第134話 睡魔と雷、弟子。

「オラァ!」


「こんのぉ……ッ!」


 雷を纏うサーベルと短剣が激しく交差する。その激突による衝撃波は二人のいる場所の石畳をめくり上げ、禿げさせていく。


 洋介は角度を変えて、サーベルで斬りかかる。それに応じるようにテオも両手にそれぞれ握りしめている短剣で代わる代わる受け止めたり、攻撃の軌道を逸らしたりして防いでいた。


 洋介の豪剣を受け止め続けるテオの表情は苦痛に歪んでいた。それもそのはず、洋介の剣の特徴は一撃一撃の威力が高く重いことだ。紗希のように剣速で相手を圧倒するスタイルではなく、一撃一撃で確実に敵を疲労させることに重点を置いているのだ。


 テオはまんまとその戦略にハマっているのが、現在の状況である。洋介の攻撃を直撃すれば、致命傷になりかねない。かと言って、受け止めればその衝撃で腕の筋肉が悲鳴を上げる。


 ならば、避ければいいという発想に辿り着くが、回避を許さない絶妙な拍数で斬撃が襲ってくるために回避も難しいのだ。


 そんな出来事を経験して、テオは受け流しつつ反撃を加えていくという結論に達したのだ。言ってしまえば、『攻撃は最大の防御』というヤツである。


 テオの短剣での二刀流の攻撃に、これまで優勢だった洋介もタジタジになってしまうのだった。


 その後も洋介とテオの激闘は続き、徐々に洋介の旗色が悪くなりつつあった。


「ほらよッ!」


「うぐっ!?」


 そして、ついにテオの短剣が洋介の胸元に一つの傷を刻み込んだ。この肉を斬られる痛みに洋介も片目を苦し気に閉じていた。そこからのテオの攻撃は苛烈さを極め、まさに流れに乗った感じであった。


 テオの凄まじい猛攻ラッシュに洋介は体のあちこちを切り裂かれる。腕や足、背中から胸元に至るまでの随所から、洋介は血をポタポタと垂れ流していた。血が流れるにつれ、洋介の表情から血の気が失せていっていた。


 ダラリと腕を垂らし、サーベルを地面に置いて息を荒くしている洋介を見てテオは勝利が見えてきたと心の中でガッツポーズを決めていた。


「洋介、今からお前の心臓をこの短剣でぶち抜いてやるぜッ!防げるもんなら、防いで見ろよなァ!」


 テオは再戦での勝利という言葉に高揚感を覚えながら、洋介の心臓目がけて一直線に短剣を突きだす。すべては勝利のために。


 しかし、次の瞬間にはその勝利を貫かんとした短剣と、それを握る腕がテオの視界から消えた。テオの脳が状況を理解する前に痛みという感覚がそのことを無理やりにでも理解させた。


 ドサリ、と音を立て、テオが見失っていたものが宙から落ちてきた。これにはさすがのテオも落ちたモノと自分の腕を二度も三度も見ていた。


「……今ので決めるつもりだったんだが、そう上手くはいかなかったか」


 洋介はポツリと独り言を口にした。先ほどまでのダラリと腕を垂らし、サーベルを地面につけている体勢は演技だったのだ。


 傷を受けて疲弊しているのは本当だが、オーバーリアクションだったわけである。そうして、引き寄せられたテオに一太刀見舞うのが狙いだったのだ。


 洋介の攻撃で隻腕となったテオも降参するかと思いきや、テオの腕が少しずつ再生を始めていた。


「なっ、マジかよ……!」


「へっ、片腕が斬り飛ばされたくらいで俺たちが挫けるとでも思ってたのかよッ!」


 テオは残された一本の腕で果敢に洋介へと斬りかかる。洋介も驚いている場合では無く、慌ててサーベルで攻撃を防いだ。だが、テオの攻撃に出遅れたために洋介の頬を短剣の刃がかすめていった。


 テオは隻腕の分、足も用いて洋介を攻撃していた。一見すると、バランスを崩してこけてしまいそうなモノだが、その辺りはテオも暗殺者である。中々上手にバランスを取りながら、攻撃を続けていた。


 そんな状況にテオの腕が再生すれば、より一層厄介になると考えたのか洋介の剣筋に焦りが見え始めた。


 そんな矢先、洋介はふと体に上手く力が入らなくなってきた。それも、いきなりではなく少しずつ力が抜けていくような感覚である。


 洋介はそんな感覚と共に瞼を何度も閉じそうになっていた。そして、テオの顔を見てみれば笑っているのだ。洋介にとっては、気味悪い事この上なかった。


 洋介は戦闘中に瞼を閉じそうになる自分に喝を入れながら、必死にテオの短剣での斬撃を防いでいたが、ついにガクリと膝を折ってしまった。


 その時にはサーベルを思うように握ることすら出来ない有様であった。


「どうしたぁ?もう終わりか、洋介~!」


 ヘラヘラとムカつくような態度で短剣を弄びながら、洋介の方へと歩いてくるテオ。その頃にはすでに斬り飛ばした腕は再生していた。それに対して、今の洋介にもはや斬りかかるどころの騒ぎでは無かった。


「……ダメだ、思うように力が入らねぇ……!」


 洋介は何とか立ち上がろうとするも、間髪入れずにテオの蹴りで地面に叩き伏せられた。


「俺がユメシュ様から貰った力は睡魔!睡眠魔法が使える悪魔と肉体を合成したんだよ!」


 という言葉に洋介は驚いた。テオは洋介へのリベンジのためにここにいる。そのことを踏まえれば、テオは洋介に勝つために悪魔の力を宿したという事になる。そこまで勝とうとする執念に圧倒される洋介。


 ――もはや、俺に勝ち目はないのか。


 テオの言葉を受けて、そんな問いを自分の中で繰り返し、繰り返し投げかけてみるも、どれも大した結論には至らない。


 洋介は焦った。早くしなければ、テオに殺されてしまう。その恐怖が焦りという魔物を強化しているようなモノだった。


「へっ、どうも終わりみてぇだな!あばよ、洋介ッ!」


 テオが振り下ろそうとした刹那、自らの視界が稲光に包まれ、真っ白に染め上げられた。


 テオが体中から茶色い煙を上げながら、洋介の様子を見ると今にも倒れそうで意識をやっとのことで繋いでいる節があった。洋介がテオに放ったのは紛れもなく“雷霊砲”であった。


 ――ドゴン!


