過去⑨ オリヴァーの頼み
「皆の者。此度の勝利、真に大儀であった」
べレイア平原での戦争から1週間後。謁見の間に威厳ある国王の声が響く。魔王討伐後、国王は体調が徐々に回復し、政務に復帰していた。
「そして、今日をもって、王の座を娘のアンナへと譲ろうと思う」
国王の言葉に謁見の間に動揺が走った。
「此度の魔王軍との戦争という重要な局面において、何も出来なかった。それではこの国の王として、上に立つものとして如何なものかと思うのだ」
国王の言葉に貴族たちからは反対の声も多かったが、結局王位をアンナへと譲ることが決定した。戴冠式は2週間後に行われることとなり、その日はそれで解散となった。
ジェラルドはセルゲイと城のテラスから町を眺めていた。セルゲイはこの日、国王から宮廷魔術師の地位を賜っていた。
「セルゲイ、お前はこれからどうするんだ?」
「僕は宮廷魔術師の位を辞退して、国王陛下から頂いた報酬金でどこか田舎に家族と一緒に引きこもろうかと考えています」
二人は揃って真昼の、澄み渡った空を見上げた。一緒に過ごした時間は短いものだったが、お互いにここまで信用できるほどの中になるとはあった当初は思っても無かった。
色々、少し前のことを思い返しながら、二人は語らった。そして、セルゲイはクルリと室内へと足を向けた。
「それじゃあ、僕は家に帰ります」
「ああ、元気でやれよ。セルゲイ」
「はい。ジェラルドさんもお体にお気をつけて」
二人はお互いに手を振りあって別れた。ジェラルドはセルゲイと別れた後、竜王から貰った黄金のブローチを手に取って眺めた。
「そういえば、魔王を倒した後でこれを持って竜の国に来るように言われてたな」
ジェラルドは身支度をするべく、自分の屋敷へと向かった。
――場所は移ってアンナの部屋。ここではアンナとオリヴァー、クリストフ、シルヴァンの4名が椅子に腰かけていた。
「そういえば、姉上と宰相殿の結婚式はいつ行うのですか?」
オリヴァーからの言葉にアンナは一気に顔の下から上までを朱に染めた。
「恐らく、アンナ様の戴冠式の方が先だろう。結婚式はその後になるだろうな」
「なるほど。にしても、あの高飛車でわがままだった姉上が女王になる日が来るとは……!」
オリヴァーがわざとらしく、涙を拭うような素振りを取った。これに対してアンナはオリヴァーの肩をバシッ!と少し強く叩いた。
「痛いです、姉上」
「アンタが変なこと言うからでしょ」
アンナは腕を組んでそっぽを向いた。
「ああ、そうだ。姉上に折り入ってお願いしたいことが……」
オリヴァーはため息をついた後でアンナの前にすらりと立った。
「えっと、何?急にどうしたの?」
突然、真面目な顔をして姉の前に立つ
「戴冠式の前に私が王族を降りることを許可していただきたいのです」
オリヴァーは体を畳むように深く頭を下げた。その場に居た3人は動きを止めた。
「……オリヴァー。アンタ、自分が何言ってるのか分かってるの!?」
「はい。分かった上でお願いしているのです」
オリヴァーの瞳とアンナの瞳が向かい合う。この時、アンナはオリヴァーの瞳から何かを感じ取った。
「何か、理由があるの?」
「はい、理由がなければこんな事は言い出しません」
その後、オリヴァーは事情を説明した。
最近、アンナの即位に反対している者たちがオリヴァーを代わりに王位につけようと画策しているということ。
このままではその者たちが暴発しかねないことも理由として挙げた。
「じゃあ、私が王位を降りるわ。父上にも掛け合って……」
「無駄ですよ」
慌てて部屋を出ようとしたアンナをオリヴァーが制した。
「私は貴方を失ってまで王位に就くつもりはないわ……!」
オリヴァーの方を向いたアンナの目からあふれた涙が頬を伝っていく。
「姉上がここまで必死になってくれるのは嬉しいのですが……」
オリヴァーは他にも起こりうることを挙げた。
まず、オリヴァーの即位を望む者たちをこの状況下で掃討すれば、アンナの悪評が立ち即位後のことに影響を出す恐れがあること。
