第27話 二つの冒険者ギルド

 ここはローカラトの町の近くの森林の奥深くにある山賊たちの拠点アジト。一面赤い湖が形成されている。


「マスター。ここにいる山賊は殲滅したぞ」


「ああ、ご苦労だったな」


 亜麻色の髪をポニーテールにしている細身の女性が彼女より身長が頭一つ高い灰色の髪をした男に話しかけた。その男は静かに頷き、アジトの入口へと足を向けた。


「帰るぞ」


 そう言って赤く染まったアジトを出ていく男に七名の男女が後をついていった。


 ――――――――――


 俺たちが初仕事をしたあの日から二週間が経った。あれからというもの毎日のようにクエストをこなしてきた。ようやくこの生活にも慣れてきた。しかし、相変わらず呉宮さんの行方は掴めていない。


「ミレーヌさん、今更かもしれないけど、どうして依頼がこんなにも少ないんですか?」


 ギルドの掲示板は大きさの割には依頼が貼りだされていない。不思議だ。そんなにも町は平和だということなのだろうか?


「これには事情があってね……」


 ミレーヌさんはどうしてこんなに依頼が少ないのかを説明してくれた。


 まず、この町には現在冒険者ギルドが二つある。ウィルフレッドさんがマスターを務めているこのギルド。そして、バーナードという人物がマスターを務めているギルド。もともとはこのギルド一つだけだったらしいが、5年前にバーナードという人物が新しく冒険者ギルドを創設し、多くの冒険者はバーナードのギルドへと加入していった。今ではバーナードのギルドは240を超える冒険者が在籍している。


「うちにはお下がりのようなクエストと常連さんが持ってきてくれる依頼しかないのよ」


「それで依頼が少なかったのか……」


 まさか、そんな事情があるとは思わなかったな。


「それで、その……バーナードって人は強いんですか?」


「この町ではお父さんとかロベルトさん、シャロンさんの次くらいに強いわね」


 ロベルトさんとかシャロンさんってそんなに強かったのか……!全然そんな風には見えないからな、あの二人。


「ちなみにロベルトさんとシャロンさんの冒険者ランクは?」


「えっと、ロベルトさんがシルバーで、シャロンさんが魔鉄ミスリルだったと思うわ」


 何?このギルドにいる人って強い人多くない?


「それがどうかしたのかしら?」


「いや、何となく気になって。それでバーナードって人のランクは?」


「確か、私とラウラと同じスチールだったはずよ」


 結構、強いんだな。でも、強い人ならこのギルドの方が多いのに何でバーナードって人のギルドに集まっていくんだ?この機会に聞いてみるか。


「なんで、冒険者の人がバーナードって人のギルドにばかり集まったんですか?強い人ならここの方が多いんじゃ?」


 俺が質問した途端、ミレーヌさんは大きく息を吐きだした。


「そりゃあね、純粋に強い人の数だけならこっちの方が多いんだけど、みんな変わり者でしょ?マスターであるお父さんは全ッ然仕事しないし、ロベルトさんやシャロンさんは一日中部屋に籠ってるし。ラウラも私も一年くらいクエストには行ってないのよ。他の冒険者からしてみれば『やる気あるのか?』って感じに思われてるのよ」


 これミレーヌさんの愚痴も交じってるよな……。


「ミレーヌ~!」


 聞きなれた怠け者の声がギルドの入口から聞こえてきた。ミレーヌさんは「また厄介なことになりそうな気がするわ……」とため息交じりにボヤいていた。


「どうかしたの、お父さん?辺境伯様の所で何か言われたの?」


「ああ!話せば長くなるんだが、みんなの揃っている夕食の時に話す!」


 そう言って、ウィルフレッドさんは階段を下りて行った。


「一体何なのかしら……?」


 ミレーヌさんは階段を見つめたまま呆然と立ち尽くしていた。


 ――――――――――


 一方、地下のウィルフレッドの部屋では椅子に腰かけたウィルフレッドさんと扉にもたれかかっているミロシュの二人が何やら話をしていた。


「ミロシュ、わざわざ王都まで行ってくれてご苦労だった。で、彼女のことは何か掴めたか?」


 ミロシュは胸の前で組んでいた腕を下した。


「ええ、まあ一応。ユメシュという人物は王都の外れにある暗殺者ギルドのマスターでした。そして、今から20日ほど前に黒髪の華奢な少女が連れ込まれたのを目撃したものがいました」


