第109話 片思い
帰還した翌朝、聖美、紗希、茉由、寛之、洋介、夏海の6人はウィルフレッドに呼び出された。
「わざわざ呼び出したりしてすまない。すでにギルドの何人かには話を通しているんだが……」
ウィルフレッドが語ったのは、王都の東へ馬車で一日ほどかけて進んだ森の中にあるゲイムの地下迷宮の話だった。
その話の中で語られたのは、“滅神剣イシュトイア”のことだった。ウィルフレッドが古文書を読み漁っていると、ゲイムの地下迷宮の最奥には“滅神剣イシュトイア”が封印されているということだった。
「私はその剣を保護するべきだと考えた。もし、魔王軍が滅神剣イシュトイアを手に入れれば我々人間サイドには勝ち目がなくなるだろう」
ウィルフレッドの言うことはごもっともだった。魔王軍によってゲイムの迷宮が攻略される前に、地下迷宮とは別に王国の目が届く場所へと再封印した方が良いのではないかと。そのことは国王であるクリストフにも申請を出して認可されているとも付け足した。
「直哉のことで心を痛めているお前たちに同行を求めるのは気が引けるのだが、別に無理して付いてくる必要は無い。来る来ないの判断はお前たちに委ねる」
「「行きます!」」
ウィルフレッドの言葉に間髪入れずに返事をした者が2名。紗希と聖美だ。
「私は行きます。これ以上、魔王軍に好き放題やられるのは嫌……だから」
「……ボクも聖美先輩と同意見です」
昨晩、直哉の死と向き合った二人の心は僅かではあるが前を向いていた。昨日までとは纏うオーラが異なっている。
「わ、私も行きます!」
「もちろん、僕も行きますよ」
「俺だって行くぜ」
「私も行くわよ」
聖美と紗希が行くのならばと茉由が、寛之が、洋介が、夏海が次々と前へ進み出た。それは魔王軍との戦いによって、失った者と向き合うという意味合いも含まれている。
「……分かった。ただ、今回のクエストには報酬が出る予定はない。それでも良いのか?」
ウィルフレッドからの確認に首を横に振る者は一人も居なかった。……わけではなく、寛之だけは嫌そうな表情をしていた。だが、文句を言うようなことは無かった。
ウィルフレッドは次にゲイムの地下迷宮の地図と参加を承諾したメンバーの一覧を机の上に配置した。名前の横には冒険者ランクが記されていた。
―――――――――――――――
【参加メンバー】
・ウィルフレッド(白金)
・ロベルト(金)
・シャロン(銀)
・バーナード(魔鉄)
・ミレーヌ(魔鉄)
・ラウラ(魔鉄)
・シルビア(魔鉄)
・デレク(魔鉄)
・ローレンス(魔鉄)
・ミゲル(魔鉄)
・マリー(魔鉄)
・スコット(鉄)
・ピーター(鉄)
・ディーン(鉄)
・エレナ(鉄)
・ジョシュア(推定:銀)
・セーラ(推定:銀)
ほか、非戦闘員4名含め、計20名
―――――――――――――――
聖美たちがダグザシル山脈へ行っている間にロベルトはランクアップし、金ランクとなった。シルビアやデレク、ローレンスにミゲル、マリーの5名もそれぞれランクアップして魔鉄ランクへと昇格していたのだった。
また、ジョシュアとセーラの推定銀ランクというのはウィルフレッドが戦ってみた際の感触である。
王国の騎士と渡り合うには鋼ランク以上であることが望ましいが、スコットやピーター、ディーンにエレナの4人は鉄ランクである。しかし、ウィルフレッドが実力的には問題ないと判断したために同行を許可した。
非戦闘員3名の中にはマリエルの名があったのを紗希たちは見逃さなかった。
「とりあえず、お前たち6名を加えて合計26名だな。あとでこの一覧は修正しておくとしよう」
ウィルフレッドはそう言って、メンバー一覧の書かれた紙を丸め、執務机の引き出しにしまった。続いて、ゲイムの地下迷宮の地図を用いての話が始まった。
ウィルフレッドが出した地図には、迷宮内にどのような罠が仕掛けられているのかまでは記載されていない。ただ、階層ごとの道や階段の位置が記されているだけだ。
ゲイムの地下迷宮は地上1層、地下44層の広大な迷宮である。そんな迷宮にウィルフレッドたちは挑もうというのだ。正直、この異世界での出来事の中で一番『冒険』らしい。
