第146話 新生活

 ローカラトの町に帰って来てから数日。冒険者ギルドのみんなの冒険者ランクの昇格の通知が王宮から辺境伯を介して届いた。


 俺と紗希、呉宮さん、茉由ちゃん、洋介、武淵先輩の6人は魔王軍の魔の手から王城を守った功績で全員が銀ランクへ。これは全冒険者の上位10パーセントに入ったことを意味する。


 バーナードさん、ミレーヌさん、ラウラさんの3人も俺たちと同じシルバーランクへと昇格になっている。


 そして、ディーンとエレナちゃん、ピーターさんの3人は念願かなってスチールランクへと昇格となった。これには3人とも、とても嬉しそうにしていた。


 その他、ロベルトさん、シャロンさん、シルビアさん、デレクさん、マリーさんのランクは変動なしであった。


 また、ギンワンさんはゴールドランクから白金プラチナランクへと昇格になったと風の噂で聞いた。ウィルフレッドさんが抜けたことで、白金ランクの冒険者が誰も居なくなったことによるものだと言われていたが、純粋にギンワンさんにはそれだけの実力があるのは俺は良く知っている。そのことを祝う手紙を先ほど運送ギルドに配達をお願いしてきたところだ。


「……なあ、直哉」


「どうかしたか?イシュトイア」


「親父さんから頼まれた残り二つの宝玉。どないするんや?」


 俺はイシュトイアの言葉で、親父から貰った地図の事を脳裏に蘇らせた。王都を出発する前、俺は親父から一枚の地図を渡された。


 その地図には大海の宝玉と大地の宝玉の在り処が記されている。大海の宝玉は港町アムルノス付近にあるクレイアース湖の湖底に沈んでいる古代神殿の内部、大地の宝玉はホルアデス火山の内部に。


 俺は親父から二つの宝玉の奪取を頼まれていたが、ダグザシル山脈にあった大空の宝玉は魔王軍の手中に落ちてしまった。これで残る二つを奪われれば、天への道……とやら開いてしまうらしい。


 具体的に天の道というのが何なのかまでは古文書にも載っていないそうだ。だが、3つの宝玉が一か所に集められれば、この世界において何かしらの異変が起こることは間違いないらしい。


 正直、この世界での異変とやらが起これば、俺たちが日本に帰れるのかどうかがより一層怪しくなってくる。だから、すぐにでも出発して二つの宝玉を手に入れたいところだ。


「でも、寛之も居ないし、茉由ちゃんもあの調子で部屋に籠りっきりだとなぁ……」


 寛之が居なくなって以来、塞ぎ込んでしまっている茉由ちゃん。そんな茉由ちゃんを心配している聖美と紗希。これでは二人もいつものように戦うことは不可能。


「となると、動けるのは俺と洋介と武淵先輩の3人だけ……か」


 俺は気づけば、ため息をついていた。現在の俺たち来訪者組では戦力不足も良いところだ。


「ダメだ、考えてても仕方ない!」


 俺は勢いよく、ベッドから立ち上がる。それをベッドで仰向けになりながら眺めてくるイシュトイア。


「どっか行くんか?ナオヤ」


「ああ、市場まで買い出しにでも行こうかと思ってさ」


 俺が振り返ると、イシュトイアが仲間になりたそうな目でこちらを見ていたために連れていくことにした。


 ……モンスターじゃないけど。


「ナオヤ、何を一人で笑ってるんや?さすがに気持ち悪いわ」


「悪い、思い出し笑い」


 俺はそれだけ言って、イシュトイアを置いていこうとすれば全力で追いかけてきたので、面白かった。


 その後、俺とイシュトイアは市場まで向かったのだが、そこで意外な人物に出会った。


「シルビアさん?」


「ああ、紗希の兄か」


 俺が名前を呼ぶと、腰からレイピアを提げているシルビアさんは亜麻色の髪を揺らしながらこちらへと振り返った。見たところ、大荷物である。もしかして、どこかに出かけるのだろうか?


