第96話 無事なのか

 サーモンピンク髪の少女は小屋を二往復し、気を失ったままの寛之と茉由を順に小屋の外まで運び出していた。


「ヒサメ!ちゃんと助け出しておいたわよ!」


 少女は槍を手に持ったスカイブルー髪の女性――ヒサメに大声で二人を助け出したことを報告した。


「アカネさん、今度からはきちんと周りを見て戦わないとダメよ?」


「は~い」


 返事を伸ばしたサーモンピンク髪の少女――アカネにヒサメが目つきを尖らせた。これにはアカネも口笛を吹いてそっぽを向いて目を合わせるのを避けていた。


「お~い!ヒサメちゃん!馬車は火が移る前に馬ごと馬小屋から引っ張り出しておいたぜ!」


 そんな声と共に馬車から飛び降りてきたのは白髪テクノカットの大男。手には大斧を提げている。


「それじゃあ、ビャクヤ君。あなたは馬車に何か残されて無いか、一度探してもらえる?」


「おう、分かったぜ!あ!それ終わったら、また乳を揉ませて――」


 刹那、ビャクヤの白い髪をかすめていったのは槍。ビャクヤの髪を掠めて投擲された長槍は反対側の崖の面に突き立っている。無論、投げたのはヒサメである。


「バカみたいなこと言ってないで真面目にやりなさい?第一、言葉の使い方がなってないわ。一度も触れたこともないのに、『また』とか言うところとかね」


 手厳しい反論を受けたビャクヤは申し訳なさそうに馬車に何かないかを探し出したのだった。


「ヒサメ!シデンのヤツが来たわよ!」


 アカネの知らせを受け、ヒサメは小屋の脇にある崖に面した道を確認した。そのテクシスの町へと続いている道から大勢に人がやって来ていることを。確認が済んだ直後、ヒサメはその場にいた全員へ迅速に撤収するように伝達した。


「アカネさんは、そこに倒れている運送ギルドの子を担いでギンワン君のところまで走って!残り全員もアカネの後に続いて、ギンワン君のところまで戻って頂戴!」


 その場にいた20名はヒサメの指示に従って迅速に坂を上り、森の中へと撤収していった。


「ヒサメちゃん、ここは俺が守るから先に行っててくれよ」


 ビャクヤは大斧を地面に突き刺して、親指を立てている。それと合わせて、歯を口の隙間から煌めかせた。そのビャクヤの気持ち悪さに、ヒサメは人形のように無表情なままであった。


「……それじゃあ、頑張ってね」


 ヒサメは不愛想にそれだけを言い残して、走り去っていった。それを笑顔で手を振って見届けてから、崖下を見下ろしていた。そんなビャクヤの表情は緩んだ表情を引き締まっていた。先ほどのヒサメとの態度とは別人なのではないかと疑ってしまうほどである。


 ――その頃、森の中ではギンワンたちも撤収準備に取り掛かっていた。


「ミズハ、魔法を解除してくれるかね?」


 ギンワンが空を見上げながら、声を張ると霧が無くなり、木漏れ日が辺り一面に差し込む。そして、木々の後ろからラピスラズリ色の髪が肩にかかるくらいの長さで切りそろえた女性が姿を現した。


「ミズハ、ムラクモのヤツを見なかったか?」


「……見てない。あの人、自由だから」


 木々の後ろから姿を現した儚げな雰囲気を纏う女性――ミズハは、ムラクモという人物の行方を知らないと答えた。それに対して、統率者である男はいつものことだと言わんばかりにため息を一つ付いたのみだった。


「それでは、隠れ家まで撤収するとしようかね」


 森に留まっていた武装集団のメンバーが撤退しようとしているところへ、小屋へと向かっていたはずのアカネたちが合流してきた。


「ギンワン!シデンが来たわ!」


 リーダー格の男改めギンワンは、アカネの言葉に頷きを返した。その直後には、全員に撤退するように迅速かつ的確に指示を出していた。そこへ少し遅れてヒサメがやって来た。ギンワンはヒサメからビャクヤが一人で小屋が見える崖の上にいることを聞いて、顎に手を当てて静かに考える素振りを見せた。