その後、出発は今日の昼過ぎであることを唐突に告げられた聖美たちは慌てて準備のために帰宅したのだった。
――――――――――
「お父さん、聖美たちも連れていくって本当なの?」
「ああ、本人たちの決断だ。それを拒む理由も無い。とはいっても、それでも戦力不足は否めないところではあるが……」
聖美たちが家に帰った頃、執務室ではウィルフレッドとミレーヌは旅支度をしながらの雑談をしていた。
「ミレーヌ、ラウラはどうした?」
ウィルフレッドはミレーヌに治癒魔法の使い手であるラウラの行方を尋ねた。
「ミロシュの墓参りよ。シャロンさんも一緒にね」
ミロシュの名が出ると、ウィルフレッドもミレーヌも表情を曇らせた。そう、暗殺者ギルドのギケイに冒険者ギルドが襲われた時に姉のラウラを庇って死んだラウラの弟だ。その墓参りにラウラとその叔母であるシャロンが向かったのだ。
「さしずめ、出発前の挨拶ってところだろうな。ロベルトは……武器の積み込みか」
ゲイムの地下迷宮へ向かうに当たり、大量の武器が必要になる。そのために武器をロベルトに作らせていたのだ。馬車5台で向かうが、武器の運搬用に丸々一台を使うほどの量になっている。
――コンコン
ウィルフレッドとミレーヌが話しているところに執務室のドアからノック音がした。
「は~い」
ミレーヌが返事をしながら、ドアを開ける。そこにはサーベルを佩いたバーナードが立っていた。バーナードはミレーヌを見て一瞬だけ頬が朱に染まったが、すぐに普段通りの表情に戻った。
「ジョシュアたちが武器の積み込みが終わったから、今から馬車を北門まで移動させるそうだ」
「分かった。ジョシュアに『よろしく頼む』と伝えてくれ」
「分かった」
バーナードはウィルフレッドからの言葉に頷き返し、執務室を出ていった。
「お父さん、私は準備できたから先に北門に行ってるから」
「ああ」
そう言い残してミレーヌは紙袋だけを持って、執務室を早歩きで出ていった。ウィルフレッドは、その後ろ姿を何も言わずに見送ったのだった。
「バーナード!」
ギルドの1階へと続く階段にバーナードが片足をかけたところで、ミレーヌが肩を軽く叩いて呼び止めた。
「……どうした?ミレーヌ――」
突然、ミレーヌが自分を呼び止めたことに驚いたバーナードが勢いよく振り返ると、頭のすぐ下辺りにミレーヌの顔があった。息を吹けば髪がなびくような近い距離。これには二人とも即座に離れて顔を赤らめながら、廊下の隅を見た。
「えっと、これ……」
バーナードは胸の前へ突き出された紙袋をそっと受け取り、中身を確認する。
「……ブーツ?」
紙袋の中身は真新しい革製のブーツだった。急なことにバーナードは理解が追い付いてないといった風な表情をしていた。
「今履いてるブーツ、もうボロボロでしょ?だから、新しいのを……と思って」
「おお、ちょうど買い替えようかどうしようか迷ってたところだったんだ。ありがとな、ミレーヌ」
思いがけないバーナードの素直な感謝の言葉に、ミレーヌは俯き加減に視線をそらした。対してバーナードの表情は嬉しさを通り越して幸せそうであった。それもそのはず、意中の女性からの贈り物だ。そんな表情にもなるというモノ。
「にしても、俺のブーツがボロボロだってよく見てたな。誰かから聞いたのか?」
「……それは聞いたわけじゃなくて――」
――『あなたのことをずっと見ていたからよ』
ミレーヌはそう言いたかったのだが、恥ずかしくなって言葉は胸の内へと押し戻した。
「聞いたんじゃないなら、よく気づいたな。さすが
バーナードはフッと笑みを浮かべながらミレーヌに語り掛ける。あまりの鈍さ加減に第三者から見れば「早く結婚しろ!」と言いたくなるほどにじれったさがある。
バーナードはミレーヌからの贈り物を持ったまま、階段に腰かけた。一体、何をするのかとミレーヌが見ていると、バーナードは履いていたボロボロのブーツを脱いだ。
「えっと、バーナード?」
ミレーヌが話しかけている間にバーナードはブーツを履き替え、立ち上がった。
「早速、使わせてもらうぞ。お、履き心地も断然こっちの方が良いし、歩きやすいな」
