第71話 ごめんね、ありがとう

 見覚えのある荒野が広がっている。これは日本に居る時と呉宮さんを助ける時に見た夢の中の光景。


 だが、今回居たのはお馴染みの黒竜ではなく腰元まで伸びた金髪に翡翠色の瞳をした見目麗しい少女だった。


「えっと……」


 俺はこの少女を見て何か戸惑いのようなものを覚えた。


「私はフィオナ。直哉、あなたの母親です」


 俺は親父の話に出てきた竜の姫と目の前の少女が結びついた。


 俺は目の前にいる少女がであることに対して、未だに実感が湧かなかった。


「前から聞こうと思ってたんだが、何で死んだフィオナさんが俺の夢に出てくるんだ?」


「それは私の思念をあなたの魂の中に閉じ込めていたのよ」


 俺はその後、フィオナさんに質問を重ねた。どうやら、魂の中というのは深層心理のようなものであるということ。そして、深層心理は無意識であるために夢と繋がりやすいのだとも言っていた。


「あと直哉、あなたの金髪は私の髪と同じですよ」


 フィオナさんは金色の髪をサラリと流しながらそう言った。確かに、この金髪はどこから来たのか気にはなっていたが、こんな事情があったとは思わなかったな。


「それで、フィオナさんは俺に何の用があるのか?」


「フィオナさん……ね。まあ、まだ実感も湧かないよね。別に私のことをと呼ぶ必要もないけど、呼びたくなった時にでも呼んでくれればいいから」


 フィオナさんは俺が『フィオナさん』呼びをしてることをあっさりと流した。


「それで、さっき私に何の用かって聞いてたけど」


 フィオナさんは俺の元へとスタスタと歩いてきた。息を吹きかけるように吐き出せば届く距離だ。


「前に直哉の中に眠る竜の力を解放したの覚えてるよね?」


「ああ」


 ちょうど、ギケイと戦った時だったな。何だか、随分前の出来事のような気がするな。


「あの時は竜の力を解放したんだけど、あれは私本来の力じゃないのよね」


 ……どういうことだ?話の筋が見えない。


「えっと、ジェラルドさんが話してなかったんだけど……直哉は私が何の竜か、知らないでしょ?」


「ああ。というか、竜に種類みたいなのがあるとは知らなかった」


「ラターシャちゃんが砂竜で、ラモーナちゃんが毒竜なのよ?……知らなかった?」


 それは初耳だな。そういえば、ラターシャさんが砂のブレスみたいなの口から吐き出してたな。だから、砂の竜なのか。


「で、フィオナさんは何竜なんですか?」


「フフッ、知りたい?」


 俺の問いかけをフィオナさんは質問で返してきた。危うく、「質問を質問で返すなあーっ!!」とか言うところだったのを我慢した。


「……知りたいです。だから、早く教えてください」


 それでも、少し苛立ちが声に出てしまったかと言った後で後悔した。だが、フィオナさんは気にしている様子はまったく無い。


「私はよ!」


 ほどほどに膨らんだ胸に右手を当てながら、自慢げにしていた。だが、俺には何のことだか訳が分からなかった。


「あの、フィオナさん。ちなみに賢竜っていうのは……?」


 悦に浸っていたフィオナさんが手をあたふたと振り回しながら、説明してくれた。


 賢竜はブレスなどを吐くことは出来ないが、記憶や知識を司るのだそうだ。記憶を作り出したり、記憶を書き換えたり、記憶を消したりできるんだそうだ。また、記憶することがしやすいらしい。その片鱗として、俺が暗記科目が得意だったことも指摘されたりした。


