第81話 予選の果てに
現在、本選への進出が決まっているのは俺と紗希、バーナードさんとシルビアさん。そして、洋介と武淵先輩の3組だ。
――本選へ進めるのは残り1組。
その1組をかけての戦いが始まろうとしていた。
対戦カードとしてはローレンスさん&ミゲルさん対寛之&茉由ちゃん。両者ともにすでに試合会場へと出ている。俺たちは洋介たちの本選進出を祝いながらの観戦となった。
試合開始を知らせる鐘が鳴り、茉由ちゃんは一直線にローレンスさんとミゲルさんの方へと駆けていく。対して、寛之は何もせずに突っ立って観戦している。
「“轟音”!」
ローレンスさんの音魔法は会場中に響き、観客まで手で耳を塞いでいる。もちろん、俺も塞いでいる。この世界に耳栓がないのが何とも惜しまれるところだ。
茉由ちゃんはローレンスさんへ攻撃を仕掛けると見せて、反転。ミゲルさんに左切り上げを見舞った。続けざまに2閃、3閃。
しかし、ミゲルさんは笑みを浮かべるだけで斬撃によるダメージが入っている形跡は見られない。
それもそのはず、ミゲルさんは試合開始と同時に硬化魔法を展開していたのである。硬化魔法は物理攻撃に対しての効果は高い。俺たち日本人組の中でも最高火力の洋介の攻撃でも物理的な攻撃ではダメージが入れられなかったのである。それでも、茉由ちゃんも洋介ほどではないが火力はある。決して、茉由ちゃんが弱いわけではないのだ。
ただ、硬化魔法は魔法での攻撃に対しての耐性はないため、魔法での攻撃は通じる。だから、茉由ちゃんが氷の魔法剣を使えば良いはずなのだが、なぜか使おうとしない。
そんな時、寛之と茉由ちゃんが俺たちのマネをして魔法を使わずに予選を突破するとか言っていたのを思い出した。
俺がディーンとエレナちゃんとの戦いで付加術を使ってしまっているから、俺たちは達成できなかったわけだが、寛之も茉由ちゃんも予選では、まだ一度も魔法を使っていないと呉宮さんから聞いた。
まさかとは思うが、魔法ナシで勝って俺たちに自慢しに来るつもりなのだろうか?確かに寛之ならやって来そうなことだ。だが、負けたらそれこそ俺にバカにされるということに気付いているんだろうか?まあ、それは一旦置いておくとしよう。
茉由ちゃんは
ローレンスさんの
2対1で互角に戦う茉由ちゃんも凄いが、ローレンスさんとミゲルさんの連携も鮮やかなモノだった。お互いの弱点を知り尽くしているからこそのフォローのしあいである。
試合が始まって5分が過ぎた頃。寛之以外の試合会場で戦っているメンバーが息を乱し始めた。茉由ちゃんはバックステップで寛之の近くまで戻っていった。茉由ちゃんと寛之は視線を交わらせた後、今度は二人揃って前へと出た。
寛之が右から振り下ろされてきたローレンスさんの
「“氷斬”!」
茉由ちゃんはその間に左から障壁を迂回して、背後からミゲルさんに冷気を纏った斬撃を叩き込んだ。
障壁に攻撃が防がれ、無防備になった背後を左から斬られたのだ。剣でのダメージはないにせよ、冷気でのダメージは貫通していた。
この至近距離から浴びた一撃でミゲルさんは倒れ、戦闘不能に。ローレンスさんはこれを受けて、一度後ろへと下がり、
寛之は杖を構えて、近距離での戦闘に備えた。茉由ちゃんも
しばらく静寂が訪れた。
「“氷刃”!」
破られたのは、茉由ちゃんの攻撃によるものだ。10ほどの氷の刃がローレンスさんへと進んで行く。
「フッ!」
ローレンスさんは目の前で
直後の冷気を纏った剣と
最終的に攻撃が通ったのは茉由ちゃんの方だった。
こうして、試合の勝敗は決し、寛之と茉由ちゃんが本選への進出を決めた。
「ほう、今年の武術大会本選に進んだのは私のギルドの冒険者だけか。他のギルドも味気ないものだ」
予選の結果を受けて、ウィルフレッドさんが隣でニヤリと笑みを浮かべながらそんなことを言っていた。
