第147話 新たなギルドマスター

 バーナードさんとシルビアさんに俺の3階の部屋を紹介した翌日。俺は冒険者ギルドに呼び出された。


 いや、俺だけじゃない。呉宮さんや紗希たち、他の冒険者もいる。要は冒険者ギルドの1階にローカラトの冒険者が集結しているという事である。


「みんな、よく集まってくれたねぇ」


「今日集まってもらったのは、新たな冒険者ギルドのマスターを決めるためじゃ」


 壇上にいるシャロンさんとロベルトさんが目の前にいる俺たちに集まってもらった用件を話した。欠席するのは原則として許可しないと伝言が来た時には何事かと思えば、次期マスターを決めるのだ。それは欠席するのはマズい、そんな納得できる内容だった。


 この冒険者ギルドの創設者であり、マスターでもあったウィルフレッドさんは王都での戦いで戦死した。


 それ以来、冒険者ギルドのマスターの座は空席になったままなのだ。なぜ、それが今なのか。それはローカラトの町へ帰って来てからというモノ、ギルド首脳部がゲイムの地下迷宮に行っている間、溜まりに溜まった書類仕事などをバーナードさんやミレーヌさん、ラウラさん、ロベルトさん、シャロンさんの5人が手分けして行なっていたらしいのだ。


 それが一段落したことで、改めて二代目の冒険者ギルドマスターを決めようという話になった、とロベルトさんはアツく語っていた。


「というわけで、次のマスターを誰にするのかという話なんじゃが……」


 ゴクリ、とその場にいる全員が固唾を呑んで、ロベルトさんの次の言葉を待った。


「ワシは、現ギルドマスター補佐の役職を務めているバーナードを推薦したいと思う」


 ロベルトさんが冒険者たちに訴えかける。次期マスター候補に祭り上げられたバーナードさんは文句を言いたげであったが、シルビアさんたちがなだめたことで成り行きを見守ることに決めたようであった。


 そして、ロベルトさんの話に異議を唱えたのはシャロンさんだった。


「ロベルト!アンタ、何勝手に話を進めてるのさ。ワタシの話がまだ終わってないさね」


 シャロンさんはロベルトさんを叱りつけた後で、俺たち冒険者の方へと向き直った。


「ワタシは先代マスターの娘であるミレーヌを推薦させてもらうよ」


 シャロンさんは壇上からミレーヌさんを指差し、指名した。指名された方のミレーヌさんはあたふたしているようだった。それをラウラさんが落ち着くようにと諭していた。


 沈黙を保つバーナードさんとどうしていいのか分からずに右往左往するミレーヌさん。二人とも最近、シルバーランクへと昇格したばかりだが、冒険者としては上位に入るほどの実力者。どちらがマスターになっても、誰も文句など言わないのは俺でも予想がつく。


 というか、俺には一つ気になることがあった。とりあえず、質問してみた方が早そうだ。


「ロベルトさん!シャロンさん!質問です!」


「何だい、直哉かい。一体、何を聞きたいんだい?」


「ロベルトさんか、シャロンさんのどちらかがマスターになるってことはしないんですか?」


 そう、ロベルトさんもシャロンさんも、ウィルフレッドさんがこの冒険者ギルドを創設した時からのメンバーなのだ。順番から言えば、この二人の方がマスターについてもおかしくない。


 それに、二人がマスターになりたいのかどうか、ハッキリさせておけばバーナードさんとミレーヌさんも遠慮しなくて済むだろうし。これは後から付け足した理由である。


「直哉、ワシは今年で64になった。この年じゃ、ギルドマスターの仕事なんぞ無理じゃわい。もう潮時じゃよ」


 そう言って豪快に笑うロベルトさん。正直、俺の心の中では王国騎士団100名を一人で戦闘不能に追い込んだのは誰だっけかとツッコミをいれる。まあ、その話は洋介と武淵先輩から聞いただけなんだが。


 それでも、老体がどうのこうのと言っていい元気さじゃない。現に今までにも魔人と交戦したが、ピンピンして帰ってきている。ハッキリ言って、潮時もくそも現役世代より強いのである。まあ、ツッコんでも仕方がないのだが。


