過去④ 影の魔導士

 一番強い者を決めるための戦い。それをするために騎士たちの訓練場へと8人は場所を変えた。


「それでは戦いの組み合わせは……」


「まとめて俺が相手をしてやる」


 ランベルトが誰と誰が戦うのかの組み合わせについて話そうとした時に、ジェラルドの一言が元で再びいざこざが起きた。


「全員でかかってくれば少しはまともな戦いになるだろうからな。まあ、怖いならやめておくことを勧めよう」


「それじゃあ、アタシは止めておくわ。わざわざ痛い目に遭いたくないもの」


「それじゃあ、私もやめておきます。理由は……姉さんと同じだけど」


「そ、それじゃあ、僕も止めておこうかな……」


 アンナ、オリヴァー、セルゲイの3人は順に戦うことを辞退した。しかし、残る4人。レイモンド、フェリシア、ランベルト、シルヴェスターからは戦意が消えておらず、好戦的な視線をジェラルドに送っていた。


「……結局、4人だけか」


 このジェラルドの声と態度からは4人では相手にならないと言っているようにしか感じられない。4人は舐められているということに憤りを覚えていた。


「よし、じゃあ始めるか。アンナ、審判を頼む」


 ジェラルドは背負っている大太刀を漆黒の鞘から抜刀した。


 レイモンドは持参した刃渡りだけで2mはありそうな大剣を構え、フェリシアは手に持っていた身長と同じくらいの長さの杖を持ち、レイモンドの横に並んだ。


 ランベルトは身長より1mほど長い槍をジェラルドに向けて構え、シルヴェスターも腰からサーベルを引き抜き、剣先は地面に向けている。


 このようにジェラルドが武器を構えたことに対して、4人それぞれが武器を構えた。


 周囲の空気は張りつめ、戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた。4人は険しい表情をしている。対して、ジェラルドの表情からは笑みが零れている。何とも楽しげな表情である。


 しかし、そんなジェラルドの表情が気に障ったのか4人とも『不愉快だ』とでも言わんばかりのオーラが出ている。


「始め!」


 そんなアンナの開始の掛け声と共に戦いが始まった。


 真っ先にジェラルドに攻撃を仕掛けたのはシルヴェスター。炎を纏ったサーベルを右下から斬り上げる。


 これに対してジェラルドは危うげもなく斬撃を受け止め、押し返した。これにシルヴェスターがよろけたところへ今度は視界の左から大剣が振り下ろされた。


 ジェラルドは一度その場を飛び退く。


 すると、ジェラルドの立って居た場所の地面は抉れ、レイモンドの大剣が斜めに突き刺さっていた。


 その隙にレイモンドへ接近しようとした途端に、ランベルトが槍を持ち、神速の突きを見舞う。何度も、何度も。


 ジェラルドは槍の軌道を逸らすことで捌ききっていた。


「“炎刃えんじん”!」


 槍による突きを捌くジェラルドへ向けて幾つもの炎の刃が放たれる。ニヤリと笑ったのはシルヴェスターだ。


 しかし、炎の刃がジェラルドの届くことは無かった。ジェラルドへと近づいた途端に炎の刃は砕け散った。


 ジェラルドはニコリと微笑むと槍を前へと滑らせ、自らの体を一歩だけ横へとずらした。


 ランベルトが前のめりになったところにすかさず膝蹴りを鳩尾みぞおちへと容赦なく叩き込んだ。


 そこへ再び勢いよく斬りかかってきたレイモンドの大剣での一撃を大太刀で真正面から受け止めた。


 しかし、威力を殺しきることが出来ずにジェラルドは後ろへ下げられた。


「“聖霊砲せいれいほう”!」


 そんなジェラルドの周囲は光の砲撃に呑まれた。


 放たれたのは光の精霊魔法。フェリシアの魔法だ。


 しかし、土ぼこりの中から現れたジェラルドは無傷だった。


 ジェラルドは一直線にフェリシアへと突っ込んでいく。


「“聖霊弾せいれいだん”!」


 フェリシアの杖先から無数の光の弾丸が放たれる。常識的に考えれば剣などの武器で捌ききれる数ではない。しかし、ジェラルドの前では魔法は余すことなく砕け散る。


「“氷壁アイスウォール”!」


 ランベルトの声と共に現れたのは、分厚い氷の壁。


 しかし、それも魔法であることに変わりは無い。ジェラルドを止めるには至らず、フェリシアは回し蹴りを叩き込まれ、岩で出来た訓練場の壁へと勢いよく突っ込んだ。体が壁にめり込むほどの威力であったためにフェリシアは気絶してしまっている。


 これはフェリシアが弱いというより、魔法に特化したものにとってジェラルドは天敵にも等しい。何せ、魔法はすべて届かないのだから。


 その後も鋭い剣捌きを見せたシルヴェスターと真正面から斬り結び、レイモンドの大剣と一撃一撃を低い金属音を響かせながら打ち合い、ランベルトの連続突きも軽やかに防ぎ切ってしまった。


 3対1でも、傍から見れば遊ばれているようにしか見えないほどにジェラルドが優勢だった。


 その後はシルヴェスターが剣を弾き飛ばされ、レイモンドは大剣を真ん中で横一文字に真っ二つにされ、シルヴェスターの槍も穂先から柄の中ほどまでをぶった切られるような有様だった。