「20日前と言えば、洋介、夏海、寛之の3人を保護する前日になるな」


 二人はかれこれ20分ほど話し合っていた。そして、別れ際に話がまとまった様だった。


「聖美という少女は、その暗殺者ギルドにいる可能性が高いだろうな。わざわざ世界を超えてまで人をさらってきたのだからな」


「このことは誰にも漏らさないで頂けると助かります。まだ確定したわけではないので」


 ミロシュからの頼みにウィルフレッドは静かに頷いた。


「今から暗殺者ギルドに潜り込んで来ます。また何か情報が分かれば連絡します」


「分かった。くれぐれも気をつけてな」


「はい」


 そう言って、ミロシュは崖下に繋がっている方の扉を開けて外へと出て行った。


「そうなると、辺境伯の命令に従う方が彼らのためにもなるか」


 ――――――――――


 あれから日も暮れて夕食の時間になった。ウィルフレッドさんので全員が一堂に会した。みんなで夕食を食べているとウィルフレッドさんがやってきた。


「……みんな集まっているようだな」


 ウィルフレッドさんはカウンターの前に行き、俺たち全員を見回した。


「……私は今日、辺境伯のところへ行ってきた。そこでとある命令を受けた」


 朝から気になっていた話だ。一体何の話だろうか?


「命令というのは、二つある冒険者ギルドを一つにすることなのだ」


 俺たちは驚き顔を見合わせた。


 そして、ウィルフレッドさんの話の続きをまとめるこうなる。


 城に行くと、バーナードも来ていて二人で謁見の間に通された。


そして、その場でローカラト辺境伯に二つあるギルドを戦わせて勝った方が負けた方を取り込むよう命令された。


さらに勝負の内容を聞いてみると八対八のバトルで、場所はローカラトの西に10㎞行った所にあるセベウェルという廃墟の町で行う。日時は8日後の正午。そんな無茶な要求をされたのだそうだ。俺たちの勝利条件はバーナードを倒すか、相手チームを全員戦闘不能にすることの二つだ。そして、俺たちの敗北条件は俺たち全員が戦闘不能になるこただった。


「それだったらアンタか、アタシやロベルトが出れば済むことじゃないか。何をそんなに不安そうにしてるんだい?」


 シャロンさんは酒を片手に余裕だとでも言わんばかりの口調だ。


 そして、話の間、ずっとウィルフレッドさんは暗い表情で話し続けている。


「そりゃあ、私が同化魔法を使えば傷一つ負わずに勝てるだろう。だが、出場できるのはスチールまでだ」


「それは……!」


 それはウィルフレッドさんはもちろんのこと、ロベルトさんやシャロンさんといったバーナードより強い三人が出場できないのだ。


「そして、ミレーヌやラウラの二人が出るにしても……」


 残り六人は俺たち日本から来たメンツとディーン、エレナちゃんの中から選ばなければならない。


「バーナードのところにはアイアンが5人いる。それこそ青銅ブロンズなんてゴロゴロいる」


 ディーンとエレナちゃんは青銅ブロンズにランクアップしたばかり。そして、俺たち六人はカッパーだ。戦力差がありすぎる。


「そこでだが、私はこのギルドの存続を若い八人に賭けることに決めたよ」


「若い八人じゃと……?」


 みんな、状況が呑み込めずにいるようだった。若い八人っていうのはまさか……!


