過去⑤ 竜の国

「よし、行くか」


 馬車に乗り込んだのは4人。王女のアンナと王子のオリヴァー。そして、王国軍総司令のジェラルドに冒険者のセルゲイだ。


 ジェラルドの声の直後、馬車は門を潜り抜けて王都の外へと走り出した。目指すは大陸西部にある竜の国だ。


「ジェラルド、王国軍の方はどうするの?」


「さっき、副司令に俺が戻って来るまでにやっておいてほしいことを書いたメモを渡しておいた。あいつなら、問題なくこなすだろう」


 ジェラルドの言葉にアンナは「そう」と言って頷いたきりだった。


「そう言う、アンナの方は大丈夫なのか?」


「何がよ」


「いや、国王代理としての役割だ」


 アンナは隣に座るオリヴァーを2,3回顎でしゃくった。オリヴァーはそれに対してため息を一つ。


「姉に代わって私がすべての指示出しを済ませてきました。姉は細かいところにまで気が回りませんから」


「……確かにな」


 ジェラルドは目をつむり、オリヴァーの言葉にうんうんと首を縦に振っている。


「ちょっと!否定くらいしなさいよ……!」


 そう言って仲良さげに話す3人をセルゲイは温かな目を向けていた。


「セルゲイ、家族とは話は出来たのか?」


 それに気づいたジェラルドはセルゲイにも他愛もない話を振った。


「はい。母と姉にもきちんと任務を果たすようにと釘を差されました」


「そうか。良かったな」


 ジェラルドは短く言葉を返した後、窓の外の荒野へと目を向けた。


 黄色い平地が果てしなく続いている。王都の周りは草原地帯だったが、それから少し進めばこんな荒野に様変わりした。


 王都を出発してから3日もすると、竜の国のある山脈の麓まで到着することが出来た。


「明日、明後日はあの山を登ることになる。今日は早く寝るぞ」


 4人は麓の村の宿屋で一泊することになった。レンガ造りの建物で、中に入ると暖炉があるためか、凍えそうな外よりもはるかに暖かった。


 4人は宿屋に到着してすぐに夕食を摂った。その後、温泉に入って疲れを癒した後で眠りについた。


 翌日、装備を整えて山を登ろうとしていた4人の元へ近づいてくる4つの足音。


 何事かと振り返ると、そこにはレイモンドたちがいた。近くには4頭の馬が繋がれている。馬をとばして後を追ってきたのだろうことが窺える。


「俺たちも一緒に連れていってくれよ」


 ジェラルドは真剣な眼差しでレイモンド、フェリシア、ランベルト、シルヴェスターの4人を順番に流し見た。


「はあ……付いてきたものは仕方ない。8人で行くぞ」


 ため息混じりのジェラルドの言葉に4人はほっと一安心した様子だった。


 八英雄全員は竜の国を目指して、登山を始めた。


 不思議なことに登山中は何事もトラブルなどは無く、予定通りに登山開始の翌日に竜の国に到着した。


 ジェラルドたちは国の入口で目的である『自分たちはスカートリア王国からの使者であること』と『竜王に面会したいこと』の二つをを伝えた。


 それから1時間ほどして、ジェラルドたちは竜の国へ入ることを許可された。


 ジェラルドたちが通された場所は大理石で造られた建物であった。その外観は神殿と言った方がしっくりくるだろうか。


 その中の最奥部。松明を左右の壁際で焚かれている薄暗い部屋だ。


 天井は感覚的に10mはあるだろう。広さも王宮の謁見の間の2倍は広い。ジェラルドはそう感じた。


「して、何用でこちらへ参られたのか。用件を話してもらおうか」


 部屋の奥に配置された荘厳さを感じさせる玉座にどっかりと腰掛ける王の姿があった。


 ――自分たちは周囲の空気ごと押さえつけられているのではないか。


 そう思ってしまうほどの威厳のある声にジェラルド以外の7人はビクビクしながら王の前で片膝を付き、礼を行った。


「我々は竜族と対魔王の同盟を結びたい。そのためにこちらへ参りました」


「ほう、が我らと同盟だと?」


 ジェラルドの一言に対して、フッと鼻で笑うような、そんな返答が返ってきた。


「はい。ですが、今の竜王閣下の様子からして『同盟を結ぶ相手として人間はなあ……』といった風な様子が見受けられました」


 竜王は終始、不敵な笑みを浮かべジェラルドを見下ろしていた。しかし、その後の言葉に竜王は眉をひそめた。


「なので、竜の国で強さに定評のある人物と決闘させてもらいたい」


「ほう、ならば……そなたが勝てばそなたら人間共と同盟を結んでやろう」


 竜王は手を動かし、従者に誰かを呼ばせに行った。


「さて、そなたらには決闘場に来てもらおうか」


 ジェラルドたちは竜王に連れられ、決闘場へと向かった。


 その道中、ジェラルドたちは竜王から『竜の国の者は普段は人型をしているが、戦闘時には竜の力を出現させることで身体能力と魔力が倍近くに増幅する』ということを聞かされた。


