第95話 多勢に無勢

 俺たちの周囲に霧が立ち込めているおかげで姿や動きを目で捉えるのでは間に合わない。まだ、この場には30人近い数が残っている。そんな大人数を俺と紗希、呉宮さんの3人で相手するのは、相当キツイ。第一、相手の実力も不明なのが致命的だ。


「兄さん、伏せて!」


 俺はすぐさま、紗希に言われたままに中腰の姿勢を取る。すると、髪の毛のてっぺん辺りをがかすめていった。状況的に狙撃、つまり今通り過ぎたのは矢ということか。紗希がいなければ、俺は何回死んでいた計算だろうか。とてもではないが数えきれない。


「呉宮さん、大丈夫?」


「うん、私は大丈夫だよ。敵の狙撃手は私が何とかしてみるよ」


 全く、どこから狙ってきているのかが分からない敵に対して呉宮さんだけに任せるわけにはいかない。なので、「俺も手伝う」と言いかけた時、紗希に「霧を出している人を見つけて倒して欲しい」と頼まれた。


 俺は紗希の頼みを断れず、この場を紗希に任せて単独で動いた。その直後だった。大きな影が紗希に飛来したのは。


 ガキィン!と凄まじい金属音を立てながら、紗希のサーベルとリーダー格の大男が持つ大剣とが火花を散らしている。


「紗希ッ!」


「兄さん!来ないで!ボクは大丈夫だから、兄さんは行って!」


 大丈夫と紗希は言っているが紗希のサーベルと鍔迫つばぜっている大剣の刃は紗希の頬を少し切って血がにじんでいる。


「分かった!任せたぞ、紗希!」


 だが、俺は信じることにした。何せ、俺の妹は近距離戦においてそう何度も不覚を取るほど弱くない。むしろ、俺が加勢すれば足手まといなだけだ。


 そんな紗希の向こうでは呉宮さんが懸命に敵の狙撃をギリギリのところで避けながら、敵へと矢を射返しているのがチラリと見えた。


 今、俺のやることはシンプルだ。霧を一刻も早く晴らして二人が戦いやすい場を作ることだ!


 だが、そんなやる気に満ちた俺の行く手を阻んだのは――


「まあ、そうなりますよね……」


 紗希と互角に斬り合っているリーダー格の男の取り巻き全員。つまり、二十数名くらいの大人数だ。


 一対多数、かつ近距離戦とか、俺詰んだんですけど……!


 いやいや、まずは戦ってみないことには何とも言えないだろ!もしかしたら、相手がチョー弱いかもしれないし!


「うげっ……!」


 迷わずに真正面からサーベルを抜いて斬りかかってみれば、俺より断然強い。正確にいえば、身体能力的には付いて行けるが戦闘技術が俺よりも上だということ。


 俺は悟った。一対一で戦っても勝てない相手が二十数名で同時に掛かって来るなんてムリゲーだということを。


「不幸だ……」


 そんな右手で触れた異能の力を打ち消す能力を持っている人の言葉を呟いても霧は消えないし、目の前の武器を構える男女の数が減るわけでもない。


 俺が避けなければならないのは、俺が倒されることでこの人数が紗希や呉宮さんに押し寄せることだ。


「たとえ相手が格上で、大人数であっても俺は……倒さねばならない!」


 まずは目の前の斬りかかって来た二人の男の剣に重力魔法を付加エンチャントし、続いて側面から槍の突きを体をひねってかわし、その男の足をひっかけて水たまりへとダイブさせた。


 その後も右へ左へと死ぬ気で攻撃をかわしながら、反撃をしていくものの完全に避けられているわけではないので、随所にかすり傷を負ってしまった。


 手段を選ばず、やっとの思いで5人目を戦闘不能にしたものの、依然として二十数名の武装した男女に囲まれている状況に変わりは無い。正直、これは思っていた以上にキツイ。


 援軍とかが現れることを期待したいところだが、呉宮さんは狙撃手との交戦中で手が離せなさそうだし、紗希もリーダー格の男に苦戦している風だった。


 俺は逆転の手はないかと考えたものの、二十数名と戦いながら考え事が出来るほど俺は器用ではない。


「きゃっ!」


 そんな時、呉宮さんの声が聞こえた。


 俺が焦ってその方を見ると、ぬかるみで足を滑らせたらしかった。その時、キラリと呉宮さんの背後の茂みで何かが光ったように見えた。


「呉宮さん!後ろだ!」


 俺が指を指したのを見て、立ち上がった呉宮さんが振り返った。その刹那、呉宮さんの右肩を矢が穿ったのが見えてしまった。呉宮さんは地面に崩れ落ちたのと同時に、俺の背筋を鋭い痛みが貫いた。