 そんな音が洋介の左足から聞こえたかと思えば、今のテオの状況と同じく茶色い煙がゆらゆらと立ちのぼっていた。洋介は雷を纏った拳を自分の右大腿部へと振り下ろしたのだ。


 そう、洋介は自らの意識を奪おうとした悪魔を“雷霊拳”で祓ったのだ。自分の電撃で眠気を払拭するなど、正気の沙汰ではない。


「おいおい、嘘……だろぉ!?」


 そんな事態に直面したテオは目に見えて動揺していた。


 洋介は動揺するテオに問答無用で斬りかかった。最初の一太刀はテオの右肩から左わき腹にかけて、浅く切り裂いた。


 テオの厄介なところは浅い傷だと十秒あれば塞がってしまうところである。瞬間再生されることを思えば遥かにマシではあるが、敵としては十分に厄介なところである。


 だが、そんなものは攻撃を再生が追い付かない火力で、急所目がけてぶちかませば良いだけであった。


「“雷霊斬”ッ!」


 迫りくる大上段からの振り下ろし。テオは反応が間に合わなかった。一撃で左肩へと斬り込み、心臓を一刀両断して左わき腹から刃が抜けていった。


 その鮮やかな太刀筋にテオの肉体は斜めの切り口に沿って体が。その様はまるで空間ごと敵を叩き斬ったかのような重い一撃であった。


「やるなぁ、洋介……ッ!」


 テオはそう言い残して、仰向けに石畳に倒れた。最後の笑みは己の戦いの結果に満足が行っているかのようであった。


 そして、睡魔テオは崩れ落ちた。それは大量の灰となって。その灰は衣服と装備と共に石畳へと積もった。


 ただ、灰色の粉だけは風に舞って、王都の夜空へと溶け込んでいった。洋介は空高く舞う灰を静かに見送った。


 ――『死せる悪魔は灰となりて、風とともに消えゆく』


 それはある古文書に記されている一節。テオはその古文書に記されたような最期であった。


 いつまでも呆然と夜空の星を眺めていたいところだったが、洋介にそのような時間など無かった。


「俺も早く、みんなを追いかけないとな」


 洋介がそう独り言ちて歩き出した時、


「……どうやら間に合わなかったらしい」


 そんな声が洋介の背後、城門付近から風に乗って聞こえてきた。


 洋介が誰か、と顧みれば、そこには銀髪の貴公子を先頭にした6名の男女が立っていたのだった。


 ◇


「こ、これは……!?」


 ここは王都近郊の森の奥の開けた場所である。その中心で突っ立っているのは最強の英雄ただ一人。彼の周囲にあるのは3つの灰の山。そして、目に見える場所にそびえ立つ樹木の根元で倒れている首があらぬ方向に曲がった一人の男。


 それらすべては最強の英雄――ジェラルドが行なった所業ではない。ジェラルド自身、灰の山に見覚えは無かったが、何かの本で読んだ悪魔の死体と同じであった。その情報を元に、悪魔の死体であると仮の結論を導き出した。


 だが、樹木の根元で倒れている銀髪ロングの男には見覚えがあった。むしろ、見覚えがあり過ぎて現在の状況を理解するのは至難の業であった。


「オリヴァー……」


 ジェラルドは冷静にウィルフレッドの胸に手を当てる。しかし、鼓動が返ってくることはなかった。それもそうだ。首を右へ90度捻られている状態で生きているはずがない。


 それでも、確かめずには居られなかった。誰がやったのかは容易に想像がついた。灰になってしまう死にかけの悪魔に人の首を捻るような力は残されていないはず。


 であれば、そんなことが出来たのはジェラルドが来る直前までこの場に居たクロヴィスだけである……と。


 ジェラルドは開いたままになっているウィルフレッドの瞼をそっと撫でるように閉じさせた。


「どうして、お前もアンナも俺より先に死ぬんだ……。師を置いていく弟子があるか……!」


 ジェラルドは悲しみに暮れた。それも、一瞬だけ。今、泣いている時間など無い。今は前を向いて、進まねばならない。クロヴィスも言っていたように、王都からは戦いの音が確かに聞こえてきているのだから。


 ジェラルドは羽織っていた漆黒のマントでウィルフレッドを包んだ。その状態のウィルフレッドを横抱きにして、その場を後にした。


 王都へと戻る際にジェラルドは思っていたよりもずっと早い別れに大粒の涙をこぼした。それはもう、“魔法の破壊者”などという異名からは想像もできないほどに。涙は横へと流れるのは走っているためだ。今の彼に止まることなど許されない。


 ジェラルドにとって、ウィルフレッドは二十数年前からの知己であり、格闘術を教えた弟子でもある。姉のアンナ共々、手のかかる弟子であった。


 こうして、ジェラルドはウィルフレッドと過ごした日々を駆け足で脳内で蘇らせながら、『想い出』という遺品を整理していった。

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