 ジェラルド以外の7人は観客席に着席し、ジェラルドは決闘場のド真ん中で突っ立っていた。


 ジェラルドのいる反対側から一人の女性が姿を現した。


 姿を現したのは、腰元まで伸びた金髪に翡翠色の瞳をした見目麗しい少女。


 その少女はスタスタと決闘場の真ん中、ニコニコと笑顔を咲かせながら、ジェラルドの前まで歩いてきた。


「よろしく!」


 そう言ってジェラルドの目の前に手を差し出した。


「いや、遠慮しておこう。試合前の握手は何が起こるか知れたものではないからな」


 ジェラルドは握手を拒否した。理由は何か反則行為が行われるのではないかと危惧したためだ。


 少女はそれでも笑顔を絶やすことは無く、「うん!そうだね!」と言ったきりだった。


「……せめて、決闘相手であるお前の名前だけでも聞いておこうか」


「私はフィオナ!」


 ジェラルドの言葉に振り返った少女は元気よく答えた。ジェラルドはそれに笑顔で返しただけだった。


 そして、二人が位置に付いた後、審判の合図で決闘が始まった。


 フィオナは腰に差したサーベルを勢いよく引き抜くと、小刻みに左右に移動しながらジェラルドへと接近してきた。


 フィオナから放たれた第一撃は右斬り上げ。ジェラルドは背中に差した大太刀で軽々と受け止めてしまった。


「へえ、結構強いんだね!」


 そう言うフィオナからは笑顔がこぼれる。


 ――戦いを楽しんでいる。


 誰の目にもそう映るような眩しい笑顔だった。


 その後も、接近して斬撃を繰り出すもジェラルドに弾き返され、接近しては弾き返され……そんなことが何十回と続いた。


 フィオナはその頃には息も上がって来ていた。その目からは決闘が始まった直後のような生き生きとしたものは消え、焦りが浮かんできていた。


「竜の力というのも、大したことがないらしいな」


 ジェラルドは挑発とも受け止れる一言を放った。直後、竜王と目を見合わせたフィオナは意識を集中させているのか静かに目を閉じ、剣を構え直した。


 ジェラルドは動じることなく、表情の1つも変えなかった。


 そして、フィオナの皮膚に竜の鱗が浮かび始めたあたりでジェラルドの頬を冷や汗が撫でていった。


「さあ、続きをしよう!」


 フィオナはさっきとは見違えるほどの迅速さと剛剣を繰り出してきた。


 ジェラルドはそこからは押されっぱなしになった。完全にパワーでもスピードでもフィオナに劣っている。


 ジェラルドが押され始めたことにより、観客席で見守るアンナたちの表情は青ざめ始めた。対して竜王は勝利を確信したかのような笑みを浮かべていた。


「どう?これが竜の力だよ!」


「なるほどな、そこそこは強いらしい」


 フィオナの攻撃に必死に耐えるジェラルド。しかし、言葉遣いだけは余裕さを崩さない。


「――俺も本気を出しても良いということだな」


 ジェラルドはその声の後、フィオナの一撃の勢いを殺しきれずに壁にめり込むほどの勢いで突っ込んだ。


「“練気術”」


 その一言で、ジェラルドは体の周りに灰色のオーラを纏っていた。


「これは体内の魔力を生命エネルギーに転化する物だ。魔法でも魔術でもない、ただの魔力を操作する『技術』だ。自らを鍛え直している時に編み出したものだ。これはある種、身体強化魔法に近いものだ。といっても、効果時間は1分ほどしか続かないがな!」


 ジェラルドは言葉を言い切った直後に力強く地面を蹴ってフィオナとの間合いを一気に詰めた。


 そこからのフィオナとジェラルドの戦いは一方的なモノになった。勝負が勝負でなくなった。


 1分どころか30秒ほどで勝負の決着が付いた。壁に叩きつけられたフィオナの首筋に大太刀を当てられている。


「フハハハハハ!人間が竜の姫に勝ちおったか!」


 竜王の高笑いが決闘場中に響き渡った。


 竜王の言う、竜の姫とは竜王の後継者のことを差す。男であれば竜の王子と呼び方が異なるのだ。


「良かろう!我ら竜人族はそなたら人間と同盟を結んでやろうぞ!」


 その後、上機嫌の竜王によって人間側……正しくはスカートリア王国との間で同盟が成立した。


 しかし、内容としては『魔王討伐完了までの期間、竜人族側からはスカートリア王国に侵攻しない』というものだったため、同盟というより一時的な不可侵条約と言った方がしっくり来る物だった。


「それではジェラルドとやら。そなたにだけ特別にこれをくれてやろうぞ」


 竜王の手からジェラルドは黄金のブローチを渡された。


「……これは?」


「魔王を倒した後、このブローチを持って我の元へ参るが良いぞ」


 竜王はそれ以上のことは何も語ろうとしなかった。ジェラルドは内心では怪しんだが、それ以上追及することは出来なかったために笑顔で受け取った。


 こうして、敵を魔王軍だけに絞ることが出来たジェラルドたちは急いで王都へと帰還し、魔王軍との戦争準備に取り掛かったのだった。

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