「私は今、引っ越し先を探しているんだ。バーナードたちと住んでいた宿屋が無くなることになってな」


 俺がシルビアさんの大荷物をまじまじと見ていたことで、シルビアさんが事情を包み隠さず話してくれた。


 冒険者ギルドが二つある頃からシルビアさんは、バーナードさん、デレクさん、マリーさん、ローレンスさん、ミゲルさん、スコットさん、ピーターさんの7人と同じ宿屋に寝泊まりしていた。


 しかし、王都での戦闘の中でローレンスさんとミゲルさん、スコットさんの3人が命を落とした。


 空き部屋となった3部屋のことで事情などを嘘偽りなく宿屋のオーナーを務めるお爺さんに話したところ、「今月で宿屋を畳むことにした」と言われたそうだ。


 理由は年齢だった。加齢により、宿屋の業務が厳しくなってきた。そこへローレンスさんたちの部屋が空いたことで、良い機会だとお爺さんは判断したらしかった。宿を畳んだら、建物も売り払って息子を頼って商業都市ハーデブクへと向かうんだそうだ。


「そういうわけで、新しく住む家を探そうかと思ってな」


 見かねた俺はイシュトイアと目を合わせた後、静かに頷いた。


「シルビアさん、俺の住んでいる家の3階、部屋が二つほど余っているんですが、良かったら……」


「――それは本当か!?」


 俺はシルビアさんに勢いよく肩を掴まれた。その予想以上の食いつきっぷりにに面食らったが、それほどまでに宿探しに行き詰まっていたのだろうことは容易に察せられた。


「ただ、部屋も広くは無いので、一人一部屋になるんですが、それでも大丈夫ですか?」


 そう、お爺さんが宿屋を畳むことで宿を探さないといけない。つまり、シルビアさんを含めて5人が宿を探していることになる。俺の家の3階で二人は泊まれるが、残る三人は宿屋探しを続行することになる。


 俺はそう言ったことを考えながら、シルビアさんの瞳を見た。だが、シルビアさんの瞳はキラキラと輝いていた。


「ああ、大丈夫だ!それに、ちょうど二部屋なのはありがたい!」


 ……ちょうど?他の3人のことはどうするつもりなんだ?


「えっと、シルビアさん。それはどういう……?」


「ああ、すまない。部屋を探しているのは私とバーナードだけなんだ」


 シルビアさんの説明によると、デレクさんとマリーさんの二人は冒険者ギルドの2階の二部屋に、ピーターさんは茉由ちゃんたちの屋敷に住むことになったらしかった。


「……あれ、シルビアさん。冒険者ギルドの2階の4部屋にはミレーヌさんとラウラさん。それに、洋介と武淵先輩の4人が住んでたんじゃ?」


「ん?知らなかったのか?洋介と夏海の二人もピーターと同じように茉由の屋敷に住むんだぞ?それで部屋が空いたから、そこにデレクとマリーが転がり込んだんだ」


 俺はそれを衝撃を受けた。雷が落ちるような音が頭に響く。


「ど、どないしたんや?ナオヤ……?」


「……られた」


「え、聞こえへん。もう一度言ってくれへんか?」


「ハブられた!」


 ガクリと膝を折った俺が放った声にイシュトイアも驚いたようだったが、次の瞬間にはすべて理解した様だった。


 あの石造りで、3階建ての豪華な建物に俺以外の来訪者は住んでいるのだ。しかも、内緒で!これをハブられたと言わずして何と言う!


 俺はそう言って、怒りたい気分だったが、あの時に家を買ったのは俺だ。それに、あんな広い屋敷に住んでみたい気持ちがないわけではない。だが、あの家はこの世界で初めて住んだ家だ。なんだかんだ言っても、愛着があるから手放すのも惜しい。


「フッ、まあいいか。俺はあの家で悠々自適に過ごせばいいだけだしな」


 寛之と茉由ちゃんの買った家は3階建てで、前庭と中庭がある。中庭の中には小川が流れている。夏ならそこで水遊びまで出来そうである。屋敷の地下には広大な倉庫があり、食料や武器を備蓄できるようになっている。3階は丸々一つの部屋になっているために、パーティー会場として使える。


 しかも、1階には10人同時に食事ができるくらいに広い食堂や、広々として開放的なキッチン、風呂やトイレまで完備している。そして、2階には二人でも広々と住める部屋が4つと寛之がよく使っていた書斎。あそこにはウィルフレッドさんの部屋に入りきらなかった本がぎっしりと入っている。


 ……ただ、二人とも今ここに居ないのには、一抹の寂しさを覚えるところではあるが。


「紗希の兄。私はバーナードにお前の家の3階に住める話を伝えてくる。良かったら、昼過ぎに二人で部屋を見に行っても大丈夫か?」


「はい、大丈夫ですよ。それじゃあ、昼過ぎに俺の家まで来てください。場所は……」


 俺は家の場所を教えた後、シルビアさんと別れ、イシュトイアと市場へと買い出しに向かったのだった。


 ◇


「「ごちそうさまでした」」


 太陽が真上に昇る頃。俺とイシュトイアは空の皿を前に、「ごちそうさま」を済ませる。早々にイシュトイアは俺の部屋へと戻っていく。恐らく、昼寝でもするつもりなのだろう。俺に食器洗いや、夕飯の用意。清掃に至るまで家事をすべて押し付けて、良いご身分だ。