「これで直哉も賢竜の力を使えるようになるよ」


 そう言って、フィオナさんの左の手のひらに翡翠色の球体が出現し、それを俺の方に放り投げられた。俺は慌ててその球体をキャッチした。


「……これは?」


「私の賢竜の力そのものだよ」


 この時、竜の力を初めて使った時に制御できるかは保障できないと言われ、「そんなの制御すれば良いだけだろ」と言って出来なかったトラウマが蘇った。


「大丈夫、そんなに暴走したりするものじゃないから。呼吸を整えて、胸に当てるだけでいいから」


 俺はフィオナさんを信じて、目をつむって翡翠色の球体を胸へと当てた。


 球体を胸に当てると、人に触れたような温もりが伝わってきた。そして、その温もりが胸の奥に流れ込んでくるような感覚に襲われた。


「その力は戦闘能力を引き上げたりすることは出来ないけど、何かの役立つかと思ってね」


 記憶を司る力……正直、何に使えば良いのか分からないけど、とりあえずフィオナさんには感謝しないといけないな。わざわざこの力を解放するために来てくれたんだし。


「ありがとう。フィオナさ……」


 俺が球体が消えたのを確認して顔を上げると、さっきまで立っていた場所にフィオナさんの姿は無かった。


『私の役目はここまで。そろそろ、成仏しないといけないし。とりあえず、この力を私からあなたへ……』


 そんな声が空間中に響いた直後、俺は夢から醒めて現実へと帰った。


 ~~~~~~~~~~


 俺が意識を取り戻すと、そこは俺の部屋のベッドの上だった。部屋の窓からは夕日が差し込んでいる。


「あ、直哉君。気が付いた?」


 ベッドのすぐ横には呉宮さんが居た。真っ赤に泣きはらした形跡があった。


「……ごめんね。私、料理といってもあまりしたことなくて……」


 呉宮さんは俺に恋人らしいことがしたかったんだそうだ。別にそんな気は使わなくても良かったのに。


「ホントにごめんね……!」


 俺は泣きながら謝る呉宮さんに「大丈夫だから」と、声をかけ続けた。


 正直なところ、呉宮さんが初めて作った料理を食べれたんだから、俺はさぞかし幸せ者だと思う。見た感じなんて完璧だったわけだし。


 俺は呉宮さんが泣き止んだ後でベッドを降りて、部屋を出ようとした。


「呉宮さん、先に部屋の片づけ済ませてもいい?」


 呉宮さんは拍子抜けしたような表情で俺を見つめていた。俺はそれに笑顔を返して、入り口のほうきを手にして掃除を開始した。掃除をやりかけたのまま放置しておくのは何かこう、気持ち悪い。俺は超特急で部屋の隅々のほこりを掃き出し、洗濯物を1階の籠にまとめた。


「あれ、兄さん。起きてたんだね?」


「ああ、もう元気だよ」


 その時、紗希から聞いたのだが、俺は1時間近くにわたってうなされていたらしい。


 俺はその後、話題を変えようと親父がどこに行ったのかと紗希に尋ねた。紗希の話では、親父は紗希のベッドで寝ているらしい。しかも、時々うなされてるらしい。


 最強の英雄をも、気絶させ、唸らせる呉宮さんの初料理。こんなの魔王軍とかが知ったら、呉宮さんが拉致されてしまうのでは……?


「兄さん、晩ご飯は代わりにボクが作っておいたからね」


 この紗希の言葉から推し量るに、俺が晩ごはんを作りに来ることは見通されていたのだろうか。


「ありがとな、紗希」


「料理くらいは別に大したことじゃないからね。まあ、兄さんの方が上手なんだけど」


 紗希はそう言って、料理を食卓に並べ始めた。俺はそれを見て呉宮さんを呼びに部屋まで戻った。


「呉宮さん、晩ごはん出来たから一緒に食べよう」


 俺が扉を開けると、呉宮さんはベッドに腰かけて窓の外を見ていた。しかし、俺が入って来たことに気が付いたのか、こちらをゆっくりと振り返った。


「あれ、直哉君?どうかしたの?」


「ああ、晩ごはんが出来たから呼びに来たんだよ」


「もしかして、直哉君が作ったの?」


「いや、俺は作ってないよ。紗希が代わりに作ってくれたんだ」


 呉宮さんは「そっか。じゃあ、食べに行こっか」と言った後、ゆっくりと俺の手を引きながら階段を降りていく。恐らく、俺が全快ではないことを考慮しての行動だろう。


「あ、なおなおとさとみんも降りてきた!」


