それにしても、兄さん。聖美先輩と毎晩同じ部屋で寝てるけど……」
「みなまで言うな。俺はそんないかがわしいことはしてないぞ」
事実、いかがわしいことはしていないのだから、自信たっぷりに言い切ってみせた。
「そう……だよね!そもそも、兄さんにそんな度胸ないもんね!」
「ちょっと待て。今のはさすがに酷くないか……?まあ、ヘタレなのは認めるが」
紗希の一言に対して、ツッコミながら俺は紗希と食堂へと向かった。とはいえ、しつこく言い過ぎたからか、途中から空返事になっていたが。
呉宮さんと武淵先輩が風呂から上がって来たタイミングで、俺たちは昼食を食べた。昼からは町を見て回ることになった。
とりあえず、セーラさんからオススメのお土産とかの話を聞いて、それを売っている店の場所も聞いておいた。
そのおかげで、特に迷うことも無くお土産屋に着くことが出来た。港町アムルノスの土産と言えば、魚の鱗で作られたアクセサリー類らしく、ローカラトの町のみんなに買って帰ろうという話になった。
「なぁ、洋介」
「どうした?直哉」
「俺たち野郎は買い物になると放り出されるよな」
「だな。ま、別に本人たちは楽しそうだし良いじゃねぇか」
俺と洋介は店の隅で女性陣が楽し気に買い物をしているのをボーっと眺めていた。正直、買い物の何がそんなに楽しいのか理解不能だが、洋介の言う通り、本人たちが楽しそうならそれで良し。
「そういや、昨日貰った
「ああ、魔槌アシュタランって結構重いんだが、魔鎧セクメラギを着ていればサーベル振り回してるみたいに軽いんだよ」
魔鎧セクメラギの効果は身体能力を1.5倍に引き上げるモノだが、1.5倍になるだけでそこまで違うのか。そんなことを思った。
ただ、「今度試しに模擬戦をしてみるか?」と聞かれたが、俺は断った。何せ、ただでさえ桁違いに強い洋介の怪力に古代兵器の破壊力が合わされば、俺など一撃でぺしゃんこだ。そうなると分かっているうえで引き受けるのは、潰されたいというMな人間位なモノだろう。
その後も洋介とポツリポツリとやり取りをしているうちに、女性陣は買い物が終わったらしく、場所を移動することになった。その後は買い物に付き合わされただけとなり、俺と洋介は終始荷物持ちに徹することになった。
「ふぅ。疲れた……」
「ごめんね。結局、荷物持たせてばかりになっちゃって」
「それは良いよ。良い感じに筋トレになったし。それより、結構買ってたけど、何を買ったの?」
俺はソファで横になりながら、ベッドの上でストレッチをしている呉宮さんに尋ねた。
「ローカラトのみんなへのお土産を買ったんだよ。まず、ミレーヌさんには鱗の首飾り、それでラウラさんには貝殻のブレスレットでしょ?あとあと、エレナちゃんには貝殻のネックレスで、シルビアさんには貝のバレッタ。それと、マリーさんには鱗で装飾されたヘアピンを買ったよ」
まだまだ他にも買っているらしく、10分くらいお土産として買ったものについて呉宮さんが話し続けた。
「あ、ごめん!私ばかり話しちゃった……!」
「ううん、全然気にしてないから大丈夫。続けて続けて」
俺は生き生きとした表情で話している呉宮さんが好きだ。やっぱり、呉宮さんには笑顔で居て欲しいと改めて感じた。だが、最近の俺は心配かけてばかりで泣かせてばかりいる。最低だ。
もう泣かせないと言いながら、一番呉宮さんを泣かせているのは俺だ。これを最低と言わずして何という。
心の中で自分をバッシングしながらも、ストレッチしながら楽し気に話す呉宮さんの話の聞き役に徹した。やがて、ストレッチが終わると同時にベッドを降りて俺のいるソファへとやって来た。
呉宮さんはちょこん、と俺の隣に畏まって座った。突然の畏まった様子に俺は何だか緊張してしまった。
「直哉君」
「な、何でしょうか」
今までで一番の真剣な表情と眼差しで俺と向き合う呉宮さん。一体、何が始まるのか分からず、俺の脳内は大パニックであった。
「両手を出して」
「……はい」
手のひらを上に向けて差し出すと、何かを握っている呉宮さんの手が上に置かれた。やがて、呉宮さんの手が離れ、そこには御守りだけが残されていた。
「これ、アミュレット?」
