第7章 滅神剣争奪編

第108話 久々の町

 馬車がガラガラと音を立てて門を潜っていく。門を潜った先にあるのはローカラトの町。町に入り、鼻をくすぐる久々の空気に7人は実家に帰ったような安堵を覚えた。


「お姉ちゃん、久々に街を見ると懐かしい気分になるよね!」


「え?あ、うん。そう……だね……」


 茉由がトントンと聖美の肩を叩き、明るく話しかける。しかし、聖美の纏っている暗い空気が晴れることは無かった。聖美は上手く自分の心の内はごまかせていると思っているが、全くそんなことは無い。むしろ、ダダ洩れだ。


 聖美の心の中には直哉を失った悲しみや寂しさが巣くっており、ローカラトの町はそれを余計にかき立てるのだった。


「み、皆さん!冒険者ギルドが見えてきました!」


 御者の席からマリエルの大きめの声が聞こえてくる。馬車に流れる暗い空気を喚起したかったのだろう。


 そして、マリエルの言う通り、冒険者ギルドが見えてきていた。だが、何やら冒険者ギルドの前には数多くの馬車が止まっており、慌ただしさが漂っていた。


 マリエルは来訪者組を馬車から下ろした後、運送ギルドへと向かっていった。6人はマリエルと馬車を見送った後で、冒険者ギルドの中へと入った。


 相変わらずの木造の建物の内部は出発前と変わらない雰囲気で6を出迎えてくれていた。


「あら、聖美たちじゃない。お帰りなさい」


「みんな、お帰りなさい……って直哉が居ないようだけれど……」


 ギルドに入るとすぐにミレーヌとラウラの二人に遭遇した。ラウラは鋭く直哉の不在を指摘した。ミレーヌもラウラの言葉を聞いて気づいたようだった。


「えっと、ミレーヌさん、ラウラさん!無事に戻りました!ウィルフレッドさんはどこに居ますか?」


 ラウラの指摘に対して紗希がごまかすように大ぶりなジェスチャーで二人に返事をし、ウィルフレッドの居場所を聞くことで話の話題を無理やりに逸らしたのだった。


 この時、ラウラもミレーヌも直哉の話題を振った時に紗希も含めて6人全員の動きが硬直したのを見逃さなかった。だが、二人ともその場で追及するというような事はしなかった。


「お父さんなら、下の執務室に居るわよ。みんなの無事を心配してたから、顔を見せてあげて」


 ミレーヌは“みんな”という言葉を使ってカマをかけてみれば、やはり全員の目が舌を向いたのをラウラと共に確認した。だが、さすがに二人は熟練の冒険者。ポーカーフェイスは完ぺきだった。


 紗希たちはミレーヌとラウラの二人と別れ、地下にあるウィルフレッドの執務室へと向かった。……バレずに済んで良かったと思いながら。


 6人は地下へと続く階段を降りて、最奥にある部屋の扉をノックする。すると、ガチャ!と大きな音を立てて慌ただしく扉が開いた。


「……6人とも戻ったか」


 何やら元気のない様子のウィルフレッドに6人は何があったのかと顔を見合わせた。


 ウィルフレッドは6人を部屋の中へと招き入れ、椅子に座るように勧めた。椅子は2人分くらいの幅しかなかったために聖美と夏海が押し切られる形で腰かけた。


 ウィルフレッドが猫のレオに餌をやり終えたところで、執務用の椅子にゆっくりと腰を下ろした。


「一昨日の朝、テクシスの町の冒険者ギルドマスターであるギンワンから2通の手紙が届いた」


 ウィルフレッドは6人に見えるように手紙を手に持ち、ゆらゆらと揺らした。6人ともギンワンの名が出た途端に「さては」と今から何の話が出てくるのかを理解した。


「一通目はみんながテクシスの町でいざこざを解決してくれたことと、ダグザシル山脈での魔王軍撃退に貢献したことへの感謝の言葉が綴られていた。その功績を考慮して、紗希と茉由、寛之、洋介、夏海の5人をスチールランクから魔鉄ミスリルランクへ、聖美を青銅ブロンズランクからアイアンランクへと昇格させてほしいと記されていた」


 ウィルフレッドは手紙の内容を話した後、6人がランクアップしたことが記された書類が6人の前に置かれた。書類の末尾にはローカラト辺境伯シルヴァンのサインがあった。


「そして、ここからが本題だ。1通目のランクアップの内容に直哉の名前だけが無い時点で違和感はあったのだが、2通目に記された直哉が魔王軍との戦いで死亡したというのは……事実なのか?」