「ヒサメは先にミズハたちと隠れ家まで戻っていてくれるかね」


「ええ、分かったわ」


 ギンワンからの言葉にヒサメはニコリと笑みを浮かべながら頷き、50人近い人数と共に森の奥へと姿を消した。


「アカネ、ビャクヤの元まで案内してくれるかね」


「分かったわ、こっちよ!」


 ギンワンはアカネの案内の元、ビャクヤの元へと向かったのだった。


 ギンワンとアカネが小屋まで向かっている頃、ビャクヤは天然パーマがかったアメジスト色の髪を持つ剣士と崖の上下で対峙していた。


「おい、シデン!また俺たちの邪魔をするつもりか!」


「イヤだなぁ……それじゃあ、まるで僕が悪者みたいじゃないか~」


 崖の上からの怒鳴り声に、崖下からはのん気な言葉が返っていく。その声は傍から聞いた感じでは十分に挑発と取られてもおかしくないだろう。


 崖の下にいるのは、シデンの他にも武装をした男女が二十数名ほど。彼らは気を失っている寛之や茉由、夏海、洋介の傷の治療を行っていた。治療と言っても、回復薬ポーションを傷口に塗った後、包帯を巻くだけの応急処置である。


「“聖矢ホーリーアロー”!」


 ビャクヤによって、展開されたのは無数の光の矢。それらは一斉にシデンへと降り注ぐ。だが、シデンは腰に差したサーベルを鞘から解き放つやいなや、光の矢を一つも余すことなく斬り捨てた。


「こうなったら仕方ないね!ここは実力行使で行かせてもらうからね~」


 シデンは次の瞬間には大地を蹴り、ビャクヤの元へと続く急斜面を素早い身のこなしで上がっていく。そうはさせまいと立て続けに放たれた100近い光の矢は、先ほどと同様にシデンによって走ることと並行して斬り払われた。


 そこへ、どこからともなく1本の矢がシデンの死角から強襲した。間一髪のところで、シデンが体をひねって回避したために当たることは無かったが、勢いを失ったシデンは崖下へと追いやられてしまっていた。


「今の矢……ムラクモか!?」


「……そうだよ」


 不意に木々の間から姿を現したのはフォレストグリーンの髪をオールバックにした男。手には弓を持っている。


「お前、ギンワンさんのところに居たんじゃ……!」


「……ああ。でも、君の帰りが遅いから何かあったのかと思って来たみたんだ」


 ビャクヤとムラクモは無言で視線を交わした後、それぞれ大斧と弓を構えた。


「……さすがに2人を同時に相手にするのは、このままじゃ厳しいかな?」


 改めて武器を構えた二人を見上げながら、シデンはフッと笑みをこぼした。だが、諦めたわけではないことを彼の双眼が物語っていた。直後、シデンの体はクロムイエローのオーラに包まれた。


 シデンは再び、ビャクヤに肉薄すべく力強く踏み込んだ。崖を登る様は雷が下から上へと這いあがっていくかのようだった。


 シデンは途中、目にも止まらぬ速さの剣撃で向かってくる矢という矢を両断していった。これにはビャクヤもムラクモも舌打ちするしかなかった。


 シデンが崖の上に到達する頃にはビャクヤのみで、ムラクモの姿はそこには無かった。


「“聖槌ホーリーハンマー”!」


 シデンの身長サイズの直径の面を持つ光の槌がシデンに迫った。シデンはこれをサーベルをもって迎撃した。光の槌はシデン全力の斬撃によって中央から真っ二つに切断されてしまっていた。


 そのままの勢いでシデンはビャクヤへ逆袈裟斬りを見舞うものの、間一髪で召喚した光の盾で一瞬を防がれていた。その一瞬の間にビャクヤは距離を取り、後方へ飛び退く間にシデン目がけて光の槍を投擲した。


 光の槍はシデンにあっさりとかわされ、シデンの斬撃がビャクヤを喰らわんとした。しかし、そこに大剣を持った大男が割って入った。


 シデンが大男の大剣での薙ぎ払いを受けて、後退したところへ左斜め後ろから矢が飛来した。が、首筋を狙ったムラクモの一矢はシデンにあえなく切り落とされてしまっていた。


「やあ、ギンワン。元気そうで何よりだよ」


「私は元気だ。今から君の相手は私が務めようではないかね」


 ギンワンは雷を纏うシデンを睨みつけた。シデンもサーベルを構え、ギンワンへ斬りかかろうとした矢先、背後から悲鳴が聞こえてきたのだった。


 何事かとシデンが顧みれば、崖の下ではシデンの仲間が炎の虎に襲われていた。その付近の崖の上を見てみれば、アカネとムラクモが立っているのが確認できた。


「なるほど。あれじゃあ、僕が存分に戦えないじゃないか」


 ギンワンはシデンが仲間を見捨てられない性格だと知った上で、崖下の仲間をアカネに襲撃させたのだ。ムラクモはビャクヤと離れた後、ギンワンの元へと向かい、アカネと退路を断つように指示されたのだ。


