第101話 恩返し

 伯爵の屋敷での一件の翌日。俺たちは大空の宝玉を入手するためにダグザシル山脈を登ることになっていた。


「兄さん、朝だよ」


「ああ、もうそんな時間か……」


 俺は腰にサーベルを佩いた紗希に起こされ、眠い目をこすりながらベッドを降りた。着替えて外に出ると、みんな武器を持って集まっていた。


 俺たちは事前に親父から地図を渡されているため、道に迷うことは無いだろう。だが、やはり不安は残るものだ。何せ、遭難する可能性がないわけではないからだ。


 そこで、俺たちはギンワンさんたちに道案内を頼んだ。よって、今回の旅時は俺と紗希、呉宮さんに茉由ちゃん。そして、寛之、洋介、武淵先輩。いつもの7人にギンワンさん、シデンさん、ヒサメさん、ムラクモさん、ビャクヤさん、ミズハさん、アカネさんの7人を加えた14人となった。


 ちなみに、マリエルさんは俺たちが戻るまでテクシスの町で待っていてもらうことになっている。


 目的地までの道のりは岩肌がむき出しになっており、そんな道を延々と徒歩で進んで行った。植物などは生えていないため、見渡す限り一面茶色の風景が広がっている。


 かれこれ山道を登り始めてから2時間くらい歩いただろうか。とにかく、もうヘトヘトに疲れてきた。だが、そのタイミングでありがたいことに休憩が入った。


 休憩は近くの岩に腰かけたりしながら、水分補給を行うだけのシンプルなものだった。だが、休憩はこれくらいの軽いモノで良い。休憩は度が過ぎると再び登ろうという気が起こらなくなってしまう。俺の中では、休憩中のギンワンさんたちとの雑談はかなり楽しかった。


 その雑談の中でギンワンさんたちの使う魔法を教えてもらった。ギンワンさんの魔法が土属性の障壁魔法で、岩の壁を即座に構築することができるとのことだった。


 続くシデンさんの魔法は、雷属性の身体強化魔法。何でも体中に雷を纏わせることが出来る身体強化魔法なのだそうだ。ただ、武器に雷は纏わせられないのが残念なところだとも言っていた。


 ヒサメさんは氷属性の魔法槍で、槍に冷気を纏わせることで攻撃の威力を上げることができるとのことだった。


 そして、ムラクモさんが風属性の同化魔法で、空気と同化することが出来る魔法だ。道理で、姿が捉えられないわけだ。


 ビャクヤさんの魔法が召喚魔法・光装という光の装備を召喚することができる魔法で、汎用性が高いのが長所だと言っていた。


 ミズハさんは霧魔法で、その名の通りに霧を広範囲に展開することが出来る魔法だった。


 アカネさんは召喚魔法・炎獣という魔法で、名前通りに炎の獣を召喚することが出来る魔法らしかった。


 お互いの使える魔法のことを話して、20分ほど休息を取った頃。俺たちは再び登山を再開した。頂上までの道中、魔物に遭遇するようなことが無かったのは助かった。


 ただ、ギンワンさんが言うには、この近辺は普段、魔物との遭遇率が高いために余り近づかないとのことだった。俺はこの一言を聞いて、何だか胸の奥がモヤモヤした。大体魔物が出るところなのに出ないというのは、今まで以上のトラブルが起きるであろうことの前触れ、嵐の前の静けさというヤツだ。嫌な予感しかしない。


 でも、そんなことを言うと、疲れているみんなを不安がらせてしまうと思い、俺は黙っておくことにした。


 やっとの思いで山頂に辿り着くと、青空が頭上に広がっており、空気も澄んでいて何度も深呼吸したくなるほどに気持ち良かった。


「直哉君、あれ!」


 俺は呉宮さんの指さす方向を見ると、祠のようなこじんまりとした建物があった。近くまで寄ってみると、下へ続く階段があった。ただ、奥がどうなっているのかは闇に包まれていて分からない。まさに、一寸先は闇って感じだった。


 そんな時、背後から強く気配を感じた。何事かと振り返ると、周囲は数百体のコカトリスに囲まれていた。そして、コカトリスの群れの中に灰緑の髪を逆毛にした男魔人が居た。その男魔人は肩には大槌を担いでいる。


 さらに、上空には半鳥半女の魔物であるハーピィがコカトリス同様、数百体の規模で空を飛んでいた。ハーピィの群れの先頭には、女魔人が一人宙に浮かんでいた。女魔人はこちらを見下ろしながら、ミディアムヘアーにした若緑色の髪を山頂に吹く風になびかせている。


