第12話 闇夜の戦い

 ……洋介達が遺跡に行った?どうしてだ?


「弥城先輩、守能先輩、武淵先輩の3人だけで行ったみたいなの」


「そんなこと、どこで知ったんだ?」


 如何に妹とはいえ、情報元がはっきりしていないと全面的に信じることはできない。こればっかりは……な。


「朝、家に電話がかかって来たんだよ。守能先輩のお母さんから」


「で、何て言ってたんだ?寛之の母さんは」


「『息子が弥城君と武淵さんと神社まで行ってくるって言ってたんだけど朝になっても戻ってこなくて。もしかしたら、直哉君の家に行ってたりするのかと思って』って言ってたよ」


 三人が神社に行く理由なんてあの遺跡しか考えられない。しかも、洋介の家には探検道具も揃っている。準備万端で探検に臨んだ、というところだろう。


「それにしても、こんなに悪いことが重なるとか、俺が一体何をしたというんだ……!人生のどこかでやらかしたりしたんだろうか?」


「……存在そのものがやらかしてるとか?」


「ぎにゃあああああ!!」


 ……最近、俺の妹が時々ひどい。


「今の兄さんの聞いて、F○8やりたくなるよね。……まあ、それはともかく話戻してもいい、兄さん?」


「……ああ、すまん。取り乱してしまった」


 俺は紗希の言葉に頷いた。


「電話の事、お父さんとお母さんに話したら、お父さんが血相を変えて探しに行ったよ」


 親父が何でそんな血相を変えて探しに行くんだ?親父は別に警官でもないのに。普通、警察に通報するはずだ。何故だろう?


「兄さん、ボーっとしてどうかしたの?」


「いや、何でもない。それよりどうかしたのか?」


「えっと、茉由ちゃんのところ行ってきてもいい?あと、茉由ちゃんにはこのことは隠しておくね。今の茉由ちゃんに心配かけたくないし」


「ああ、それなら全然いいぞ。茉由ちゃんによろしく伝えておいてくれ」


 病室で女の子が二人っきりかぁ……きっといちゃいちゃするんだろうな………ダメだ。想像しただけで100回は死ねる。


「うん、分かった。それじゃあ、行ってくるね」


「おう」


 紗希は茉由ちゃんのところに行った。が、俺はどうしよう。何もできないのならやることは一つしかない。


「よし、さっさと寝るか」


 睡眠は何かをするためにもっとも必要な時間だ。それに昼食を摂った後だから眠いしな。


 こうして俺は静かに、それはもう短い活動時間に幕を下ろした。


 本日の活動時間:5時間11分


――――――――――


 辺りが日も落ちて暗くなった頃。神社付近の公園に佇む一人の男があった。


「……そこにいるのは分かっているぞ。早く出てきたらどうだ?」


 真っ暗な公園に響く威圧感のある低い声。男は続けてとある名前を口にした。


「……ユメシュ」


 男の後ろの木の陰からスッと影が伸びていき、現れたのはローブ姿の男。右手には自分の背丈ほどの長さの杖を持っている。


「既に気付かれていたか。どうやら実力はのままのようだね。ジェr……いや、では薪苗宗正だったか」


 薪苗宗正。そう、直哉と紗希の父親だ。


「そういうお前は昔よりは強くなったのか?少し言葉の奥から自信がにじみ出ているような気がするが」


「勿論さ。あの頃の私とは違う」


 両名の視線から火花が散らされているかのようなにらみ合いが続く。


「ユメシュ。わざわざこんなところまで何をしに来たんだ?」


「さあな。人間風情おまえに語ることはない」


 その言葉を聞いた宗正は不敵な笑みを浮かべた。


「その言葉から察するにお前は人間やめたってことで良いんだな?」


「ああ、その認識で構わない」


 二人の間には一触即発の空気を孕んでいる。宗正は拳を構え、ユメシュは長杖を宗正の方へと向ける。


「武器も持たず、素手とは。随分と私も見くびられたものだ」


生憎あいにく武器は持ち合わせていないからな。まさかこんなところでお前に会うとは思ってなかったんでな。それに、見くびっているつもりはない。お前のことはそれなりに認めているつもりだ。……それなりにはな。それに、武器なんか使ったら公園が吹き飛んじまう」


