第38話 命の重さ

「……ということがあったのだ」


 俺たちはギルドで起こった出来事を聞いて、唖然とした。それが1時間ほど前だということが信じられなかった。


「さっきの戦いで死者が33名、負傷者が12名になる。酷い有様だ。それにしても、お前たちはなぜここに来たんだ?」


「マスター、レオが教えに来てくれたんですよ」


 俺はウィルフレッドさんに毛布にくるんだ状態のレオを見せた。ウィルフレッドさんは衰弱しきった様子のレオを見て、涙を流していた。涙は月明りを受けて透明にキラキラと光彩を放っていた。


「そうか、レオが居なくなっているとシャロンから聞いた時は随分と心配したが、生きていて良かった……」


 ウィルフレッドさんは俺に代わってレオを抱きかかえて地下へと階段を降りていった。


 ギルドの一階の壁際には33のが上から白い布を被せられて横たわっていた。


「なあ、直哉」


「どうかしたのか?洋介」


 洋介が俺の肩にそっと手を置いてきた。しかし、その手は恐怖からなのか震えていた。


「俺と夏海姉さんも直哉の家に行ってなかったら、あそこに並べられる側だったのかもしれないと思うと、怖くて震えが止まらねえ」


 洋介の話には俺も恐怖した。もし、茉由ちゃんが『みんなで夕食を食べよう』と言っていなければ、本当に洋介と武淵先輩もあの白い布をかけられていたのかもしれないと思うと背筋がゾッとする。


「洋介、大丈夫?」


 そう言って武淵先輩が洋介の背中をさすっている。この風景を見れば本当の姉弟のようだ。


 そして、この世界での『命』について改めて考えさせられた。この世界では本当に一瞬の判断が生死を分けるのだということを、改めて実感した。


 この世界では命とはこうもあっけなく奪われていくものなのか。今日の朝に言葉を交わした者がその日の夜に殺されてしまったりするような残酷な世界なのだ。


 もし、命を奪われるのが紗希たちだったらと思うと言葉が詰まって何も言えない。次に戦う相手は1人で冒険者ギルドにこれだけの被害を出させたほどに強いのだ。


 もしかすると、今度死ぬのは俺たちかもしれない。そんな時、俺は人であれるのか。よくラノベや漫画にあるようにをかけることが出来るだろうか。


 その情けをかけた相手に俺の周囲の人間が殺されるかもしれない。そう考えれば、俺は躊躇いもなく相手を殺すかもしれない。大切なものを守るためだと思えば、案外あっさり殺してしまうかもしれない。


 そして、殺した後、果たして俺はであれるのだろうか。怖い。……怖い!