 俺たちは見事に魔物に地上と空中から囲まれてしまう形になった。


「貴様らも宝玉狙いか?」


 地上にいる方の男――魔人が一歩前に進み出た。何と言えば良いのか困るが、ローカラトの町の広場で魔人2体と遭遇した時と同じような緊張感だ。


「そうだ……と言ったらどうなんだ?」


 寛之が勇敢にも一歩前に出た。ここでは、足がガクガク震えているのは見なかったことにする。


「そうだな……俺たちの仕事の手間が増えるくらいだ。遭遇した以上、貴様ら人間は駆除しなくてはならないのでな」


 男の方の魔人はそう言いながら、大槌で肩をトントン叩いていた。何とも害虫を駆除するみたいな言い方が頭にくる。


「片付けてしまえ」


 男魔人の指示で数百体のコカトリスが俺たちに襲い掛かってきた。それに続くように女魔人も手の動きで指示を飛ばし、ハーピィに空から攻撃を仕掛けさせていた。


「みんな!コカトリスの足の爪に切られると石化するから気をつけてね~!」


 シデンさんは呑気なことを言いながらも、間合いに入った1体のコカトリスの首を斬り飛ばした。余りの早業にサーベルを抜く瞬間が見えなかった。


「さて、手早く片付けてしまうとするかね」


 シデンさんがコカトリスの首を刎ねたことを合図にギンワンさんとヒサメさん、ビャクヤさんがコカトリスの大群を大剣、槍、大斧でそれぞれ迎撃していく。


「直哉、俺たちも加勢しようぜ!」


「ああ!」


 俺も洋介がコカトリスに駆けていくのに続いた。俺の後ろからは紗希と武淵先輩が付いてきている。


「洋介、あの魔人を優先的に倒そう!」


「おう、分かってる!」


 俺はコカトリスの爪での攻撃をかいくぐりながら、魔人の元を目指した。洋介は反対に、真正面からコカトリスを各個撃破していっていた。洋介と同じように各個撃破を狙って、紗希や武淵先輩もサーベルや槍で戦っている。だが、いくら何でも数が多いために、一々相手をしていてはキリがない。だから俺は回避に専念し、魔人の元へ辿り着くことを最優先に考えて動いた。


 チラリとギンワンさんたちを見ると、ギンワンさんの大剣は襲い掛かって来るコカトリスを作業のように解体していっていた。ヒサメさんも冷気を纏った槍で次々にコカトリスの心臓を貫いていっているので心配無用だった。ビャクヤさんはと言えば、器用に光の武器をとっかえひっかえしながら、大斧でコカトリスの首を刎ねていっていた。


 シデンさんは一度後退して、ムラクモさんやアカネさん、ミズハさんたちと合流して祠の前の守備を固めていた。そこには寛之と呉宮さん、茉由ちゃんも居た。


 祠の前では寛之が四方と頭上を囲むように展開した5枚の障壁の中から攻撃を行なっていた。呉宮さんとムラクモさんは空中から攻撃してくるハーピィを狙撃し、ミズハさんは投擲ナイフで応戦していた。寛之は障壁の維持に専念し、茉由ちゃんとシデンさん、アカネさんの3人と召喚した炎の虎が暴れまわって障壁に近づいたコカトリスから優先的に撃破していた。


 そんな魔物との大混戦の中で、紗希は魔物の群れの外で女魔人と1対1で戦いを繰り広げていた。


 紗希が剣舞でも舞うように軽やかな動きで、縦横無尽に飛び回る女魔人の短剣による二刀流攻撃を鮮やかに捌いていた。俺が一通り、全員の様子を確認し終えた頃に男魔人の元へと辿り着いた。


「人間。わざわざオレに殺されに来たのか?」


「いや、そちら側にお引き取り願おうかと思っただけだ」


 男魔人は俺と視線を交わらせてくる。正直、俺では勝てないだろうことは百も承知だ。でも、それはまともに戦えばの話。何でもアリだというのなら、勝つことは出来なくても足止めして時間稼ぎ――くらいは出来るだろう。


「お引き取り願う……か。ならば、貴様らにはあの世にお引き取り願おう!」


 男魔人は肩に担いでいた大槌での薙ぎ払い攻撃を仕掛けてきた。俺も頬を大槌の巻き起こす旋風がかすめていく位のタイミングでかわした。今のは避けれてなかったら頭がいびつな形に変形していたことは容易に想像できる。


「直哉!伏せろ!」


 俺は後方から聞こえた頼もしい声の言う通り、その場にしゃがんだ。その上、俺の髪をかすめながら雷を纏った薙刀が男魔人の大槌と衝突する。洋介の参戦で俺は少し安心した。その後ろから槍を持った武淵先輩が俺の横を駆け抜けていく。