ロベルトさんは武器のメンテナンスをしてくると言って宿屋に戻っていった。俺と紗希はサーベルをロベルトさんの後を追いかけてサーベル3本を手渡した。
ラウラさんは「4人の治療に行ってくるわ」と言って会場へと向かっていった。これに呉宮さんも付いていった。呉宮さんの方は、茉由ちゃんをねぎらうためだろう。
「なあ、直哉。俺たちも寛之たちのところに行かねぇか?」
「紗希ちゃんも一緒にどう?」
俺と紗希も洋介と武淵先輩に連れられて寛之の元へ行き、祝福の言葉を述べた。その日はみんな、速やかに部屋へと戻っていき、疲れを癒すために眠りについた。
本選は明後日から2日間かけて行われる。本選の組み合わせは、明日の朝に予選の組み合わせが掲示された場所に貼りだされる。
優勝するにはあと3回試合に勝てばいいということになる。ここまで進んだ以上、何とかして優勝したいところだ。
「ねえ、直哉君」
俺がそんなことを思っているところへ向こうのベッドから優しい声が聞こえてくる。
「呉宮さん、どうかした?」
「えっと、何だか眠れてないみたいだったから。言うの遅くなっちゃったけど、本選進出おめでとう」
俺がその言葉を聞いて横を見ると、スヤスヤと眠るエミリーちゃんとオリビアちゃんの向こうでニコリと笑いかける彼女の姿があった。
「ありがとう」
俺はそう返した後、唐突に意識が遠くなった。
――次に目を覚ました時には太陽が真上に来る時間帯だった。どうやら、自分でも思っていたより疲れていたらしい。
「あ、お兄ちゃん起きたー!」
「お、おはようございます……!」
俺は声がする方を向くと、頭の横にニコニコと明るい表情のエミリーちゃんと頬を赤らめているオリビアちゃんの姿が視界に入って来た。
「あ、直哉君。本選の組み合わせ、もう紗希ちゃんと見てきたよ」
呉宮さんが手を胸の高さまで挙げながら部屋に入って来た。紗希も後ろで手を組みながら呉宮さんの後ろに付いて歩いてくる。
「何か、組み合わせ見に行ってもらってごめん……」
「ううん、そんなこと気にしなくても大丈夫だよ?それより、トーナメント表を出来る範囲で紗希ちゃんと書き写して来たんだけど……」
呉宮さんは俺の謝罪を軽く流してから、トーナメント表の写しを見せてくれた。俺はそれを紗希と一緒に覗き込んだ。エミリーちゃんとオリビアちゃんも興味津々で覗き込んでいる。
本選第1回戦、第1試合は"バーナードさん&シルビアさんVS.クラレンス・スカートリア&ライオネル・ヒューレット”と丁寧な字で書かれている。
「クラレンス・スカートリア?スカートリアってことは王族?」
俺がそう尋ねると、紗希が丁寧に返してくれた。
「クラレンス・スカートリアって人はスカートリア王国の王子で、八英雄のアンナ・スカートリアとクリストフ・スカートリアの息子だよ。で、ライオネル・ヒューレットっていう人は八英雄のレイモンド・ヒューレットの息子だよ」
なるほど、要するにどちらも八英雄の血を引いている……と。つまるところ、英雄の2世ってわけか。さすがに、どのくらい強いのかまでは紗希も呉宮さんも知らないと言っていた。
第2試合の部分に目を移すと、“守能君&茉由VS.エレノア・レステンクール&レベッカ・レステンクール”とこれまた丁寧にメモ書きされている。
「レステンクールってことは姉妹か……」
紗希先生の解説によれば二人とも八英雄であるフェリシア・レステンクールの娘であり、エレノア・レステンクールの方が姉に当たるんだそうだ。またしても、八英雄の2世だ。
「それで、兄さん。第3試合何だけど、ボクが一人でやっちゃってもいい?」
……『ボクがやっちゃってもいい?』ということは俺と紗希は第3試合ということか。
「別に構わないが、相手は誰なんだ?」
「騎士が2人だけど……」
「それはさすがに、それは知ってるんだが……」
