第82話 スカートリア王国王子

「いよいよ、本選が始まるな……」


「兄さん、緊張してる?」


「いや、緊張はしてないぞ。人ごみを見たら気分が落ち込んできただけだ」


 そう、周りを見回せば人、人、人。正直、今の症状は人酔いといえばいいモノなのではないだろうか……。


 俺は紗希に連れられて観客席に移動した。俺は人酔いしない紗希に対して純粋に尊敬しかない。


 また、隣ではラモーナ姫とラターシャさんが試合を観戦しようとしている。ラモーナ姫はニコニコしながら、鼻歌などが聞こえてきて楽しそうにしているのが一目でわかる。だが、ラターシャさんの表情は険しいものだった。一体、何を思っての表情なのか、気になるところではある。


 そして、本選の第1試合はバーナードさんとシルビアさんだ。そして、対戦相手はクラレンス・スカートリア殿下とライオネル・ヒューレットさんの二人だ。


 ちなみにクラレンス殿下はウィルフレッドさんの姉、アンナさんを母に持つのだから、ウィルフレッドさんの甥に当たるということになる。


 試合に話を戻すが、予選では試合時間は10分だったが、本選からは試合時間は30分になる。ここからは更なる体力の配分能力が求められる。序盤で飛ばし過ぎると途中で力尽きてしまう。かといって、力の温存をしているとやられてしまう。長距離走に近いものがあるが、俺が長距離走で完走したことは一度としてない。


 それはさておき。昨日、「英雄の2世」と俺が言った人物は5人ともクラレンス殿下の親衛隊をしているというのを昨夜ウィルフレッドさんに聞いた。


 親衛隊のメンバーは5人とも魔鉄ミスリルランクの冒険者と互角の実力だと言っていた。ただ、一口に魔鉄ミスリルランクといっても、その上のランクであるシルバーランクに近いという。


 こうなると、俺たちはスチールランクだから肌感覚でいえば、ランクが二つも上の人間を相手にする感じになってくる。正直、勝てるのか不安しかない。強さ的にはセーラさんとかジョシュアさんに近いともウィルフレッドさんは言っていた。それが親衛隊のレベルだ。


 そして、クラレンス殿下は少なからずロベルトさんよりは強いと言っていた。ロベルトさんはギルドの中で、ウィルフレッドさんの次に強いシルバーランクの冒険者だ。そして、クラレンス殿下はそれ以上の強さ。それを聞いた俺は実質的には戦意喪失といったところだ。


「兄さん、頑張ろうよ。……ね?」


 俺は紗希に励まされながら、観客席で試合が始まるのを待った。そして、9時になり、バーナードさんとシルビアさんが入場してきた。続いて、その反対側からはクラレンス殿下とライオネルさんが会場に入って来た。


 クラレンス殿下は短めの銀髪を揺らし、切れ長の目で会場を見回していた。また、服装は上下ともに白で統一されており、黒を基調としたマントを上から羽織っている。


 ライオネルさんはオリーブ色の髪を爽やかに風になびかせ、全身を覆う黒の甲冑が陽の光をキラリと照り返す。肩にはロベルトさんと同じような形状の大戦斧を担いでいる。


 双方が向かい合い、武器を構えた。そこから4拍ほど空いたタイミングで試合開始の鐘がなった。


「殿下。ここは俺にやらせてもらうぜ」


 ライオネルさんが前に出ようとしたのをクラレンス殿下が制した。


「いや、ここは私が出よう」


 そう言ってクラレンス殿下はスタスタと前へと出て、剣先を地面へと向けた。これを確認したバーナードさんとシルビアさんがサーベルとレイピアを構えて同時に向かっていく。


「“旋風斬”!」


 シルビアさんの風の纏ったレイピアから放たれたのは、竜巻。これをクラレンス殿下は手にした剣で軽々と受け止め、断ち切った。


 竜巻を斬って視界が晴れたところへバーナードさんが大上段に構えたサーベルを振り下ろす。


 クラレンス殿下は斬撃の力を左へ受け流し、バーナードさんへと華麗に回し蹴りを見舞う。


 代わって、風を纏わせた刺突が殿下に襲い掛かって来るも、レイピアの先端を剣の刃で受け止めるという器用な技を見せた。そこからさらに、クラレンス殿下は次の瞬間にはレイピアを左へと受け流してシルビアさんの脇腹に蹴りをめり込ませていた。


 この時点でバーナードさんもシルビアさんも土ぼこりが服に付いて汚れてしまっているうえに、汗でにじんだ肌に砂がまとわりついている。対して、クラレンス殿下は汚れ一つ付けることなく涼し気な顔をしている。


「君たちの実力はそんなものか?」


 クラレンス殿下はやれやれといった様子で首を横に振っていた。これは明らかな挑発だ。今のところ、クラレンス殿下は一度として自分から攻撃を仕掛けていない。相手の攻撃をうまい具合に受け流して、隙を作ったところに攻撃をしているだけだなのだ。