バーナードはミレーヌの周りを歩き回った。その軽快な足音から、いかに歩きやすいかと気分のほども推し量れる。
「気に入ってくれたようで良かった」
「……ああ、大切に使わせてもらうぞ」
バーナードとミレーヌは同時に弾けた笑顔を浮かべた。
「……これは渡せそうにないな」
一方、階段の上では二人のやり取りを聞いてしまったシルビアの姿があった。シルビアは手に持っていた手作りハンカチをサッとズボンのポケットに戻した。
「アンタ、逃げるの?」
少し辛そうなシルビアへ声をかけたのはマリーだ。その目には涙をためていた。
「……否定はしない。私はミレーヌさんには勝てない。全然、女らしい服とかも似合わないからな」
シルビアは目に涙を溜めながら、何でもないような素振りを取ろうとしていた。これにはマリーも怒った。
「アンタ、昔から好きだったんでしょ!?そんな歯切れの悪い終わり方で良いの……?」
「それは……ッ!」
シルビアは5年前にバーナードと出会った。一目惚れというわけではないが、一緒にいる内にバーナードの仲間思いなところに惹かれるものがあったのだ。
バーナードへの好きという気持ちと、二人の仲に水を差すようなマネはしたくない気持ち。シルビアの心の中ではこの二つの感情がせめぎ合っていた。いや、前者の感情を後者の感情がせき止めている……といった方が正しい。
「アンタが女らしくないって言うなら、アタシの方が女らしくない。アンタみたいに裁縫も料理も出来ないしね」
マリーは言外にシルビアの臆病な心を叱咤した。『迷惑とか知ったことか。どうしてアンタが我慢する必要があるんだ!』……と。
「二人とも、どうしてここに?」
そして、二人の口論の声は微かだが階段の下に居たバーナードとミレーヌにも聞こえていた。それで何事かと二人が1階へと上がって来たのだ。
マリーはバーナードの顔を見るや、シルビアの方へと無言で近づいた。その足は速かった。
「おい、マリー!何をするんだ!?」
マリーはシルビアが二人の登場に戸惑っている間に彼女のポケットから手作りハンカチを奪い取った。それを取り返そうとするシルビアの手にマリーは素早く手渡した。
シルビアがマリーの行動の真意を測りかねている間にシルビアの手はバーナードの胸の前へ突き出されていた。
ハッと我に返ったシルビアは思わず、ハンカチを手放してしまった。だが、それは床に就く前にバーナードがサッと拾い上げた。
「……このハンカチはシルビアが作ったのか?」
バーナードからの問いにシルビアは何も言わずに首を縦に振るばかりだった。そんなシルビアの背中にそっと手が置かれた。
「シルビア」
「私、バーナードさんの事が好きなんだ」
シルビアからの唐突な告白にバーナードは目をパチクリさせていたのに対し、ミレーヌは知っていたとばかりに温かく、その光景を見守っていた。マリーはどうなるかとハラハラしているのか、胸の前で拳をギュッと握り締めていた。
「……悪いな、俺には心に決めた人がいるんだ。だから、お前の“好き”という気持ちには応えられない」
シルビアは返答のほどは分かっていた。だから、ショックはそこまででは無かった。だが、その時のシルビアの表情は
「ほう、バーナード。その心に決めた人というのは誰なんだ?」
階段を上がって来る音と共に聞こえてきた声の主はウィルフレッドであった。表情は少し茶化すようである。
「ウィルのおやじか……ビックリさせないでくれ」
「そんなに驚くのは怪しいな。何か、私が来てはマズいことでも?んん?」
ウィルフレッドはバーナードが誰の事を好きで、ミレーヌが誰の事を好きなのか。それらすべてを把握したうえでからかうように言葉をかけていた。だが、バーナードもミレーヌも黙ったままであった。
「……ハァ、これはまだダメそうだな。シルビア、マリー。一緒に北門まで向かおうか」
ウィルフレッドはわざと二人だけを置いて、北門まで向かったのだった。道中はギルドマスターらしくシルビアの本音を聞き、心のケアに徹したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます