第133話 死闘の果てに
王都でユメシュ配下の者たちが大暴れしている頃、王都近郊の森を歩く一人の男の姿があった。男はスチールグレイの髪を肩にかかるくらいの長さで切り揃えており、腰には一振りの
「ふぅ、そろそろユメシュたちが王都で動く頃合いかな。本当は僕も七魔将の一人として参戦した方が良いんだろうけど、僕は別で任務があるからね――」
スチールグレイの髪をした男――クロヴィスはそう言った後にフッと笑みをこぼしつつも、王都へと背を向けた。彼が目指すのは南の大陸のルフストフ教国。そこに聖堂騎士団のクロヴィスとして帰還し、報告の隙を突いて教皇を殺して“
「混ざりたいなら、今からでも混ざってきたらどうなんだ?」
「誰だ!?」
突然、聞こえてきた声にクロヴィスは驚きつつも、周囲を警戒した。今の声に聞き覚えがないために知り合いでは無い事はクロヴィスは瞬時に理解していた。声や口調からして男なのも間違いない。
だとすれば、何者なのか。そして、その人物はどこに潜んでいるのか。そう言ったことに神経を尖らせていたが、声の主は木の上から飛び降りてきた。
「君は一体……」
「俺はジェラルドだ。お前に聞きたいことがあって来たんだがな」
ジェラルド。その名にクロヴィスも聞き覚えがあった。上司であるユメシュが最も警戒すべき人間だと言っていた男だ。しかも、3か月前にはローカラトの町の戦いで八眷属の一人であるヴィゴールを半殺しにし、数週間前には同じく八眷属のザウルベックを追い詰めたことは魔王軍でも有名な話だ。
そんな人類最強の男とクロヴィスは出会ってしまったのだ。より最悪なのがクロヴィス自身、ゲイムの地下迷宮で直哉から受けた傷が治っていないことだ。しかも、ユメシュの影縫いで応急処置を施されただけである。
負傷していなくても勝てるか分からない相手に大けがを負っている状態で戦わなくてはならない状況にクロヴィスは恐怖した。
もし、ここでクロヴィスがジェラルドに殺されれば“
そうなれば、総司令であるユメシュは魔王の逆鱗に触れることになる。それでは後味が悪い。
ならば、すべきことは一つ。生き延びることに持てるすべての力を使うことだ。
そう考えたクロヴィスは即座に悪魔の力を解放した。夜だったことだけが唯一の幸運だった。
「ああ、俺はお前と戦うつもりは無い。俺が聞いた内容を答えてくれれば、ここは見逃してやる」
ゴクリ、そんな音を立てて唾が喉を流れ落ちた。正直、ジェラルドの迫力に当てられただけでクロヴィスは意識を飛ばしそうなのである。
「……それで、僕に何を聞きたいの?」
「魔王が今、どこにいるかだ」
ジェラルドの答えにクロヴィスは体を硬直させた。魔王がどこに居るのかなど、機密情報だ。敵に漏らしたとなれば死罪は免れない。
「それは言えないよ」
「そうか。だったら、お前にはここで死んでおいてもらうぞ」
ジェラルドから放たれるのは濃厚な殺気。これは重くのしかかるというより、心臓を握られているような感覚に近かった。
クロヴィスは本能的に死を感じ取り、その場からの離脱を図った。その速度は直哉も竜の力を解放してようやく捉えられたクロヴィス最速の動きである。
(……これなら、逃げ切れるかもしれない!)