「……さん!兄さん!」


 俺は真横から大きな声で呼ばれたのに驚いて飛び上がってしまった。


「どうかしたのか?紗希」


「うん、兄さんが顔色悪そうに塞ぎ込んでるから、心配で……」


 また、妹に心配をかけてしまった……。紗希の兄として情けない限りだな。


「いや、俺は大丈夫だ。ほら、いつも通りピンピンしてるぞ!」


 俺は大げさに動いて何ともないことを紗希にアピールした。


「それならいいんだけど……」


 やはり、紗希の心配を完全に拭うことは出来なかったか……。


「直哉、あれ……」


 俺は寛之が指さす方向を見た。そこには一つの横たわって白い布を被せられている人にラウラさんが号泣して抱き着いている。その横に立っているシャロンさんは涙ぐんでいる。


 このことから、俺はあの白い布の下にいるのはミロシュさんだということを察した。


「……寛之、二人はそっとしておこうぜ」


「……そうだな」


 紗希と茉由ちゃんはカウンターの近くにいるミレーヌさんと何やら話をしていた。


 そして、周囲の会話からバーナードさんが左腕を失ったことを知った。


「あのバーナードさんが片腕を失うほどの戦いだったのか……」


 俺はバーナードさんの強さは骨身に染みるほどよく知っている。実際に一戦交えたことがあるのだから。


 がやっとの思いで撃破したバーナードさんでも敵わない相手……はっきり言って想像もつかない。一体どれだけ強いというのか……。


「……直哉?」


「すまん、俺は帰る。紗希に俺が帰ったことを伝えておいてくれ」


 俺は寛之にそう告げてギルドを後にした。


「ふぅぅぅぅ……」


 俺は深く息を吐き出しながら部屋の扉にもたれかかった。そして、重力に従って床に尻もちをついた。


「怖い……!怖い……!」


 俺はサーベルを抱き寄せた。頬を涙が伝っていくのが分かる。


 なぜ、涙を流しているのか。もちろん、強い敵に対する恐怖。それはある。それともう一つ。呉宮さんをホントに救い出すことが出来るのか?救い出す際に他の皆が殺されてしまうのではないか。そんな不安が頭をよぎる。