「まあ、家事とかは好きだから苦ではないんだけどな」


 俺は淡々と皿洗いを済ませ、休む間もなく3階の二部屋の清掃を迅速に行なった。


「ふぅ、とりあえずこんな感じで良いか」


 窓と扉を開け放ち、室内の空気を入れ替える。今の時期は冬だ。やたらと冷えるが、昼間だから心なしかマシに感じる。


 あと、この世界に来て思ったことだが、冬でも暖房が無いのは想像以上に辛い。


 それはさておき、俺が部屋の掃除を終え、ちょうど1階に戻ったタイミングで玄関のドアをノックする音が聞こえてきた。


 俺は「来たか」と思いながら、ドアを開けるとそこにはシルビアさんとバーナードさんの二人が居た。何というか、新婚夫婦が新居の内見に来た感じで、見ていてニヤニヤしてしまう光景ではある。


 とはいえ、シルビアさんはバーナードさんにフラれたのだから、意味合いが違うのは分かっている。だが、シルビアさんからすればフラれたモノの好きという気持ちは変わっていないのは緊張している顔を見れば、すぐに分かる。


「直哉、今回は悪いな。急な話だっただろ?」


「確かにビックリはしましたけど、別に困るような話じゃないので気にしないでください」


 俺はバーナードさん相手に他愛のない話をしつつ、二人を3階へと案内した。3階は部屋だけじゃなく、廊下や階段、階段の手すりまで磨いてある。


「えっと、部屋はこんな感じです」


 俺が手前の部屋に案内すると、二人はゆっくりと部屋に入っていき部屋のあちこちを見て回っていた。


 部屋自体は広くは無いので、5分もあればざっと見終えられる。


「直哉、隣の部屋もこんな感じか?」


「はい、部屋の広さも家具の配置位置も同じです」


「そうか」


 淡白な言葉を落とした後、バーナードさんは考え込むように顎に手を当てた。俺はてっきり、何かいらないことを言ってしまったのかと焦った。しかし、その焦りは杞憂に終わった。


「よし!俺はここに住むぞ。シルビアはどうする?」


「ああ、私もここに住む」


「じゃあ、二人とも改めて、よろしくお願いします!」


 俺は二人とそれぞれ握手を交わし、その日はそこで別れた。荷物の運び込みは明日の朝に行なうと一方的にバーナードさんから言われ、俺は特に予定も無かったので了承した。


「明日も荷物運びとか、色々と忙しくなりそうだし、早めに寝るか」


 思い返してみれば、俺は日本に居る時に比べればあり得ないほどに健康的な生活を送っている。


 日本に居る時は昼は呉宮さんに会いたいから学校へ行き、家に帰れば宿題を済ませてからゲームをしたり、漫画とかラノベを読み漁る。夜中は深夜アニメをリアタイ視聴。おかげで学校の授業で起きれた試しがない。


 でも、この世界では朝風呂に入った後は洗濯とか家の掃除をし、買い出しを済ませて昼食を摂る。昼は散歩をしたり、クエストを軽くこなしたり。夕方からは晩飯の支度をし、剣の素振りとかをして寝る。


 日中動き回るからか、夜には頭も回らないし、体も疲れているから泥のように眠れてしまう。夜中にゲームやアニメばかりしていた日々がどこか遠く感じてしまう。


「……さて、晩飯でも作るか」


 俺は服の袖をまくりながら、籠から食材を取り出したりして夕食の準備を手早く行なう。そして、料理ができる5分前に大声でイシュトイアを呼び、起きてきたら一緒に晩飯を食べ、起きて来なかったらイシュトイアの分も俺が食べる。これが最近の流れになってきている。


「お~い、イシュトイア!もうすぐで晩飯できるぞ~!」


 俺がイシュトイアの名を呼ぶと、バタン!と2階から慌ただしい物音が聞こえてくる。その足音は部屋を飛び出して、階段を駆け下りてくる。


「何だ、今日は早かったな」


「そりゃあ、昨日はナオヤに晩ご飯全部食べられてしもうたからな」


「そんなの、呼んでも起きて来ないのが悪いだろ」


 ムスッとした表情で椅子に座るイシュトイアに俺はフッと笑みをこぼす。言い争いの何と平和な内容だろうか。


 ――世界中で起こる争いがこれくらいの平和な言い争いだけになれば、良いのに。


 そんなことを思う、月夜の輝く晩。

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