クロヴィスの余りに素早い移動速度にジェラルドも面食らっているのを見て、クロヴィスはそう確信した。だが、その確信はその直後に絶望へと形を変えた。
「お前、逃げるのが早いな」
そんな声が自分の頭上から聞こえた時にはクロヴィスはギクッとした。そこから間髪入れずに大太刀での斬撃が見舞われたのだから、たまったものではなかった。
クロヴィスは向かう方向とは別の方向へと弾き飛ばされた。大太刀を
クロヴィスは地面を一つの直線を引きながら、転がっていく。その機を逃さずにジェラルドは次々に大太刀での斬撃を見舞っていく。クロヴィスも攻撃をかわすのがやっとであった。
そんな中、大太刀での薙ぎ払いによって一瞬の隙が生まれたのをクロヴィスは見逃すはずはなかった。
今こそ、ジェラルドを討ち取る好機と捉えたクロヴィスは首を斬り落とすべく、背後に回り込んだ。だが、そこで予想だにしない事態が発生した。
「うぐっ!?」
それはクロヴィスの傷口から血が噴き出したことである。クロヴィスの傷を縫っていたユメシュの“影縫い”は影魔法。つまり、ジェラルドへと接近したことで魔法破壊魔法の射程範囲である1mに踏み込んでしまったのだ。これにより、傷を縫っていた影が破壊されたことで血が噴水のように噴き出したのだ。
ここでクロヴィスの命運は尽きたかに思われたが、その血の雨は振り返ったジェラルドの眼に注ぎ込まれたのである。
これにより、視界が赤く染まり、前が見えなくなったジェラルド。クロヴィスはここでは撤退を迷わずに選択した。
――先ほどは自分の本来の目的を忘れてジェラルドに攻撃を仕掛けようとしたことで、今の事態を招いたのだ。
そう解釈したクロヴィスは残された力のすべてを逃走に費やし、南へと向かったのだった。
◇
「グハッ!」
ウィルフレッドが大槌での攻撃に吹き飛ばされ、近くの樹木へと叩きつけられた。叩きつけられた樹木はその衝撃で半ばから折れ、アレクセイたちの方へと倒れこんできた。
ウィルフレッドとしては、今の樹木で3人が押しつぶされていることを願うばかりだったが、そう現実は甘くなかった。
「これでくたばれ!ウィルフレッド!」
「これで終わりだ」
左右から聞こえたその声が耳に入るより早く、ウィルフレッドを二方向から槍での突きが強襲する。倒れた樹木をアレクセイが片手で受け止めていたのには、さすがのウィルフレッドも驚いた。
そして、左右からの突きに対して、ウィルフレッドは槍の穂先をギリギリのところで掴み、ケヴィンとゲーリーの二人を思いっきり投げ飛ばした。その投げ飛ばすために力を籠めたことで、ウィルフレッドの傷口からまたしても血が溢れ出す。
その痛みに膝を付きそうになるのを押さえ、ウィルフレッドは続くアレクセイからの大槌での打撃を回避した。
(さすがに魔力も限界か……!)
ウィルフレッドは3人の息つく暇もない連続攻撃に体力と魔力を削り取られ、限界が近かった。体力も魔力ももって、数分といったところであった。
(だが、打開策が思いつかないことには私を待つのは死だ……!考えろ、あの3人を倒す方法を!)
ウィルフレッドは3人の攻撃を回避しながら、それこそ死ぬ気で思考を巡らせた。
Q1.そもそも、どうして苦戦を強いられている?
A.それはアレクセイの石化魔法と同化し続けているためだ。
Q2.1のA.によって生じたデメリットは何?
A.それは主に2つある。1つは同化魔法を使い続けることで、魔力を消費し続けていること。もう1つは石化魔法と同化することで3人の武器による攻撃をすり抜けることができないことだ。
ウィルフレッドの頭の中で、この2つの問いの答えが導き出されたことで勝利への道が明るく照らし出された。
ウィルフレッドは的確にケヴィンとゲーリーの槍捌きをかわし、拳で弾いていく。その中に織り交ぜられる大槌での攻撃も屈んだり、バックステップを踏んで避けきっていた。
ある意味で限界まで追いつめられたことで、動きに無駄が無くなっている状態だ。攻撃を避ける速度、それに対しての反応速度も王城前での戦いの時より圧倒的に速い。
「フン!」
ウィルフレッドはゲーリーの腹部に拳を叩き込むが、今までで一番の威力にゲーリーの頭は混乱した。そんなゲーリーが攻撃を受けた様子に驚いたケヴィンの首筋にも凄まじい破壊力の蹴りが見舞われた。
「ここで死ね!」
ケヴィンに蹴りを回し蹴りを叩き込んだことで宙に浮いているウィルフレッドに大槌での豪快な薙ぎ払いが見舞われた。
「フッ!」
「なっ!?」
だが、ウィルフレッドは体を捻って反転するやいなや、アレクセイの眼に砂を放り込んだ。その一瞬で大槌の攻撃をすり抜けた。
アレクセイが慌てて、目を開いた次の瞬間。ウィルフレッドの指が双眼に突き立った。
「うがぁぁぁ!!」
「「アレクセイ!!」」
アレクセイは絶叫しながら、目を手で押さえていた。それでも、目から溢れる血が止まるはずも無かった。
そんな状況へとアレクセイを追い込んだウィルフレッドに対して、ケヴィンとゲーリーの兄弟は激高し、槍を構えて真正面から向かっていく。
いくら手負いの状況とはいえ、同化魔法を使いながらであればケヴィンとゲーリーの相手だけなら問題なかった。
ウィルフレッドは二人の攻撃を右へ左へ捌きながら、蹴りや拳での攻撃で反撃を加えていっていた。
「これなら、どうだ!」
手負いのケヴィンが心臓目がけて放った光速の突きはウィルフレッドに穂先を掴み取られたことで、未遂に終わった。
――ベキッ!
