過去⑩ 継承
謁見の間にてアンナの戴冠式が行われた。
その時を持ってスカートリア王国の国王はアンナ・スカートリアとなった。
その場にオリヴァーも元気そうな普段通りの姿を見せ、女王の弟として振る舞った。
この翌日にレイモンド、フェリシア、ランベルト、シルヴェスターの4人はそれぞれが4分割された王国騎士団の団長に就任した。
そして、その翌週に行われたアンナ女王と宰相クリストフの結婚式にも大勢の貴族が参列した。
その後は計画通りにオリヴァー・スカートリアを病気で王宮の奥で療養していることにして、本人と娘のミレーヌはひそかに王国南部の街へと向かわせた。
オリヴァーがこの時に名乗ったのがウィルフレッドという名前だった。
その後でクリストフの弟であるシルヴァンが辺境伯としてその街にやって来たのだった。これによって、その町は『ローカラト』という町になった。
それにしても、王族二人が脱出しても大事にならなかったのはなぜなのか。それはオリヴァーの顔を王国の中でも高位の貴族しか顔を見たことがないからだ。ましてやミレーヌなど、知っているのは王宮の住み込みのメイド数人くらいなものだ。
これによってフードを被って城を出れば、あとは素顔をさらしても誰にも気づかれなかった。
しかし、アンナの戴冠式と結婚式に姿を見せなかった者が2人――セルゲイとジェラルドだ。
セルゲイは士爵位を賜ったその日に起きた事件以来の3日後から行方が不明となっている。ジェラルドは竜の国に向かった後、消息が不明。
一方のセルゲイの身に何が起こったかと言えば、彼が家に帰ると、家の前で母と姉とその子が何者かによって殺害されていた。
セルゲイは静かに家族3人の葬儀を済ませた。本当に葬儀と言っても参列した者はセルゲイ以外にはおらず、セルゲイが葬儀屋に頼んで墓に埋葬してもらっただけなのだが。
その翌日にはセルゲイは王都から姿を消した。それ以降、セルゲイを見かけた者は居なかった。
ジェラルドの方は休暇を取り、屋敷の者に「竜の国に出かけてくるが、すぐに戻る」と行ったきり戻らなかった。
それは女王であるアンナの耳にも入った。すぐに小規模の部隊を編成して竜の国へとジェラルドの後を追わせたが、国に入ることを拒否されたために立ち返って来た。
アンナもそれ以来、ジェラルドを探すために何度も竜の国へと使者を派遣した。だが、思うような成果は上げられなかった。
――――――――――
べレイア平原の魔王軍の本陣跡。
そこに杖を持ち、たたずむ黒いローブを羽織った紫髪の男。平原を吹く風にローブの裾をバサバサと揺らしながら呆然と立ち尽くしていた。
「僕は選択を誤ったんだろうか。いくら罪が無くなるとはいえ、何で英雄になることなんか引き受けてしまったんだ……」
セルゲイの心には迷いがあった。4年前、姉に暴行を加えた者たちを殺した。その罪を不問にしてもらうという条件で英雄になることを選んだ。
でも、先日母と姉、その子供を家の前で殺されていた。誰がやったのかを探し出して復讐する。
その選択肢を選びそうになったが、それでは意味がないのだ。4年前と何も変わらない。
――英雄になれば、何かがきっといい方向へ変わる。
そんな淡い期待を抱いてことも自覚していた。だが、何も変わらないどころか悪いことが起こってしまった。
確かに、そんな前兆はあった。英雄気取りの罪人だのなんだのと口汚く罵られた。
それ以前には、冒険者の仕事を受注しようとしても依頼主に断られたり、せっかく取れた依頼も他の冒険者に手柄を横取りされたり。
「僕にはもう行く場所も変える場所も無い。国から宮廷魔術師の位を賜ったけど、こんなのは何の役に立たない。だから、宮廷魔術師の位は辞退した。僕は家族もいないし、もうずっと一人なんだから」
――ならば、私が共に居ようではないか
セルゲイにはそんな声が頭の中に直接響いてくるように感じた。
最初は自分の耳がおかしくなったのかと思っていたが、
「誰だ!」
あまりに何度も何度も響いてくるので、つい感情的に怒鳴り返した。
「私だよ、セルゲイ」
セルゲイの前に姿を現したのは黒い人影。でも、よく見れば見覚えのある人物であることに気が付いた。
「……魔人ユメシュ?」
「正解だ!」
セルゲイの読んだ名にユメシュは嬉しそうに答えた。セルゲイは先日倒した魔人が蘇ったのかと杖を構え、警戒した。
「ユメシュ、君はあの戦いで戦死したんじゃなかったのか……?」
そう、ここであった戦いでユメシュが戦死したのはすでに確認されている。しかし、名も無き魔人の一人として記録されているが。
「ああ、君の言う通り私はあの戦いで死んだ。だが、魂だけが消えることなく、この地に残った」
セルゲイはユメシュの話を黙って聞くことに徹した。
「私は君と取引がしたい」
「と、取引?」
「ああ、私が司る闇魔法、闇魔術の全てを君に与える。その代わりに、魔王様に仕えてほしい」