 俺と呉宮さんが1階に降りると、ラモーナ姫とラターシャさんがすでに席についていた。ラターシャさんには俺と目が合うなり、目線を外された。


「それじゃあ、食べようか」


 俺たちは全員席に着いた後で「いただきます」をしてから晩ごはんを食べた。晩ご飯の最中にした会話は実に他愛もないような話だったが、実に楽しかった。


 窓から吹いてくる夜の風は秋の到来を予感させるような冷たい風だった。


「ちょっと、一緒に来てもらっても良いですか?」


 俺は洗い物を終えた時にラターシャさんに呼び出しを受けた。俺は了承して、夜の街中へと繰り出した。


 夜のローカラトの街は個人的に好きな景色の一つだ。オレンジ色の光が窓から漏れていて、何だか温かみを感じられる。温かみを感じるのは、風が冷たいことが少し影響しているかもしれない。


「で、俺を呼んだのはなんで?」


「それは……その、昼間の事です」


 昼間……ああ、ラターシャさんがラモーナ姫を押し倒していた、あれか。


「実は……」


 ラターシャさんはなぜ、押し倒したかのような恰好になってしまったのかを懸命に説明してくれた。


「私が姫様と話をしようと近づいた時に、床でつまづいてしまって……」


「それで、姫様を押し倒すような形になってしまったと」


 俺は床でつまづく様なヘマをラターシャさんでもするのかと、意外に思ったりした。


「あ、二人ともおかえり~!」


 俺とラターシャさんは、とりとめのない話をしながら家へと帰った。帰るや否やラモーナ姫が俺とラターシャさんに抱き着いてきた。その際に弾力のあるものが2つ押し付けられたが、俺はうっかりため息を漏らしてしまった。そのことで、横から鋭い殺気のようなものを感じた。


 また、正面を見れば、呉宮さんはそれを見て口をパクパクさせているし、隣にいる紗希はムッとした表情を浮かべていた。


「はい、姫様。ただいま戻りました」


 ラターシャさんは俺からラモーナ姫を引っぺがした後、後頭部を優しく抱えて胸元へと引き寄せていた。


 俺はラモーナ姫から解放されてふらふらしながら歩いていると抱きとめられた。


「直哉君、おかえりなさい」


 俺は微妙な弾力に安心感を感じながら、しばらくその場を動かなかった。


「それじゃあ、ボクは寝るから」


 紗希はスタスタと部屋へと戻っていった。紗希はいつも朝から剣の練習をするから、寝る時間も早いのだ。まさに、早寝早起きの権化。


「それでは私たちも寝させてもらいます」


「なおなお、さとみん、おやすみ~!」


 呉宮さんは笑顔でラモーナ姫と手を振りあっていた。女の子同士が笑顔で手を振りあう光景というのはいつ見ても目の保養になる。素晴らしい。


「直哉君」


 ラモーナ姫と手を振り終えた呉宮さんは改まった様子で俺の方を振り向いた。


「ホントにお昼の事はごめんなさい!」


 呉宮さんは勢いよく頭を下げたモノだから、俺は驚いてしまった。


「別に気にしてないから大丈夫。もうそのことは気にしないでくれ」


 呉宮さんは今にも泣きそうな感じだったので俺はさっきラターシャさんがラモーナ姫を抱き寄せた感じで後頭部に優しく手を回して呉宮さんを抱き寄せた。


「直哉君、ホントにごめんね。料理できない彼女とか、女らしくなくて幻滅した……でしょ?」


「料理できないくらいで俺は幻滅したりしないから。それに、誰だって出来ないこととか苦手なこととかあるだろ?大体、料理できなくて女らしくないとかいうんだったら、俺とか男らしいところ何て一つもないわけだし」


 そう、だから俺に人の出来ないところとか責める資格はない。というか、自分で言ってて悲しくなってきた。むしろ、俺が泣きたい。


「それに、料理とか出来るようになりたいなら俺が教えるから。何だったら、今度一緒に作ろうよ」


 俺は呉宮さんにそれを聞いて何度も頷いていた。


 呉宮さんは、途中からは「ごめんね」と「ありがとう」を繰り返しているだけだった。


 俺はむしろ、呉宮さんが料理が出来ないという一面を持つことを知れて嬉しかった。その言葉に嘘は一つもない。俺は『これからも、こんな風に呉宮さんのことをもっと知っていければ良いな』と心から思った。


   第4章 ローカラト防衛編 ~完~

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