ここでもし、アンナが即位することを取りやめたとしてもオリヴァーが即位すれば『オリヴァーは自らが即位するために姉を追いやった』などのあらぬ噂が立つ上に、そもそもアンナの即位を支持する貴族からの信用に傷が付き、その後の政治が進みにくくなることも説明した。
「ゆえに、一番の解決策は私が王族の地位を退くのが最適なのです」
クリストフやシルヴァンも何かを良いたそうであったが、代案も無かったために口をつぐんだ。
「……あと、ジェラルド殿に立ち会ってもらいたい。クリストフ殿やシルヴァン殿では婚約者であるアンナ王女に肩入れしていると捉えられてもおかしくないですから」
オリヴァーの考え抜いたであろう意見にアンナは折れるしかなかった。
「分かったわ。でも、アンタは王族を降りた後にどうしたいとかあるの?」
「……政治から離れて、娘のミレーヌとどこか辺境の地でゆっくりと暮らしたいですね」
なぜ、娘しか出てこないのかと言えば、オリヴァーの妻は娘のミレーヌを産んだ直後に亡くなってしまっているのだ。
「あと、そこで冒険者の組合を作りたいとも考えています」
オリヴァーはそう付け加えた。現在の冒険者は各々が勝手に仕事を町の広場に張られた張り紙から仕事を受けたりしていた。
だが、冒険者は立場が低いために報酬を踏み倒されたりすることが多いことをセルゲイから聞いていたために冒険者の立場を守る組織が必要であると考えたからだ。
「……分かったわ。でも、政治から離れるというのは厄介ね……」
アンナの一言は最もなものだった。貴族位に臣籍降下するというのであれば、以前にも例はいくつかあるため特に問題はないのだ。
しかし、オリヴァーの頼みを叶えるには王族から平民に降りるということになる。
「別に、オリヴァー殿下を臣籍降下させなくても、オリヴァー・スカートリアを2人にすればいいのではないか?」
クリストフの言葉に一同は唖然とした。
「兄上、2人も何もオリヴァー様は1人しか……」
「ああ、言葉足らずだった。言葉を付け加えるのであれば……」
クリストフは弟のシルヴァンをなだめ、改めて説明を始めた。
「まず、オリヴァー殿下には今まで通りの王子として戴冠式に出席してもらう。次に、突如倒れてもらった後でオリヴァーには病床についてもらう。その後で女王になったアンナにオリヴァーが病にかかっていることを公表してもらう……という感じだ。ここまでで何か疑問点とかはありますでしょうか?」
クリストフはそこまでで一度、説明を切った。
「クリストフ宰相。それでは姉上が私を排除したのではないかと噂するものが出るのでは?」
オリヴァーが一歩、前に進み出る。
「いや、すでにアンナ様が王位に就いた後だ。恐らく、それはあり得ないだろう。それに、そんな噂を流す者など大方予想が付く」
「……なるほど」
オリヴァーはそれ以上の事は言わずに引き下がった。クリストフはそれから続きの話を始めた。
オリヴァー・スカートリアは病によって王宮の奥で療養しているということにし、その間にオリヴァー自身は別の人物として辺境の街へと移り、別人として生きる。
「なるほどね。確かにそうすれば大丈夫かもしれないわね。バレる可能性は捨てきれないけど」
「だが、今の宰相の案の方が私の考えていた策より成功する可能性は高そうだ」
アンナとオリヴァーは揃って頷いていたが、シルヴァンは話に付いていけず、頭にクエスチョンマークを浮かべたまま固まっている。
「……シルヴァンには後で改めて説明しておくとして、ホントにそれでよろしいのですか?オリヴァー殿下」
「ああ、宰相の意見は私の考えていた物より良さげですから。遠慮なく使わせてもらうとします」
オリヴァーはニコリとクリストフに笑みを返した。
「それじゃあ、後は戴冠式か」
依然として固まったままのシルヴァンをのぞいた3人は窓の外に広がる青空を眺めたのだった。
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