 結果はジェラルドの圧勝。ジェラルドは息も上がっておらず、大して汗をかいたような様子も見られなかった。


『ようやく準備運動が終わったところだ』


 そう言われても信じてしまいそうなほどに涼やかな表情とたたずまいをしていた。


「いや、4人ともすまない。つい、本気で技を叩き込んでしまった。手当てにかかる費用があれば言ってくれ。費用は俺から出そう」


 ジェラルドは4人にそう言い残した後、近くに居た騎士たちに4人を医務室へ運ぶように依頼していた。


 それからアンナたちの元へと走ってきた。


「アンナ、馬車はすぐに用意出来るか?」


「ええ、すぐに出来るわ。準備して王宮の入口のところで待ってなさい」


 アンナはそう言って足早に訓練場を去っていった。オリヴァーも慌ててアンナの後を追っていった。


「それじゃあ、僕は家に帰らせてもらいますので」


「待て」


 クルリと向きを変えて家へ帰ろうとするセルゲイをジェラルドは呼び止めた。


「お前、どれくらい強いんだ?」


 ジェラルドはそれをセルゲイに問うた。ジェラルドの中ではセルゲイの強さは未知だった。


「まあ、冒険者の中では強い方だけど……みんなほどは強くないかな?」


 謙虚な答えを返すセルゲイにジェラルドはふと笑みをこぼした。


「そうか。だが、お前からはフェリシアと同じくらいの魔力を感じるんだがな」


 フェリシアは後衛の魔法に特化した感じだった。セルゲイはそれと同程度。ジェラルドはそう見た。要するにジェラルドはセルゲイに『謙遜する必要は無い』ということを伝えたいのだ。


「それなら、嬉しい。でも、僕は罪人だからね」


「罪人?」


 ジェラルドの頭に罪人という言葉が引っ掛かった。


 罪を犯したのであれば王国の法で裁きを受けるはずだからだ。


 だが、裁きを受けるような罪人が英雄に選ばれるはずがない。


 そんなことがジェラルドの頭の中を巡った。


「それじゃあ、ジェラルドさんにだけ何があったのかをお話しします」


 その後、セルゲイはポツリポツリとジェラルドに過去を話し始めた。


 セルゲイの家はセルゲイと母、5つ上の姉、姉の息子の4人家族だった。


 父親は20年前、セルゲイが生まれてすぐに家を出ていき、セルゲイは残された母と姉の二人と貧民街で暮らしていた。


 母はお金を得るために必死で下水処理の仕事をし、姉も15の頃には娼館で娼婦として働き始めた。


 セルゲイは5年前、15歳の時に冒険者の仕事を始めた。冒険者になったタイミングで魔法が発現した。


 それが影魔法。闇属性の魔法で影を操ることが出来る魔法である。セルゲイはそれを使いこなして、冒険者たちの中でメキメキと頭角を現していった。


 しかし、そんなときに事件が起こった。


 セルゲイの姉が行方不明になったのだ。だが、姉は行方が分からなくなった翌朝に娼館近くの路地裏で発見された。


 調べて見ると、冒険者たちに暴行を加えられた後に女としての尊厳を犯されていることも判明した。


 その一件から5か月ほど経った頃に姉のお腹が急激に膨らんできたことを受け、なけなしの金をはたいて医者の所へ行くと、姉が身ごもっていることが判明した。


 ショックを受ける姉を見て、セルゲイは怒りに燃えた。


 犯人を捜すために日々のクエストをこなす傍ら、ギルドで他の冒険者たちの様子を観察したりして情報を集めた。


 そして、犯人を半年がかりで見つけた。犯人は4人組の冒険者パーティだった。


 セルゲイは迷うことなくその4人を闇討ちした。影魔法は夜に発動すれば目で捉えることは実質的に不可能だった。それを使った。いや、使わない手は無かった。


 しかし、闇討ちをしたところでセルゲイの心が晴れることは無かった。


 それから4年近くの月日が流れ、セルゲイの名は冒険者の中では最強とうたわれるようになっていた。


 そして、つい2日ほど前のこと。


 王国からの使者が家にやって来て、国王からの書簡を渡された。


 その書面の文頭にはになってくれるようにと書かれていた。


 読み進めていくと、『英雄になってくれるのであれば、屋敷を与え、そこに家族と共に住むことを許し、魔王討伐の後には私が命じて宮廷魔術師の地位も与える』という好条件が提示されていた。


 次にはデメリット……というより、脅しのような文面が記載されていた。


『貴公が4年前に行った4名の冒険者を殺害した罪だが、本来なら法に則り、火あぶりの刑に処するところである。しかし、英雄として魔王討伐に参戦し、討伐に成功した際にはこの罪を永久に不問とする』


 セルゲイは自分が死ねば、母と姉、その子供を路頭に迷わせることになる。それだけは避けなければならない。


 そう思って英雄になることを選んだ。そう、セルゲイはジェラルドに語った。


「……僕は国に利用された形にはなりますが、本来なら罪人としてすでに処刑されている身です。そんな僕でも役に立てるのであれば、役に立ちたいと思っています」


「でも、お前は家に帰ろうとしていたではないか」


 ――言動と行動が矛盾している。それを問い詰めるかのような、少しだけ厳しい口調だ。


「ああ、家に帰るといっても家族に竜の里へ行くことを伝えるためだよ。急にいなくなったら心配するだろうから」


「なるほど、疑って悪かったな。じゃあ、君の屋敷までアンナ王女たちと馬車で迎えに行く。家族に伝え終わったら屋敷の前に立っていてくれ」


「分かりました」


 ジェラルドの謝罪と礼を受けた後、セルゲイは穏やかな表情を浮かべながら自らの家へと帰っていった。


 ジェラルドもそれを見送った後、準備に取り掛かったのだった。

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