「うん、この町の漁師の人たちが安全のために持つ物らしくて……」
別に航海をしに行くわけでもないのに、漁師が持つというアミュレットを渡されて、俺は困惑した。一体、どういう意味が込められているのか、眠気に負けそうな脳をフル回転させて考える。が、答えが出る前に呉宮さんの口から答えが発表された。
「直哉君、誕生日おめでとう!」
そうか、今日は2月14日。俺の誕生日だった。今の今まで、誕生日のことをすっかり忘れてしまっていた。そんな本人が忘れていた日のことを呉宮さんが覚えていてくれたのが、何より嬉しかった。
「ありがとう、呉宮さん。にしても、俺もこれで17才か。だいぶ、老けたな……」
「17で老けたとか言ってたら、年取った時どうなってるんだろうね?」
微笑を浮かべている呉宮さんは、頭の中で年を取った俺を想像しているらしかった。
「年を取った俺ってどんな感じ?」
「今と変わらず、これだから最近の若者は――って言ってたよ」
未来の俺からの言葉は本当に日本に居るころに同級生とかを見ては言っていた言葉のままであった。俺はそれを聞いて、笑ってしまっていた。それにつられるように呉宮さんも笑う。
「あ、そうだ。何でアミュレットにしたのか、理由って聞いても良い?」
「えっと、それはね?いつもいつも、直哉君が無理ばかりするからだよ。だって、ケガ……とかして欲しくないから」
顔を赤らめながら、そんなことを言われれば恋の深淵に落ちてしまう。俺は反射的に呉宮さんの後頭部を両手で抱えて抱き寄せていた。
「本当にいつも、ありがとう」
「どういたしまして」
抱き寄せを解除すると、呉宮さんはニコニコと嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「直哉君、ホントに無茶だけはやめてね。いつも死ぬ一歩手前くらいの重傷で帰ってくるから。いつも、心配で……ッ」
涙をこぼす呉宮さんに、俺はいつもどれだけ彼女に心配をかけさせているのか。それをこの目でしかと確かめた。
「分かった。呉宮さんが心配なんかしなくて済むようにする。だから、もっと強くなって、どんな相手にも楽勝で勝てるようになってみせるよ」
互いの額をこつんと合わせ、俺は言葉をかける。呉宮さんの心配への完全回答ではないが、これが俺の紛れもない本心だ。
「うん、私も直哉君が傷つかなくて済むように頑張るから」
呉宮さんから送られたのはアミュレットだけではなく、キスもだった。俺は想定外の贈り物二つに驚いたが、嬉しかった。
「直哉君、大好き」
「それは知ってる」
俺がわざとカッコつけたことを言ったことで、呉宮さんは笑い始めた。今日の呉宮さんはよく笑う。別に笑うことは悪いことではない。むしろ、喜ばしいことだ。
その夜は俺も呉宮さんも観光による疲労が出たのか、途中で睡魔に阻まれてロクに話も出来なかったため、早めに寝た。
――そして、翌朝。
俺たちは荷物をまとめ、リラード伯爵家の馬車に荷物と一緒に乗り込んだ。もちろん、伯爵家の人たちにはお世話になったため、お礼を言って回った。帰りは俺と呉宮さん、セーラさんとエミリーちゃん、オリビアちゃんの5人と紗希と茉由ちゃん、洋介、武淵先輩、マリエルさん、イシュトイアの6人で、二台の馬車に分かれた。
帰り道でも俺はオリビアちゃんの難しい学術書の読書に付き合うことになった。書いてあることは相変わらず、さっぱり分からない。
俺が勉強に苦労する中、呉宮さんとセーラさんの二人は仲良く話をしながら、エミリーちゃんを織り交ぜて楽しく過ごしていた。
「お兄ちゃん、勉強に集中!」
「……はい」
よそ見している俺を叱るような口調で、勉強の方に専念させられた。俺は泣きそうな声になりながら、学術書の内容の暗記をさせられ、頭がパンクしかけた。しかも、毎日テストをされたのだが、基準に達しなければ料理をオリビアちゃんに奪われてしまうという地獄のルールであった。なので、勉強も割としっかりしないといけなかった。
――結局、俺はローカラトに着くまで勉強漬けの日々を送ったのだった。めでたしめでたし。
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