 ウィルフレッドは6人の前でしゃがみ、目線の高さを合わせた上で話しかけた。


「……はい」


 紗希がそれだけをポツリとかすれた声で言うと、ウィルフレッドは何も言わずに目に溜まった涙を拭った。


「そうか、事実だったか。まあ、お前たちが無事だっただけでも何よりだ」


 ウィルフレッドの潤んだ声に6人は耐え切れずに涙を溢れさせた。ウィルフレッドは6人に事実確認をするまでギルド内で「直哉の死」を伏せていたのだ。そして、その確認も取れたことで公表する決断をしたのだった。


 ――直哉の死はその日の夜に冒険者ギルド内で発表された。


 直哉を知る冒険者たちは信じられないといったリアクションだったが、紗希たちの真っ赤に泣きはらした目を見て、理解せざるを得なかった。


 ミレーヌとラウラは6人しか帰ってこなかった時点で何かあったことは分かっていたが、まさかすでにこの世の人ではないとは思わなかったのだ。その驚きと共に二人は涙を流した。


 その夜の冒険者ギルドは普段の騒々しさはどこへやらといった悲しい雰囲気に染まっていた。それは暗殺者ギルドのギケイが襲撃してきた時以来のモノだった。


 翌日には直哉の死は何でも屋のセーラや運送ギルドのジョシュアの元へと伝えられ、悲しみの輪が波及していくのだった。


 帰還の夜。洋介と夏海は冒険者ギルドの2階の部屋へと戻り、寛之と茉由は屋敷へと帰っていった。聖美と紗希は帰り際、ディーンとエレナから別の宿屋に移ることができたことと、家から荷物も移し終えた話を聞いた。それから二人は帰宅した。


 ――ガチャリ


 音を立てて家の鍵が開錠される。木製の扉を押すと、軋むような音を立てながらゆっくりと開いた。


 中には出発前と変わらず、1階の部屋には机と椅子が配備されている。台所はディーンとエレナが掃除したのか、月明りを受けてキラリと光る。


 紗希と聖美は募る寂しさを押さえ、部屋の明かりを付けた。だが、二人の心に明かりが灯ることは無かった。二人は長旅の荷物を持って、それぞれの部屋がある2階へ足を進めた。


「……聖美先輩、おやすみなさい」


「おやすみ、紗希ちゃん」


 紗希は泣きたい気持ちを我慢するような面持ちで、手前の部屋に荷物と共に入っていった。聖美はそれを悲しさを覆い隠すような笑顔で見送った。


 聖美は自室のドアを開けるが、直哉の姿は無い。もちろん、声が聞こえたりすることもない。直哉の生活用品だけが残されている状態の部屋が、弱っている聖美の心をえぐった。


「私があの時点でまだ戦えたら、直哉君を助けられたのかな……」


 聖美は大空洞でのことを思い返しながら、ベッドに腰かけ、シーツを優しく撫でた。そのシーツの上からは涙がポツリポツリと雨が降り始める時のように零れ落ちていった。


「私、直哉君ともっと一緒に居たかったよ……」


 聖美は悲しい気持ちを吐露しながらシーツの中へと顔をうずめた。紗希は部屋の入口で静かに、聖美の泣き崩れる様をただ見つめることしか出来なかった。


「……紗希ちゃん?」


 涙を拭いながら、聖美が顔を上げると部屋の入口に紗希がいるのがチラリと見えた。紗希は気づかれたのなら仕方ないと聖美の元まで歩いてきた。二人の間には沈黙が横たわっていた。


 兄を失った妹と恋人を失った女。二人はお互いにどんな言葉をかければ良いのか、分からなかった。


「聖美先輩、ボクは兄さんの分も楽しく笑って生きようと思います」


 紗希は決心したように勢いよく聖美に話しかけた。


「ボクはあの時、兄さんを守れませんでした。肝心な時にボクの剣は兄さんを守れなかった。だから、次こそはみんなを守れるように、ボクはもっと強くなりたい」


 紗希の決意を固めた表情に聖美は心を動かされる何かを感じた。自分はこんなところでめそめそと立ち止まったままで良いのかと。直哉は誰のことで怒り、ディアナに敗れたのか。そう、自分と紗希なのだ。直哉は二人妹と彼女を傷つけられたことに怒ったのだ。


