第6章 大空の宝玉編

第92話 洗濯物

 ――3つの宝玉を集めし者に天への道が開かれん。


 親父が置いていた手紙に古文書の引用文が記されていた。その補足説明として、3つの宝玉とは大空の宝玉、大海の宝玉、大地の宝玉だとも記されていた。


「はぁ……」


 俺は家のベッドの上でため息をこぼした。親父から言われた通り、俺はウィルフレッドさんから大空の宝玉の話を聞いた。


 それが3つの宝玉の内の1つであるということは親父の手紙にも書かれていたが、3つが揃うと神の住まうと言われる“神域”に入ることが出来るんだそうだ。


 7つあれば何でも願いが叶う宝玉であれば何が何でも手に入れるのだが……どうにもやる気が起きないのだ。


 なぜなら、大空の宝玉はここから北北東にあるダグザシル山脈にあるからで、その道のりは馬車で12日ほど。正直に言うと、遠すぎる。


 この親父からのクエストのことをみんなにも話したところ、長旅になることもあってか、少し戸惑っている様子だった。とりあえず、その時は明々後日に出発ということに決まった。


 ちなみに今日は武術大会後の宴が終わって10日が経った。そして、ローカラトの町に着いたのは一時間前。俺は今しがた帰ってきたところで家のベッドの上で寝転がっているのだ。


 この家は元々手狭だったが、ラモーナ姫とラターシャさんはもう居ない。そのため、3階の二部屋は空き部屋になっている。


 帰ってくるなり、元気が有り余っているのか呉宮さんは紗希と一緒に3階の部屋の掃除をしている。俺も手伝いたかったのだが、呉宮さんに「大会での傷が開いたらいけないから」と部屋で休んでいるように言われてしまったのだ。主夫として、家事ができないのは職を失ったのと同じだ。


「どうしたものか……」


 俺が天井に向かってボヤいた、そんな時だった。玄関のドアを叩く音が聞こえたのは。


 俺は換気のために部屋のドアと窓を開け、秋の風を招き入れていた。そのため、玄関まで遮るものがないので、玄関のドアを叩く音が小さくではあるが聞こえた。


「は~い。どちら様でしょうか~?」


 俺はあくびをしながら、玄関まで歩いて向かった。


 俺が玄関のドアを開けると、荷物を背負ったり腕に抱えたりしているディーンとエレナちゃんが居た。


「二人とも、こんな夜更けにどうかしたのか?」


「あのね、ちょっと言いにくいんだけど……」


 ディーンは荷物を抱えるので精一杯のため、代わりにエレナちゃんが事情を説明してくれた。


 ローカラトの町に魔王軍が攻め込んできた時に、寛之と茉由ちゃん、ディーンにエレナちゃんの泊まっていた宿屋は倒壊して住めなくなった。


 寛之と茉由ちゃんは例の屋敷に移り住んだわけだが、二人は以前より宿代が1割増しくらいの宿を借りていたのだが、商業都市ハーデブクに言っている間の宿代を払えなかったために借金付きで追い出されたらしい。


「ということは、実際に住んだのって2週間半?」


「うん、そうだよ。商業都市ハーデブクに行ってる間の1ヶ月も荷物は置かせてもらってたから……」


 エレナちゃんは、その言葉の後に「1ヶ月分の宿泊代を払わないといけないのに、その期間はクエストも行ってなかった上に、貯蓄も商業都市ハーデブクに行く馬車代やハーデブクでの生活費に消えた」と付け足した。