 俺は痛みに耐えきれずに地面にうつ伏せに転がってしまった。起き上がろうにも力を入れると傷口からの痛みが全身に広がってしまう。その傷口を槍で傷を打ち据えられてしまい、激痛で意識を飛ばしかけた。


「聖美先輩!兄さん!」


「よそ見とはいい度胸をしているね!」


 紗希の叫び声で紗希へと視線を戻すと、紗希の心配そうな視線と重なった。そんな時、直後のリーダー格の男の大剣での薙ぎ払いが放たれ、紗希はサーベルで受け止めた。だが、勢いを殺せずに背後にそびえ立つ樹木の幹へと叩きつけられてしまい、血を吐きながら地面に倒れたのが最後に見た光景だった。


 俺は直後に今度は後頭部に衝撃が来たことで俺は意識を手放した。


 ――――――――――


 ――ここは馬車を停めている小屋の前。ここも武装した20名近い男女によって取り囲まれていた。


 異変に気付いて外に飛び出したのは茉由と寛之。小屋の出入り口は茉由と寛之が飛び出したところの1つのみ。


「あなたたちは一体……!」


 茉由の言葉に取り囲む男女は応答することは無かった。茉由は手に持っていた片手剣を引き抜き、鞘を後ろへ投げた。寛之は隣で静かに格闘術の構えを取る。


 そんな中、スカイブルーの長髪をポニーテールで纏めた女性が槍を片手に前へと進み出た。その両脇には肩に大斧を担いだ白髪テクノカットの大男と両手にセスタスを装備した小柄な女性。その女性はサーモンピンクの髪をウェーブがかったボブスタイルの髪型をしている。


 見たところ、その3人が頭目なのではないかと寛之は推測した。


「この中に運送ギルドの人間がいるのでしょう?その人をこちらに引き渡してもらいたいの」


 先頭にいる槍を持った女性が寛之と茉由に言葉を投げた。寛之と茉由の脳裏にはマリエルのことが浮かんだ。


「……引き渡せば、僕たちに攻撃は加えないのか?」


「ええ、約束するわ。だから、大人しく引き渡してもらえる?」


 寛之の言葉を聞き、茉由は寛之がマリエルを引き渡すつもりなのではと心配そうに寛之を見つめていた。


「だが断る。この守能寛之が最も好きな事のひとつは自分で強いと思ってるやつに『NO』と断ってやる事だ!」


 寛之がドヤ顔を決めているのを見て、それが言いたかっただけだということを察した茉由はため息を一つこぼしたのだった。


「そう。じゃあ、仕方ないわね」


 スカイブルーの髪をした女性は手元で槍を一回転させた後で寛之の方へと穂先を向けた。それを合図に囲んでいた男女が二人に襲い掛かった。


 だが、彼らは一斉に地面に地面へと叩きつけられた。


 何が起こったのか。それは、夏海の重力魔法だ。夏海と洋介はドアのところで、それぞれ槍と薙刀を装備していた。茉由が小屋の中へと鞘を投げたことで、異変に気が付いたのだ。そして、マリエルも二人の背に隠れるようにしていた。


「茉由ちゃん、マリエルちゃんのことをお願いしてもいいかしら?」


「はい!分かりました!」


 夏海にマリエルのことを任された茉由は、マリエルの手を引いて馬車の方へと駆けだした。


「“炎虎フラムマンティーガー”!」


 サーモンピンクの髪をした女性が地面に押し付けられながら、叫び声を上げると重力魔法の範囲外の地点に炎の虎が出現した。


 出現した炎の虎は茉由とマリエルの元へ一直線に駆けていく。それに気づいた茉由がサーベルを構え、マリエルを庇うように前へ躍り出た。


 対して、重力魔法下で膝を震わせながらも立ち上がった白髪の大男は一番近い場所に居た洋介へと大斧を叩きつけた。洋介は薙刀を横にして柄の部分でそれを受けた。そこから洋介は男の大斧を軽々と弾き返した。その怪力ぶりに大男は目を丸くさせていた。