 それを聞いている間、ユメシュは歯ぎしりをしていた。


「やっぱり見くびってるじゃないか!私をコケにするのも大概にしておけよ!」


 ユメシュの長杖の先に黒い紋様……魔法陣が浮かび上がる。そして、黒い光線が5つ宗正へ向けて放たれる。しかし、宗正にその黒い光線が当たることはなかった。


「魔法が……消えた……?いや、砕け散った……のか?」


「おいおい、そんなんじゃ俺には勝てんぞ!」


 宗正は一瞬で間合いを詰めて右の拳をユメシュの腹に叩き込んだ。


「ぐはっ!」


 攻撃を受けたユメシュはよろけた。


「もう一発!」


 今度は左の拳をユメシュの右頬にぶち当てた。ユメシュは左後方、数メートルの距離を飛ばされた。


「昔と何も変わらない。お前は俺には勝てない」


「ふん、これ位で勝った気になるとはな。私はまだ力の半分も出していないんだがな」


 突如、宗正の足元に黒い魔法陣が浮かび上がる。


「うお、なんじゃこりゃあ!」


 魔法陣の中から無数の黒い手が這い出して、宗正に巻き付いていく。まるで取り込もうとしているかのように。


「……無限の闇に飲まれるがいい」


 ユメシュはポツリと独り呟いた。


 みるみる宗正は影の中へ飲み込まれていき、姿が見えなくなった。


「……さて、そろそろ戻らねばな。これ以上遅れるわけにはいかないからな」


 スタスタと勝利を確信したような足取りで公園の外へと歩いていくユメシュ。静まり返る公園。街灯はチカチカと不気味な明滅を繰り返していた。


 その静寂を裂くようにガラスが割れるような音がした。


「ん?何の音だ?」


 ユメシュが歩みを止めて振り返ると、そこには倒したはずの宗正あの男がいた。


「ふう、一瞬焦ったがどうってことはないな」


「何故だ……!」


 動揺の色を隠せないユメシュ。そして、ハッと何かに気付いたように焦りの表情を浮かべた。


「そうだ、私は大事なことを忘れていた。しまったな、君に戦いを挑んだのは時期尚早だったか」


「あれから随分な時間も経ったから忘れちまったんだろうが、俺には……」


 宗正がユメシュに何かを言いかけたその時。


「おい!君たち!そんなところで何をしている!」


 暗闇の向こうからやって来る者たちがいた。


「警察か……これはまずいな」


 こんな夜中に男二人が言い争っているためか、酔っ払いの喧嘩とかに間違えられたのだろう。


 ユメシュは警官二人それらを一瞥して、不気味な笑みを浮かべた。


「……邪魔だな」


「……何?」


 ユメシュの足元から何やらが警官たちの方へと伸びていく。


「……まさか!おい、あんたら!今すぐにここから離れるんだ!」


 宗正が警官二人に叫ぶ。


「……おい、酔っ払いが何か言ってるぞ」


「……だな。どうでもいいから、さっさとやること済ませるぞ」


 ……しかし、宗正の言葉は酔っ払いの戯言ざれごととして、まともに聞いてもらえなかった。


「……貫け」


 ポツリとユメシュの呟いた一言で影から槍のような黒い棒状のものが突き出した。そして、影から突き出されたそれは警官たちの胸元を貫いた。


「「うっ!」」


 胸元を一突きされた警官二人は力尽き、地に伏した。


「ユメシュ!お前……!無関係の人を……!」


 怒りで顔を赤く染めた宗正はユメシュへ向き直った。


「せっかくだから彼らには少し活躍してもらおうか。まあ、そのまま使っても面白いが……」


「ブツブツ何言ってんだ!何か言いたいのならはっきり言えってんだ!」


 宗正は何か考え事をしている様子のユメシュに右回し蹴りを叩き込んだ。……かに見えたが、ユメシュとの間に黒い壁状のものが現れていた。それによって蹴りが阻まれてしまっている。