「つまり、もう宿を借りるお金がないから、この家に泊まらせてもらえないかってことだな」


「うん……」


 俺は沈んだ表情をしているエレナちゃんを見て、泊めることを決めた。俺は紗希と呉宮さんにも確認を取って、OKを貰った。


 その後は呉宮さんと紗希を加えた4人で3階の部屋に荷物を運んだ。俺はその間に夕食の食材を買ってきて調理をするまでを紗希に一任された。


 秋の夕日が眩しい街の通りを抜けて市場へやって来た俺は、パン屋のおじさんから焼き立てのパンを買い、スープ用の具材を買って戻った。


 家に着いてからは手早く支度を済ませ、スープが出来る前に4人に夕食が出来ることを伝え、1階まで降りてきてもらった。


 4人はどうやら、荷物を運び終えた後に荷ほどきを手伝ったりしたらしい。その後で、紗希と呉宮さんは二人にこの家の生活でのルールのようなモノを教えたりしていたそうだ。


 ルールと言っても、『洗濯物は毎日寝る前に1階の籠にそれぞれの籠に入れる』とか、『調理は俺と紗希の交代制』とか別段大したことはない。


 洗濯物は全部俺がやってることを言うと、ディーンからはスゴイと褒められた。ディーンの話によれば、普通は週に1回、専門の業者に頼んでやってもらうんだそうだ。


 エレナちゃんは俺に下着とかまで洗われるのは恥ずかしいと言っていたが、紗希も呉宮さんも洗濯物は俺に任せているということを聞いて任せると言ってくれた。とはいえ、呉宮さんの分を洗うようになったのは最近の事だ。


 『女性陣の下着を洗うのは恥ずかしくないのか』とか、『鼻血が出たりしないのか』とか、『この変態!』などと言われそうだが、日本に居た時から紗希の下着類を干したり畳んだりしているから見慣れているというのが大きい。


 ちなみに洗濯は毎朝、人気が少ないときに川で洗っている。何なら、近所のおばちゃんと立ち話をすることもある。


 立ち話と言っても、「うちの夫は洗濯なんてしないわよ」に始まり、日々の生活の愚痴を30分ほど聞かされるだけである。ただ、洗い物をしながら聞くので洗濯中の作業用BGM化している節がある。


 その後は『家の掃除は週末に全員でやる』とか、その辺の話をしてその日は寝ることになった。


 紗希は2階の階段に近い方の部屋に移動し、ディーンは3階の階段に近い方の部屋、エレナちゃんは3階のディーンの隣の部屋という具合に割り振った。


 なので、相変わらず俺と呉宮さんは同じ部屋で寝泊まりすることになった。


「ねえ、直哉君。また賑やかになりそうだね」


「……だな」


 ラモーナ姫とラターシャさんが居なくなった途端、今度はディーンとエレナちゃんが泊まることになるとは。この家に空き室が出るのはまだ先のようだ。


 ……と言っても、明々後日にはダグザシル山脈に向かうから、その間の留守はディーンとエレナちゃんに任せることになる。


 俺はそんなことを頭の片隅に留め、眠りの世界へと誘われたのだった。


「兄さん、起きて!」


 俺は翌日、紗希にベッドから引っぺがされた。隣には呉宮さんの姿は無かった。


 紗希から話を聞くと、呉宮さんは寛之と茉由ちゃん、洋介と武淵先輩の4人とジョシュアさんのいる運送ギルドに向かったとのことだった。


 今日は運送ギルドにダグザシル山脈まで馬車を出して貰えるか、聞きに行こうと朝早くから寛之たちが訪ねて来たらしい。紗希はその時、朝練のために泉まで行っていたから知らなかったらしい。


 そこは気の利く呉宮さんがディーンに伝言を頼んでくれていたので、助かったと紗希は言っていた。


「分かった。じゃあ、紗希は先に運送ギルドに行っててくれ。俺はみんなの分の洗濯物を済ませてから行くからな」


「うん、分かった!それじゃあ、洗濯が終わったら運送ギルドまで来てね!」


 紗希は俺の言葉に素直に従って家を出ていった。それから俺が1階まで降りると、洗濯物の入った籠をディーンとエレナちゃんが持っていた。


「直哉さん、おはようッス!」


「直哉さん、おはよう!」


 俺は二人からの元気のある挨拶を聞いた後で、なぜ洗濯物の入った籠を持っているのかを聞いた。


 どうやら、二人は俺が起きてこないので、洗濯物をやってくれようとしていたらしい。


「それじゃあ、二人には自分の分だけでも洗ってもらうかな」


 俺はディーンとエレナちゃんには自分の分の洗濯物を洗うように頼み、残りの3人分は俺が済ませることにした。


 二人は熱心に分からないところは聞いてくるので、そう言った場合は教えたりした。何か、教えたりするのが楽しかったこともあってか、自分の請け負った部分もいつも以上の速度で片付いた。