 そんな時、が語りかけてきた。


「怖いのか?薪苗直哉。大切なものを取り戻すために他の大切なものを失うことが」


 この声には聞き覚えがある。病院で見た、あの影だ。


「ユメシュ、でしたよね。俺に何か用ですか?」


 俺は静かにサーベルに手をかける。いつどこから攻撃されるか分からない。用心しておく必要がある。


「おやおや、随分と警戒されてしまっているようだ。でも、別に君を殺しに来たわけじゃあない」


「そう言って俺を再起不能にしたりするくらいはやるんじゃないのか?」


 殺しに来たわけじゃない。つまり殺さない範囲でなら攻撃もありえるということだ。


「いや、君に話があってね」


「……話?」


 一体、今さら俺に何の用だというのか。


「ほら、ここを見て見ると良い」


 俺はユメシュが見せた宝玉を覗き込んだ。するとそこに移ったのは……


「呉宮さん!?」


 そこにはネグリジェ姿の呉宮さんが移っていた。


 何やら水槽につけられているようだが、口元に当てられたマスクのようなものから泡が漏れている。


「これは一体、どういうことだ!?」


 俺は怒りと嬉しさが混じったこの感情を胸の奥に押しとどめ、今見たものの詳しい説明をユメシュに求めた。


「彼女はまだ生きている。君が私の言うことを聞くのなら、すぐにでも開放することを約束しよう」


「そもそも本当に生きているのか?幻とかで俺を騙そうとか言うわけじゃないよな?」


 正直、こんな男を信用することなんて出来ない。


「生きてる。これは嘘じゃないさ」


 ここはユメシュの話を聞くことに徹しよう。


「分かった。ここはお前の言うことを信用して呉宮さんは生きてるってことにしておく。お前のとやらを先に話してくれ。そうじゃないと、話が何も進まないからな」


「良いだろう。それじゃあ、私の話を始めよう」


 俺はただ静かにユメシュが話をするのを待った。


「まず、呉宮さんを解放する条件から話すとしよう」


 ……来た。一体どうすれば解放するというのか。ここは絶対に聞き逃すわけにはいかない。


「君の友人たちを私の元へ連れてきてほしい。そうすれば、彼女と交換してやろうじゃないか。友達をこちらへ引き渡せば、愛する少女と安心して一緒になることが出来るぞ?」


 ユメシュの甘い誘いに、俺はたまらずサーベルを引き抜いた。


「……俺に紗希やみんなを裏切れというのか?」


「そうだ。そうすれば、あの少女を返してやってもいい」


「嫌だ、と言ったらどうなるんだ?」


 俺の心臓の鼓動が高まっていくのが分かる。手も足も震えている。恐怖。純粋な恐怖だ。それが体中に異変を起こしている。


「彼女にとある手術を施す」


「手術……何の手術だ?」


「さすがに、それは言えないな」


 ……さすがに手術の内容は教えてくれないか。でも、俺の中で答えはすでに固まっている。


「どうだ、今すぐお前の仲間を私に引き渡すだけで惚れた女が自分の元へ帰ってくるんだ。悪い話ではないだろう?」


「俺は……!」


 ……情けない。そんな甘い誘いに一瞬心が揺らいでしまった自分が。


「その話、断らせてもらう」


「ほう?話を理解してのことか?私の言う通りに……」


「だから、断るって言ってるんだよ!」


 俺は出せる限りの大声で怒鳴った。これはさすがに近所迷惑だっただろうか。周囲の建物に明かりが灯っていく。これにはユメシュは慌てた様子だった。


「お前、あんまり人に見られたくないんだろ?早く行けよ」


 俺や他の人に自分の姿を見られるのを避けるため以外に影に入ってまで俺に話しかけてくる理由が分からない。


「……ちっ!それでは私は宴の支度でも整えてギルドで待っていてやる!覚悟しておけよ!薪苗直哉……!」


 ユメシュはそう言い残して影の中に姿を消した。


 ……ホントに俺は弱いな。あんな誘いに乗りそうになるとは。だが、あんなやり方で呉宮さんを助けたところで呉宮さんが悲しむだけだ。誰も良い思いをしない。


 紗希やみんな、誰も死なせない。そして、呉宮さんも救ってみせる。


 それでいいじゃないか。欲張りだなどと言われそうだが、今考えたことを実行できるだけ俺が頑張ればいいだけだ。


 俺は緊張が解けたせいか、急に眠くなってきてしまった。


 俺はそのまま床に仰向けになって……眠りに落ちた。


 ~~~~~~~~~~


「……君!……苗君!薪苗君!」


 ……誰だろう。遠くで誰かが俺の名前を呼んでいる。


 このは心に安らぎを与えてくれる。


 俺は目を開ける。そこは雪でも積もっているかのように真っ白な空間。


 それがどこまでも、どこまでも続いている。


 俺はその声の聞こえてくる方へと歩みを進める。


 進んでも、進んでも真っ白な空間が続いているだけ。


 しかし、歩き始めてからしばらくすると、人影が見えた。


 俺はその姿を見ただけで、涙がとめどなく流れる。


 そこに居たのは呉宮さんだった。


 俺は彼女呉宮さんへ向けて手を伸ばす。しかし、彼女の姿はどんどん薄くなって消えていく。


 俺は名前を必死になって叫び、呼び止めようとした。


 しかし、それで止まることは無かった。


 俺が何もできないうちに呉宮さんの姿は消えてしまった。


 それと同時に真っ白だった空間は、一転して暗い闇となった。


 希望は消えて、絶望へと変わったのだ。


 俺はどうすれば良いのか分からなくなった。ただひたすらに助けを求める。しかし、誰からも返事は無い。


 これが孤独というものなのだろうか。


 ……辛い。希望とは一体何なのだろうか……。


 ~~~~~~~~~~


「……さん!兄さん!起きて!」


「……あ?朝……?」


 そうか、俺、あの後寝てたのか……。


 それじゃあ、あれは夢か。


「兄さん、泣いてる?」


「えっ……」


 俺は目尻を指で拭うと指に水滴が載っている。これは涙……なのか。


「何か怖い夢でも見たの?兄さん」


「……よく分からない不思議な夢だった。胸がギュッと締め付けられるような感じの夢だった」


「そうなんだね……」


 俺は紗希に手を差し伸べられて、立ち上がった。


 何にせよ、俺にはやらなければならないことがある。


「紗希、頼みがある」


「兄さんからの頼み?良いよ、言ってみて」


「俺に剣術を教えてくれ」


 俺がそう言うと、紗希は一瞬、凍り付いたかの如くすべての動作が停止した。


「紗希、どうかしたのか!?体調でも崩したのか!?」


 俺が慌てて、紗希の周りをうろうろするしかなかった。


「兄さん……」


 ……あれ?何か怒ってる?何か怒らせるようなことしたんだろうか?


「兄さん、今すぐ寝て!」


「えっ!俺、今起きたんだけど!」


 俺は紗希に両肩を掴まれて、ベッドに押し倒された。


「あんなに努力嫌いの兄さんが『剣術教えて』何て言うのはあり得ない!さては偽物!?」


「ヒドイ!」


 俺は紗希から本物であるかどうかのチェックを受け、合格を貰った。


 その後で改めて剣術の修行をしたいということを伝えた。


「分かった。それじゃあ、引き受けるよ。兄さんからの頼みだしね」


 こうして俺は紗希に剣術の稽古をつけてもらえることになった。


「あと、茉由ちゃんも一緒だけど良いよね?」


 ……そして、茉由ちゃんも加えて3人で剣術の稽古をすることになった。

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