「随分、小賢こざかしいことしてくれたな!」


 突如、その蹴りを阻んでいた壁が砕け散った。


「おらぁ!」


 宗正は先ほど止められていたた状態から再び蹴りを入れた。ユメシュも素早く左前腕部で受け止めた。痛みに表情をゆがませながら、ユメシュは宗正から距離をとった。


「……さて、そろそろケリをつけさせてもらおうか。こんなところでもたついている時間はないのでな」


 そう言ったユメシュの左右に黒い魔法陣が浮かび上がり、そこから二体のライオンとは似て非なるものが現れた。


「キマイラか……!」


 その二頭の獣を見た宗正はそう呟いた。


「そうだ。キマイラだ。まあ、死んではいるがな」


「……死んでいる?どういうことだ?」


 わざわざ死体を召喚するとは一体どういう了見だろうか。だが、ユメシュは勝ち誇ったような笑みを浮かべている。


「このままじゃ使い物にならないから少し改造させてもらおうか」


「改造……?何をするつもりだ?」


 ユメシュは手に持っている杖を先ほど殺した警官二人の方へと向けた。


「……脱魂」


「てめぇ!まさか魂を抜き取る気か!」


 ユメシュは宗正の方へ顔を向けてこう言った。


「その通りだ。君も聞いたことくらいあるだろう?……脱魂魔術のことを!」


「魂を抜いて何をする気だ!」


「フッ、まあ黙って見ているがいい」


 宗正はユメシュの様子を見て一つの最悪の結論を導き出した。


「まさか……!」


「そう、そのまさかだよ」


 警官二人の魂はキマイラの中へと光を放ちながら吸い込まれていった。


「「グルルガアアア!」」


 そして、キマイラたちはを上げた。先程までピクリとも動かなかったキマイラが息を吹き返し、動き始めたのだ。


「精々、被害が出ないうちに倒すんだな」


「……くっ!」


 このまま放っておけば何の関係もない人々に死傷者が出てしまうだろうことは容易に想像される。


「それじゃあ、私はこの辺で失礼させてもらうよ」


「おい!待て!」


 宗正の呼びかけに答えることはなく、ユメシュは影に潜ってそのまま姿を消した。


「逃げたか……!多分、このキマイラ達は俺を足止めするために残したのだろうが……!」


 宗正を睨む四つのまなこ。明らかにその眼は殺意を帯びている。


「とりあえず、を一刻も何とかしないとな……!それに早く帰らないと直哉も紗希も心配するしな」


 普通ならこんな化け物を見ただけで腰を抜かしてしまいそうな物だが、宗正にそんな常識は通用しなかった。


 キマイラは微動だにしない宗正との間合いをジリジリと詰めていく。


「グガアアア!」


 咆哮と共にキマイラの前肢の爪が宗正の左肩へと振り下ろされる。その爪はそのまま肩を切り裂くかに見えたが、そうはいかなかった。


 振り下ろした爪は空気を裂いただけに終り、宗正はすでにそこにはおらず、キマイラの頭上にいた。


「グボア!?」


 爪を中空に跳んでかわし、跳び蹴りをキマイラの眉間に命中させた。そして、跳び蹴りをくらったキマイラは塵のように消えていった。


「まず一匹」


 もう一匹のキマイラは一匹が倒されたことで一瞬、攻撃を躊躇ちゅうちょした。しかし、その躊躇ちゅうちょしたことがアダになった。


「グルア!?」


 一気に距離を詰められ、膝蹴りをあごに受けたキマイラはりながら後ろ向きに倒れこんだ。


 そこへ宗正が起き上がろうとするキマイラの頸部にすかさず手刀を打ち込み、首を斬り落とした。


 キマイラは断末魔の声をあげて塵状になって消えていった。


「……大した強さじゃなかったな。それよりユメシュのやつ……何故この世界にやってきたんだ……?」


 宗正は殺され魂を抜かれた警官二人のもとへと近づいた。


「これは……!」


 青白い肌に苦しそうな表情。おそらく、死にかけている段階で魂を脱魂魔術で抜き取られたのだろうと思われる。


 そして、宗正は気付いた。最近この付近で起こっている変死事件。ニュースで流れていた、その事件の被害者たちの特徴にこの死体が類似していることだ。


「まさか、犯人はあいつなのか?そうだとしても何のために?」


 所々に謎を残しながら公園での出来事は終息した。


 それはまた、変死事件の被害者が6人になった瞬間でもあった。

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