第93話 マリエル

 ――陽が真上から人々を照らす時間。


 俺たち来訪者組7人は再び、運送ギルドにやって来ていた。その目的は今回の旅で御者を務めてくれるマリエルという女性に会うためだ。


 どんな人なのかを道中に考えたりしたが、怖い人でなければそれで良いかという大したことのない結論に至った。


 寛之と茉由ちゃん、洋介と武淵先輩が汗だくで疲労困憊ひろうこんぱいな様子だったので、何かあったのかを聞いてみると、朝の早くからずっとクエストに行ってお金を稼いでいたんだそうだ。


 馬車の料金を立て替えた分を支払うためと、お土産や道中の宿泊代、食事代を含めた金額を稼ごうと躍起になっているらしい。


 俺と紗希が武術大会での優勝で得た賞金も必要分だけでも持っていった方が良さそうだ。


 7人で何てことない話をしながら、運送ギルドに入っていくと、一番前を歩いていた洋介がギルドから飛び出して来た女性とぶつかってしまった。


 ぶつかった女性は洋介とぶつかって尻もちをついてしまっていた。そんな女性に洋介が手を差し伸べると、その女性は頬を赤らめながらその手を取っていた。


「武淵先輩、嫉妬ですか?」


「し、嫉妬なんかしてないわよ!?」


 その光景を見て頬を膨らませる武淵先輩を紗希がからかって遊んでいたのだった。


「アンタ、大丈夫か?」


「はい、大丈夫……なので!」


 洋介が声をかけると、その女性は一歩後ろへ跳び退いた。しかし、その女性は直後に現れた大男に肩を掴まれてしまった。


「やあ、君たちか。待ってたよ、中に入ってくれ」


 誰かと思い、顔を見てみればジョシュアさんだった。ジョシュアさんはニコリと笑みを浮かべた後で軽々と洋介とぶつかった女性を肩に担いで建物の中へと姿を消した。


 俺たちも状況が良く分からなかったが、ジョシュアさんに言われた通り中へと入った。運送ギルドの中は絶え間なく荷台に荷物を積んだり、降ろしたりと忙しそうだった。


 運送ギルドの2階の執務室に入ると、席に掛けるように言われ、女性陣4人をソファに座ってもらうことにした。ソファは赤い生地で、柔らかさも絶妙そうだった。


 机を挟んで反対側にジョシュアさんと肩に担がれていた女性が座らされていた。だが、女性は座らされてすぐにドアから外に逃げ出そうとするも、ジョシュアさんに服を掴まれては椅子まで引き戻され、逃げ出そうとして引き戻されを繰り返していた。


 そんなくだりを何回見たか忘れるほど見た頃、ようやく女性は椅子の上で落ち着いた。顔を俯かせているが、窓から差し込む光が女性のライムグリーンの髪を照らしている。そして、その何とも落ち着く色をした髪をおさげにしていた。


 ジョシュアさんはそんな中で話を始めたために、俺たちは話に耳を傾けて聞いた。そうでないと、説明してくれているジョシュアさんに失礼だ。


「はぁ……」


「どうした、寛之?」


 ジョシュアさんの話の中で突然、ため息をついた寛之に隣にいた洋介が声をかける。寛之はジョシュアさんの横に座る女性の胸の辺りを小さく指差した。


「いや、あの人胸が残念だなって思ってね」


「おい、そんなこと言ってるとお前の彼女に怒られるぞ」


 寛之が「胸が残念」と言ったのが聞こえていたのか、その女性自身は顔を赤らめてより一層俯いてしまった。


 そして、俺の前に座る女性陣の中で武淵先輩以外の3人からは赤黒いオーラが立ちのぼったのが俺には見えた。正直、俺も拳を振るわせてしまうほどにムカついたわけだが、ここは運送ギルドだ。暴力沙汰をするわけにもいかず、怒りを殺していた。


「……そして、そこまで君たちを連れていく馬車の御者が、ここに居るマリエルだ」


 ジョシュアさんはそう言って、手をマリエルさんに向けて紹介した。なるほど、マリエルさんも関係者だからジョシュアさんが連れてきていたのか。


「えっと……マリエルと言います。よろしくお願いします」


 そう言ってマリエルさんは椅子から立ち上がり、体を90度に折ってお辞儀をした。


「マリエルは運送ギルドここに来て3年くらいだが、操車技術の方は僕が保障しよう」


 ジョシュアさんが拳をドンッと胸に当てた反面、マリエルさんは両手を胸の前で左右に振って謙遜していた。


「それじゃあ、詳しいことは全部マリエルに伝えてあるから、彼女に聞いてくれるかい?僕も仕事が残ってるから行かないと」


 ジョシュアさんがそう言って立ち上がると、マリエルさんは引き留めようとジョシュアさんの服の裾にしがみ付いていたが、ジョシュアさんは「頑張れ」とだけ言い残して行ってしまった。


 残されたマリエルさんと俺たち7人はどう接すれば良いのかが分からずに戸惑っていた。


 何となく、マリエルさんは寛之を見て胸を隠して怯えるような表情をしていたので、俺と紗希と茉由ちゃんとで寛之に運送ギルドの中庭で「マリエルさんへの残念胸発言」に対してのデコピン制裁を行なった。俺は部屋を出る時に呉宮さんから視線で「任せたよ」と語りかけられたので、呉宮さんの分を1発追加しておいた。


 寛之を中庭に乱雑に放置した後で、部屋に残った7人で話を進めた。まず、俺たちの自己紹介を順番に終えた後、「ねえねえ、彼氏とかいるの?」みたいな感じで紗希と茉由ちゃんがマリエルさんを質問攻めにしていた。