 それに、ロベルトさんには鍛冶師スミスとしての仕事もあるし、マスターの職務と兼任するのは厳しいのかもしれない。


「ワタシも今年で41歳だしねぇ。ロベルトみたいに引退するにはまだ早いけど、やっぱりマスターは若い方がギルドの空気も若々しくなるだろうさね」


 シャロンさんの話は納得がいくものだった。冒険者ギルドを創設した21年前、ウィルフレッドさんも21才だったらしいし、そう考えると若くて実力のある人物がマスターに就任した方が良いのかもしれない。


 話は脱線したところから、最初のところに戻り、他に候補者がいないならバーナードさんとミレーヌさんの二人から選ぶことになった。


 1分ほど誰か名乗りを挙げないか待ってみるものの、そんなバーナードさんやミレーヌさんに対抗しようなどという勇気あるものは居なかった。


「ねぇ、兄さんがマスターになるつもりは無いの?」


「いや、興味ないな。第一、労働は体に毒だ」


 俺がそう言うと、紗希ではなく隣の呉宮さんが吹き出した。


「嫌がる理由が働きたくないからっていうのが面白くて……!」


 一体、どこにツボる要素があったのかと俺は首を傾げるが、何か呉宮さんが笑ってるのを見ると、こちらも自然と微笑ましい気分になる。


「……というか、紗希がマスターになれば良いんじゃないか?それでもって、俺が裏から牛耳るっていうのは……」


「兄さん、マスターは責任重大な仕事なんだよ?ふざけたらダメだよ」


 俺は冗談を言ったつもりが、マジレスを返されてしまい、黙るしかなかった。でもまあ、そんな真面目な性格の紗希ならああいう書類仕事とか向いてると思うんだけどなぁ。


 そんなことを話している内に、二人の内のどちらをマスターにするのか、投票が始まった。


 俺はどちらに入れるのか、非常に迷うところではあったが10秒ほど迷った?末に票を入れた。


 この場にいる人数からミレーヌさんとバーナードさんの二人を引いた175人が票を入れた。数が奇数だったのは、投票の上でかなりラッキーであった。偶数であれば並ぶ可能性が出てきてしまうからだ。


 そして、結果は……


「ミレーヌ67票、バーナード108票!」


 ロベルトさんの張りのある声がギルド中に響き渡る。バーナードさんの周囲にいるシルビアさんやデレクさん、マリーさん、ピーターさんの4人は大はしゃぎであった。


 対して、ミレーヌさんの隣にいるラウラさんや近くに居たディーンやエレナちゃんは沈んだ表情をしていた。


「紗希、どっちに入れたんだ?」


 俺はヒソヒソ声で、隣にいる紗希に話しかける。


「ボクはミレーヌさんに入れたよ。兄さんは?」


「俺はバーナードさんの方に入れた」


 二人で耳元でコソコソささやき合った後、呉宮さんに茉由ちゃん、洋介や武淵先輩にどっちに入れたのかを聞いてみた。


「私はミレーヌさんに」


「私もお姉ちゃんと同じですけど……」


「俺もミレーヌさんに入れたぜ!何せ、こっちに来てすぐの時に世話になったしな」


「私も洋介と同じ理由でミレーヌさんに入れたわ」


 ……まさかの俺だけがバーナードさんの方に票を入れたことが分かっただけだった。しかも、5人から薄情者とでも言わんばかりに視線で刺される形になった。


 このまま、『薄情者』のレッテルを張られることだけは回避したい俺は一つの案が思い浮かんだ。


「はい!」


「どうかしたのかい?直哉」


「俺はミレーヌさんをマスター補佐の役職に推薦します!」


 そう、ウィルフレッドさんのマスターの座はバーナードさんが引き継いだ。そして、バーナードさんが今まで就いていたマスター補佐の役職が空席になった。ならば、そこにミレーヌさんを就ければ問題なく収まる。


 俺はそんな提案をした。正直、通るなどとは思っていない。しかし、俺が薄情者の視線で刺されることを回避するには『提案すること』そのものに意味がある。


 俺からの提案にロベルトさんとシャロンさんも戸惑っている様子であった。俺も最初は体裁を保てればそれで良いと思っていたが、ここまで来れば提案を通した方が面白くなりそうなので本気で通してみることにした。


「まず、バーナードさんとミレーヌさんは恋仲!そんな二人が助け合い、共に労働する!その中で関係が進展しないことがあるでしょうか?いや、進展しないはずがない!」


 俺が熱く語るのをロベルトさんとシャロンさんは食い入るように聞いてくれている。しかし、周りではドン引きなのは感じている。それでも、ここまで来た以上は命に代えても果たさねばならない!