 その後は、家に戻って2階の小さめのテラスに洗濯物を干したりした。もちろん、干し方も二人に伝えた。これで洗濯関係のことは俺が居なくても大丈夫そうだ。


「それじゃあ、俺は運送ギルドまで行ってくるから」


 それだけ言い残して俺は運送ギルドまで早足で向かった。ディーンとエレナちゃんの二人は俺の姿が見えなくなるまで、手を振ってくれていたのが結構嬉しかったりした。


 俺が運送ギルドに到着したころには、すでに話がついていたようで、帰り際に紗希と呉宮さんからどうなったのかという話を聞いた。


 二人の話によれば、ジョシュアさんに馬車を1台貸してもらえることに関しては日程を確認した後で了承を貰ったらしい。ただ、手いっぱいのために動かせる人員が限られているため、御者はマリエルという運送ギルドに入って3年目の新人女性がしてくれるのだという。


 料金は1ヶ月馬車を借りるということで、小金貨1枚と大銀貨7枚、小銀貨が5枚。日本円に直せば17万5千円ということになる。これを7人で割って、一人大銀貨2枚と小銀貨5枚を支払うことになった。


 料金は紗希が武術大会での優勝賞金で立て替えてくれたらしく、寛之と茉由ちゃん、洋介、武淵先輩からは順次徴収するとのことだった。


 寛之は順次徴収されることを嫌がっていたが、「いくら知り合いであっても、立て替えてもらった分は払わないといけない」という真面目の洋介の意見で嫌がっていた寛之をなだめたことも呉宮さんから聞いた。


「兄さん、この優勝賞金どうしようか?ギルドに預かっておいてもらう?」


「……だな。この世界には銀行ないし」


 俺と紗希と呉宮さんの3人は帰りに冒険者ギルドの奥、ウィルフレッドさんの部屋にある金庫に優勝賞金の残り全部を預けた。さすがに今回の旅に持っていくのは危なすぎる。


 ウィルフレッドさんがすんなりと預かってくれたので、ウィルフレッドさんに着服しないように釘を差すと、先手を打たれたような表情をしていた。これは帰ってきた時に全額あるか確認しておかないといけない。


「兄さん、今日は結構色々なことがあったね」


「ああ。とりあえず、直近でやることは終わったな」


「ふふ、直哉君。家に帰ったら肩揉んであげようか?家事してくれてるお礼ってことで」


「……お手柔らかにお願いします」


 俺は帰ったら、呉宮さんに肩もみをしてもらえることになった。ただ、呉宮さんの肩もみは悲鳴を上げてしまうほどに痛いのだ。でも、本人に悪気はないので俺は悲鳴を上げるのを我慢していたりする。


 すっかり、日も真上に昇って温かな日差しが降り注いでくるが、通りに吹く風は肌寒かった。もう、あと1ヶ月半くらいで年も変わろうかという時期である。


 それを思って思い出したのが、呉宮さんの誕生日だ。呉宮さんの誕生日は12月24日のクリスマスイブ。去年は小遣いでシャーペンと付箋とか買ったなぁ。


 思い出にふけりながらフッと笑みがこぼれる。このままいくと、異世界で彼女の誕生日を祝うことになるわけだが、それはそれで楽しそうだ。


 ……一体、いつになれば日本に帰れるのかの目途は立っていない。出来れば、帰りたい。新作アニメとか、ラノベと漫画の最新刊とか色々出ているに違いない。その辺りを消化したいと思っている。これは日本人としての本能なのかもしれない。


 だが、日本に帰る理由はそれだけじゃない。家に帰って、母さんにも会いたい。親父と紗希と皆で一緒に帰るんだ。


 ――そんなことを思う、日常の中の帰り道。

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