前半だけなら、美味しい話だ。すぐにでも飛びついていただろう。だが、セルゲイの中で、後半部分に引っ掛かるモノがあった。
「魔王に仕える……というのはどういうことですか?魔王グラノリエルスはすでに討伐したはずだけど……」
「ええ、グラノリエルス様はすでにこの世の人ではありません。しかし、あの方には若君と姫君がおられる。次の魔王様はそのどちらかでしょう」
次の魔王様という言葉を聞き、『何ということだ……』とセルゲイにはずっしりと何か絶望的なモノが落ちてきたように感じた。
“英雄”としては、これを見過ごすことは出来ない。
だが、セルゲイはそんなことが、もはやどうでも良いように感じた。どうせ、守ろうとしても大切なものは自分の前から消えていくのだから。その途端、何かが心の中で弾けた。
「分かった。ユメシュ、君の言う通りに魔王に仕えても良いよ。ただ、その前に1つ聞いてもいいかな?」
「私の答えられる範囲でなら何でも答えよう」
ユメシュの一言から一拍開けて、セルゲイは質問をした。
『自分は人間だが、魔王軍の中で評価されるのか?』――と。
これに対してユメシュは、
「もちろんだとも。我が魔王軍は完全実力至上主義だ。そこに身分や出生の差はない。もちろん、種族間の差も。例え、親が高位の魔族であっても子が無能であれば、出世することはできない」
それを聞いた途端にセルゲイは視界が開けて、道が見えたように感じた。
その後、セルゲイはユメシュから闇の魔法・魔術の全てを継承した。
元々、闇の属性に適性があったためかすんなりと継承の儀式は済んだ。
「さて、継承の儀式は済んだぞ」
儀式を終えたセルゲイは儀式でかかった負荷のせいか、容姿が大幅に変わっていた。身長も以前より20cmほど高くなっている。髪の色は紫だったものが黒に変わっていたが、毛先だけは紫のままだった。
「これで私が君たち5人と戦った時に使っていた技は問題なく使えるだろう」
この時のセルゲイは何だか生まれ変わったような高揚感に包まれて、にやけるのが止まらなかった。
「ユメシュ様。私はこの“セルゲイ”という下らない人間の名を捨てようと思います。何か、良い名はありますでしょうか?」
ここまで体つきなどが変わった感じがあるのに名前が同じだというのも気持ち悪かった。
「そうだね……ならば、私の“ユメシュ”という名を貰ってはくれないだろうか?」
「そんなユメシュ様の名を名乗るなど僕には恐れ多い!」
セルゲイは両手を胸の前で大げさに横に振った。
「いや、貰ってほしい。そうすれば、私が生きて魔王様の元で働けるような気分になれる。そして、思い残すことなく逝ける」
「……分かりました。では、ありがたく名乗らせていただきます」
その時、セルゲイは『ユメシュ』と名を改め、魔王城へと向かった。名と共にユメシュの人間を滅ぼすという意思も受け継いで。
魔王城の壁や床の色は白で統一されており、どこか神聖さを感じさせた。
「ここが謁見の間……!」
心臓が脈打つ中で、目の前の身の丈の3倍はある漆黒の扉が門番たちによって開かれた。開くにつれて扉に施された金の文様がキラキラと輝く。
扉の先、謁見の間は赤の絨毯が入口から玉座まで一直線に敷かれていた。その絨毯の左右には大勢の魔族が居並んでいた。
ユメシュは胸を張り、杖を片手にゆっくりと一歩一歩を踏みしめるように進んだ。
「よくぞ、参った。面を上げよ」
ユメシュが恐る恐る顔を上げると、玉座に腰かける二十歳前後の若い男の姿があった。
「余が魔王ヒュベルトゥスだ。そなたのような人間が何をしに来た?答えよ」
若々しくも、威厳のある声を広間中に響かせながらも責め立てるような語気は全く感じなかった。表情も口角が少し上がっており、明るい印象を受ける。
「私はユメシュと申します」
ユメシュは恐る恐る自らの名を名乗った。これには広間にいた魔族たちは動揺を隠せないといった様子だった。ヒュベルトゥスは騒ぐ臣下たちを手の動きだけで留めて見せた。
「ユメシュは先の戦いで死亡したはずだが。それに、そなたは人間ではないか」
ユメシュはこうなることはすでに想定していたために、今までの事情を包み隠さず話した。
「……そうか。ならば、そなたはその意思を継ぎ、余の軍に加われ」
「承知しました」
ユメシュは地に伏して了解の意を示した。
その後、3年後に再びスカートリア王国に戦争を仕掛けるための作戦を立てていることを打ち明けた。また、ユメシュにはスカートリア王国に潜入して悪魔に改造する人間を集め、練兵しておくように言い含めた。見た目は人間であるから気づかれないと判断されたためである。
ユメシュはそのために王都へと立ち返り、暗殺者ギルドという非正規のギルドを立ち上げ、身寄りのない子供を集めて鍛え上げた。
そして、その子供たちに貴族からの政敵の暗殺依頼をこなさせて金を稼がせ、暗殺者ギルドを維持し続けたのだった。
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