 しかし、この挑発に二人とも唇を噛んでいた。明らかに誘われていると分かっているからこそ、悔しいというものではないだろうか。


「“風刃”!」


「“爆破ブラスト”!」


 クラレンス殿下へ向けて風の刃が飛ぶ。クラレンス殿下は目にも止まらぬ速さで刃を一つも残さず、斬り落とした。だが、次に起こった足元からの爆発はかわせなかった。そのこともあって、服のあちこちに焦げた跡がついていた。これにはバーナードさんもしてやったりと笑みを浮かべていた。


「“風牙”」


 シルビアさんの静かな声と共に突き出されたレイピアでの一突きはクラレンス殿下に難なくかわされ、続けざまに突きを何度も繰り出すも全く当たる気配は無かった。


 シルビアさんは1か所に留まることなく、常に動き続けて攻撃をしていた。バーナードさんはクラレンス殿下と肉薄しては剣をぶつけ合い、離れる際には追撃できないように爆裂魔法を何発も放っていた。


 試合中、バーナードさんもシルビアさんも汗を流しながら必死に戦っている。だが、クラレンス殿下は汗の一つもかかずにバーナードさんとシルビアさんの2人を軽くあしらっていた。


「クッ……!」


 シルビアさんは殿下の剣を間一髪、レイピアで受け止めたものの、地面の上をゴムボールのように跳ねながら転がっていく。レイピアは攻撃を受けた際に中ほどでぶった切られていた。


 シルビアさんは立ち上がろうとしていたが、今までの蓄積分のダメージが祟ったのか、立ち上がることすら出来ないでいた。そんな中でバーナードさんも後ろへ3mほど吹っ飛ばされていた。


「次で決めさせてもらうよ」


 そう言って、殿下はバーナードさんの方へと駆けた。


「"極大爆破マキシマムブラスト”!」


 一直線に疾駆してくるクラレンス殿下に放たれたのは爆裂魔法。今まで以上の威力で放たれたそれによって、鼓膜を裂かんばかりの爆発音と熱風が立ち込める。


 バーナードさんも苦しそうにしている。恐らくは、全魔力を籠めた爆裂魔法だったのだろう。


 しかし、黒煙の中から現れたのは特にダメージを受けた様子が見受けられないクラレンス殿下だった。


 二人はすれ違いざまにそれぞれ、一閃を放った。だが、倒れたのはバーナードさんの方だった。


 そこへ、背後からシルビアさんが折れたレイピアをかなぐり捨てて拳での急襲。しかし、クラレンス殿下によって回し蹴りで地面へと叩きつけられてしまった。


「武器を失ったにもかかわらず、向かってきたのは見事だ。その戦い振りは称賛に値する」


 クラレンス殿下は地に伏したままのシルビアさんに称賛の言葉を落としてライオネルさんの方へと去っていった。


 こうして、本選第1回戦第1試合はバーナードさん、シルビアさんの敗北という残念な形で終わった。代わってクラレンス殿下とライオネルさんが準決勝へと駒を進めた。


「ねえ、兄さん。クラレンス殿下、本当に強いみたいだね……」


「……だな。あれでも本気を出してる風には全然見えなかった」


 2対1で勝利を収めたにもかかわらず、クラレンス殿下には本気を出している感じはゼロだった。これは、冗談抜きで勝てるのはウィルフレッドさんくらいなものではないだろうか?


 俺と紗希がクラレンス殿下たちと当たるとすれば、それは決勝戦だ。それはトーナメント表を見れば分かる。そして、殿下たちと次の準決勝で誰がぶつかるのか、それが次の試合で分かる。


 次の試合の組み合わせは寛之と茉由ちゃん対エレノア・レステンクールさん、レベッカ・レステンクールさんの二人だ。


 この試合は昼の1時からだ。試合まで今から3時間はある。その内の昼までの2時間を俺は紗希との剣術の稽古に捧げた。


 稽古と言っても、俺が紗希にひたすら木刀で打ち据えられるだけなのだが。向かっていってはやられ、向かっていってはやられの繰り返しだ。


「兄さん、ホントに剣術は上達しないね……」


「だな……」


「茉由ちゃんと弥城先輩の方が兄さんより後に始めたのに、もう兄さんより剣捌きは上手いよ?」


 俺は紗希の言葉に胸をえぐられながら、ただひたすらに剣の稽古に打ち込んだ。


「あ、直哉君!紗希ちゃん!そろそろ、お昼にしようよ」


 俺が地面に叩き伏せられてると、呉宮さんがこちらに走って来た。


「あ、聖美先輩。もうそんな時間だったんだ……」


「そうだよ?二人が全然戻ってこないから……って、直哉君。砂だらけだけど大丈夫!?」


「ハハハ……」


 俺は驚く呉宮さんに力なく笑い返した。2時間もしごかれてりゃあ、元気もなくなるってものだ。


 鉄は熱いうちに打てとでも言わんばかりの稽古で俺は体力が尽きそうだ。さすがに水分補給はさせてもらえたけど。俺たちは昼食を摂って、寛之と茉由ちゃんの試合を見守ることになった。