「そして!あえて、何がとは言いませんが、二人の間にデキれば!それこそ、三代目の冒険者ギルドマスターとして、この冒険者ギルドを背負って立つ人物が誕生します!そうすれば、このギルドも安泰!さらに、繁栄すること間違いなし!それもこれも、今ここでミレーヌさんをギルドマスター補佐の役職に就けなければ来るはずのない未来ノーフューチャーなのです!さあ、ご両人!今こそ決断の時なのです!さあ!さあッ!」


 俺はこの瞬間、燃え尽きた。息つく暇なく一方的に話したのだ。息も上がるというモノだ。


「「ミレーヌをマスター補佐の役職に決定する!」」


 しかし、そんな俺の努力は二人の言葉によって、今、報われた。


 俺は満足だ。そんな満足感をもって、俺は床に仰向けに倒れ込んだ。その数秒後、俺は紗希にサーベルの鞘の先で脇を小突かれて起き上がった。


 そして、バーナードさんが二代目冒険者ギルドマスターに就任し、ミレーヌさんがギルドマスター補佐の役職に就任した。


 冒険者全員でそれを見届け、その場は解散となった。その日の夜。冒険者ギルドで盛大なパーティーが催され、ありったけのご馳走にありつくことが出来た。


 普段は食べることが出来ないほどの食材……が振る舞われたわけではなかったが、みんなと談笑しながら取った食事は普段よりもおいしく感じた。


「直哉君」


「どうしたの?呉宮さん」


「あ~ん」


 俺は呉宮さんがフォークに刺した川魚の塩漬けを頬張る。塩加減と言い、魚の油の乗り具合と言い絶妙とはまさにこの事だ。


「どう?おいしい?」


「これ、かなり美味しいな……!あるだけ食べれるかもしれない」


「えっ、そんなに?」


 呉宮さんは俺の言葉を信じていないようだったが、自分で一口頬張って理解した様だった。


「あと、呉宮さん」


「……どうかしたの?」


「いや、気づいてないんだったら良いんだけど」


 俺は同じフォークで食べたから、間接キスしていることに気がついたのだが、呉宮さんはまったく気づいてないらしかった。未だに頭の上にいくつもクエスチョンマークが浮かんでいる。


「そういえば、茉由ちゃん。だいぶ、調子は戻ったみたいだね」


「うん、時間が経つにつれて気持ちの整理がついたみたい。今朝なんか、自分で守能君を見つけて連れ戻すんだって息巻いてたくらいだし」


 そう言って、妹を見つめる呉宮さんは姉の表情をしていた。俺も茉由ちゃんがいつものような感じで紗希と話しているのを見て、ホッとした。


「それで、こっちに帰って来るのはいつくらいになりそう?」


「う~ん、もうちょっと茉由の様子が気になるから。あと、1週間くらいは様子を見させて?」


「オッケー、呉宮さんがそういうんだったら。あと、紗希のこともよろしく頼む」


「うん、任せて!」


 呉宮さんはそう言って、胸をドンと叩いたが、食べた物を呑み込んでいる最中だったこともあり、むせてしまっていた。俺は呉宮さんの背中をさすったりして様子を見た。しばらくすれば、収まったので安心した。


 その後は、晩餐を楽しみ、俺は早めにパーティーを抜けて家に帰った。元々、人ごみなどが苦手だから、人ごみに居るだけで体力が吸い取られるような気分になってしまうのだ。


 そんなわけで、家に帰ってすぐに俺はベッドに吸い寄せられるように爆睡したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る