 これには責任を感じずにはいられない。だがそれは、ここで立ち止まっていて良いという理由にはならない。


「うん、私も強くなりたい。今度は絶対に誰にも私の大切な人たちを奪わせない」


 聖美は理解した。直哉が武術大会の予選前日の夜に言っていた言葉を。


『呉宮さん、俺もその意見に賛成だよ。でもさ、俺は呉宮さんを誰にも傷つけさせたくないんだ。そのために強くなりたい。そのために、この武術大会は出たいと思ったんだ』


「紗希ちゃん。私たち、もっと強くならないといけないね……!」


「そう……ですね!」


 聖美がニコリと笑みを作ると、紗希は釣られたように笑みを浮かべた。二人は、その日は部屋に戻って眠りについたのだった。


 ――――――――――


 場所は変わって魔王城円卓の間。現在、総司令のユメシュは不在である。そんな中で、レティーシャが魔王城を取り仕切っていた。そこへ悪い知らせが飛び込んできた。


「それは本当でありんすか!?」


 円卓の間にレティーシャの声が響く。伝令役の魔人の男が告げるにはザウルベックがジェラルドに敗北し、率いていた1万の魔物たちも全滅したというモノであった。


 近頃、敗北続きの魔王軍にとっては悪いことが重なり続けていた。


「……で、負けた本人はどこでありんすか?」


「フッ、レティーシャ。ワシはここにおるよ」


 門番の肩の上に手を置きながら顔を覗かせたのは服の胸部に青い血が付着しているザウルベックの姿だった。


「とりあえず、傷口は凍らせておるから、しばらくはこのままで大丈夫じゃ」


 ザウルベックは自らの席に腰かけ、レティーシャに詳細な状況を報告した。その報告の前に伝令役の魔人は円卓の間から退出している。


 ザウルベックは竜の国へと向かっていたスカートリア王国の王子であるクラレンスとその護衛たちを仕留めようとしていたところへジェラルドがやって来たこと、その後の戦いで敗北して間一髪のところで逃げ延びたということを順を追って説明した。


「レティーシャ、総司令殿はおらんのか?」


「ええ、現在は単独で動いているようでありんす。近いうちに戻るとは思うでありんすが……」


 レティーシャは現在、ユメシュが転移の魔法陣を通ってどこかへ向かったことを説明した。転移魔法陣はその上で本人が思い浮かべた場所へと転移することができる魔王から送られた特別なモノだ。ゆえに、誰も後を追うことができないのだ。


「なるほどのう。で、ヴィゴールのヤツの傷はどうじゃ?」


「ええ、それは完治しているでありんす。最近はゲオルグと仕事を分担して行っているでありんす」


 レティーシャ曰く、ゲオルグに下されている魔王城と魔族領の防衛の任務の内、ヴィゴールが魔王城の守備に当たっているという。無論、自分の部隊を配置して、である。ヴィゴールの復帰には彼の部下であるウラジミールとカトリオナは歓喜していた。


 そして、先日。ディアナ率いる1万の魔王軍は西の大陸にあるヴィシュヴェ帝国へと遠征を開始した。先鋒はアーシャが務めている。1万の魔物はダグザシル山脈で直哉たちが激闘を繰り広げたコカトリスとハーピィが5千ずつである。


 ヴィシュヴェ帝国が保有する帝国軍は、その数100万にも上り、それらが大陸全土に散りばめられている。このことからディアナが考えたのは一点集中の直進である。一つ一つの都市を陥落させるほどの兵力も無ければ、時間もない。すなわち、帝国が兵力の配置を完了させる前に帝都へと最短ルートで到達するというシンプルな作戦だ。


「……なるほど、確かに兵力が集まる前に潰すのが良さそうじゃな」


「ええ、ディアナらしい考えでありんす」


 その後も二人は地図を広げながら、今後の魔王軍の世界征服についての談義を繰り広げた。そして、話の内容は現在魔王ヒュベルトゥス自らが攻撃を仕掛けている南の大陸へと移った。


 戦況は未だにルフストフ教国大教会を中心に展開されている“破邪の結界バリアダデファレッツオン”を破れずにいたが、魔王ヒュベルトゥス統率の下、兵糧攻めへと移行していた。


 指揮官である水の八眷属・ベルナルドと雷の八眷属・カーティスも魔王の指示に忠実に動いている。


「まあ、その包囲網を100名ほどの聖堂騎士団の包囲網を抜けたらしいでありんすが、ユメシュ様は全く焦る様子は無かったでありんす」


「フム、総司令殿に何か考えでもあるんじゃろうか?う~む、全く読めんのう……」


 ユメシュがルフストフ教国の聖堂騎士団に包囲網を抜かれて、焦らなかった理由は何なのか。その辺りがイマイチ読み切れないといった様子の2人であった。

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