 試合会場に入って来るレステンクール姉妹は金髪を風に揺らしながら、清潔感溢あふれる白のローブに身を包んで現れた。何がとは言わないが、二つのそれも風を受けて揺れていた。俺は隣でサーベルの柄に手をかける妹の手をそっと握った。


 さすが姉妹だ。ぱっと見ではどちらが姉で妹なのかが分からない。だから、俺はウィルフレッドさんに聞いてみることにした。


「ウィルフレッドさん、どっちが姉で妹なのか分かりますか?」


「胸が大きい方がエレノアだ。そして、少しだけ姉より小さいのがレベッカだ。このことは、すでに寛之にも伝えてある」


 俺は二人の胸を見るが、観客席から見ればどちらも変わらないほど大きい。


「ウィルフレッドさん、ここからだと見分けが……」


 俺がウィルフレッドさんの方を振り向くと、ラウラさんに頬をつねられていた。


「また、マスターは女性の胸ばかり見て……!ミレーヌちゃんに言いつけますよ!」


 ウィルフレッドさんはラウラさんの豊かな双丘を押し付けられてとろけた顔をしていたが、ラウラさんが「ミレーヌちゃんに言いつけますよ!」と言った途端に表情を引き締めた。


「……ちっ」


「直哉君、ウィルフレッドさんに舌打ちはダメだよ……!」


 俺は彼女に舌打ちしたことをたしなめられた。だが、今の一件でいつかウィルフレッドさんともお胸の論争で決着を付けなければならないことを確信した。


 恐らく、ウィルフレッドさんに聞いても「胸の大きさで見ろ」とか言われそうだったために常識のあるラウラさんに聞いてみることにした。


「ラウラさん、どっちが姉なのか妹なのかって分かりますか?」


「それは髪型よ。姉の方がツーサイドアップで、妹の方がワンサイドアップよ。二人とも公の場では、あの髪型よ」


 髪型なら俺でも分かる。やっぱり、ラウラさんに聞いたのは正解だった。


 寛之と茉由ちゃんの組み合わせはある程度の前衛後衛のバランスが取れている。しかし、対戦相手のレステンクール姉妹は二人とも長杖だ。後衛と後衛という組み合わせだ。こんなの、茉由ちゃんが接近できたのなら勝負はあったも同然なのではないのか?


 組み合わせだけなら、寛之と茉由ちゃんが勝ちそうなものだ。しかし、寛之が戦闘中にあの大きいお胸を見てまともな戦いができるのか。その点が実に怪しいところだ。


 しかし、試合は待ってくれない。試合開始を告げる鐘が鳴り、第1回戦第2試合は13時きっかりに開始された。


 茉由ちゃんは速攻で決めようというのか、レステンクール姉妹の方へと駆けていく。それを見た姉のエレノアさんがニヤリと笑みを浮かべ、杖先を茉由ちゃんの方へと向けた。


 寛之はその狙いに気が付いたのか、茉由ちゃんを追い越して前へと進み出て障壁を展開した。


「“砂霊砲されいほう”ッ!」


 直後、エレノアさんの杖先から山吹色に輝きだした。その杖先から打ち出されたのは砂の砲撃。例えるなら土砂崩れを一直線に放出した感じだ。


 砂の砲撃は石の弾丸を絡めながら直線状に進んで行き、寛之の半透明の壁と衝突。砂嵐をまき散らしながら、爆散した。砲撃の進んだ後の地面はえぐられていたことからも威力のほどが窺える。


 これは、エレナちゃんの“砂嵐サンドストーム”に似ているが、威力の桁が違う。それに、一番の違いはエレナちゃんの方は純粋な砂のみで、エレノアさんの砂の砲撃には所々に石の弾丸が混じっていることだ。


 寛之の障壁は、砂霊砲を防ぎ切ると同時に粒子状になって消えた。


「ウィルフレッドさん、今のは?」


 俺はラウラさんを挟んだ隣にいるウィルフレッドさんに今の砲撃の正体を聞いた。


「今のは土の精霊魔法だな。分かりやすく言えば、洋介の“雷霊砲”の土属性バージョンだ」


 おお、凄く分かりやすい解答だ……!ウィルフレッドさんには胸のこと以外なら、真面目に分かりやすく解説してくれる。


 にしても、寛之も障壁魔法の発動速度も障壁の強度も上がっているな。高火力を誇る精霊魔法を防ぎ切ったのだ。成長も著しいといったところか。これは俺も負けてられないな。


 ――俺はそんなことを思いながら、引き続き試合を見守ることにした。

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