「ビャクヤ、お前はもう引き上げていいがね。ヒサメとミズハはすでに戻っているのがね」


 ビャクヤはギンワンからの言葉に甘えて、アジトへと素早く撤収していった。シデンはギンワンの相手をせずに炎の虎を狩るべく崖下へと向かっていった。


 だが、シデンが崖下に戻った途端、炎の虎は姿を消した。


 シデンが崖の上を顧みれば、アカネとムラクモ、ギンワンがそれぞれ立ち去るのが見えた。幸い、炎の虎による死傷者はゼロだった。


「シデンさん、追わなくていいんですか!?」


「いや、二兎を追う者は一兎をも得ずとも言うからね。ここはテクシスの町まで引き上げるとしようよ。それに……」


 シデンはギンワンたちを追いたがる仲間たちを制し、小屋の近くで倒れている4人を見やった。4人はマリエルが御者を務めていた馬車に担ぎ込まれた。。


「……待ってくれ」


「おや、気が付いたのかい?生きていて何よりだったよ」


 馬車の中から顔を出したのは寛之だ。そんな寛之は投げ飛ばされた際に強く打った頭を痛そうに抱えている。


「まだ、仲間が3人。森から戻って来てないんだ」


「……3人か。分かった、その仲間も探してあげよう」


 シデンは寛之の言葉を聞き、至急捜索隊を編成した。捜索隊はシデンを加えて15名ほど。残りの数名は小屋の付近に留まることとなった。


 シデンたちが森へと向かって数時間後。すでに陽が傾き始めていた。小屋の周りでは夜に備えて焚火の準備がなされていた。


 小屋での戦いでケガを負った4人の中で動けているのは、現段階では寛之と茉由のみ。寛之は頭部、茉由は火傷した右腕を包帯がぐるぐると巻かれている。傷が酷かった洋介と夏海は傷口は塞いであるが、依然として寝たきりである。


「寛之さん。私、マリエルさんのことを守れませんでしたっ……!」


 茉由が涙を流しながら口にした懺悔の言葉に対して、寛之は何も言わずに肩に優しく手を置いた。寛之は泣いている茉由の背を優しくさすりながら、闇夜に浮かぶ月を眺めた。


「おぅ~い!」


 そんな二人のしんみりとした空気を裂いたのはお気楽そうにこちらに手を振っている人物の声。タンカーに黒髪の少女二人と黒髪に金髪が混じった男が載せられていた。その少年少女3人を見た時、寛之と茉由は安堵の息を吐いた。


「ごめんごめん。3人の応急処置をしていたら遅くなっちゃって~って僕の話聞いてる?」


 シデンが話すのも聞かずに茉由と寛之はそれぞれ姉と友の元へと駆け寄り、覗き込んだ。


 聖美の肩には包帯が巻かれて腕を布で吊られていた。紗希は頭に包帯が巻かれており、両手首はそれぞれ布で固定されていた。直哉はうつ伏せで、背中から胸部に包帯が巻かれ、包帯には血が滲んでいたことからも出血のヒドさを窺えた。だが、生きていたことに対して茉由も寛之も安心した様子だった。


「そういえば、君たちの名前をまだ聞いてなかったね。何て言うんだい?」


「守能寛之だ」


「呉宮茉由です」


シデンの無邪気な笑みに釣られるように、寛之と茉由の二人は自らの名を名乗った。


「二人は冒険者だよね?どこの町から来たの?冒険者ランクは?」


「僕も含めて7人全員、ローカラトの町で冒険者をしている。冒険者ランクはスチールが6人と青銅ブロンズが1人だ」


寛之からの応答に納得したように辺りを見回したシデンはにこやかな態度を崩さなかった。


「寛之に茉由ちゃん……オッケー、覚えたよ。冒険者ランクは僕の一つ下みたいだね。僕はシデン。この先にあるテクシスの町の冒険者ギルドのマスターをしてるよ。とりあえず、君たちには僕たちと一緒にテクシスの町まで来てもらうから。よろしくね~」


 自己紹介の後、一方的に話を進められ、寛之と茉由は困惑した様子だった。そこからは、どこまでもお気楽なテンションのシデンに連れられて、テクシスの町へと向かうことになったのだった。

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