 男魔人は洋介の“雷霊斬”のパワーに押し切られて、数メートルほど地面に直線を引きながら後退を余儀なくされた。そこへ男魔人の腹部目がけて槍の突きが襲い掛かった。


 男魔人は槍の穂先を大槌の先端で受け止めた後、右へ払って武淵先輩の頭上に大椎での一撃を見舞おうとした。だが、武淵先輩は一瞬で姿を移動させて振り下ろしでの一撃を回避した。


 その後も洋介と武淵先輩が俺の入る隙も無いほどに見事な連携を見せたので、俺は後方から襲ってくるハーピィやコカトリスを二人に近づけさせないように抑え込むのに徹した。


 数の上では俺たちの方が圧倒的に不利なはずなのだが、戦況としては有利に動いて行っていた。戦いぶりを見ていて思うのだが、やはりギンワンさんたちの加勢が大きい。


 もし、このままいけば2体の魔人共々魔物の大群を殲滅できるかもしれない。


 紗希の方は空を飛び回る相手に手を焼いているようだった。女魔人が急降下してきたタイミングに合わせて斬撃を放つも、中々当たらないようだった。


「ここは任せて~よっと!」


 女魔人相手に地上で苦戦する紗希を見かねてか、シデンさんが地面を蹴って宙へ跳んだ。全身にクロムイエローのオーラを纏っているため、雷属性の身体強化を使ったのだろう。自分の上を取られた女魔人は、焦りの表情を浮かべていた。


「貰ったよ!」


 シデンさんのサーベルが女魔人の首へと迫った時、シデンさんの左胸に風穴が空けられた。


「「シデンさん!」」


 シデンさんが左胸を何かに貫かれる瞬間を見た俺と紗希は同時に声を上げた。シデンさんは口から血を吐き出した後、静かに地面へと落下していった。


「直哉!こっちは任せろ!」


 洋介からの一声に俺は弾けるようにシデンさんの元へと駆けた。俺が着くより早く、紗希がシデンさんにラウラさんの治癒魔法が付与エンチャントされた液体を傷口にかけていた。


「紗希、シデンさんは!?」


「ダメ、傷は塞がったけど目を覚まさなくて……!」


 紗希は目に涙を浮かべながらシデンさんに声をかけ続けている。


「直哉、紗希、洋介、夏海!今すぐ私の元へ来てくれるかね!」


 声の主を辿ればギンワンさんだった。寛之とも何やらアイコンタクトを取っていたようだった。


 洋介はすでに武淵先輩と、重力魔法でギンワンさんたちの元へスライドしていた。周りを見れば魔物たちが俺たちの周りから離れていっている。


 紗希は敏捷強化魔法を使ってシデンさんを引きずってギンワンさんの元へ走った。俺も途中まで走ったが、見かねた武淵先輩が重力魔法でスライドさせてくれた。


 ギンワンさんが手を合わせると、岩の壁がいくつも現れて俺たちを隙間なく包み込んだ。包まれる直前に寛之も周囲のみんなを障壁の中に収容しているのが見えた。


 その直後、バチバチと激しい雨が打ち付けてくるような音が響き始めた。その時のギンワンさんの表情は険しく、必死で岩壁を維持しているようだった。


 激しい雨音のような音が止んで、しばらくして岩壁をギンワンさんが解除すると恐ろしい光景が広がっていた。


 岩壁と寛之の障壁の内側以外はすべて地面が凹んでいた。よく見れば、空から剣の雨でも降ったのかというような穴が無数に出来ているのが確認できた。


 さっきのバチバチと響く音は、もしかしなくても剣状のモノが雨のように降り注いだ……ということなのだろうか。ということは、これは魔物サイドの攻撃か。そして、巻き添えを食わないために魔物たちを俺たちの近くから撤退させたということだ。本当に魔物たちの隅々まで命令が行き届いている。


「耐えたのね」


 頭上から抑揚のない女性の声が降ってきた。誰かと思い、空を見上げればウェーブのかかった腰元まで届く長さの髪を持つ女性が宙にいた。その暗緑色の髪からは落ち着いた雰囲気が漂っている。


 その声に魔人2体を含め、コカトリスやハーピィの群れも動きを制止させた。恐らく、その女性こそが魔物の群れの長なのだろう。


「サイモン、アーシャ。高々人間相手に何を手こずっているの?」


「すみません、ディアナ様」


「申し訳ありません……」


 ディアナなる滞空している女性からの叱責に魔人2体は反射的に体を折って謝罪した。


「人間共、私はディアナ。魔王軍八眷属が一人、風のエレメントを司る者よ」


 ――ディアナが放った魔王軍という言葉に俺たち全員は言葉を失った。

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