「直哉、紗希、茉由、寛之、洋介、夏海、ディーン、そしてエレナ。この八人に戦ってもらおうと思っている」


「ウィルフレッドさん、僕たちの実力ではとてもじゃないですがバーナードには勝てません……!」


 寛之は即座にウィルフレッドさんの決定に異を唱えた。正直、俺も無謀だとしか思えなかった。


「なら、聖美とかいう少女を助けることは不可能だな。ああ、残念だ!実に残念だ!」


 ウィルフレッドさんは俺たちを嘘くさい残念がり方をした。


「ウィルフレッドさん、聖美先輩の行方について何か掴めたんですか!?」


 紗希が血相を変えてウィルフレッドさんに詰め寄った。


「そうだな、バーナードたちに勝てたら教えてやる……というのはどうだ?もちろん、このままじゃ勝てないだろうからな。これから1週間みっちり稽古をつけてやる。それで青銅ブロンズへのランクアップもできるように辺境伯に取り合おう。どうだ?悪くない条件だろう?」


その時、冒険者のランクアップするシステムを聞いたのだが、各ギルドマスターが実力やクエストの達成具合を考慮して各地の領主に推挙する。


そして、その領主たちが了解すれば通達が来て晴れてランクアップというわけだ。


ウィルフレッドさんがその修行を乗り越えたらランクアップできるように辺境伯に取り計らってくれたとのことだった。


 そういうわけで、これから1週間の稽古を受けて、青銅ブロンズへのランクアップができる。さらにバーナードたちとの戦いに勝てば呉宮さんの情報も教えてもらえる。受けない理由が見当たらなかった。


 俺たち六人は顔を見合わせ、頷いた。答えは話さなくても決まっていた。


「分かりました。俺たち六人は出ます」


「よし、分かった。ディーンとエレナはどうする?」


 後の二人、ディーンとエレナちゃんがどうするのか。これによって事情とかも大きく変わってくるだろう。


「直哉さんたちも出るんだったら、俺も出るッス」


「もちろん私もね!」


 どうやらディーンとエレナちゃんも出ることに決めたようだ。


 そして、話は進んで稽古をどうするかということになった。そして、1時間ほど話し合って、ようやく決定した。


「直哉はシャロンから付与のやり方を教えてもらえ。そして、紗希と茉由は私と模擬戦だ。寛之はミレーヌから格闘術を教えてもらってくれ。洋介はロベルトから斧槍ハルバードの使い方を教えてもらってくれ。ディーンとエレナはラウラとだ」


 こうして、誰が誰に教えを乞うのかが決定した。一人を除いて。


「ウィルフレッドさん、私はどうすればいいんですか?」


 そう、武淵先輩だけ決まっていなかった。


生憎あいにくと槍に関して教えられる奴はいないんだ」


「……ここには?」


 ウィルフレッドさんは上着のポケットから一枚の紙を取り出して、武淵先輩に手渡した。


「これを持って、運送ギルドに行け」


「……運送ギルド……ですか?」


 武淵先輩はいぶかしそうにウィルフレッドさんを見つめていた。何故槍のことを教えてもらうのに運送ギルドに行くんだろう?


「そこは寛之と茉由が最初のクエストで行った場所だ」


 俺の横では寛之と茉由ちゃんは合点がいったと言わんばかりのリアクションをしていた。そして、寛之が言うには運送ギルドのマスターが元々このギルドの冒険者で、足のケガを理由に8年前に冒険者を辞めて運送ギルドを立ち上げたのだという。


「よくそんなに知ってるな」


「結構親しみやすい人だから、すぐ教えてくれたぞ」


 ……そうなのか。会う機会があれば会ってみたいな。


「寛之の通り、親しみやすい奴だから緊張なんかする必要はないからな」


「……分かりました」


 こうして、明日から俺たちは修業をすることになった。一体どんな修業になるのかは分からないが、とにかく大変そうな気がする。でも、俺はその反面少し楽しみでもあった。

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