 その間は俺と呉宮さん、洋介と武淵先輩はその様子を見守った。


「兄さん、マリエルさんは18歳で、婚約者ナシ、身長162cm、体重47㎏、スリーサイズはバストが79――」


「紗希、もういい。あと、スリーサイズだけ俺に耳打ちしようとしないでくれ」


 紗希はわざとなのか、スリーサイズだけ俺に耳打ちするように言ってきたのだ。一体、何が目的だったのか分からない。にしても、マリエルさんは武淵先輩と同い年ということが意外だった。


 何となく同年代な気はしていたが、年上とまでは思わなかった。


「ねえ、マリエルさん。私たちが乗る馬車って見せてもらえたりする?」


「はい。それなら大丈夫なので!」


 呉宮さんにそう言われると、マリエルさんは先頭に立って馬車が止めてある場所に案内してくれた。


 馬車を引く馬は2頭とも黒毛の馬で、馬車は4輪の幌馬車で、素材はもちろん木製だ。広さ的に6人くらいなら乗れそうだ。御者が座る場所には二人分のスペースがあるため、そこにもう一人とマリエルさんが乗れば全員が乗ることが出来る。


 俺が馬車の荷台を触ったりしていると、後ろから突然肩を優しく叩かれた。驚いて振り返ると、マリエルさんがもじもじしながら立っていた。


「あ、もしかして触っちゃダメでしたか?」


 俺は馬車を指差しながらそう言ったのだが、マリエルさんは黙って首を横に振っただけだった。


 そもそも会話にすらならなかった。何となく、俺と寛之に怯えているような気がする。でも、洋介の時は顔を赤らめていたし、男性恐怖症ではないのか……?


 まさか、「こんなキモいヤツとは会話する価値なんてない」とか思っている感じか?いやいや、それならそもそも肩をポンポン叩いてきたりしないだろうし……ダメだ、原因が分からない。でも、本人に直接聞くのも気が引ける。


「ねえ、直哉君。そんなにマリエルさんと見つめ合って、どうしたの?ねぇ、浮気?浮気じゃないよね、よね?」


「浮気じゃないよ……って何でそんなに笑ってるの?」


 突然、ヤンデレみたいな感じのトーンで呉宮さんに絡まれた俺が慌てて弁明しようと振り返ると呉宮さんは遠慮がちに笑っていた。


「えっとね、紗希ちゃんにヤンデレっぽく話しかけたら反応が面白そうだって言われてやってみたら、ホントに慌てた感じだったから……」


 呉宮さんはくすくすと笑いながら紗希の方を指差していた。紗希の方へと目線を向けると、涙が出るほどに笑っている紗希がいた。


「フッ、フフフ……!」


 また別な方向から笑い声が聞こえ、その方へと勢いよく振り返るとマリエルさんが口元を手で隠しながらも笑っていた。ただ、俺や呉宮さんに見られていることを築かれた途端に耳まで赤くして押し黙ってしまった。


「マリエルさん、もっと笑えばいいと思いますよ」


 呉宮さんは俺が思っていたことを俺より早く口に出して言っていた。マリエルさんはチラリと呉宮さんと視線を合わせた。だが、再び視線を下に向けてしまっていた。


「ほら、顔を上げてください。こんなに可愛い顔してるんですから自信を持ってください」


「私は可愛くなんてないですから!」


 マリエルさんと呉宮さんは「可愛くない」と「可愛い」の言葉の応酬を繰り広げていた。


「それに私、胸とかも無くて女らしさも無いですからぁ!」


 マリエルさんの絶叫とも取れる声に、その場に居合わせた一同の動きが停止した。


「そんなことないわよ?女らしさなんて、む、胸の大きさだけじゃ決まらないんだから」


 そう言ってマリエルさんを慰めようとする武淵先輩のは揺れている。


「「そういうは揺れてるじゃないですか!」」


 それを見た紗希と茉由ちゃんが武淵先輩の胸をビンタした後で、揉みしだいていた。そんな二人の目には涙をためていた。


「僕は大きい胸こそが素晴らしいと思うけどね――」


「「黙れ!」」


 どこからともなく復活してきた寛之を俺と洋介が鳩尾に一撃ずつ拳を叩き込んだ。この状況で寛之が出てくると話がややこしくなる。寛之は床にうつ伏せで倒れて動かないままだった。寛之には悪いが、これでいい。


「マリエルさん、それに胸は成長すれば大きくなるって言いますし……!」


 そう言って自らの胸を服の上から揉もうとする呉宮さんだが、それを実践できるほどのふくらみは無い。それもあってか、しょんぼりしている様子だった。


 俺はマリエルさんを慰めようとして、から回ってしまっている呉宮さんの肩にそっと手を置いて下がらせた。


「マリエルさん、胸が小さいからと言って恥じることじゃないですよ。第一、胸の大きさだけで人間性は決まりませんよ。たぶん、一番自分を見下しているのはマリエルさん自身です。今すぐにとは言えないですが、自分を下に見るのはやめた方が良いですよ!」


 俺は果たして、マリエルさんが聞き取れているのかまでは知らないが矢継ぎ早に話をした。こういう話題は勢いが大事だ。


「それに!そういう小さい胸を愛する人間だっているんですよ!俺みたいに!」


 俺はマリエルさんの肩を掴んで、言葉を付け加えて走り去った。理由はもちろん、恥ずかしかったからだ。


 だって、女性の胸は小さい方が良いということを待ちゆく人々に聞こえるほどの声量で言ったのだから、注目を浴びすぎて辛かった。


 だが、それでも俺は――本当に慎ましやかな胸って最高だと思うんだ。

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