メモ書きを見ても、騎士A、騎士Bと記されてるだけだった。呉宮さんに聞いてみれば、紗希に「弱そうだからメモする必要は無いよ」って言われたらしい。
「紗希よ。俺はそう言ってナメてかかった相手がブラックホースだった的なオチになると見た。そこで、紗希が苦戦するようなら俺も加勢しようじゃないか」
「じゃあ、その時はお願いしようかな」
とりあえず、俺は紗希に万が一の時は参戦する許可を貰った。だが、相変わらず対戦相手の名前までは分からずじまいだった。まあ、それはもうどうでもいいか。
次の第4試合のところを見てみると、“弥城君&夏海先輩VS.マルケル・ガリエナ&イリナ・シュトルフ”と書かれていた。
紗希によれば、マルケル・ガリエナは八英雄のランベルト・ガリエナの息子で、イリナ・シュトルフの方が、同じく八英雄のシルヴェスター・シュトルフの娘とのことだった。
これまた、勝ち抜いてきたのは俺と紗希の対戦相手以外は八英雄の血を引く者たちだ。恐らくは手強いのだろう。そして、俺と紗希の対戦相手の騎士もそんな強豪の中で残ったのだから猛者なのであることはまず間違いないだろう。
そんなことを考えていると、右手が温もりに包まれた。
「直哉君、難しい顔してたから」
そう言ってこちらに笑顔を向けてくれる呉宮さんに「ありがとう」とだけ返した。そんな短い言葉に対して、「どういたしまして。試合、頑張ってね」と長めの言葉を返してもらった。
本当に呉宮さんは俺に勿体ないくらいに良い彼女だと思う。ただし、料理のことは除く。というか、料理を俺がやれば万事解決、何も問題はないじゃないか。
「よし。今日は暇だし、今から5人でちょっとお土産とか見に行くか」
宿屋を出た後、俺はエミリーちゃんを肩車してお土産屋とかを見て回った。オリビアちゃんは紗希と呉宮さんに挟まれながら手を握って嬉しそうにしている。
何だか、家族旅行に来たかのような気分に浸ることが出来て、俺はとても幸せだった。途中、立ち寄った服屋ではエミリーちゃんとオリビアちゃんの服を紗希と呉宮さんで熱心に選んでいた。
俺はその間、店の外で過ぎ行く人々を呆然と眺めていた。
「あれ?直哉さん、こんなところで何してるんスか?」
「ホントだ、直哉さん。何してるの?」
そう言って、店の前に現れたのはディーンとエレナちゃんだ。もしかして、二人も服を買いに来たんだろうか?
「
俺は店の中の4人に親指で指し示すと、二人とも納得したように頷いていた。
「二人も服を買いに来たのか?」
「うん、王都は質のいい服が多く揃ってるから見たいと思ってね!」
エレナちゃんが食い気味に俺に顔を近づけてくる。だが、俺の方が頭一つ高いので距離そのものはそこまで近くない。俺がふと、ディーンの方を見れば少しムッとした表情をしていた。
「エレナちゃん、それだったらディーンに服を見繕ってもらったらどうだ?エレナちゃんの服を一番よく見るのはディーンだろうし」
「そうだね、ディーン!行こう!」
俺が冗談半分で言ったつもりだったのだが、エレナちゃんは俺の言葉を否定することもなく、ディーンを連れて店の中へと早足で入っていった。連れていかれるディーンの顔は真っ赤になっていた。
――待つこと数十分。出てきたのはディーンだけで、女性陣はまだ店の中で服を見て回っている最中だ。
「直哉さん、女の人って買い物長いッスね……」
「……だな。時間潰せるものとか、持って来れば良かったな」
ホントに女性陣は服を見てるだけなのに長い。でも、俺的には本人たちが満足してるのなら、それでいい。そのために街へと繰り出してきているのだから。
……結局、呉宮さんたち女性陣の服選びが終わったのは、それから1時間後のことだった。
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