 そんな白髪の男と洋介のすぐ隣をスカイブルーの髪が通り過ぎていった。彼女の手に持つ槍が目にも止まらぬ速さで夏海の喉元へと繰り出される。これは間一髪で、反射的に夏海が首を傾げたのが幸いした。首を傾げていなければ、今の一撃は夏海の喉を貫いていた。夏海もその事を理解し、背筋が凍った。


「仲間にかけた魔法を解除してくれる?」


「それは出来ないわ!」


 女性の鋭い眼光に怯むことなく、夏海もお返しとばかりに一突きを見舞う。が、鮮やかに体をひねってかわされてしまった。その後も両者の槍術の応酬が続いた。その応酬は洋介と寛之の目ではとても追いきれないものだった。


 だが、目が慣れてくると夏海の方が押されていることを洋介は感じ取った。一撃のパワーでは夏海の方が勝っているが、スピードでは負けていたからだ。


 夏海は重力魔法を発動させながらでは対処しきれないと判断し、魔法を解除した。途端に押さえつけられていた者たちがゆっくりと起き上がった。


 一方、サーモンピンク髪の女性はセスタスでの拳打を寛之に見舞う。寛之は障壁魔法を展開し、その一撃を防いで見せた。驚く女性の顔面に反撃の拳をめり込ませた。


 洋介の方は白髪の大男と何度も得物をぶつけ合っていたが、何度やっても力比べは洋介の勝ちであった。


「オッラァ!」


 洋介は今まで以上に力強く踏み込みを入れて薙ぎ払いを大男に叩きつける。大男も大斧でガードするも、勢い負けして後退した。だが、男が後退した際に口角を吊り上げていたのを洋介は見逃さなかった。


「“聖矢ホーリーアロー”!」


 無数の光の矢が洋介目がけて放たれる。洋介は回避しようとしたものの、いつも以上に踏み込みで力んでいたためにすぐに重心を戻せなかった。このこともあってか、反応が追い付かずに矢を一つもかわすことが出来なかった。光の矢は洋介の腕と足に集中して突き立った。


 洋介は立っていることも薙刀を持ち上げることも出来なくなり、地面に仰向けに倒れこんでしまった。そのまま気を失った洋介の周囲に血の水たまりが形成されていった。


「冷気!?」


 魔法を解除した夏海との戦いの中で、スカイブルー髪の女性の槍には冷気が纏われていた。


「“氷突アイススラスト”」


 女性は冷気を纏った槍を用いて三段突きを見舞った。夏海の力量では最初の突きしか防ぐことができず、残りの2つで右大腿部と左肩を撃ち抜かれた。


「洋介!武淵先輩!」


 寛之は二人が倒されたのを流し見ながら小屋へと追い詰めたサーモンピンク髪の女性目がけて拳を打ち出すも女性に一の腕を掴まれ、小屋の方へと投げ飛ばされてしまった。それはさながらだった。


 投げられた寛之は小屋の壁へと叩きつけられ、木製の壁を突き破って、小屋の中に転がり込む形となった。


「寛之さん!先輩方!」


 茉由の方は炎の虎と戦闘を継続していた。片手剣に冷気を纏わせ、炎の虎の爪と打ち合っていたが、明らかに力負けしていた。


『ガルルラァッ!』


 炎の虎は斬りこんできた茉由に対して右腕を左方向へと薙いだ。炎を纏った一撃を受けた茉由は火だるまと化して小屋へと一直線に突っ込んだ。そのことで木製の小屋から一挙に火の手が上がったのだった。


「ちょっと、これは……!」


 炎の虎の魔法を解除したサーモンピンク髪の少女は火の手の上がった小屋を呆然と眺めていた。中には自身が投げ飛ばした寛之と炎の虎の一撃を受けた茉由がいる。それを助けるべきかどうかで、彼女の頭は迷っていた。


 そんな彼女の頭をパシッと手の平で叩いたのは、スカイブルー髪の女性だった。


「……助けなさい。さすがに焼け死なれては面倒よ?」


「分かってるわよ!助ければ良いんでしょ!」


 サーモンピンク髪の少女は小屋目がけて走り出したのだった。

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