そんな音と共にケヴィンの槍は半ばからへし折られ、その穂先はケヴィンの心臓を貫いた。折れた穂先をウィルフレッドがケヴィンへと投擲したのだ。
「グハッ……!」
いくらケヴィンも以前より強くなったとはいえ、心臓を貫かれて生きているほどタフでは無かった。
ケヴィンが口から血を吐きながら、仰向けに倒れながら灰と化していく。それを見たゲーリーから冷静さが失われていく。
「……ッ!ウィルフレッド――」
ゲーリーが怒りを露わにして、ウィルフレッドを殺そうと息巻くも次の瞬間にはウィルフレッド渾身の鉄拳が背後から彼の心臓を穿った。
「ち、畜生……ッ!」
胸部から生えた拳を見下ろしながら、ゲーリーは命を落とした。その亡骸はもれなく灰と化した。
「残るはお前一人だけか。だが、仕留めるまで気を抜くのはマズいか」
ウィルフレッドは眼を潰されたことで、前が見えずにパニック状況に陥っているアレクセイへと疾駆した。
対して、アレクセイはウィルフレッドに近寄られまいと大槌をやけになって振り回しているのみ。そんな状態のアレクセイなど、もはやウィルフレッドの敵ではなく、あっさりと両腕の骨を折られて無力化された。
「クソッたれが!?」
アレクセイは両腕の骨が折れているにも関わらず、死に物狂いでウィルフレッドへ近接格闘での戦いを挑んだ。だが、そんな力任せの格闘術など格闘術とは言えないし、そんなものはウィルフレッドに易々と防がれるだけであった。そんな戦い未満の格闘バトルは、ほんの数秒で型がついて組み伏せられたのだった。
「さて、トドメだ。頭を叩き割ればさすがに死ぬだろうな」
ウィルフレッドはわざとアレクセイにその言葉が届くような声量で話をした。それを聞いたアレクセイは頭を守ろうと折れた腕で必死に頭を抱える形を取った。
……そうすれば、胴体はガラ空きになるわけで。
心臓を貫き、トドメを刺すべく、ウィルフレッドが腕を振りかぶったのだが、予想だにしなかった事態が発生した。
突然、スチールグレイの髪を風になびかせながら、木々の枝の上から飛び降りてきた男によって、アレクセイの頭部は踏みつぶされ、いびつな形になってしまったのだ。
「なっ……!」
ウィルフレッドが驚くのも無理はなかった。何せ、自分がトドメを刺そうとしていた魔人が見ず知らずの男に殺されたのだから。
だが、アレクセイを殺した男が狙って踏みつぶしたわけではないことは見ていればウィルフレッドにも分かった。
「おい、お前は――」
ウィルフレッドが声をかけようとした瞬間、男の姿は消えていた。どういうことかと理解する前にウィルフレッドの首はあらぬ方向へ曲げられ、少し右にそびえ立っていた樹木の太い幹に勢いよくダイブしていた。
いくら万全の状態では無かったにせよ、ウィルフレッドに攻撃を直撃させるなど並の力量では不可能だ。
スチールグレイの髪をした男――クロヴィスは何かから逃げるように怯えた表情で森の奥へと姿を消した。その瞬間、クロヴィスがやって来た方角からジェラルドが現れた。
「おい、待て――」
ジェラルドが
「間に合ったようでありんすね」
上空に浮かぶ一つの影。その影は背に乳白色の一対の翼を持ち、翼と同じ色の長髪を風になびかせている碧眼の美女――レティーシャであった。
レティーシャは迅速にクロヴィスを捕らえ、魔王城目指して夜空を駆け抜けていった。
「……レティーシャ。助かったよ……!」
「これも総司令の指示でありんす」
「ユメシュの……?」
ユメシュは王都を出たクロヴィスを魔王城まで連れて帰って、キチンと傷の手当てをするように連絡用の
クロヴィスはユメシュに心の中でこれ以上ないくらいに感謝しながら、レティーシャに襟首をつかまれて魔王城へと帰還したのだった。
「チッ、逃げられたか……!」
レティーシャの光線に呑まれたジェラルドは無傷であった。そんな彼も舌打ちをし、悔しそうな表情で夜空を舞う二つの影を見上げるしか出来なかった。さすがのジェラルドも飛行する術を持つわけではない。強靭な脚力でできるのも跳びあがることだけだが、到底レティーシャたちには届かない。
「こ、これは……!?」
――次に周囲を見回したジェラルドは残されたモノに驚愕することになった。
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